アレックスの横に設置された診断画面には、まだ黄色い表示がいくつも残っていた。
宇宙用の姿勢制御。高反応設定を入れた時の補正。火器管制と機体制御のずれ。致命的な異常はない。
「まずは最新の操縦記録を入れます」
クリスさんが端末を操作すると、俺が持ってきた二号機のログが画面へ展開された。操縦入力と機体反応を表す二本の線が並んでいる。低速域ではほとんど重なっていた線が、戦闘機動へ入ると少しずつ離れ始めた。アムロの入力に二号機が遅れてついていっている。
「戦闘ではもっと遅れてました」
「これ以上ですか?」
「ログに残ってるのは機体が処理できた分だけです。アムロはその先まで操作を入れてる」
クリスさんは画面を拡大した。旋回が終わる前に回避。回避が終わる前に照準修正。その途中で次の加速方向が入力されている。
「操作が速いというより……」
クリスさんがしばらく線を追う。
「敵が次に撃つ場所へ先に対処しようとしてたのでしょうね」
「たぶん見えてますね。撃たれてから避けてるんじゃない」
アムロが二号機を置き去りにし始めているのは間違いない。でも、それは操縦技術だけの問題じゃなかった。敵の動きや攻撃を感じるのが早いから、必要な操作を始める時点が圧倒的に早い。
純粋な機体制御なら、まだ俺の方が上だと思う。
「こっちは一号機の記録ですね」
クリスさんが俺のログへ切り替えた。同じ戦闘の中でも、アムロとは線の形が違う。
俺は機体の動作を終わらせてから次へ移るのではなく、残っている慣性を次の機動へ繋げている。方向転換のたびに姿勢を戻せば、その分だけ推進剤と時間を使うからだ。
クリスさんが途中で画面を止めた。
「無駄がほぼないですね」
「無駄に動かすと遅くなるので」
表示されたのは推進剤の消費超過と、武装支持部の負荷警告だった。
「この状態で、使用できる推進器だけを繋いで機動を続けています」
「戻れる状況じゃなかったので」
「自分がどうなるかは?」
「考えてませんね……」
答えてから、言い方を間違えたと思った。クリスさんの目が細くなる。
「機体の状態は全部見てるのに?」
「帰ってから考えればいいかなーっと」
「帰れなかったら考えられないでしょう」
「それはそうですけど帰れないことは考えてないので」
クリスさんは呆れたように息を吐いた。
「無茶苦茶な乗り方なのに、操作自体は綺麗なんですよね」
「褒められてます?」
「半分だけね」
クリスさんは負荷の流れをもう一度見直した。
「壊れかけた機体を無理に動かしているというより、壊してもいい場所を選びながら動かしてる」
「壊してもいいとは思ってないですよ壊れるならここがいいなってだけで」
「結果的には同じです」
言い返せない。戦場で機体を温存して撃墜されたら意味がない。使えるものを最後まで使っただけだ。
それでもクリスさんの言うことも分かる。
「その状態で動かし続けて帰ってきた技術は本当にすごいと思うけど」
「最初期は壊れた状態でも敵がずっと来てたので」
クリスさんは真面目な顔で言った。
「でも毎回できると思わないで。機体にも、あなたにも限界はあります」
「分かってます」
「本当に?」
「たぶん」
「分かってない人の返事ね」
ララァが少し離れたところで笑っている。仕事の確認は細かいし、危ない部分は絶対に流さない。それでも話し方は柔らかく、俺の年齢だけを見て扱いを変えることもない。
「そんなに不満そうな顔をしないの」
「してませんよ」
「年下扱いされるのが嫌なんでしょう?」
「十三歳なのは事実なので仕方ないです」
「聞き分けがいいのか悪いのか分からないわね」
クリスさんが少し考える。
「じゃあお姉さんって呼んでもいいのよ?」
「それは無理です」
考える前に答えていた。クリスさんは返答の速さに驚いていた。
「そんなに嫌がられるとは思わなかったわ」
前世まで含めれば、俺の方がずっと年上だ。もちろん説明できないが。
「クリスさんでいいじゃないですか」
「まあいいけど。少しくらい迷ってくれてもよかったのに」
ララァがまた笑った。なんだか俺だけが悪いみたいになっている。
◇
十二月十三日。
アレックスの機体データとアムロの最新ログは、高速輸送艇に積まれた調整用シミュレーターへ移された。
実機と完全に同じコクピットではない。
それでも操縦桿やペダル、主要計器はアレックスの配置に合わせられている。輸送中にも反応設定や宇宙用制御を確認するための設備らしい。
最初に座ったのはクリスさんだった。
「今日は模擬戦じゃなくて機体の癖を確認します」
画面の中に宇宙空間が表示される。クリスさんはアレックスを一定速度まで加速させ、指定された角度へ機体を向けた。
動きは派手ではない。けれど入力が正確だった。
旋回、姿勢維持、停止を同じ条件で何度も繰り返し、わずかな揺れや補正の遅れを確認している。実戦で敵を倒す操縦とは違う。
同じ操作を再現しながら、機体側の変化だけを拾う操縦だ。
「やっぱりここですね」
クリスさんが停止直前の映像を戻した。
機体が止まった後、姿勢制御がもう一度だけ動いている。
「私の入力が終わってから補正が入っています」
「高反応設定が操縦者の修正まで拾ってる」
「ええ。これ以上反応を上げると、アムロ曹長の追加入力と機体補正がぶつかるかもしれません」
次は俺が座った。
「レン君用に設定は変えていませんからね」
「分かってます。ちょっとした確認です」
シミュレーターを起動する。最初の旋回で、一号機より早く機体が向きを変えた。反応量と補正の入り方は一度で分かった。次の旋回では入力を浅くし、機体側の補正が始まる直前に操縦桿を戻す。残った慣性を使って次の方向へ移り、そのまま指定位置で停止した。
「もう合わせたの?」
外からクリスさんの声が聞こえた。
「だいたいはできてると思いますよ」
「まだ二回目ですけど」
「一回動かせばなんとなくは分かります」
同じ経路をもう一度進む。今度は反応設定を一段上げた。アレックスの制御が過敏になる直前まで入力を絞り、余計な補正を出さずに止める。すごいなこの機体この通りに動くならかなりのものだぞ。
『綺麗ですね』
ララァの声が入った。
「アレックスの反応がいいんだよ」
『機体だけではありませんよね?』
そこを追及しなくてもいいのに。シミュレーターを終えると、クリスさんが記録を見比べていた。
「あなたの入力はアムロ曹長より遅いんですよね?」
「そうですね」
「でも機体が動き始めてからは無駄がほとんどない。補正が必要になる前に操作を終わらせてる」
「アムロは次を感じるのが早い。俺は現状に合わせての操作が早い。その違いだと思いますよ」
「二人のログを混ぜて一つの基準にするのは無理ですね」
「アムロ用ならアムロを基準にしてください。俺のは負荷と限界を見るだけでいいと思います」
「分かりました。ただし、あなたの動かし方も比較用に残します」
「必要です?」
「これだけ違う操縦を同じガンダムでやってるんです。残さない方がおかしいでしょう」
クリスさんは楽しそうだった。機体の癖や操縦の違いを見つけるのが本当に好きなのかもしれない。
ララァはその間、物資記録を整理しながら画面を見ていた。
「ララァも気になる?」
クリスさんに声をかけられ、ララァが顔を上げた。
「少しだけ」
「少しだけにしては、ずっと見ていたけど」
「宇宙では、自分がどちらを向いているか分からなくならないのですか?」
「最初は分からなくなるわ。見えている景色と計器を一緒に見るの」
クリスさんが空いた操縦席を示す。
「試してみる?」
ララァが俺を見る。
「俺に聞かなくていいよ」
「ですが」
「やりたいならやったほうがいい」
少し迷った後、ララァは操縦席へ座った。クリスさんがシートを調整し、操縦桿とペダル、姿勢表示の見方を説明する。使うのは非武装の訓練設定だった。反応も最低まで落としてあり、操作を間違えても自動制御で停止する。
「最初は前へ進んで止まるだけ。速く動かそうとしなくていいから」
「はい」
ララァはすぐには動かなかった。正面の表示と姿勢計を見比べてから、ゆっくり操縦桿を押す。
機体が前へ進んだ。初めてにしては姿勢が安定している。
「そのまま。停止線の前でペダルを踏んで」
ララァが減速を始める。けれど逆噴射が足りず、停止位置を越えた。
「あ……」
「もう少し強く」
追加で踏み込むと、今度は機体がわずかに後ろへ戻った。
「難しいです」
「止まろうとして操作を重ねると、今度は反対側へ流れるの」
二度目は簡単な方向転換を行った。ララァは機体が傾く方向を感覚的に捉えるのは早かった。ただ、正面の景色へ集中しすぎて横方向への移動を見落とした。
「向いている方向と、進んでいる方向は別よ」
クリスさんが姿勢表示を指す。
「こちらも見てください」
「はい」
完璧ではない。停止時の操作もまだぎこちない。それでも怖がって操縦桿を固めることはなく、言われたことを一つずつ直していた。短い訓練が終わり、ララァが席を降りる。
「どうだった?」
「難しかったです。でも少し面白いと思いました」
「初めてにしては落ち着いてたわ」
クリスさんが頷く。
「興味が続くなら、落ち着いてから正式な訓練を受けてもいいかもしれないわね」
「戦うためですか?」
「操縦できることと戦うことは別よ。作業用でも輸送用でもモビルスーツは使うから」
ララァはシミュレーターを見返した。
「自分で動かせるのは少し良いと思います」
それ以上は言わなかった。俺は戦わせるつもりはない。ただ、ララァが自分から何かに興味を持った。それだけなら悪くなかった。
◇
十二月十四日。
アレックスは輸送状態へ切り替えられ、高速輸送艇の第一固定架へ収められた。
ビーム・ライフルとサーベルは安全化した上で別区画へ固定。機体本体には給電線と診断ケーブルが接続されている。
隣の第二固定架にはジム・コマンド宇宙戦仕様が入った。かなりバランスのいい優秀な機体だった記憶がある。
アレックスのような突出した反応性能はないが、その分扱いやすい。護衛や補充戦力として使うなら十分だろう。
「第一固定架、給電正常。診断線も接続完了」
「第二固定架、固定完了。重量配分に問題なし」
艇の機関員たちが確認を進めていく。ララァは予備部品と積載記録を照合していた。
「腕部部品、姿勢制御用予備ユニット、交換用センサー。すべて記録と一致しています」
「火器類は?」
「安全化記録と固定番号まで確認しました」
俺は最後の受領書類へ署名する。ここで思ったのはチョバムアーマーと専用シールドないんだなということだ。
これでアレックスは、書類上も俺たちがホワイトベースへ運ぶ機体になった。
「受領責任者になった感想は?」
後ろからクリスさんに聞かれた。
「面倒なものを受け取ったなと思ってます」
「正直ね」
「壊したら大問題でしょう」
「壊さなければいいのよ」
「簡単に言いますね」
「私も一緒に行くんだから大丈夫」
クリスさんが同行する理由は、アレックスの調整だけではない。
移送後のテストパイロットとしての搭乗しての診断。アムロ本人を乗せての最終調整。必要になればジム・コマンドで護衛や補充戦力も務める。
「レン君が変なことをしないかも見ておかないと」
「俺はアレックスに乗りませんよ」
「乗らなくても変な案を出しそうでしょう?」
「信用されてないなぁ」
「操縦は信用してるわよ」
クリスさんは少し笑う。
「それ以外はこれからね」
搭乗口が閉まり、高速輸送艇がリボーの港を離れた。窓の向こうでコロニーの灯りが遠ざかっていく。
結局、俺が知っている事件は何も起きなかった。アルもバーニィも、サイクロプス隊の姿も見ていない。
今後どうなるかまでは分からない。
ただ、アレックスはもうリボーを離れた。
俺たちを乗せた高速輸送艇は、ホワイトベースとの合流宙域へ向けて加速を始めた。
この世界Gシリーズもないし とんでも武器も結構無いんですよね でも量産機は多いです
各部隊改変後にどうなってるか気になってる方いると思われますが一応裏設定では進行させてます
ただレン視点に来るか関わらないと描写されないだけで
ちなみにランバ・ラルはあの後宇宙に戻りマ・クベの補給不備をキシリアに直談判しました。その後はまだ秘密