一号機を固定台へ収めると、整備員たちが右肩とシールドへ集まってきた。外装へ食い込んだ破片を抜き、推進剤の残量と各部の温度を確認していく。一号機の損傷は軽い。右肩の外装を交換し、シールド表面を補修すれば戦える。それでも、推進剤も部品も使った分だけ減っている。
隣では二号機のビーム・ライフルが冷却装置へ接続されていた。シールドは焼け、脚部装甲にはチベの破片がいくつも刺さっている。アムロは整備員と一緒に、脚部の接合部を確認していた。
「熱でくっついてるだけでフレームには届いてない。これなら軽くリペアするだけで済むと思う」
「次の補給で同じ部品が来る保証はないですしね」
「そうだな」
アムロはサイド6を離れてから、父親のことを口にしていない。話したくないのか、自分の中で整理しているのかは分からない。少なくとも、俺が無理に聞き出すことじゃなかった。
カイさんとハヤトのガンキャノンでは、使った砲弾の数が集計されている。セイラさんのコアブースターも機首砲の補給に加え、推進器を確認することになった。
「勝つたびに修理箇所が増えてないか?」
カイさんがガンキャノンの脚元から顔を出した。
「負けたら修理する機体もなくなるよ」
ハヤトが返す。
「縁起でもないことを言うな」
そう言いながら、カイさんも笑ってはいなかった。今までなら、戦闘が終われば次の補給地を目指せばよかった。だが、これから向かうのは前線へ集結中の艦隊だ。補給を受けるためではなく、その補給を使って要塞へ攻め込むために。
それから数日後。
十二月八日、ホワイトベースはワッケイン少将の指揮下へ入る艦隊と合流した。
宇宙の暗闇に、サラミスとマゼランが何隻も並んでいた。その間を補給艦と連絡艇が行き交い、艦外ではジムやボールが編隊を組む訓練を繰り返している。ジャブローで見た数より多い。それでも、これが連邦軍のすべてではなかった。別方面にも艦隊が集まり、ソロモンを包囲する準備を進めているらしい。
ホワイトベースへ補給艇が接舷すると、格納庫へ弾薬と推進剤、交換用の外装が運び込まれた。
一号機も二号機も、出撃可能な状態へ戻せる。
だが、完全に元どおりになるわけじゃない。
何度も交換した部品と補修材が、黒い装甲の下へ積み重なっている。サイド7を出た時の一号機とは同じ機体ではなかった。艦隊との合流から二時間後、ブライトさんはブリッジの正面モニター越しにワッケイン少将と会談した。
『ホワイトベースの戦闘記録は確認した。サイド6周辺での戦果も含め、諸君の部隊が通常の独立艦以上の戦力を持つことは認める』
褒めている口調ではなかった。
『だからこそ、攻略作戦では前衛任務を担当してもらう。敵の防衛線を探り、主力艦隊が進入できる経路を確保するのが役目だ』
「先鋒ということですか」
『単独で突入しろという命令ではない。友軍と連携しろ。だが、ガンダム二機と実戦経験を持つホワイトベースが、後方にいることも許されん』
ブライトさんはすぐには答えなかった。
俺たちの戦力が評価されるほど、危険な場所へ回される。当然といえば当然だけど、搭乗者の年齢まで考えて手加減してくれる戦争じゃない。
「了解しました。具体的な配置と作戦開始時刻の通達を待ちます」
『主力側でも対要塞作戦を準備している。詳細は権限に応じて開示する。それまでは補給と訓練を優先しろ』
通信はそこで終わった。
俺はソロモンの立体図へ目を向けた。岩塊を利用した巨大な要塞と、その周囲へ何重にも設定された防衛線。
そこへ正面から攻め込む日が、もう近い。
◇
同じ日の夕方、俺とアムロはブライトさんに呼び出された。小会議室にはミライさんもおり、机の中央へ機密指定された文書が表示されていた。
「作戦会議じゃないんですか?」
アムロが尋ねる。
「ソロモン攻略に関係はある。ただし、別系統の命令だ」
ブライトさんが端末を操作すると、画面へ一つの型式番号が現れた。
RX-78NT-1。
その文字を見た瞬間、頭の奥で何かが引っかかった。
「アレックス……」
思わず小さく口にすると、アムロがこちらを見る。
「知ってるのか?」
「名前だけ。ジャブローで軽く報告だけ受けてる」
ゴップ大将とのやり取りだ。
青と白のガンダム。雪のような景色。アムロ用のモビルスーツ。
「連邦軍が高反応操縦者向けに開発している新型機だ」
ブライトさんが続けた。
「記録された二号機の操縦ログとその報告を解析した結果、アムロの反応に機体側が追いつかなくなり始めていると判断された」
アムロの顔がわずかに曇った。
「二号機が壊れているんですか?」
「故障ではない。設計時に想定された反応速度を、お前の操作が越え始めているということだ」
「それで、新しいガンダムを?」
「予定を前倒しして、前線へ移送することが決まった。本来の受領者はお前だ」
アムロはすぐに喜ばなかった。机の上の型式番号を見つめたまま、指を握っている。
「二号機は、どうなるんです」
「新型が届いたから即座に移管するわけではない。調整も実戦確認も必要だ。その間は2号機に引き続き乗ってもらうし使えるようなら他の者が乗ることになるだろう、まぁ実物を見てから判断する」
ブライトさんはそう答えた後、表示を切り替えた。次に出たのは、高速輸送艇の航路だった。
「新型機はノルウェーの施設で現在最終調整中だ。その後一度リボーに移送されてからこの艦に送られる予定になっている。だがコロニーから通常の輸送艦でこの艦隊へ直送すれば、敵に計画の存在を知らせる危険がある」
「僕が取りに行くんですか?」
アムロの問いに、ブライトさんは首を振った。
「お前はここを離せない。攻略戦で二号機を動かせるのはお前だけだ」
その視線が俺へ向く。
「受領確認にはレンが向かう」
「俺が?」
「以前、お前が提出した移動試験案も判断材料になったらしい。新型機の機密資格を持ち、ガンダムの整備と実戦運用をそれなりに理解している尉官の人間が必要だそうだ」
ここで特務少尉の出番ということか。
一号機を置いてホワイトベースを離れる不安が出てきた。
「ソロモン攻略の前ですよね。一号機まで抜けたら、艦の戦力が落ちます」
「一号機は残す。高速艇にはモビルスーツを二機搭載できるが、その格納枠は新型機と随伴機の輸送に使う。往路から一号機を載せれば、帰路の搭載計画が崩れる」
自分の機体を残していく。サイド7で初めて乗ってから、地上でも宇宙でも、ずっと一緒に戦ってきた一号機を。数日だとしても、機体を置いて艦を離れるのは初めてだった。
「予定期間は?」
俺より先にアムロが聞いた。
「明日出発。十二日にリボーへ到着し、十四日までに機体と輸送要員を出発させる。十九日ごろには指定宙域でホワイトベースと再合流する予定だ」
「予定どおりに進まなかった場合は?」
「作戦開始前の合流が不可能と判断された時点で、別の護衛艦隊へ引き渡す。その場合はレンが向こうに残ることになる」
ブライトさんは、最初からこの任務を歓迎していたわけではないらしい。
「ソロモン攻略前に一号機のパイロットを外すことには反対した。だが、アムロ用の機体を前線へ移す任務も、今後の戦闘には必要だ。ワッケイン少将とも確認した上で、この日程なら許容できると判断した」
「分かりました。行きます」
アムロが横から俺を見る。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫じゃなくても、誰かが受け取りに行かなきゃ届かないだろ。それに、俺が行けば機体の状態を確認できる」
「無理だと思ったら戻れよ」
「アムロも、俺がいない間に無理するなよ」
「それは僕の台詞だ」
どちらからともなく、少しだけ笑った。
◇
翌朝、高速艇はホワイトベースの左舷側へ接舷していた。
高速艇は、モビルスーツ二機を収容できる格納庫を船体後部に備えた高速輸送艇だった。往路の格納庫は空で、固定架と簡易整備設備だけが並んでいる。
一号機は格納庫に残る。整備員へ状態を引き継ぎ、操縦席から個人設定用の記録媒体だけを外した。
「勝手にいじらないでくれよ」
「誰に言ってる。お前より丁寧に扱ってやるよ」
整備員はそう言って、一号機の脚部を軽く叩いた。出発準備を終えて搭乗口へ向かうと、ララァが小さな荷物を持って待っていた。
「ララァも見送り?」
「いいえ。私も同行します」
「え?聞いてないんだけど」
「先ほど正式に言われました」
後ろから来たブライトさんが説明する。
「戦闘配置を崩さずに出せる補助要員として、ララァを同行させる。連絡文書と物資記録、艇内での生活補助を担当してもらう」
「危険はないんですか?」
アムロが尋ねた。
「安全な任務とは言えない。だが前線に残ることが安全とも言えない」
ララァはアムロへ向き直った。
「私が決めました。レン一人だけを行かせるより、できることがあると思います」
「そうか……」
アムロは納得し切ってはいない顔だったが、止めなかった。
「何かあったら、無理に進まないで」
「はい。アムロも気をつけてください」
フラウが保存食の入った袋を渡し、カイさんは高速艇を見て「快適ではなさそうだな」と笑った。ハヤトは航路図を確認し、セイラさんは中継拠点で使う識別符号をもう一度教えてくれた。
長い別れではない。予定どおりなら十日ほどで戻る。それでも、搭乗口をくぐる時には足が止まりそうになった。
「レン」
ブライトさんに呼ばれて振り返る。
「任務は新型機の確認と引き渡しだ。戦闘ではない。問題が起きた時は機体より乗員の帰還を優先しろ」
「了解しました」
「必ず戻れ」
「はい」
扉が閉まり、高速艇がホワイトベースから離れる。
窓の向こうで、白い艦が少しずつ小さくなっていった。その周囲にはサラミスとマゼランが並び、さらに遠くにはソロモンへ向けて集まる艦隊の灯りが続いている。
一号機も、アムロも、みんなもあそこに残っている。
俺は前を向いた。
高速艇の進行方向には、リボーへ続く航路が細い光の線として表示されていた。