それから四日間、ホワイトベースの格納庫はほとんど眠らなかった。
クリスさんと一緒に来た十人の試験職員と整備兵が、アレックスの専用機材を艦内設備へ繋ぐ。ホワイトベースの整備班も、一号機と二号機を実戦で直し続けてきた経験を使って作業へ加わった。
機体そのものを知っているのは試験班。限られた時間と設備で戦える状態へ持っていくのは、ホワイトベースの整備班。最初は端末規格や工具の違いで手が止まることもあったが、二日目には誰がどこを見るのか決まり、三日目にはアレックスの周囲から無駄な声が消えていた。
アムロも実際に何度かアレックスで艦外試験に出た。二号機の実戦記録と現在の操作を基準にして、姿勢制御と火器管制の補正値を書き換える。移送中に残った右側のずれも、艦外でのテスト搭乗では許容範囲まで小さくなった。
低負荷と中負荷の診断では、警告は出なかった。残っているのは、機体の戦闘行動時に同じ状態を保てるかどうかだった。
「出せるとは思います」
十二月二十二日の夜、クリスさんがブライトさんへ報告した。
「ただし、長時間の戦闘は推奨しません。今のところテストは順調ですがまず機動と火器管制の確認だけです。異常が一つでも出たらその場で中止後退したほうがよいかと」
「護衛は?」
「レン君の一号機と、私のジム・コマンドで出ます。曳航装備も持っていきます」
ブライトさんは少し考えた後、条件付きで許可した。相手が小規模部隊と思われる場合であること。ホワイトベースから離れすぎないこと。試験時間を延ばさないこと。
何かあればパイロットの生存を最優先すること。
◇
『アレックス、発進します』
白と青の機体がカタパルトを離れた。
少し遅れて俺の一号機が左側へ出る。クリスさんのジム・コマンドはアレックスの右後方についた。最初の加速は問題ない。アレックスは予定された速度まで滑らかに上がり、姿勢制御スラスターも揃って動いている。
『アムロ、最初出力は六割までよ』
「分かってます」
『返事が早いわね』
「遅いよりいいでしょう」
アムロの声が普段より少し軽い。ジム・コマンドは一号機やアレックスほど速くない。それでもクリスさんは必要な噴射だけで距離を保ち、三機の位置を崩さなかった。機体を動かすことには、ほとんど迷いがない。
俺が左へずれれば、その分だけ右後方へ回る。アレックスが加速すれば、少し早めに推力を上げて遅れを作らない。
『姿勢制御、正常。右側の遅れも出てないわ』
「反応がいいです。二号機よりずっと」
『まだ上げないで。旋回試験へ移るわよ』
アレックスが右へ向きを変えた。続けて左へ反転し、推進器を短く吹かして停止する。シミュレーターで出ていた余分な回り込みはない。火器管制の照準線も、機体の正面へほぼ重なっている。
「これなら……」
アムロが小さく言った。
「アムロ?」
「いえ。もう一度やります」
機体が加速する。さっきより動きが速い。
『アムロ、出力だしすぎんじゃないか?』
「まだ七割だよ」
『予定より早いわよ』
「でも、ついてきます」
その言葉と同時に、警戒用の信号が入った。
『前方に熱源。六機近づいてきてます』
クリスさんの声から軽さが消える。俺もレーダー表示を拡大した。ソロモン側から来たリック・ドムが六機。横に広がりながら、こちらへ向きを変えている。
「見つかったか」
『ホワイトベース、こちらレン。リック・ドム六。距離一万二千』
『確認した。試験を中止し帰艦しろ』
ブライトさんの指示と同時に、敵の一機が大きく回り込んだ。帰艦方向へ入ろうとしている。
『このままだと後ろへ回られるわ』
クリスさんが言う。
「先頭を崩します。そこから戻りましょう」
『アレックスの状態は?』
「問題ありません」
『クリス中尉』
「送られてくる数値は正常です。ただし長くは戦わせられません」
短い間があった。
『限定交戦を許可する。帰艦経路を確保したら戻れ』
「了解」
三機が散開する。俺は左へ。クリスさんはアレックスの右後方を維持した。敵の最初の射撃が通り過ぎる。アムロは撃たれるより早く動いていた。アレックスが機体を傾け、砲弾の間を抜ける。反転が終わる前にビーム・ライフルが上がり、正面のリック・ドムを撃ち抜いた。一機目が爆発する前には、もう次の敵へ向いている。
『速い……』
クリスさんの呟きが聞こえた。別のドムが右から接近する。アレックスは急停止して射線を外し、その勢いを残したまま下方へ回り込んだ。ビーム・ライフルが二度光り、ドムの脚部と胴体を貫く。
「これならいける!」
アムロの声が強くなる。
『アムロ、前へ出すぎよ』
「敵が見える。次も来る!」
アレックスがさらに加速した。今までアムロの判断へ遅れていた機体が、初めて追いついている。アムロが敵を感じた瞬間には、アレックスもそちらへ向いていた。入力を待って動くというより、アムロの意識に機体が引かれているように見える。
前方から二機。
アムロは一機目の砲撃を紙一重で避け、接近しながらビーム・サーベルを抜いた。
一閃。リック・ドムの胴体が切り裂かれる。
三機目。一瞬の出来事だった。
「アムロ、戻れ。護衛から離れてる」
『分かってる。でも、こいつなら――』
アレックスを追おうとした一機が、右側へ進路を変えた。クリスさんのジム・コマンドへ向かう。たしかクリスさんは初めての実戦のはずだ、だからといってクリスさんに慌てる様子はなかった。
正面から撃ち合わず、短い射撃で相手を左へ追いやる。避けた先には、ジム・コマンドの照準がすでに置かれていた。ビームがドムの胸部を貫く。
『一機停止。レン君、アレックスの左をお願い』
「了解です」
俺はアムロを追う一機の脚部スラスターを撃ち抜き、進路を崩した。
その時だった。アレックスの動きに違和感が出た。
「アムロどうした?」
『僕じゃない。機体が勝手に』
次の瞬間、アレックスの左脚側スラスターが遅れて噴いた。機体が意図しない方向へ流れる。アムロがすぐに補正する。だが、その入力へ機体側の姿勢制御が逆方向の噴射を返した。
『アムロ、追加入力を止めて!』
クリスさんの声が飛ぶ。
『止めてる! でも機体が――』
アレックスの各部でスラスターが不規則に明滅した。四肢が別々の動きを始め、ライフルの照準線が視界の端まで跳ねる。
『姿勢制御と駆動系の異常!?』
『操縦が入らない!』
アレックスのスラスターが一斉に消えた。腕も脚も止まり、ビーム・ライフルを持った姿勢のまま機体全体が固まる。推進も姿勢制御もない。
慣性だけを残し、アレックスは敵側へ流れ始めた。
◇
「アムロ、聞こえるか!」
『聞こえてる。生命維持と通信は生きてる。でも機体は全部止まった』
「熱核反応炉は?」
『正常。武装電源は落とした』
『そのまま何もしないで』
クリスさんが割り込む。
『再起動するとまた誤作動が起きるかも。そのまま待って。今からそっちへ行くわ』
残った敵が、停止したアレックスへ向きを変えた。動かないと気づいたらしい。
「させるかよ」
一号機を加速させる。
正面から来た砲弾をビームガンで撃ち落とし、アレックスとの間へ割り込む。さらにライフルで接近していたドムを撃ち抜き、アレックスへの突入を止めた。
アレックスはゆっくりと回転し始めている。
相対速度を合わせ、回転方向と同じ向きへ一号機を傾ける。
「アムロ、衝撃くるぞ」
『分かった』
一号機の左手を、アレックスの肩と胸部の間へ当てた。
押さえつけるのではなく、回転に合わせて少しずつ力を加える。右手で腰部を支え、機体同士を近づける。回転が止まった。
「クリスさん、今です」
『そのまま。腕は掴まないでね』
ジム・コマンドが右側から接近する。敵の射撃が二機の間を通り過ぎた。
クリスさんは大きく避けず、短い噴射だけで機体をずらした。アレックスとほぼ同じ速度へ合わせ掴む。
『アムロ、聞こえる?』
『聞こえてます』
『このまま引くわ。任せて』
『分かりました』
敵の一機が再びこちらへ向かってくる。俺はアレックスから右手を離し、ビームライフルを構えた。二射。一射目で武器を持つ右腕を撃ち抜く。姿勢を崩した機体の胴体へ二射目を当てた。
『曳航索を繋ぐわ。レン君、もう少し機体をこっちへ向けて』
「これくらい?」
『あと少し右。そう、そのまま』
ジム・コマンドから伸びた索が、アレックスの腰部固定点へ繋がる。
『接続完了。ゆっくり引くわ』
クリスさんが推力を上げた。一号機はアレックスの反対側を支え、機体が振れないよう速度を合わせる。後方からビームが走り、他の追ってきた敵の増援の前を横切った。
『こちらセイラ。退路は空けます。早く戻ってください』
さらに遠くからガンキャノンの砲撃が入り、敵機が距離を取る。
「助かります」
『お礼は戻ってからにして』
三機で帰還方向へ向きを変えた。ジム・コマンドが引き、一号機が支える。その間で、アレックスは何一つ動かない。ついさっきまで、アムロの感覚へ完全についていった機体とは思えなかった。
格納庫へ戻ると、アレックスは作業用アームで固定架へ運ばれた。アムロがコックピットから降りるより先に、試験班が各部の診断を始める。安全遮断を解除しても駆動系は応答しない。予備制御へ切り替えても、各部の同期が成立しない。初期設定へ戻しても結果は同じだった。
「ソフトの問題じゃないわね」
開かれた制御盤を見ながら、クリスさんが言った。
「中央制御と各部の基板が、高負荷の処理についていけてないのかも、でもそれだけでここまでになるなんてちょっとわからないわ。信号系統も一度全部見直さないといけないし原因の特定も簡単じゃない」
ブライトさんが尋ねる。
「この艦で修理できるか?」
「無理ですね」
クリスさんは迷わなかった。
「制御基板の交換だけでは足りません。信号系統の再配線と冷却系の改修、それから工場設備での実機試験が必要です」
「今回の作戦には?」
「間に合いません。工場へ戻せても、すぐ使える状態にはならないと思いますしその時間もありません」
ブライトさんはアレックスを見上げた。
「アレックスの実戦運用を停止する。機体は固定架へ戻し、試験班は安全確保を優先しろ。アムロは二号機へ」
「分かりました」
アムロは短く答えた。不満がないはずはない。あれだけ自分についてきた機体だ。
明日のチェンバロ作戦は、一号機と二号機で出る。
クリスさんが作業用の手袋を外そうとして、留め具に指をかけたまま一瞬だけ止まった。俺はそれに気づいたが、何も言わなかった。
青と白の機体は、固定架の上で完全に沈黙している。アレックスはアムロに追いついた。
追いついたまま、止まった。