サイド6の港を離れると、警備艇がホワイトベースの前方へ出た。
白い船体には中立を示す識別灯が点滅し、こちらと領空境界を結ぶ航路を先導している。そのさらに先には、出力を落としたまま動かない熱源が並んでいた。
「大型艦二。うち一隻はチベ級、もう一隻はムサイ級と推定。小型反応六、艦の周囲で待機しています」
ブリッジからの報告を聞きながら、俺は一号機の操縦桿を握り直した。
右腕と肩の温度は正常。推進剤も補充されている。第79話の戦闘直後よりはずっといいけど、機体も武器も新品に戻ったわけじゃない。ビーム・ライフルの残弾と冷却、対艦刀の支持具まで、格納庫を出る前にもう一度確認してある。
隣の発進位置には、アムロの白いガンダムが固定されていた。
『敵は六機だけじゃない。艦砲と一緒に来る』
「俺もそう思う。十二機で失敗した後だし、同じことはしないだろ」
『うん。今度は僕たちじゃなくて、ホワイトベースを狙うかもしれない』
アムロの声は落ち着いていた。
『ホワイトベース、現在の航路を維持してください』
カムランさんの声が艦内通信へ入った。
『領空境界まで四分。警備艇は境界手前で減速し、貴艦の通過を確認後に反転します』
「了解しました。敵艦隊はまだ中立領域外に留まっています」
ミライさんの返事も、前に聞いた時と同じく職務上のものだった。
『こちらから警告を送っています。領空内での発砲があれば、記録とともに両政府へ通告します。ただし、境界を越えた後までは守れません』
「そこまでしてもらえれば十分です」
ブライトさんが答える。
「各機、発進準備。白と黒のガンダムは前方。ガンキャノン二機は艦の左右、コアブースターは後方支援。領空境界を越えるまで発砲するな」
発進デッキが開いた。
「レン、ガンダム一号機、出ます!」
一号機がカタパルトから押し出される。白いガンダムが続き、カイさんとハヤトのガンキャノン、セイラさんのコアブースターもホワイトベースの周囲へ展開した。前方の警備艇とすれ違わないよう速度を合わせ、航路の中央を進む。
敵の六機は、二機ずつ間隔を空けていた。左右に一組ずつ。残る一組はチベとムサイの間にいる。十二機で包囲した時より少ないのに、配置はずっと嫌だった。
『境界まで三十秒です』
カムランさんの警備艇が減速を始める。
『ミライ、ここから先は——』
「分かっています。随伴、ありがとうございました」
一瞬だけ間が空いた。
『無事を祈ります。ホワイトベース』
警備艇が横へ外れた。
ホワイトベースはその先へ進み、サイド6領空を示す境界表示を越える。
敵は、それまで一発も撃たなかった。
◇
「境界通過を確認」
報告を受けたコンスコンは、前方モニターに映る木馬を見つめた。個々に相手をしてはならない。
「第一、第二組は白と黒を左右へ引き離せ。深追いは不要だ。第三組は木馬後方へ回り、高速機とガンキャノンを押さえる」
「了解」
「モビルスーツ隊の突入に合わせ、チベとムサイは砲撃を開始。狙うのは木馬だ。敵機を倒すことへ固執するな」
六機で十二機の失敗を取り返せるとは考えていない。
だが艦砲を含めれば、戦力は別の形になる。白と黒を母艦から離し、残った機体の防衛線を崩す。木馬さえ沈めれば、ガンダム二機も帰る場所を失う。
コンスコンは中立領域から離れていく警備艇を確認した。
「全艦、攻撃開始」
◇
最初に動いたのは左右の四機だった。
二機がアムロへ、二機が俺へ向かってくる。正面から撃ちながら外へ広がり、白黒二機をホワイトベースから引き離そうとしていた。
「分かりやすく誘ってるな」
『でも、後ろの二機がまだ動いてない』
アムロは敵の砲火を避けながら、ホワイトベースとの距離を広げなかった。
次の瞬間、チベとムサイの主砲が光る。
『艦砲射撃、来ます!』
セイラさんの警告と同時に、ホワイトベースが右へ回頭した。ミライさんが敵艦二隻の射線が重ならない側へ艦首を振り、最初の砲撃を船体の下へ流す。
それに合わせ、待機していた二機のリック・ドムが加速した。狙いはガンダムじゃない。ホワイトベースの後方へ回り、カイさんとハヤトの間を抜けようとしている。
『レン、右の二機はそのまま来ない!』
アムロが叫んだ。
俺を誘っていた一機が急に反転し、もう一機だけが射撃を続ける。片方が俺を引きつけ、片方が艦へ戻るつもりだ。
「させるか!」
追っていた敵を無視して一号機を反転させる。
背後からジャイアント・バズの砲弾が来た。シールドで正面から受けず、機体を回して端へ当てる。爆発の衝撃で姿勢が流れたが、その勢いへ脚部スラスターを重ねた。
艦へ戻ろうとしていたリック・ドムの進路へ、ビーム・ライフルを一発撃つ。敵は急停止に近い噴射で射線を外れた。そこへ追いつき、二発目で胴体を撃ち抜く。
『右後方の一機、こちらで押さえます!』
セイラさんのコアブースターが、残る突入機へ機首を向ける。敵は高速機を避けて横へ逃げた。その先にはハヤトのガンキャノンがいた。
『カイ、次は左へ行く!』
『見えてる! ハヤトは右を閉じろ!』
二機のガンキャノンが同時に撃たず、敵の逃げ道を左右から一つずつ塞ぐ。リック・ドムは最初の砲弾を避けたが、次に向きを変えられる側は限られていた。カイさんのビーム・ライフルが胸部を貫く。爆発した敵機の向こうから、ムサイの砲撃が迫った。
「ミライ、下げるな! 左舷を敵へ向けろ!」
「分かっています。砲撃班、照準を維持して!」
ホワイトベースは後退せず、左へ船体を滑らせた。ムサイの火線を外しながら、こちらの主砲が正面を向く。ブライトさんの命令が飛ぶ。
「ムサイの中央部を狙え。各砲、撃て!」
主砲二門から放たれた光の一つは外れた。もう一つがムサイの右舷後方へ突き刺さり、推進器と砲塔の間で爆発する。ムサイの姿勢が崩れ、二度目の砲撃が大きくそれた。
その間にも、アムロは二機を相手にしていた。
白いガンダムを追う敵は、互いに距離を崩さない。片方が射撃すれば、もう片方が回避先へ照準を置く。前のリック・ドムとは動き方が違う。
『アムロ、戻れそうか?』
『戻ってる。あの二機は僕を外へ追ってるんじゃない。艦砲が撃つ場所へ押し込もうとしてる』
白いガンダムは敵から逃げるように見えた。けれどチベの砲口が光る直前、アムロはまだ何も飛んでいない空間へ機体を沈めた。
砲撃が来る。
リック・ドム二機は、白いガンダムが避けた先を挟むつもりで加速した。
アムロはその間へ入らなかった。
逆に一機の外側へ回り、もう一機との射線を重ねる。後方の敵は味方が邪魔になって撃てず、前の一機だけが急いで機体をひねった。白いガンダムのビームが、露出した背部推進器を撃ち抜く。
アムロは爆発を確認する前に、残る一機へ照準を移していた。敵がどこへ逃げるのか、もう分かっているような動きだった。
二発目がリック・ドムの腰を貫く。
『二機を撃破。レンの後ろにいる一機が、もう一度艦へ向かう!』
言われて振り返る。最初に俺を引きつけていた敵が、背後から加速していた。俺を撃つ角度なのに、砲口は一号機ではなくホワイトベースへ向いている。
俺は対艦刀を抜いた。
敵の進路へ斜めに置く。リック・ドムが衝突を避けて機体を持ち上げたところへ、一号機の肩を入れた。
姿勢を崩した敵のヒート・サーベルが外へ流れる。対艦刀を短く返し振り切りドムを真っ二つに切り落とした。
「一機仕留めた! アムロ、前を頼む!」
『分かった!』
残っていた二機のうち、一機はセイラさんとハヤトへ進路を塞がれ、もう一機はムサイの援護へ戻ろうとしていた。
アムロは白いガンダムをその間へ走らせる。敵の噴射方向と、ムサイの傾いた艦首を一度に見ていた。
『そっちじゃない。次に撃つのはチベだ!』
アムロの声と同時に、白いガンダムが急上昇する。
チベの主砲が、さっきまでアムロとセイラさんがいた場所を通り抜けた。回避の遅れたリック・ドムが味方の射線を避けようと機体を横へ流す。
そこへアムロのビームが命中した。
最後の一機は離脱へ移ろうとしたが、ハヤトの砲撃が加速先を塞ぎ、セイラさんの機首砲がジャイアント・バズを破壊する。武器を失って動きが止まったところを、アムロの次弾が胴体ごと貫いた。
六機の反応が、すべて戦闘可能範囲から消えた。ムサイも推進器から火を吹き、戦列を離れていく。
残ったのは、コンスコンのチベだけだった。
◇
『敵旗艦、増速!』
オペレーターの声が響く。
チベは撤退しなかった。
損傷していない主機を全開にし、船首をホワイトベースへ向けている。砲撃のための接近ではない。あの質量のまま、こちらへぶつかるつもりだ。
「ミライ、右へ回避! 各機は進路上から退避しろ!」
「この距離では回り切れません! 艦尾を下げます!」
ホワイトベースが船首を右へ振りながら、艦尾側の噴射を強める。チベも進路を修正した。大きな艦体は急には曲がれない。それでも衝突範囲から外さないよう、片側の推進器を絞ってこちらを追う。
『白いのを止めろ! 木馬をここで沈める!』
開いた回線から、コンスコンの声が漏れた。チベの残った砲塔がアムロへ向く。
「アムロ、上は撃たれる! 下から回れ!」
『見えてる。あの艦、右へ向きを変える時に下側の噴射が遅れる!』
白いガンダムのビーム・ライフルが警告を出していた。連続射撃で冷却が追いつかず、残りのエネルギーも多くない。アムロはライフルを捨てず、背部へ固定した。
代わりにビーム・サーベルを抜く。俺はチベの右側へ残っていた砲塔へビーム・ライフルを撃った。砲身の基部が弾け、アムロへ向こうとしていた射線が一つ消える。
けれど、もう一基が白いガンダムを追っていた。
「カイさん、アムロの上!」
『言われなくても見えてる!』
ガンキャノンの砲弾がチベ上面の装甲へ当たり、砲塔の照準をずらす。その隙に白いガンダムは艦底へ潜った。チベがホワイトベースを追って右へ回る。旋回を支える噴射口のうち、下側後方だけが一瞬遅れて強く光った。
アムロはそこへ向かわなかった。
噴射口の少し前、装甲が分かれた線へ機体を寄せる。主機と艦内の動力をつなぐ区画らしい。
『ここだ……!』
白いガンダムがビーム・サーベルを突き立てた。刃が外装を抜き、内部へ沈む。一度目の爆発は小さかった。その光が艦底を走り、少し遅れてチベの後部全体が内側から膨らんだ。
主機の噴射が消える。
前進していた艦体は慣性のまま進み続けたが、もうホワイトベースを追って進路を変えることはできなかった。
『総員、衝撃に備え——』
コンスコンの声が途切れた。チベの中央部が折れ、大きな爆発が艦橋と機関部をまとめて飲み込む。白いガンダムは直前にサーベルを抜き、爆風へ押されながら艦底から離れた。
「アムロ!」
『大丈夫だ。機体は動く』
白いガンダムの外装には破片が当たり、シールドの表面も焼けている。それでも姿勢を戻し、こちらへ向かってきた。俺は一号機を横へ並べた。
「無茶するなよ」
『レンに言われたくない』
「それはそうだけどさ」
短いやり取りの後、二機でホワイトベースへ戻る。遠くでは、サイド6の警備艇が領空内から戦闘の終わりを確認していた。
『こちらサイド6警備艇。敵艦隊の戦闘停止を確認しました』
カムランさんの声が入る。
『ホワイトベース、これ以上の追撃反応はありません』
「随伴と監視に感謝します」
ミライさんが答えた。
『どうか、そのまま無事に』
「ええ。あなたも」
それだけで通信は終わった。ホワイトベースはサイド6へ戻らず、艦首をソロモン方面へ向けた。
格納庫へ収容された一号機は、推進剤をまた予定より多く使い、シールドと右肩外装に砲弾の破片痕が残っていた。白いガンダムはビーム・ライフルの冷却が必要で、シールド表面と脚部にも細かな損傷がある。
二機のガンキャノンも砲弾をかなり消費し、コアブースターには機首砲の補給と推進系の点検が必要だった。
勝ったからといって、何も減らなかったわけじゃない。アムロは格納庫の端から、モニターに小さく映るサイド6を見ていた。
サイド6の灯りは次第に小さくなり、やがて宇宙の暗さへ紛れていく。
ホワイトベースはそのまま、新しい航路へ入った。