先生に怒られたので、合法的という言い方はやめようと思う。
そう決めたはずなのに、数日後の俺は工作室の予定表を見ながら、心の中で「合法的に確認中」とつぶやいていた。
駄目だ。
言葉だけが残っている。
人間、一度便利な言い訳を覚えるとなかなか捨てられない。いや、合法的が便利かどうかは微妙だ。先生に即注意された時点で、たぶん子どもの日常会話には向いていない。
「レンくん、また工作室の予定?」
背後から先生の声がして、俺は肩を跳ねさせかけた。
危ない。完全に見られていた。自分では自然に端末を確認しているつもりだったのに、先生から見ると完全に「またあの上級生の作業を見る気ですね」という顔だったらしい。顔に出るな、俺。
「はい。工具の利用時間を見てました。見るだけです。たぶん」
「たぶんがつく時は、だいたい手か口が出ますよ」
「口は……少し出るかもしれません」
「正直なのはいいことです。でも、片付けまでが工作ですからね」
「はい。そこは守ります。怒られない範囲で見ます」
「言い方は少し直りましたね」
先生が笑った。
少しだけだが、俺の扱いが固まってきている気がする。少し変で、機械が好きで、上級生の作業に興味がある下の学年の子。危険物ではない。面倒を見る必要はあるが、悪さをするタイプではない。たぶん、そんな感じだ。
ありがたい。
この雑な信用が、今はかなり大事だった。
予定表を見ると、上級生枠の中にアムロの名前があった。下級生枠の終わりと少しだけ重なる時間。完璧ではないが、前と同じように片付けを手伝うなら、少し見られる。
俺は何でもない顔で端末から離れた。
内心では、軽くガッツポーズである。
いや、落ち着け。俺はアムロと遊ぶ約束をしているわけではない。工作室でたまたま時間が重なり、機械の挙動を横から見るだけだ。そう、横から見る係。いつの間にか係になっているが、正式採用ではない。たぶん。
放課後の工作室は、いつも通り少し騒がしかった。
下級生用の机には教材パーツが並び、上級生用の奥の作業台には、もう少し細かい工具や端末が置かれている。金属の小さな音、誰かの失敗に対する「あー」、先生の「走らないでください」という声。戦争も軍もない、学校の日常の音だ。
俺は自分の作業を早めに片付けた。
雑にはしない。ここで雑にすると、先生に「アムロくんの作業を見たいから急ぎましたね」と見抜かれる。いや、もう半分見抜かれている気もするが、せめて言い訳できる状態にはしておく。
工具を戻し、教材を片付け、記録を保存する。
よし。
ちゃんとした下級生。
俺が奥の作業台の方をちらっと見ると、アムロはすでに来ていた。
机の上には、前の小型移動ユニットではなく、丸い外装パーツがいくつも並んでいる。まだ完全な球ではない。半球に近い部品、内側のフレーム、小さな駆動部、センサーらしき部品。端末の画面には、移動制御というより反応処理のような表示が出ていた。
丸い。
やっぱり丸い。
これ、完全にハロ方面では?
いや、言うな。口に出すな。俺が知っているはずのない未来の完成形を、うっかり名前で呼ぶな。ここで「ハロっぽいね」なんて言ったら終了である。ハロという名前がどこから来たのか説明できない。丸いから? 無理がある。
アムロがこちらに気づき、少し手を上げた。
「レン、こっち。見るなら横から見ててくれ。今日は動かすというより、反応を見る方が多いけど」
前より自然に呼ばれた。
たったそれだけなのに、妙にくすぐったい。いや、はしゃぐな。普通にしろ。普通に機械の話をする下級生だ。
「了解。横から見る係、今日も出勤します」
「出勤って何だよ。係にした覚えもないけど、まあ助かる」
「助かるって言われた。これはもう半分採用では?」
「調子に乗ったら先生に言うぞ」
「上級生が権力を使ってくる」
「大げさだな」
アムロは少し呆れたように言ったが、表情は前より柔らかかった。
いい。
ちゃんと学生同士っぽい。少なくとも、尋問でも会議でもない。宇宙世紀の学校で、機械好き二人が少しふざけながら作業台を覗き込んでいる。それだけなら、かなり平和だ。
俺は作業台の横に立ち、丸い外装の内側を覗いた。
「今日はこれ? 前の移動ユニットとは別?」
「別だけど、使う考え方は少し同じだよ。移動、反応、音声。まだ全部一緒には動かないけど、外側をどうするか考えてる」
「外側から入るの、アムロにしては珍しいね」
「先に中を作ったら、入らなかった」
「あるある」
「笑うなよ」
「笑ってない。すごく分かる顔をしてる」
実際、かなり分かる。
前世でもあった。中身を作ってからケースに入れようとして、入らない。ケーブルが邪魔。ネジ穴が合わない。蓋が閉まらない。無理に押すと断線する。あの悲しみは時代を超える。宇宙世紀でも蓋は閉まらないのだ。人類は宇宙に出ても、ケース設計からは逃げられない。
「レン、今ちょっと嫌な顔をしたな」
「前世……じゃなくて、前に似たようなことで失敗したのを思い出しただけ」
「何を作ったんだ?」
「教材の箱。中に入れる部品を先に決めたら、ふたが閉まらなかった」
「ああ、それは嫌だな」
「嫌だった。閉まらないふたほど悲しいものはない」
「そこまでか?」
「そこまで。だって完成した気分で最後に閉まらないんだよ。心が折れる」
アムロは少し考え、それから小さく頷いた。
「分かる気がする。最後に入らないのは嫌だ」
「でしょ。だから外側は大事」
「外側か……僕は中の反応の方が気になるんだけどな」
「そこはアムロっぽい」
「また僕っぽいって言う」
「機械好きっぽいって意味だから、褒めてるよ。たぶん」
「たぶんをつけるな」
会話が軽い。
前より少し近い。
でも近すぎない。俺は二つ下で、アムロは上級生。そこは変わらない。変わらないのだが、機械の話をしている時だけ、年齢差の角が少し丸くなる。
丸い外装だけに。
いや、今のは心の中にしまっておこう。言ったら負けだ。
アムロは外装の半球を手に取った。
「音声の出力穴をどこに置くかで迷ってる。正面を決めると反応は作りやすいけど、丸い意味が少し減る。どの向きでも反応できる方が面白い。でもセンサーを増やすと中が狭くなる」
「丸いやつに正面があると、ちょっと変な感じはするね。顔をつけるなら別だけど」
「顔?」
「目みたいな表示とか。正面が分かると、見てる人が安心するじゃん。どこ向いてるか分からない機械って、ちょっと怖くない?」
「怖いかな」
「怖い。少なくとも大人は止める。『これどこを見てるの?』って言う。たぶん」
「また怒られにくさか」
「大事だよ。見た目が怖いと、性能を見てもらう前に止められる。見た目が可愛いと、多少変な動きをしても『まあ可愛いから』で許される可能性がある」
「可愛い必要あるのか、これ」
「ある。たぶん。怒られにくくなる」
アムロは半球を手にしたまま、かなり真面目な顔で考え込んだ。
そこ、真面目に考えるんだ。
いや、考えてくれるのはいい。いいんだけど、可愛げを制御条件みたいに扱い始めるのはアムロっぽい。可愛さをパラメータ化しないでほしい。
「つまり、機械の反応を人がどう見るかも考えた方がいいってことか」
「そうそう。動きが同じでも、見た目で印象が変わる。丸くて、返事して、変なところにぶつからなければ、たぶん許される」
「ぶつかるのは駄目だろ」
「可愛くても?」
「可愛くても駄目だ」
「厳しい」
「安全の話だろ」
「正論です、上級生」
俺が少し大げさに頷くと、アムロは「変な返事だな」と言いながらも、端末に何かメモを入れた。
採用された。
たぶん。
いや、俺はハロのデザインに口を出したいわけではない。未来を知っているから誘導しているわけでもない。今のは本当に、見た目と安全性の話だ。丸くて自律して音声反応する機械なら、周囲に受け入れられやすい方がいい。それだけだ。
……それだけ、だよな?
自分で少し不安になる。
未来知識を持っていると、何気ない発言が未来に干渉していないか分からなくなる。ここで俺が「可愛い方がいい」と言ったせいで、将来の丸いやつが余計に丸くなったらどうしよう。いや、ハロは元から丸い。たぶん大丈夫。たぶん。
「レン、これ持ってみて」
アムロが半球パーツを渡してきた。
「持つだけ?」
「重さの感じを見てほしい。中の配置を変えると、持った時の偏りも変わる。机の上を転がす前に、人が持って変だと嫌だろ」
「お、可愛げと人の印象をもう取り入れてる」
「うるさいな。参考にしただけだよ」
言い方は少しぶっきらぼうだが、嫌そうではない。
俺は半球を持った。軽い。けれど、片側に少し重さが寄っている。外装だけではなく、仮置きの中身が一部入っているらしい。
「ちょっと片側が重い。持った時に、こっちに回ろうとする」
「やっぱり。中の電源をそこに置くと楽なんだけど、転がした時も寄るかな」
「転がすなら寄ると思う。あと、手から落とした時に変な向きで落ちそう。まあ、落とさないのが一番だけど」
「子どもが触るなら、落とすだろ」
「僕を見ながら言わないで」
「二つ下だから」
「出た。上級生の年齢攻撃」
「攻撃じゃないよ。実際、下の学年の子が持つなら落とす可能性も見た方がいいだろ」
アムロが少しだけ真面目な声で言った。
ああ、こういうところ。
言葉はぶっきらぼうなのに、考えていることはちゃんとしている。人に触らせるなら、落とす可能性を見る。動くなら、安全を見る。機械の中身に夢中になっていても、危ないものを作りたいわけではない。
俺は半球を両手で持ち直した。
「じゃあ、下の学年代表として言うけど、この角は少し丸めた方がいいと思う。落とした時に床も傷つきそうだし、手にも当たりそう」
「外側も丸いのに、内側の縁が引っかかるのか」
「そう。見た目が丸いから油断する。油断したところで引っかかると、余計に痛い」
「変なところを見る係、仕事するな」
「係になってる」
「今日は正式でいいよ」
「正式採用された」
「今日だけだよ」
「契約更新を狙います」
「何の契約だよ」
アムロが笑った。
小さく、でも前より自然に。
俺も笑った。
こういう時間だけ見れば、ただの学校生活だった。上級生が作る丸い機械に、下の学年の機械好きが横から口を出す。先生が遠くで見守り、上級生たちが時々茶化す。ふざけて、少し真面目に考えて、またふざける。
温かい。
この温かさが、少し怖いくらいに温かい。
「また変な機械談義が始まってるな」
近くの上級生が、部品箱を抱えながら笑った。
「今日は丸いやつか。アムロ、今度は何を転がすんだ?」
「転がすだけじゃないよ。反応も入れる」
「反応?」
「呼んだら返事する、とか。近づいたら避ける、とか。まだ試してるだけだけど」
「おお、なんか可愛いじゃん」
上級生がそう言った瞬間、アムロが俺を見た。
俺は親指を立てた。
「ほら、可愛げは大事」
「今のはたまたまだろ」
「大人じゃなくて上級生にも効いてる。効果あり」
「変な分析するな」
「分析じゃなくて生活の知恵だよ」
「レンの生活、変だな」
「否定しづらい」
上級生がまた笑った。
アムロは少し不満そうにしながらも、端末のメモ欄に「外装印象」と打ち込んだ。打った。打ったぞ、このテンパ予備軍。可愛げを検討項目に入れた。いいのか。いや、いいのかもしれない。
ハロ方面への道が、なんか妙な方向から補強されている気がする。
俺は内心で頭を抱えた。
これ、やっぱりハロ方面だよな。
丸い外装。音声反応。自律機械。呼んだら返事。近づいたら避ける。まだ名前も形も完成していないが、方向性が完全にそっちを向いている。
知っている。
でも言えない。
前世知識、相変わらず扱いづらい。
その時、工作室の入り口から女の子の声がした。
「アムロ、まだ終わらないの? また片付けの時間ぎりぎりまでやってるんじゃないでしょうね」
俺の手が止まった。
聞き覚えがある、というより、記憶の中にある名前が勝手に浮かんだ。
フラウ・ボゥ?
いや、来た。
主人公周辺人物、増えてきたな。
俺は内心だけでうろたえつつ、表面上はただの下の学年の子どもとして顔を上げた。
入り口にいたのは、明るい雰囲気の女の子だった。アムロと同じくらいの年頃だろう。しっかりしていそうで、少し世話焼きっぽい目をしている。こちらを見ると、少し不思議そうに首を傾げた。
「その子、下の学年の子?」
「レン。工作室で、少し見てもらってる」
アムロがそう答えた。
見てもらってる。
その言い方に、俺は一瞬だけ固まった。
アムロの中で、俺は一応「見てもらう」相手になっているらしい。いや、喜ぶな。重く受け止めるな。普通に挨拶しろ。
「レン・イズミです。下級生枠で工作室を使ってます。今日は、横から見る係です」
「横から見る係?」
女の子はきょとんとして、それから少し笑った。
「アムロ、変な係を作ったの?」
「僕が作ったんじゃないよ。勝手に係っぽくなっただけ」
「それ、作ったのとあまり変わらないと思うけど」
「僕もそう思います」
「レンまで言うのか」
アムロが少し困った顔をする。
フラウらしき女の子は、その様子を見て楽しそうに笑った。
ああ。
これは、フラウだ。
たぶん間違いない。アムロに自然に声をかけ、少し世話を焼き、でも強く責めるわけではない。距離感が近い。画面越しに見ていた関係が、学校の工作室の入り口で普通に展開している。
現地民としては、情報量が多い。
「私はフラウ・ボゥ。アムロがまた帰る時間を忘れてないか見に来ただけだから、邪魔はしないから」
「邪魔じゃない。まだ終わってないけど、今日はちゃんと片付ける」
「今日は、って自分で言うのね」
「前は少し遅れただけだろ」
「少し、かなあ」
フラウがからかうように言うと、アムロは視線を少しそらした。
学生っぽい。
温かい。
そして俺の胃に悪い。
フラウ・ボゥまで視界に入った。これでアムロ周りの現実感が一気に増した。サイド7襲撃の日、彼女も巻き込まれる。アムロだけではない。ここにいる普通の子どもたちも、先生も、茶化していた上級生も、みんなその日を知らずに過ごしている。
重い。
でも、今ここで重い顔をするな。
俺は半球パーツをそっと机に置いた。
「フラウさんも、これ見ます? アムロが作ってる丸いやつです。まだ転がりません」
「まだ、ってことは転がる予定なの?」
「たぶん。転がすか、動かすか、返事するか。僕もまだよく分かってないです」
「作ってるアムロも、たぶん途中で増やすから分からないと思うよ」
「フラウ、変なこと言うなよ」
「だって、前も途中で機能を増やしてたじゃない」
「必要になったから増やしただけだよ」
「ほら」
フラウが俺を見る。
俺は真面目な顔で頷いた。
「機械好きの人は、必要になった機能を増やしがちです」
「レンまで」
「でも、増えると楽しいよね」
フラウがそう言って笑った。
アムロは少しだけ照れたように目をそらした。
この空気、いいな。
普通だ。
とても普通だ。
普通の学校生活で、普通の機械好きで、普通の友人っぽいやりとり。俺が前世で見ていた戦争の中の人間ではなく、今ここにいる子どもたちとしての距離感がある。
だからこそ、守りたくなる。
いや、重くするな。今は丸いやつの話だ。丸いやつはだいたい気になる。そういう回でいい。
先生が手を叩いた。
「はい、そろそろ片付けましょう。アムロくん、レンくん、フラウさんも来たことですし、今日はここまで。二人とも、片付けまでが工作です」
「はい」
「はい。機械沼にも生活指導はあるんですね」
「レンくん、また変な言い方をしていますよ」
「すみません」
フラウがくすっと笑った。
「アムロ、この子面白いね」
「変なところを見る係だから」
「正式採用されてる」
「今日だけだよ」
「契約更新希望です」
「だから何の契約だよ」
アムロがそう言いながら、丸い外装パーツをケースにしまった。
その手つきは丁寧だった。まだ未完成の丸い機械。名前もない。音声もない。転がるかどうかも分からない。でも、アムロはそれを当たり前のように大事に扱っている。
俺は、その丸いパーツから目を離せなかった。
これ、やっぱり後で面倒な縁になる気がする。
いい意味でも、悪い意味でも。
帰り際、アムロがケースを抱え直して俺を見た。
「レン、次は音声の反応を見ると思う。横から見ても分からないかもしれないけど、外側のことはまた聞くかもしれない」
「了解。音声の時は、横から聞く係になります」
「係が増えたな」
「出世です」
「それは出世なのか?」
「下級生なので、前向きに受け取ります」
アムロは少し笑って、フラウに急かされながら工作室を出ていった。
俺はその背中と、彼が抱えたケースを見送る。
テンパ予備軍。
フラウ・ボゥ。
丸い自律機械。
主人公周辺人物とアイテムが、じわじわ現実になっていく。
でも今日のところは、それでいい。
生存戦略、その次。
丸いやつには、余計なことを言わずに関わる。
……いや、それが一番難しいんだけどな。