ベルガミノの浮きドックは、暗い宇宙に骨組みだけを広げた巨大な檻のように見えた。
ホワイトベースは主機出力を落とし、ドック側から送られてくる誘導灯へ艦首を合わせていく。外装修理用の作業腕がゆっくり開き、通信回線では入渠位置と固定手順の確認が続いていた。
『連邦軍ホワイトベース、現在の進路を維持してください。三十秒後に第一固定具を接続します』
「了解。ミライ、相対速度をもう少し落とせるか」
「落とします。ただ、左舷側の骨組みが近いわ。固定直前に少しだけ艦首を振ります」
ブリッジからの会話を聞きながら、俺は一号機のコクピットで発進待機を続けていた。目の前では整備員が最後の固定具を外し、対艦刀のロックを確認している。修理を受けるだけのはずなのに、格納庫にいる全員の動きは妙に早かった。サイド6を出た時から、誰も本当に安全だとは思っていなかった。
警報が鳴ったのは、ホワイトベースがドックの作業区画へ半分ほど入った時だった。
『熱源多数! 浮きドック外周、構造材の陰です!』
直後、モニターの向こうで光が走った。ジャイアント・バズの砲弾がドック外縁へ突き刺さり、作業用の足場と配管をまとめて吹き飛ばす。衝撃でホワイトベースの船体が揺れ、固定されかけていた作業腕が外装を擦って火花を散らした。
「敵モビルスーツ、十二! 全機スカート付きです!」
「ガンダム両機は前へ出ろ! ガンキャノン二機は艦とドックを守れ。コアブースターは後方支援、深追いするな!」
ブライトさんの命令と同時に、発進デッキの扉が開いた。
「アムロ、先に行く!」
『分かった。右から六、左から六だ。開いたら一気に来る』
アムロの声には迷いがなかった。
黒いガンダムが先に射出され、その直後を白いガンダムが追う。浮きドックの骨組みを抜けた瞬間、左右に散ったリック・ドムが一斉に向きを変えた。黒い機体が十二。ビームと砲弾が、まだ動きの鈍いホワイトベースへ重なる。
アムロのライフルが先に光った。
一機目の胸部を撃ち抜き、その爆発を避けようと上へ逃げた二機目へ照準が移る。敵が引き金を引くより早く、次の一発が頭部から胴体を貫いた。
『二機。次は後ろから来る』
アムロが数えた直後、白いガンダムは機体を横へ滑らせた。さっきまでいた場所を三本の火線が通り過ぎる。見えてから避けた動きじゃない。敵の射線が重なる前から、もう次の位置へ向かっていた。
「こっちは左を崩す!」
『任せる。でも、奥に入りすぎるなよ』
「分かってる!」
俺はドックの骨組みから姿を見せたリック・ドムの胸部へ、ビーム・ライフルを二発続けて撃った。一発目を機体を沈めてかわした敵は、二発目が装甲をかすめる直前に骨組みの外へ飛び出す。
敵は射撃戦を続けず、ヒート・サーベルを抜いて急加速した。
俺はビーム・ライフルを背部へ戻し、対艦刀を抜く。固定具が開くのに合わせて姿勢制御が切り替わり、長い刀身が一号機の右側へ滑り出した。刃の表面へ薄い光が走る。
リック・ドムのヒート・サーベルが振り下ろされた。
対艦刀を斜めに立てて受ける。光をまとった刃と灼熱した刀身がぶつかり、コクピットまで重い衝撃が響いた。それでも腕も肩も軸を外さない。相手が押し込もうと噴射を強めたところで、一号機の脚部と背部スラスターを同時に吹かした。
「押し合いなら、こっちの方がでかい!」
刀身を返しながらヒート・サーベルを外へ弾き、そのまま敵の胸部を斜めに切り裂く。リック・ドムの推進光が消え、黒い機体が回転しながら爆散した。
止まらず、その横を抜ける。
二機のリック・ドムが左右から挟もうとしていた。近い方の胴体へビーム・ライフルを撃つと、敵は機体を急降下させてビームをかわす。もう一機はその間に俺の背後へ回ろうと加速した。
俺は一号機を完全には反転させず、進行方向を残したまま腰と右腕をひねる。長い対艦刀の切っ先が、横を抜けようとした機体の背部へ届いた。
刃が推進器を割り、遅れて胴体の外装まで食い込む。爆発へ巻き込まれる前に腕を引き、一号機の軌道をドック側へ戻した。
二機目。
数を考えた瞬間、右側の警戒表示が強く点滅した。
『レン、艦へ向かった一機を止めて!』
セイラさんの声と同時に、コアブースターの機首砲がリック・ドムの胴体を狙った。敵は急旋回して火線をかわし、そのままハヤトのガンキャノンへ向かっていく。
『うわっ、近い!』
『慌てるな、ハヤト! そいつは右へ逃げる。移動先を狙え!』
カイさんのガンキャノンが敵機が加速を続けた先へキャノン砲を撃つ。リック・ドムがそのまま進めば直撃する軌道だった。
敵は砲弾へ気づき、急いで機首を反対側へ振った。
ハヤトも逃げた先へ右肩の砲を撃つ。リック・ドムは一発目を大きく機体を流してかわし、二発目の照準から逃れるため、ホワイトベースとは逆方向へ膨らんだ。
その先へ一号機を入れた。
敵のヒート・サーベルが横薙ぎに迫る。対艦刀の根元に近い部分で受け止め、腕を縮めたまま機体ごと回る。敵の武器を外へ流し、開いた脇へ長い刀身を押し込んだ。
三機目が爆発する。
近くの光にモニターが白く染まり、すぐに残った敵の位置が表示し直された。最初は十二あった反応が、もう半分ほどまで減っている。
アムロの白いガンダムは、浮きドックの外周を回り込んだ三機の間へ入っていた。正面の一機をビーム・ライフルで撃ち抜き、背後から迫る敵には振り返らずシールドを傾ける。ジャイアント・バズの砲弾が盾の端をかすめた直後、ガンダムは姿勢を反転させ、抜いたビーム・サーベルで敵の武器腕を落とした。
武器を失ったリック・ドムが離脱しようと噴射する。その軌道へ、アムロはすでにライフルの照準を合わせていた。
『四つ』
発射されたビームが胴体を貫く。
アムロの声は静かだった。
次に攻撃してくる敵がどれなのか、本人にはもう分かっているように見えた。二機が同時に散開すると、白いガンダムは片方の胸部へビームを撃つ。敵はかろうじて回避したが、その先には別方向から接近していた僚機がいた。
アムロは一機目を追い回さず、射線へ入ったもう一機を撃ち抜く。直後に機体を反転し、回避後の姿勢を立て直せていない最初の敵へ次弾を命中させた。
『五つ……六つ』
最後の一発がリック・ドムの胴体を貫いた時、戦闘開始からまだ三分も経っていなかった。けれど、残っていた三機も逃げられる状況ではなかった。
カイさんのガンキャノンは、浮きドックの骨組みへ隠れた敵の動きを見ていた。リック・ドムが遮蔽物から飛び出す位置と速度を読み、その進路へ向けて先にキャノン砲を発射する。
砲弾が着弾する前に、敵は狙われたことへ気づいた。予測された進路を捨て、骨組みの反対側へ機体を飛び出させる。
『そこに隠れたって、修理代はまけてくれないぜ!』
カイさんはすぐに手持ちのビーム・ライフルへ照準を切り替えた。遮蔽物から姿を見せたリック・ドムの胸部を、ビームが正面から撃ち抜く。
別方向では、ハヤトがホワイトベースへ接近する一機を真正面から迎えていた。肩の砲を二門同時には撃たず、片側だけを使って反動を抑える。
リック・ドムの現在位置ではなく、次に加速してくる場所へ砲身を向けた。
『当たれっ!』
ハヤトが撃った初弾を、敵は機体を傾けてかわした。けれど回避によって速度が落ち、予測していた進入軌道からも外れている。
ハヤトは流されかけたガンキャノンの姿勢を立て直し、もう一門を近距離で撃った。
砲弾がリック・ドムの脚部と腰を巻き込み、回転した機体がホワイトベースの下を通り過ぎて爆発する。
最後の一機はセイラさんを狙った。
コアブースターはガンダムほど小さく向きを変えられない。敵はそれを見て後方から追いつき、ジャイアント・バズの照準を合わせようとする。
『セイラさん、後ろ!』
『見えています』
返事は短かった。
セイラさんは無理に急旋回せず、指定されていた支援線のままホワイトベース側へ機首を向けた。ミライさんが艦をドック面から離れる側へ滑らせ、コアブースターが射撃へ移れる空間を空ける。
追ってきたリック・ドムは、ホワイトベースの砲門へ正面をさらさないよう横へずれた。
セイラさんは敵との速度差を見て推力を絞る。追い越しかけたリック・ドムの側面へ機首を合わせ、機首砲を短く撃った。
火線が敵の武器腕を砕き、続く射撃が胸部を貫く。
十二個目の反応が消えた。
同時に、浮きドックの中央区画で大きな爆発が起きた。最初の攻撃で傷ついていた支持構造へ戦闘中の流弾が入り、作業腕と外周フレームがゆっくり崩れていく。
『ホワイトベース、ドックへの接近を中止してください! 固定設備を維持できません!』
「ミライ、離脱する。各機の帰還経路を確保しながらサイド6方向へ」
「了解。浮遊物が多いわ。右へ回頭してから加速します」
ホワイトベースが崩れるドックから離れ始めると、別の通信が割り込んだ。
『こちらサイド6警備艇。交戦中の両軍へ通告します。この宙域での戦闘を直ちに停止してください。ホワイトベースには再入港航路を送ります』
カムランの声だった。警備艇は戦闘の中心へ飛び込まず、サイド6側から退路を示す位置を保っている。敵艦隊はそれ以上モビルスーツを出さず、こちらも追撃する理由はなかった。
◇
「十二機、すべて反応消失……戦闘開始から二分四十七秒です」
報告を受けたコンスコンは、モニターから目を離さなかった。
損傷艦を領空外で捉え、十二機を同時に投入した。敵の出撃口も、浮きドックの死角も押さえていた。判断を誤ったつもりはない。
それでも、リック・ドム隊は戻らなかった。
「白い悪魔だけではない。黒い悪鬼も近接戦用の大型武装を使う。キャノンと新型の高速機まで」
コンスコンは追撃命令を出さず、残った艦隊へ後退を命じた。
「戦果を報告する。こちらの失敗も隠すな。次は同じ包囲では通じん」
◇
サイド6へ戻るまでの間、格納庫は勝利を喜べる状態ではなかった。
一号機は対艦刀を保持した右腕と肩の温度が上がり、姿勢制御用の推進剤も予定より多く消費していた。故障ではないが、このまま次の連続戦闘へ出すなら点検が必要になる。白いガンダムもライフルの冷却と関節確認へ回され、二機のガンキャノンには砲撃反動によるずれが残っていた。
コアブースターから降りたセイラさんは、整備員へ機体の挙動を伝え終えてから手袋を外した。指先が少し震えている。
「大丈夫ですか?」
「ええ。今になって、速かったのだと分かりました」
それだけ言うと、セイラさんは自分の手を握り、もう一度コアブースターを見上げた。怖くなかったわけじゃない。それでも次に乗らないとは言わなかった。
ハヤトはガンキャノンの足元で大きく息を吐き、固定具へ背中を預けていた。
「ちゃんと、止められた……」
「見てたよ。前より反動に振られてなかった」
「まだカイみたいにはいかないけどな」
俺がそう言うと、近くにいたカイさんが肩をすくめた。
「比較対象に俺を選ぶなんて、ハヤトも出世したもんだ。ま、今日のところは一機ずつってことで仲良くしようぜ」
軽口はいつも通りだったが、カイさん自身も砲撃記録を何度も見返していた。十二機を倒した時間より、浮きドックを失ったことと、次に同じ数が来た時の方を気にしているようだった。
アムロは白いガンダムを降りても、ほとんど話さなかった。六機を撃破した報告を聞いても顔を上げず、整備卓に残していた古い回路板を手に取る。
役に立たない部品だと分かっているはずなのに、指は端子の一つ一つを確かめていた。
『サイド6管制局より再入港許可。指定航路へ移行します』
艦内放送が流れる。
アムロは回路板を持ったまま、閉じていく格納庫の外を見ていた。もう一度会いに行くのか、今度こそ何を話すのか。俺には聞けなかった。
やがて遠ざかっていたコロニーの灯りが、再びモニターの端へ戻ってきた。