【完結】黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第94話 次の航路

 追撃を止めた艦隊の間を、救難艇の灯りが行き交っていた。

 

 一号機の前方を、片側の推進器を失ったボールがゆっくりと流れていく。救難艇が相対速度を合わせ、伸ばした作業アームで機体を固定した。

 

『固定完了。救難四班、後送を開始する』

 

 その通信へ、別の声が重なる。

 

『こちらサラミス一七。艦尾区画を閉鎖。負傷者の移送を要請する』

 

『ジム三番機、コックピットから応答なし。機体反応は残っています』

 

『回収艇を向かわせる。周辺機は航路を確保せよ』

 

 ビグ・ザムも青いリック・ドムも、もうここにはいない。

 

 それでも戦場で動くものは減らなかった。戦うためではなく、残ったものを拾うために。

 

『レン、救難艇の進路に大型破片が入ります』

 

 クリスさんの声に合わせ、望遠表示を切り替える。撃沈されたサラミスの装甲板が、救難艇の航路を横切ろうとしていた。武器を使うほどではない。

 

 俺は一号機を近づけ、左腕のシールドを装甲板の端へ当てる。互いの速度を合わせてから、姿勢制御を短く噴かした。装甲板の向きが変わり、救難艇の進路から外れていく。

 

『航路確保を確認。ありがとうございます』

 

「そのまま行って」

 

 一号機を離す。右腕の負荷表示は、まだ黄色のままだった。動かせないわけではない。けれど、今すぐ対艦刀を振り回せる状態でもなかった。

 

『こちらコアブースター。救難信号を二つ確認。一つはソロモン外壁側、もう一つは艦隊後方です』

 

『外壁側は連邦救難隊へ送ります。セイラさんは後方を確認してください』

 

『了解』

 

 クリスさんは、自分のジム・コマンドを救難区域の中央に置いていた。第九救難群のジム二機が、その指示で左右へ分かれる。

 

『一番機は回転しているボールへ。二番機はサラミスの艦尾側を警戒してください』

 

『了解、中尉』

 

 二機はそれぞれの担当へ向かった。

 

 ソロモン戦の最中から、クリスさんの指示を受けていた機体だ。救難作業が終われば、それぞれの母艦へ戻る。カイのガンキャノンは、推進を失ったジムを救難艇の方へ誘導していた。ハヤト機はその外側に位置し、砲身を動かして残敵を警戒している。

 

 アムロの二号機も、回転を止められないボールへ接近していた。シールドを機体へ当てず、片手で外部フレームをつかみ、噴射を合わせて回転だけを弱めていく。

 

 さらに遠くでは、連邦軍の陸戦隊と工兵部隊がソロモン内部へ入っていた。

 

 確保された進入口から作業艇が出入りし、封鎖区画を示す警告灯が要塞外壁に並んでいる。投降兵を運ぶ輸送艇と、連邦とジオン双方の負傷者を収容した医療艇が、同じ航路を進んでいた。

 

 一部区画では、まだ火災反応が残っている。減圧した区画も多く、要塞の設備をそのまま使える状態ではないらしい。

 

『一号機、周辺警戒を引き継げ。帰艦しろ』

 

 ブライトさんから命令が入る。

 

「まだ救難信号が残ってます」

 

『整備班から催促が来ている。その機体を次も動かすなら、今すぐ戻せ』

 

 一号機の警告表示を見る。反論できる状態ではなかった。

 

「了解」

 

『レンは帰艦してください。カイさんとハヤトさんも、十五分後に交代です』

 

『こっちはまだ動けるぜ』

 

『機体の砲身温度が下がっていません。次の出撃を考えてください』

 

『へいへい。厳しいねえ』

 

『返事は一度で十分です』

 

 カイの声に、少しだけいつもの調子が戻った。

 

 一号機をホワイトベースへ向ける。途中で、第九救難群のジム二機が作業を終え、別のサラミスへ向かうのが見えた。短く識別灯を明滅させ、クリスさんの指揮から離れていく。

 

 ホワイトベースの後部ハッチへ入り、一号機を固定架へ収める。主機を落とすと、コックピットの中が急に静かになった。ハーネスを外そうとして、指がうまく動かない。手袋の中で、手が少し震えていた。力を入れ直してロックを外す。ハッチが開くと、焼けた樹脂と冷却材、それに消火剤の混じった臭いが入ってきた。

 

「そのまま降りてください。機体には触らないで」

 

 作業通路にいたクリスさんが言う。

 

「触りませんよ」

 

「対艦刀の支持具が緩んでいる可能性があります。クレーンと刀身の作業範囲には近づかないで」

 

 見上げると、複数の作業アームが対艦刀を固定していた。整備員が柄と背部支持具の周囲へ集まり、固定部を確認している。指定された通路を通り、コックピットから離れた。少し遅れて、白い二号機も隣の固定架へ戻ってくる。

 

 シールドの外縁が削れ、肩装甲には細かな傷が走っていた。アムロが降りる前から、整備員が検査器具と交換部品を運び込んでいる。

 

 カイとハヤトのガンキャノン、セイラさんのコアブースターも順番に帰還した。

 

 格納庫の奥では、アレックスが固定架に収まったまま動かなかった。周囲に整備員はいるが、一号機や二号機のような出撃準備ではない。機体を保全し、停止原因を調べるための作業が続いている。

 

「レン、医務室へ行けよ」

 

 カイが作業通路から声を上げた。

 

「怪我はしてません」

 

「怪我してる奴だけが行く場所じゃねえだろ。顔がひどいぞ」

 

「カイさんもです」

 

「俺は元からだ」

 

 返ってきた声にも、普段ほどの勢いはなかった。

 

 格納庫を出ると、通路の片側が負傷者の搬送用に空けられていた。担架と医療器具が行き交い、壁際には補給物資の箱が固定されている。フラウは医療班から渡された物資を仕分け、ララァは包帯や水の入った箱を運んでいた。

 

 俺に気づいたララァが足を止める。

 

「戻ったのね」

 

「うん」

 

 それだけ言うと、ララァは箱を抱え直した。簡単な検査を受け、食べ物と水を渡されてから仮眠区画へ向かった。横になった途端、眠ったつもりもないのに意識が切れた。

 

 目を開けた時、艦内時計の日付は十二月二十五日に変わっていた。

 

 眠った時間は短い。体を起こすと、首と肩が重かった。格納庫へ戻ると、一号機の周囲ではまだ作業が続いていた。シールドは取り外され、焼けた表面材が剥がされている。外縁の欠けた部分は整えられ、内部支持部には新しい固定具が入っていた。

 

 新品には見えない。けれど、もう一度腕へ戻せる形にはなっていた。

 

「手首と肘、それに肩の負荷履歴が大きい」

 

 整備主任が表示されたログを指で追う。

 

「フレームは無事だ。関節軸も曲がってない。アクチュエータと軸受けを一部交換して、緩衝材を入れ替える」

 

「腰は?」

 

「固定部が少しずれてる。調整で戻る。ただし、また同じ使い方をすれば次も保つとは言えん」

 

「同じことをする予定はありません」

 

「予定がなくてもやる奴が言う台詞じゃないな」

 

 クリスさんが対艦刀の検査記録を持ってくる。刀身の一部は熱で変色し、刃には小さな欠けがあった。表面にも、ビグ・ザムの装置へ食い込んだ時の傷が残っている。

 

「芯に大きな曲がりはありません。刀身を貫く亀裂もなし。刃部の処理と、柄の固定具を交換すれば使えます」

 

「背中の支持具は?」

 

「緩みが出ていました。負荷が集中した部品は交換します」

 

 クリスさんが俺を見る。

 

「戦闘中、刀を抜いた後に右へ引かれる感じはありましたか」

 

「ありました。発生器が壊れた直後です。腕より先に腰が持っていかれそうになりました」

 

「記録と合いますね」

 

 整備主任が表示を切り替える。

 

「姿勢制御の噴射も偏ってる。故障じゃない。無理に機体を押さえた結果だ。推進剤を補充して、右側のスラスターを点検する」

 

「冷却は?」

 

「熱交換部を清掃して冷却材を入れ替える。警告は出たが、系統そのものは生きてる」

 

 隣では、二号機にビーム・ライフルが運び込まれていた。アムロが整備員と調整を確認している。削れたシールド外縁には補修材が入り、肩装甲も表面を交換されていた。カイとハヤトのガンキャノンには砲弾が補給され、セイラさんのコアブースターにはミサイルと推進剤が積まれている。

 

 クリスさんのジム・コマンドも、外装と関節、ビーム・ガンの点検を受けていた。ブライトさんが作業通路を上がってくる。

 

「マッケンジー中尉。次の出撃から、MS隊の前線指揮を頼みたい」

 

「アムロとレンも含めてですか?」

 

「作戦上はそうなる。まぁ二人の細かな機動まで縛る必要はない。担当と退路を共有して、勝手に突撃させないようにしてくれ」

 

 クリスさんは一度だけ二機のガンダムへ目を向けた。

 

「了解しました」

 

「カイ、ハヤト、セイラとの連携も任せる。俺からは艦と作戦全体を伝える」

 

「出撃後の配置変更はこちらで判断して構いませんか」

 

「ああ。ただし、艦との通信は切らさないでくれ」

 

「分かりました」

 

 前線指揮。正規軍人で中尉のクリスさんなら、本来は不思議な役割じゃない。問題があるとすれば、その指揮下に入る二機のガンダムだった。

 

 ブライトさんが俺を見る。

 

「一号機は間に合うか」

 

 整備主任が答える。

 

「出撃可能にはします。完全な状態ではありません。高負荷を長時間続けさせないでください」

 

「分かった」

 

 ブライトさんは小さく息を吐いた。

 

「一時間後に作戦室へ集まってくれ。次の命令が来た」

 

 ◇

 

 テキサス・ゾーンに停泊するザンジバルの格納庫で、赤い新型MSが固定架に立っていた。

 

 シャアは開いたコックピットの前で、動作試験の結果を確認する。ゲルググの右手にはビーム・ライフル、背部にはビーム・ナギナタが収められている。

 

「調整は予定どおり終わります、大佐」

 

「分かった。実戦で確かめる」

 

 格納庫へ、マ・クベが入ってくる。

 

「ずいぶんと立派な機体を与えられたものですな、シャア大佐」

 

「機体性能だけで戦果が決まるなら、苦労はない」

 

「その言葉、覚えておきましょう」

 

 マ・クベは赤いゲルググを見上げた後、作戦図へ視線を移した。

 

「木馬はこちらへ向かっている。暗礁へ入れば、艦とモビルスーツを分けられる」

 

「罠に誘い込むつもりか」

 

「地形を使うだけです。あなたは余計な手を出されぬよう願いたい」

 

「貴公の策が予定どおり進む間は、そうしよう」

 

 マ・クベは返事をせず、格納庫を出ていった。

 

 別区画では、白と青の装甲を持つギャンの最終確認が続いていた。

 

 ◇

 

 作戦室の画面に、ソロモンから伸びる複数の航路が表示されていた。

 

『逃れた敵部隊の一部がテキサス・ゾーンへ向かった』

 

 通信画面のワッケイン司令が、暗礁空域を示す。

 

『敵の戦力と指揮官は確定していない。偵察隊は複数の艦艇反応を捉えたが、暗礁とコロニー残骸で見失った』

 

「ホワイトベースに追跡を継続せよ、ということですね」

 

『そうだ。単艦で殲滅しろとは言わん。周辺の追跡部隊と連携し、敵の所在を確認しろ。待ち伏せを前提に動け』

 

「了解しました」

 

 通信が切れる。

 

 ブライトさんが作戦図を縮小する。

 

「出航は二時間後。乗員の休息と補給を優先する。MS隊は機体確認が終わり次第、待機に入ってくれ」

 

「放棄コロニーへ逃げ込んだなら、全機を中へ入れない方がいいと思います」

 

 俺が言うと、ブライトさんがこちらを見る。

 

「理由は?」

 

「艦隊や増援が外に残る可能性があります。暗礁なら、内部へ入った機体とホワイトベースを分断できます」

 

 ブライトさんは短く考えた後、クリスさんを見る。

 

「どう思う」

 

「外周とコロニー側で役割を分けるべきです。内部へ向かう機体があっても、全戦力を入れる必要はありません」

 

「分かった。詳細は敵を捉えてから決める」

 

 それ以上は言わなかった。どんな罠が、どの位置にあるかまでは分からない。俺が知っている流れのまま進むとも限らなかった。

 

 出航前、一号機のシールドが左腕へ戻された。対艦刀は整備を終え、新しい支持具へ固定される。黒い装甲には補修痕が残っていた。二号機も補充されたビーム・ライフルを受け取り、二機のガンキャノン、コアブースター、ジム・コマンドがそれぞれの固定架へ収まっている。

 

 その奥で、アレックスだけが外部固定具を増やされたまま動かなかった。

 

 ホワイトベースがソロモンを離れる。

 

 白い艦は連邦の追跡部隊とともにテキサス・ゾーンへ向かった。暗礁空域へ入ると、センサー表示が一気に不安定になる。岩塊とコロニー残骸の陰から反応が現れ、すぐに消える。艦橋正面のモニターには、暗い宇宙に浮かぶ巨大な円筒が映った。

 

 放棄されたテキサスコロニー。

 

 外壁には灯りがなく、開いた港湾部だけが黒く沈んでいる。格納庫で警戒待機へ入った機体の作動音が、艦内へ低く伝わってきた。

 

 コロニー脇の暗礁で、一つのMS反応が点灯する。

 

 識別表示が出る前に、その光は残骸の陰へ消えた。

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