ホワイトベースを離れて最初の夜、俺は高速輸送艇の格納庫にいた。
二機分の固定架が並ぶ空間には、まだモビルスーツの姿はない。床へ収納された給電ケーブルと冷却管、壁際の簡易診断装置だけが、帰路にはここへ機体が収まることを示していた。
一方はアレックス。
もう一方は、その護衛として用意されるジム・コマンドの宇宙戦仕様らしい。
一号機を連れてこなかった理由は分かっている。往路から一機を積めば遅くなり合流計画が崩れる。それでも、何も載っていない固定架を見ていると、機体を置いてきたことを改めて実感した。
「ここにいましたか」
背後からララァの声がした。振り返ると、端末と二つの飲料パックを持っている。
「寝られなかったんですか?」
「まだ寝る時間じゃないだろ」
「先ほどから同じ資料を三度開いています」
「見てたのかよ」
「通信記録を整理していたら、閲覧履歴が残っていました」
ララァは片方の飲料パックを差し出した。受け取ってから、俺は固定架の脇に置かれた折り畳み席へ座る。
端末にはRX-78NT-1の概要が表示されていた。
高い追従性を前提とした駆動系。通常より細かく分けられた姿勢制御。反応速度を優先した操作系。そして、搭乗予定者として登録されているアムロ・レイの名前。
「強そうな機体ですね」
「資料の上ではな」
「実際は違うのですか?」
「分からない。まだ見てないからね」
仕様書を読めば、二号機より高性能に見える。けれど実戦では、数字どおりに動く機体ばかりじゃない。地上で動いた機体が宇宙でも同じように動くとは限らないし、操縦者へ反応しすぎれば扱いにくくなる。前世知識でも反応が過剰すぎて通常パイロットだと扱いきれなかったという記憶もある。
まぁ乗る予定なのは今のアムロだ。たぶん大丈夫だろう。サイド6を出る前の戦闘でも、かなりの動きをしていた。アレックスが高反応機だからといって扱えないということはないだろう。
「知っている機体なのですか?」
ララァが尋ねた。
「名前と姿を、少しだけね」
青と白のガンダム。雪の積もった街。子どもと若い兵士と、クリスという女性。
ポケットの中の戦争。そもそも、このアレックスは俺たちが迎えに行き、予定より早くリボーを出る。もう同じ話にはならない。サイクロプス隊がどうなるかは分からないが正直そこまで考える余裕はない
「それなら、実際に見てから考えるしかありませんね」
「結局、そうなるね」
ララァは俺の隣へ座り、自分の端末を開いた。
「受領書類は整理しました。輸送艇へ積む補給物資の一覧も、現地の記録と照合できるように分けています」
「もう終わったのか?」
「まだ仮整理です。現地で番号が変わるかもしれません」
さすがララァ仕事をきちんとしている。
ニュータイプだとか、シャアと何かを感じたとか、そういう話を抜きにしてもララァの書類の整理は早かった。分からない部分を勝手に判断せず、確認が必要な項目として残している。普通に優秀だった。
少人数では、そういう人の方が助かる。
「ありがとう。俺一人だったら、受領確認だけで時間を使ってたかもしれない」
「それなら、同行した意味はありましたね」
ララァは少しだけ笑った。
三日間の航行中、俺たちは空の格納庫と小さな食堂、それぞれの居室を行き来した。乗員は操艦と通信に必要な人数だけで、ホワイトベースのような騒がしさはない。食事の時間も短く、誰かが走ってくることも、緊急出撃の警報が鳴ることもなかった。
落ち着くはずなのに、静かすぎると逆に居心地が悪い。そのたびにアレックスの資料を開き、二号機と一号機の実戦ログを見比べた。
だが、結論は同じだった。実機を見なければ分からない。
◇
十二月十二日。
高速輸送艇はリボー・コロニーの通常港へ入港した。
窓の外には、軍艦ではなく民間の輸送船や旅客艇が並んでいる。荷物を積み下ろす作業員の向こうを、買い物袋を持った家族や学生らしい集団が歩いていた。戦争中とは思えないほど普通だった。警報もなく、砲撃の跡もない。街路には季節の飾りが下がり、店舗の広告には年末の催しが映っている。
「ここもサイド6なんだな」
「はい。いくつかのコロニーがあります」
ララァも窓の外を見ていた。
「リボーへ来たことは?」
「ありません。名前を聞いた程度です」
入港手続きでは、任務内容を伏せたまま連邦軍の認証だけを使った。
俺とララァが表向き持っているのは、軍需物資の受領確認と輸送調整の命令書だ。
通常港を出た後、俺たちは施設側から来た車両へ乗せられた。車は市街地を抜け、倉庫と工場が並ぶ区画へ入っていく。窓から見える建物に、軍の標識はない。入口の警備員も作業服姿で、車両が地下通路へ入ってからようやく連邦軍の識別章が現れた。
「民間区画のすぐ近くに、こんな施設を作ったのか」
「見つからないためでしょうか」
「見つからないならな」
中立コロニーの内部へ機密兵器を持ち込む。連邦にとっては安全な保管場所でも、何か起きれば巻き込まれるのはここで暮らしている人たちだ。軍人の俺が今さら言えることでもないけど、落ち着かない。
地下の検問所で身分証と命令書を確認され、ララァの持ってきた物資記録も照合された。係員は俺の顔と階級表示を交互に見る。
「受領確認担当の少尉とは、あなたですか?」
「そうです」
「失礼しました。年齢については、こちらから確認できない扱いになっていましたので」
「よく言われます」
それ以上は聞かれなかった。施設内部へ通されると、空気が変わった。民間港の匂いも話し声もなくなり、機械の作動音と整備員の短い指示だけが通路へ響いている。
案内役が一つの扉の前で止まった。
「受領責任者をお呼びします。ここでお待ちください」
数分後、奥から一人の女性士官が歩いてきた。ロングの赤髪を束ね整えている、手には端末を持っている。若いけれど、歩き方にも視線にも迷いがない。
「地球連邦軍中尉、クリスチーナ・マッケンジーです。RX計画試験部隊で、機体の評価と調整を担当しています」
「レン・イズミ特務少尉です。こちらは同行補助要員のララァ・スン上等兵」
「よろしくお願いします」
ララァが頭を下げる。
クリスは俺たちの顔を確認した後、すぐに端末へ視線を戻した。
「まず命令書と受領資格を確認します。機体の出発予定は十四日ですが、それまでの確認範囲はどこまでですか?」
「機体状態、輸送固定、予備部品、操縦ログの受け渡し。それと、WBへ到着後の調整に必要な人員と設備の確認です」
「試験飛行の承認は?」
「ありません。俺が操縦する予定もないです」
クリスはわずかに表情を緩めた。
「確認できて助かりました。機体を見た途端に乗せてほしいと言う人もいますから」
「俺の機体じゃないので」
「命令書どおりですね」
クリスは俺の資格情報を開き、少しだけ眉を上げた。
「ガンダム一号機の正規搭乗者。実戦記録も確認済み……本当に十三歳なんですね」
「そこもよく言われます」
「驚きはします。でも、今回必要なのは年齢ではなく、機体を前線で運用した人間の確認です」
その言い方は子ども扱いでも、持ち上げてもいなかった。
「案内します。アレックスは今朝、地球から到着したばかりです」
◇
格納庫の隔壁が開いた。白と青の機体が、整備用の固定台に立っていた。ガンダムと似た輪郭はある。まぁ当然か。
それでも、肩、胸部、脚部の形は違い、全体が一段引き締まって見えた。装甲の一部は開かれ、内部へケーブルと診断装置が接続されている。
前世で見たアレックスだ。
そう思ったのに、記憶の中にある完成した姿とは違った。
足元では整備員が姿勢制御系を確認し、頭部横の画面には複数の警告表示が残っている。宇宙用推進器の一部も開放されたままだった。
「到着したばかりなので、まだ輸送後診断の途中です」
クリスが説明する。
「地上での基本試験と最終調整は終えています。ただし、宇宙での姿勢制御は実測が足りません。高反応設定で操作すると、補正が過剰になる箇所も残っています」
「反応が速すぎて、姿勢制御が追いつかない?」
「近いです。操作入力には応えます。でも、その後の機体安定まで同じ速度で処理できるとは限りません」
画面へ、細かな揺れを示す記録が表示された。
「アムロの操縦ログは届いていますか?」
「少し前のものまでです。最新分は?」
俺は持ってきた記録媒体を取り出した。
「サイド6周辺戦までの二号機と、一号機の比較ログです。二号機の方がアムロ。俺のログは機体負荷の比較用に入っています」
「確認しますね」
クリスが媒体を端末へ接続する。最初に開いたのはアムロの記録だった。
操作入力と機体反応のずれを数区間確認し、その後で俺のログへ移る。しばらく無言で見ていたクリスの表情が、次第に険しくなった。
「この警告、解除せずに戦闘を続けたんですか?」
「どれです?」
「推進剤の消費超過。それから、武装支持部の負荷警告」
「途中で戻れなかったので」
「だから継続したんです?」
「続けたくて続けたわけじゃないですけど。肩の使用を抑えて、推進配分を——」
「警告を別の負荷へ置き換えただけですね」
返す言葉がなくなった。クリスは俺を責めたいわけではないらしい。画面と一号機の運用記録を見比べ、何が起きたのかを確認している。
「その状況で帰還した技量は素直に感嘆します、これはすごいですね」
クリスはアムロのログへ戻った。
「最新記録を使って操作追従を調整します。ただし、本人が乗っていない状態では途中までしかできませんが。火器管制も宇宙戦データが不足していますし、輸送後にもう一度診断が必要ですね」
「十四日に出せますか?」
「輸送状態にはできます」
「実戦状態は?」
「それはたぶん無理ですね。とりあえずはホワイトベースへ届けること、届いてから考えましょう。現地でアムロ曹長の操作確認が必要です」
「分かりました」
アレックスはここにある。けれど、これを運べばすべて解決するわけじゃなかった。クリスは診断画面へ残る項目を一つずつ確認し、作業担当へ指示を送った。
「宇宙用補正、火器管制、最新ログとの同期、輸送固定後の再診断。明後日までに、確認できるものは全部確認します」
その声に迷いはなかった。俺は白と青の機体を見上げた。知っているはずのアレックス。知っているはずのリボー。
それなのに、目の前で進んでいるものは、もう俺の記憶と全く違っていた。