警報が鳴り続ける通路を、俺たちはブリッジへ向かって走った。
胸につけたばかりの階級章が制服へ当たる。さっきまでは向きすら分からなかったものが、今は妙に重かった。
「フラウ、施設との回線は?」
「つながってる。でも三人とも、まだ見つかってないって」
フラウの声が震えている。
「捜索班には、ホワイトベースへ戻ろうとしてる可能性も伝えて。通路の監視記録も――」
「分かってるわよ!」
強い返事のあと、フラウは少しだけ顔を伏せた。
「……ごめん。でも、あの子たち、警報が鳴ったら余計に隠れるかもしれない」
「うん。だから一人で探しに行かないで。基地の中、今からどこが閉鎖されるか分からない」
フラウは何か言い返しかけたけど、結局、小さくうなずいた。
ブリッジへ入ると、正面モニターにはジャブロー周辺の地形と、外周部へ集まりつつある赤い反応が表示されていた。
「敵は上空からの降下部隊と、水路から接近する水陸両用モビルスーツだ」
ブライトさんが振り返らずに言う。
「外周警戒線が先行部隊を捉えた。本隊の到達まで時間はあるが、基地司令部は第一波の攻撃開始を数時間以内と見ている」
「ガンダムは両機とも修理中です」
アムロがすぐに言った。
「分かっている。だから確認する。どの程度まで動かせるのか、基地防衛へ組み込める状態なのかだ」
通信画面に、ジャブローでホワイトベースの修理を担当していたウッディ大尉が映った。背後では作業員が走り、外されていた装甲や部品が次々と運ばれている。
『二号機は右脚の支持構造を仮固定すれば歩ける。だが急制動と、片脚へ荷重を集中させる動きは保証できない』
「反応補正を落とせば負荷は減らせます。接地制御も僕が合わせます」
アムロがモニターへ身を乗り出した。
『基地防衛隊はすでに配置へ入っている。二号機には、突破された区画への局地支援を頼むことになる。仮固定で出す以上、脚が限界へ達する前に戻れ』
「分かりました」
ウッディ大尉は次に俺を見る。
『一号機は左肩、左腕、シールド保持部の主要作業を終えている。外装を戻せば地上戦には出せる。ただし宇宙用推進器、冷却系、姿勢制御の最終調整は未完了だ』
「地上で普通に動かす分には?」
『問題ない。だが改修後の出力を前提にした動きはするな。対艦刀は固定具と動作試験が終わっていない。ビームガンも火器管制との同期が未完了だ。どちらも今は使えん』
まだ武器として使える状態になっていないということか。
「分かりました。ビームライフルとサーベルで出ます」
ブライトさんが基地司令部から送られた配置図を切り替えた。
「アムロは第三防衛線。地上出入口と中央工場へ通じる進路を守れ。レンは第六水路側だ。ホワイトベース修理区画とモビルスーツ工場へ抜ける別経路を押さえる」
「了解です」
「カイとハヤトは基地防衛隊と合流し、別の出入口を支援する。ガンダム二機だけでジャブロー全体を守れると思うな。お前たちは防衛線に穴が開いた場合、それを塞ぐための予備戦力だ」
モニターの中では、すでにジム部隊が複数の防衛線へ移動していた。戦車隊と固定砲台も射界を作り、対空部隊が降下予測地点を絞っている。
俺たちがいなくても、連邦軍は戦う。その上で、足りない場所へ俺たちが入る。
「カツたちの捜索は基地警備隊と艦内要員へ回す。フラウ、お前は通信を維持しろ。勝手に持ち場を離れるな」
「……はい」
フラウは唇を噛んでから、通信席へ座った。
ララァは医療区画と避難所の連絡要員へ回されることになった。ブリッジを出る直前、担架用の固定具を抱えたララァと通路ですれ違う。
「レン」
「ララァ、避難区画から離れないで。負傷者が増えても、一人で前へ出ちゃ駄目だよ」
「はい。けれど……遠くに、細い針のようなものがあります」
ララァは胸元へ手を置いた。
「近づいているのか、こちらを見ているのか、分かりません」
何かを感じているなら、少しでも手がかりがほしい。けど、ララァに分からないことを無理に答えさせても仕方がない。
「場所は分かる?」
ララァは首を横に振った。
「なら、無理に探らなくていい。俺も気をつける」
「レンも戻ってください」
「戻るよ。今度は勝手に行かない」
そう答えて、MSデッキへ走った。
◇
本格攻撃が始まったのは、その二時間あまり後だった。
黒い一号機のコックピットへ収まると、固定具を締める音がいつもより荒く響いた。急いで戻された外装のどこかが、機体を動かすたびに低く震えている。
『左肩、左腕、保持部ともに数値は正常範囲だ。ただし調整直後だ。極端な連続機動は避けろ』
「了解。冷却は?」
『地上運用なら持つ。宇宙用の補助推進器へ余計な出力を回さなければな』
「回しませんよ。たぶん」
『たぶんをつけるな』
整備員の怒鳴り声に、少しだけ肩の力が抜けた。
隣の発進路では、白いガンダムがゆっくり右脚を踏み出していた。
『右脚、荷重六十二。まだ上がる』
アムロの声が通信へ入る。
『接地補正を三段落とす。反応は遅れるけど、これなら支持部へ一気に荷重がかからない』
「無理なら戻れよ」
『レンにだけは言われたくない』
「それもそうか」
『二人とも、試験ではないぞ』
ブライトさんの声で、俺たちは同時に口を閉じた。
巨大な隔壁が開く。湿った熱気と砲撃音が、地下の発進路へ流れ込んできた。
外へ出た瞬間、視界の上を連邦軍機が横切った。ジム三機が互いの死角を埋め、谷間から上がってくるゴッグへ集中射撃を浴びせている。固定砲台の弾が水面を叩き、泥と蒸気が壁のように立ち上がった。
その向こうから、青いズゴックが一機飛び出した。こちらを見つけて腕部砲を構える。撃たせる前に照準を合わせ、ビームライフルの引き金を引いた。
光がズゴックの胸部を貫く。青い機体は勢いを失わないまま水路脇の岩壁へ突っ込み、その場で動かなくなった。
『第六水路、敵二機追加! 一機は大型!』
基地防衛隊からの声と同時に、水面が大きく盛り上がった。
ゾックの重い機体が姿を現し、複数の砲口がこちらへ向く。
「それは、さすがに通せない!」
射線の正面へ残らず、壁際へ機体を滑らせる。光がさっきまでいた場所を焼き、地下壁面が赤く溶けた。
着地した瞬間、急いで戻された外装が鈍く鳴る。姿勢制御も少しだけ重い。宇宙用の調整途中だからというより、機体全体の再設定がまだ馴染んでいない感じだった。
それでも、戦えないほどじゃない。
ジム隊がゾックの正面から射撃を加え、俺は側面へ回り込む。大型機が砲口をこちらへ振った瞬間、反対側が無防備になった。
「今です!」
『分かっている!』
ジム二機の射撃が集中し、ゾックの巨体が揺れる。
俺はビームサーベルを抜いて踏み込み、右腕と砲口の基部をまとめて切り飛ばした。ゾックが残った砲門をこちらへ向けようとするが、動きが遅い。
無理に一人で仕留めようとはせず、射線から離れる。直後、ジムのビームが脚部を撃ち抜いた。
大型機が水路へ倒れ込み、流れを塞ぐ。
『第三防衛線、赤い水陸両用機が侵入! ジム一機大破!』
通信に混じった言葉で、背中が冷えた。
次の瞬間、別の通路から赤いズゴックが飛び出し、俺の前を横切った。
速い。
こちらが照準を合わせるより先に、向こうの腕部砲が光る。シールドを傾けて受け流したが、衝撃で黒い一号機が半歩押された。
追撃が来る前に、ビームライフルを腰だめに近い姿勢で撃ち返す。
赤いズゴックは機体を沈み込ませて避けた。光は肩のすぐ上を抜け、背後の岩壁を焼く。
ほんの一瞬だけ、赤い機体の視線がこちらへ向いた気がした。コックピットの奥へ、鋭い何かを差し込まれたような感覚が走る。
シャアだ。
しかも、前に地上で戦った時より動きが速い。
『レン、そっちへ赤い機体が行った!』
アムロの声が飛び込む。
「もう来てる! たぶんシャアだ!」
赤いズゴックは俺との間合いを切ると、白いガンダムのいる防衛線へ跳んだ。
追おうとした正面で、また水面が割れる。
青いズゴックが二機、左右へ分かれて工場側へ抜けようとしていた。
俺の持ち場はこっちだ。
「アムロ、赤いのは任せる!」
『分かった!』
迷いのない返事だった。
一機目のズゴックが腕部砲を向ける。俺は横へ踏みながらビームライフルを一発撃ち、頭部から胸部までを貫いた。
二機目は撃たれた仲間を盾にして距離を詰めてくる。ライフルを腰の保持部へ戻し、ビームサーベルを抜く。
振り下ろされた爪の内側へ踏み込み、腕を根元から切断。そのまま機体を反転させ、胴体を横に薙いだ。
青い機体が上下に分かれ、崩れるように水路へ落ちた。
今の黒い一号機で苦戦する相手じゃない。問題なのは、その向こうで白いガンダムとぶつかった赤い一機だ。
赤い爪が白い装甲を狙い、アムロは不調を抱えた右脚へ負荷を集中させないよう、機体全体をひねって回避する。以前なら装甲で受けていた攻撃を、今は最小限の動きで外していた。
白いガンダムのビームライフルが赤い機体の退路を削る。
『こいつ……やっぱりシャアだ。間違いない!』
アムロの声には、驚きより確信があった。
俺は残った敵を警戒しながら、工場へ続く進路を塞ぐ。上空でも降下部隊の数が減り始めていた。対空砲火と迎撃機が輸送機を追い払い、地上へ降りた部隊もジム、戦車、固定砲台が作った防衛線を突破できずにいる。
シャアはアムロと数度打ち合ったあと、崩れた岩壁の向こうへ退いた。
アムロは追わなかった。白いガンダムの右脚荷重が、すでに許容値の上限へ近づいている。
『全機、深追いするな! 第一波は後退中だ!』
ブライトさんの命令が飛ぶ。
『基地防衛線を維持しろ。まだ攻撃は終わっていない!』
赤い機体の反応が消えても、胸の奥に刺さった感覚だけが残っていた。
シャアが戻ってきていた。
◇
格納庫へ戻ると、ウッディ大尉は白いガンダムの脚部を見上げながら作業員へ指示を飛ばしていた。
「二号機は右脚を再点検! 一号機は冷却系と外装固定を確認しろ! 部品を外す前に戦闘記録を抜け!」
前線へ出ることだけが戦いじゃない。壊れた機体を調べ、次の攻撃までにもう一度動ける状態へ戻す。それがウッディ大尉と整備員たちの持ち場だった。
コックピットを降りると、アムロも向こうから歩いてきた。顔色は悪いが、足取りはしっかりしている。
「シャアだった」
「うん。俺も感じた」
「前より速かった。水の中だけじゃない。地上でも、こっちの動きを見てから変えてくる」
「赤い機体だからってだけじゃないよな」
「違う。あの動きは、あいつだ」
ブリッジからの連絡が入った。
『第一波は後退。基地側損害を集計中。カツ、レツ、キッカの三名は、まだ発見されていません』
アムロと顔を見合わせる。
敵の第一波は押し返した。けれど基地では人も機体も傷つき、三人はまだどこかを歩いている。
通信席では、セイラさんが赤いズゴックの戦闘記録を受け取っていた。
シャアの名前が出た瞬間、端末へ置いた指が止まる。けれど何も言わず、すぐに次の通信をつないだ。
俺も聞けなかった。
今はまだ、聞けることなんて何もない。
◇
カツたちは、避難する人の流れを避けるうちに、知らない通路まで入り込んでいた。
「こっちで合ってるのかよ」
レツが小声で言う。
「さっきの表示には、格納庫って書いてあったよ」
カツはそう答えたが、壁の案内灯は途中から消えている。
キッカが二人の服をつかんだ。
「ねえ。何か音がする」
三人とも黙った。
遠くで、水が落ちる音がした。その奥から、重いものが床へ触れる音が一度だけ響く。
人の足音ではない。
閉じかけた隔壁の向こうを、大きな丸い影がゆっくり横切った。