ジャブローへ入って二日目、俺だけがホワイトベースとは別の区画へ呼び出された。
案内の兵士について地下通路を進み、何度目かの認証を通る。最後に入った部屋は、広い割に机と椅子が少なかった。机の向こうに座っていたのは、恰幅のいい年配の将官だった。肩には大将の階級章がある。
「レン・イズミだな」
「はい」
「座りたまえ。私はゴップだ」
名前を聞いた瞬間、背筋がわずかに強張った。
知っている。ジャブローのモグラと揶揄される人物だ。地球連邦軍の上層部にいる人間。少なくとも、気軽に話せる相手ではない。
ゴップ大将の隣には人事担当らしい士官と、端末を抱えた情報部の士官が座っていた。俺は用意された椅子へ腰を下ろす。
「君を呼んだ理由は二つある」
人事担当の士官が端末を操作した。
空中表示に、二人の名前が出る。
グレン・イズミ ハルカ・イズミ
父さんと母さんの名前だった。
「グレン・イズミ技術少佐は、サイド7施設管理とV作戦関連機材の搬送管理を担当していた。ハルカ・イズミ技術大尉は、搬入管制と港湾区画の現場指揮補佐だ」
続けて、所属記録、救難記録、搬送記録が表示される。
「サイド7襲撃後、両名に関係する記録を照合した。現在まで、生存を示す情報は確認されていない」
「遺体は見つかったんですか」
「確認されていない」
「じゃあ、本当に死んだと分かったわけじゃないんですよね」
「そうだ」
士官はごまかさなかった。
「軍籍上は、戦闘中行方不明の扱いを残す。今後、生存を示す情報が得られれば、捜索記録と照合し、認定を再審査する」
「だったら、まだ――」
「だが、行政上の処理は別だ」
続けようとした言葉が止まった。
「襲撃時の状況と、その後の捜索結果から、両名を推定戦死として扱う。遺族関係、軍の保護責任、戸籍、給与その他の処理を進めるためだ」
表示された名前の横へ、新しい文字が加えられる。
戦闘中行方不明。推定戦死認定。
死んだと確認されたわけじゃない。頭では、二人が生きている可能性がほとんど残っていないことも分かっていた。
それでも、書類の上では今日から死んだ人になる。
父さんも母さんも仕事ばかりで、家にいないことの方が多かった。俺だって、前世の記憶を持ってからは、二人に甘えることなんてほとんどなかった。
だから平気だと思っていた。
思っていただけだった。
膝の上で握った手に力が入る。
「……私が署名しないと、認定できないんですか」
「認定そのものは軍と行政側で行う。君に求めているのは、説明を受けたことと、記載内容を確認したことの証明だ」
「行方不明の記録は、消えないんですよね」
「消えない」
「生存情報が出た時に再審査することも、書類に書いてありますか」
人事担当の士官が表示を拡大し、一つの項目を示した。
「ここだ」
今後、新たな生存情報が確認された場合、認定を再審査する。
これで二人が生きていることになるわけじゃない。捜索が続く保証にもならない。ただ、完全に閉じられるわけでもなかった。
「……分かりました」
指を認証欄へ置く。
小さな音が鳴り、確認手続きが終わった。
端末が閉じられても、胸の中に残ったものは消えなかった。
「二つ目の話へ移っても構わないか」
ゴップ大将に聞かれ、すぐには声が出なかった。
「大丈夫です」
「強がる必要はない」
「大丈夫です。話は聞けます」
ゴップ大将は少しだけ目を細めた。
人事担当の士官が、別の書類を表示する。
「レン・イズミ。君を地球連邦軍特務少尉として正式に任官する」
「はい?」
聞き間違えたと思った。
「特務、少尉?」
「そうだ」
「私がですか?」
「他に誰がいる」
「いや、だって十三歳ですよ。尉官になるのはおかしいですよね?」
「通常の任官であれば、その疑問は正しい」
ゴップ大将は机の上で指を組んだ。
「これは戦時特例による特務任官だ。一般の士官教育を終えた者と同じ職務を与えるものではない」
表示された任官書には、RX-78-1の機体番号と複数の機密指定が並んでいた。
「君の両親がV作戦へ関与していた事実は、君の身元と機密への接触経路を確認する材料にはなる。だが、親の経歴が任官資格になるわけではない」
「はい」
「根拠は君自身だ。君はRX-78-1を継続して運用し、軍の最高機密へ接触している。実戦では、自機だけでなく、味方機や艦の進路へ影響する判断も下してきた」
褒められている気はしなかった。
「民間協力者のままでは、軍が君へ命令を出す根拠も、君が知り得る情報の範囲も、判断の責任も曖昧になる。保護するにも、監視するにも都合が悪い」
「偉くするためじゃなくて、軍の中へ入れるための階級なんですね」
「そう考えてよい」
やっぱり、褒美だけの話ではなかった。
「普通の少尉と同じ権限があるんですか?」
「ない」
即答だった。
「君に認められるのは、一号機の戦闘運用に関する限定的な権限と、必要な報告、意見具申だ。部隊を自由に編成し、独断で作戦を開始する権限ではない」
「整備の人たちにも、命令できるわけじゃない?」
「技術上の最終判断は整備責任者が持つ。君は機体の異常を報告し、出撃の中止や再点検を求めることができる。だが、修理方法を階級で押し通すことはできない」
「……それなら、少し安心しました」
「自分が余計な命令を出すと思っているのかね」
「分からないから怖いんです。階級章を見て、俺が言った方が正しいと思われたら困ります」
俺は整備の専門家じゃない。一号機を一番動かしてきた自信はあるけど、それと直し方を知っていることは別だ。
「妥当な懸念だな、権限の範囲は書面で交付する。技術部門との指揮系統も明記されている」
「はい。ちゃんと読みます」
そこで、もう一つ気になっていたことを聞いた。
「敵兵を逃がした件はどうなるんでしょうか?」
「消えない」
答えたのは人事担当の士官だった。
「軍規違反として記録されている。今回の任官とは別に審査対象となる」
「……なら、いいです」
「よくはないだろう」
ゴップ大将の言う通りだった。
「よくはないです。でも、戦果を出したからなかったことにされた方がもっと嫌です」
「ほう、理由を聞こう」
「次にまた命令を破ろうと思った時、前も許されたって、自分への言い訳にするかもしれないからです」
ラルさんを逃がしたことを後悔しているわけじゃない。
同じ状況になれば、また同じことをする可能性もある。だからこそ、許されたことにはしたくなかった。
「違反した理由は説明します。処分が必要なら受けます。けど、俺が助けたかったことと、命令を破ったことは、別にしてください」
「そのつもりだ」
ゴップ大将は余計な感想を挟まなかった。
任官書へ承認が入る。
「これで君は特務少尉だ。イズミ少尉」
「まだ全然、実感がないです」
「実感より先に責任が来ることは珍しくない」
「うれしくない話ですね」
「軍隊で喜ばしい話だけを聞けると思わないことだ」
◇
任官の話が終わっても、ゴップ大将は席を立たなかった。
情報部の士官が別の資料を表示する。白いガンダムと黒いガンダムの戦闘記録。味方部隊からの報告。傍受されたジオン側の通信。
その中には、白い悪魔と黒い悪鬼という呼び名も残っていた。
「広報部は、V作戦機の戦果を公表することを求めている」
ゴップ大将が言った。
「地上反攻の成功を示し、連邦軍にもモビルスーツで戦える力があると知らせたい。一方で情報部は、機体性能、配備数、搭乗者、運用部隊の秘匿を求めている」
内容は分かった。
でも、なぜ俺に聞かせるのかは分からない。
「君なら、何を出して、何を隠す」
「私が決めるんですか?」
「決定はしない。現場の当事者として答えたまえ」
試されている。
そう思った途端、急に口が重くなった。
「……搭乗者の詳細はできるだけ出さないでください」
「理由は」
「俺やアムロだけの問題じゃなくなるからです。ホワイトベースの乗員や、家族まで調べられるかもしれない」
両親の名前が表示されていた端末を思い出した。
「それに俺たちを超人みたいに宣伝するのも困ります」
「なぜだ?」
「味方が、ガンダムが来るまで動けないと思うかもしれない。敵は逃げるだけじゃなくて、倒して名を上げようとするかもしれません」
シャアの顔が頭に浮かぶ。
もう十分追われている気もするけど、軍全体から腕利きが集まってくるのは別の話だ。
「映像を使うなら、今いる場所が分からないくらい遅らせてください。二機しかないとも、わざわざ言わない方がいいと思います」
情報部の士官が口を開いた。
「存在しない機体があると思わせるのか」
「嘘を発表するんじゃなくて、敵が勝手に考える分まで訂正しなくていい、という意味です」
「配備数を不明のままにする」
「はい」
自分で言いながら、急に専門家みたいなことを言っている気がして落ち着かなくなった。
だから、もっと単純に考える。
「あと、この名前です」
俺は傍受記録の一つを指した。
「白い悪魔と黒い悪鬼」
「敵側で使われている呼称らしい」
「連邦が考えた名前じゃないなら、こっちから大げさに名乗るより、その記録を否定しない方が効くと思います」
ゴップ大将は何も言わない。
情報部の士官が、今度は少しだけ身を乗り出した。
「一般向けにはどうする」
「ガンダムだけで戦争に勝っているようには見せない方がいいです」
「ほう」
「この戦争はすべてが一緒に戦ってます。俺たちだけを英雄にしたら、ほかの部隊の戦果が軽く見える。それに、俺たちが撃破された時、宣伝全部が崩れます」
言ってから、少し迷った。
「連邦軍がモビルスーツで戦えるようになった。その象徴として使うくらいがいいと思います」
ゴップ大将は、そこで初めて情報部の士官へ向き直った。
「搭乗者情報は秘匿。戦果映像は時期と場所をずらす。配備数は公表しない。敵側の呼称は前線証言として利用する」
「はっ」
「量産計画と切り離すな。一部の英雄譚ではなく、連邦軍全体がモビルスーツ戦へ移行している証拠として扱え」
俺が口にした断片を、ゴップ大将は迷いなく軍全体の話へ組み直していく。
俺の案をそのまま採用したわけじゃない。
たぶん、何を知っているかより、何を危険だと思う人間なのかを見られていた。
「今後、イズミ少尉の戦闘報告と意見具申は、私の部署にも回せ」
「全部ですか」
「戦闘結果だけではない。現場で見た異常、作戦上の違和感、機体運用で気づいた問題もだ」
「私に作戦を考えろってことですか?」
「違う。作戦を決めるのは指揮官だ」
ゴップ大将の声は平坦だった。
「だが、現場でしか拾えない情報まで捨てる理由はない。君は自分の限界を理解している。それでも、必要な時には意見を口にできる。使い方を誤らなければ価値がある」
評価された気がする。同時に、これからずっと見られることになった。
「何か不満があるかね、イズミ少尉」
「自分で余計な仕事を増やした気がします」
「その通りだ」
「否定してくれないんですね」
「価値を示した人間には、それに見合う仕事が回る」
「やっぱり、うれしくない話です」
ゴップ大将は、ほんの少しだけ笑った。
◇
ホワイトベースへ戻ると、正式な人事通達が待っていた。
艦はティアンム艦隊所属、原作通り第13独立部隊へ編成される。
ブライトさんは中尉。ミライさんは少尉。
アムロは曹長になり、カイさんとハヤトは伍長になった。セイラさんやフラウにも、軍籍と階級が与えられていく。
俺は渡された階級章を手のひらへ載せた。
「これ、本当に俺がつけるやつなの?」
「任官書まで受け取って、まだ疑ってるのか?」
隣でアムロが笑っている。
「書類で見るのと、実物をつけるのは違うだろ」
「向き、逆だよ」
「え?」
慌てて直そうとしたけど、今度は留め具が外れた。
「アムロ、笑ってないで助けてよ」
「少尉殿が曹長に頼むんですか」
「その呼び方やめて。ほんとにやめて」
アムロが階級章を受け取り、正しい向きで胸元へつけ直した。
「これでいい」
「ありがとう、曹長」
「急に階級を使うなよ」
少し離れた場所では、ララァも新しい書類を受け取っていた。
階級は上等兵。
医療、物資、生活区画の補助要員としての軍籍だった。
「ララァ」
声をかけると、胸元の階級章へ指を触れていた。
「これで、ここで仕事を続けられるのですね」
「うん。今まで手伝ってた仕事を、正式な役目にするんだって」
「レンも、正式な軍人になったのでしょう?」
「そうなんだけど、まだ制服に階級章が増えただけって感じだよ」
ララァが少しだけ笑った。
「似合っています」
「喜んでいいのか分からないな」
話しながらMSデッキへ入ると、黒いガンダムは装甲を大きく外されていた。
腕の周囲には新しい補強材が組まれ、シールド保持部も作り直されている。背中と脚部では宇宙用の推進調整が進み、床には見慣れない部品ケースが並んでいた。
その中に、長い刀身がある。
「これ、一号機用ですか?」
思わず近づく。
「止まれ」
整備員に肩をつかまれた。
「まだ固定も終わってない。安全線の外へ出ろ」
「見るだけです。触りませんって」
「お前の見るだけは信用ならん」
「前にも同じこと言われた」
「何度でも言う。離れろ、少尉殿」
「少尉でも駄目なんですか?」
「階級で部品が軽くなるか」
「ならないですけど……」
線の外まで戻ると、整備員が部品ケースを開いた。
厚い実体刀身の縁に、ビーム層を沿わせるための発生器が組み込まれている。
「対艦刀だ。名前と違い大型目標や重装甲だけじゃなく、通常のモビルスーツ戦でも使える。一号機の戦闘データから頑丈な近接主兵装として配備されてる」
「これを普段から使うんですか」
「そのために肩と腕と支持具を補強してる。振っただけで壊れる武器を正式装備にするか」
「それはそうですけど」
隣には短い銃身のビーム火器も置かれていた。
「こっちはビームガンですか?」
「近距離用の補助火器だ。ライフルの代わりにはならんぞ」
「腰か脚に保持できます?」
「今それを調整してる。だから寄るな」
「一回だけ持って――」
「駄目だ」
即答された。階級がついても、整備員からの扱いは何も変わらない。
少し安心した。
その時、MSデッキの通信端末が鳴った。
『ホワイトベース、応答してください。基地育児施設から緊急連絡です』
フラウが端末へ走る。
「こちらホワイトベースです。何があったんですか?」
『預かっていたカツ、レツ、キッカの三名が施設からいなくなりました。現在、周辺区画を捜索中です』
「いなくなったって……三人だけで?」
『ホワイトベースへ戻ると話していた、という証言があります』
「私、探しに行きます!」
フラウが出口へ向かおうとした瞬間、基地全体に警報が響いた。
赤い照明が点き、作業員たちが一斉に顔を上げる。
『ジャブロー全域、第一種警戒態勢。地表および水路方面に敵部隊を確認。水陸両用モビルスーツと推定される反応を含む、敵部隊が接近中』
黒いガンダムは、まだ装甲を外されたままだ。
白いガンダムの脚部修理も終わっていない。
そのうえ、カツたちが基地内のどこかにいる。
「アムロ!」
「分かってる。まずブリッジだ!」
「フラウ、三人のことは基地の捜索班にも伝えて! 一人で行かないで!」
「でも――」
「見つける! だから今は連絡を切らさないで!」
胸につけたばかりの階級章が、走るたびに制服へ当たった。
特務少尉になった実感なんて、まだない。
それでも警報は待ってくれなかった。