黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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3話連続投稿2話目です


第9話 普通が続くほど怖くなる

 丸いやつには、余計なことを言わずに関わる。

 

 そう決めた。

 

 決めたのだが、決めたからといって簡単に守れるなら、前世の俺は積みゲーなんて作っていない。人間は決意だけで行動を制御できる生き物ではない。少なくとも俺は無理だった。

 

 数日後、俺は工作室で丸い外装パーツを横から見ながら、ものすごく口を出したくなっていた。

 

「レン、今、何か言いたそうな顔をしてる」

 

 アムロが端末から顔を上げずに言った。

 

 こいつ、そういうところも少し鋭くなってきたな。

 

「言いたいことはあるけど、言うとまた余計なことになるかなって考えてる」

 

「レンが余計なことを考えるのはいつものことだろ。言えばいいよ。変だったら聞かなかったことにするから」

 

「上級生、優しいようで意外と雑」

 

「全部聞くとは言ってない」

 

「そこは聞いてよ」

 

 アムロは少しだけ笑った。

 

 前より柔らかい。ぶっきらぼうなのは変わらないが、機械の話をしている時は、こちらの軽口にもちゃんと返してくれるようになった。二つ上の機械好きの上級生。テンパ予備軍。前世の画面越しではなく、今は工作室で少し話せる相手。

 

 慣れてきた。

 

 慣れてきてしまった。

 

 それが少し怖い。

 

「それ、音が出るところ、横に寄せすぎると、呼んだ時に声が片側から出てる感じにならない?」

 

「それは分かってる。でも正面を決めると、丸い意味が少し減るんだよ。どっちを向いてても反応するなら、音もできるだけ全体から出てる感じにしたい」

 

「じゃあ小さい穴を何個かに分けるとか」

 

「穴を増やすと外装の強度が落ちる」

 

「出た。今度はアムロが外装を気にしてる」

 

「レンがうるさいからだろ」

 

「人のせいにするのはよくないと思います」

 

「最初に外装の話をしたの、レンだろ」

 

「それはまあ、そう」

 

 言い返せなかった。

 

 俺が可愛げだの、怒られにくさだの、落とした時の角だの言い始めたせいで、アムロは外装を前より気にするようになった。いいことなのか、歴史改変なのか、ただの工作室トークなのか。もう分からない。分からないが、丸いやつは少しずつ丸いやつらしくなっている。

 

 まだ完成はしていない。

 

 名前もない。

 

 でも、呼んだら返事をする予定らしい。

 

 やっぱりハロ方面だよな、これ。

 

 口には出さない。絶対に出さない。

 

「二人とも、また機械の話になると長いね」

 

 入り口からフラウの声がした。

 

 アムロが少しだけ肩をすくめる。俺は作業台の横から顔を上げた。フラウは呆れたような顔をしているが、声は柔らかい。完全に怒っているわけではない。アムロを呼びに来たついでに、いつものやつを見に来たという感じだ。

 

「今日はまだ片付け時間じゃないよ」

 

 アムロが言うと、フラウは少し笑った。

 

「そう言う時のアムロは、だいたい片付け時間を忘れるから先に言いに来たの。レンくんも、アムロといると機械の話ばかりになるでしょう」

 

「だいたいそうです。でも、嫌ではないです。分からないところが多いので、聞いてると面白いですし」

 

「レンくんも十分話してると思うけどな」

 

「口は少し出ます」

 

「少し?」

 

「……まあまあ出ます」

 

 フラウが笑った。

 

 アムロまで横で小さく笑っている。

 

「そこは否定しないんだな」

 

「否定すると先生に見つかった時に困るから。僕は最近、正直路線でいくことにしてる」

 

「正直なら、口がかなり出ます、じゃない?」

 

「フラウさん、厳しい」

 

「だって見てると、二人とも楽しそうに言い合ってるもの」

 

 楽しそう。

 

 そう見えるのか。

 

 実際、楽しいのだと思う。機械の話は楽しい。アムロの反応は速いし、フラウの茶化しは温かい。先生も上級生たちも、俺たちを危険物ではなく、少し変な機械好きとして扱ってくれる。

 

 普通の日常だ。

 

 だからこそ、胸の奥が少し冷える。

 

 U.C.0079。

 

 日付が近づいている。

 

 俺だけが、それをカウントダウンみたいに見ている。

 

 学校の端末に表示される日付。居住区の予定表。搬送区画の通行制限。普段より増えた作業員。軍関係者の足音。父さんと母さんの帰宅時間。全部が、少しずつ「その日」へ寄っていく。

 

 前世で見たアニメなら、始まりの名場面だ。

 

 現地民としては、普通に胃が痛い。

 

「レン?」

 

 フラウに呼ばれて、俺は少し遅れて返事をした。

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと考えてました」

 

「また機械のこと?」

 

「半分くらいは」

 

「残り半分は?」

 

「片付けまでが工作だなって」

 

「それ、先生の受け売りでしょ」

 

「便利なので使ってます」

 

 フラウがまた笑う。

 

 俺も笑った。

 

 笑えた。

 

 まだ笑える。

 

 その日の帰り道、俺はいつもの通路を少し遠回りした。

 

 もちろん、怪しまれない範囲でだ。先生にも母さんにも言われている。危ない場所には近づかない。表示を見る。作業中の区画には入らない。俺はいい子なので守る。いい子なので、境界線の少し手前までしか行かない。

 

 我ながら言い方が最悪である。

 

 搬送区画に近い通路では、以前より人の流れが増えていた。コンテナが運ばれ、作業ポッドの音が響き、警告表示が一時的な通行制限を知らせている。表示の文言は一般向けで、細かい内容は伏せられている。だが父さんと母さんの仕事、サイド7、連邦軍、そして俺の前世知識を合わせれば、だいたい嫌な方向にしかならない。

 

 V作戦。

 

 そう口に出せない単語が、頭の奥で重くなる。

 

 俺は表示を見ながら、通路の分岐を覚え直した。非常灯の位置。退避扉。搬送区画へ向かうルート。学校から家までの別経路。工作室から居住区へ戻る道。アムロが使いそうな通路。フラウが通りそうな居住区側の道。

 

 全部を覚えたところで、全部を守れるわけではない。

 

 それでも、見ないよりはマシだ。

 

「レン」

 

 急に声をかけられて、俺は振り向いた。

 

 父さんだった。作業服に近い軍服姿で、手には端末を持っている。少し疲れた顔をしているが、俺を見る目はいつもの父さんだ。忙しい技術少佐。施設管理の人。俺の父親。

 

「最近、外の区画へ行きすぎていないか。興味があるのは分かるが、搬送区画は遊び場じゃないぞ」

 

「分かってるよ。見るだけ。……って言うと先生にも怒られたから、ちゃんと近づきすぎないようにする」

 

「見るだけ、はだいたい口か手が出る言い方だな」

 

「父さんまで先生みたいなこと言う」

 

「先生が正しいということだ」

 

 父さんは少し笑って、俺の頭に軽く手を置いた。

 

 その手の重さが、妙に現実的だった。

 

「レンが機械に興味を持つのは嬉しい。だが、今は動いている荷物も人も多い。予定外の搬入もある。安全な場所と危ない場所の境目が、いつもより分かりにくい。だから、表示だけは必ず見なさい」

 

「うん。表示を見る。黄色い線は越えない。赤は近づかない。作業中は止まらない」

 

「よく覚えているな」

 

「母さんにも言われてるから」

 

「そうか。なら大丈夫……と言いたいが、お前は少し賢すぎるからな。分かったつもりで近づきすぎるなよ」

 

「はい」

 

 俺が素直に返事をすると、父さんは少しだけ目を細めた。

 

「いい返事だ。少し怪しいが」

 

「いい返事なのに疑われてる」

 

「日頃の行いだな」

 

「僕、悪いことはしてないよ」

 

「悪いことはしていない。だが、変なところを見る」

 

 否定できない。

 

 父さんまでそれを言うのか。

 

 家に戻ると、母さんも遅れて帰ってきた。

 

 夕食は簡単なものだった。忙しい時の和泉家は、温かい食事が出るだけで十分ありがたい。父さんは食べながら端末を確認し、母さんはそれを見て「食事中くらい置いたら」と言う。父さんが「あと一件だけ」と返し、母さんが「その一件が三件になるでしょう」と言う。

 

 普通の家庭だ。

 

 少し忙しいが、冷えてはいない。

 

「レン、今日も工作室だったの?」

 

 母さんが俺の皿に少し野菜を追加しながら聞いた。

 

 追加しないでほしい。いや、食べるけど。

 

「うん。アムロの丸いやつを少し見た。まだ完成してないけど、音が出るかもしれない」

 

「アムロくん?」

 

「二つ上の、機械が得意な人。前に話した上級生」

 

「ああ、最近よく名前が出る子ね。仲良くしてもらっているの?」

 

「機械の話をするくらい。僕が横から変なところを見る係」

 

「係なの?」

 

「たぶん。正式採用はまだです」

 

 母さんは笑った。

 

 父さんは少し興味を持ったように顔を上げた。

 

「二つ上で、音声反応まで作っているのか。なかなか面白いな」

 

「アムロは制御とかログを見るのが早いよ。僕とは、見てるところが違う感じ」

 

「そういう相手は大事にしなさい。自分と違う見方をする人間は、機械でも仕事でも役に立つ」

 

「友達を工具みたいに言わないで」

 

「そう聞こえたか?」

 

「少し」

 

 父さんは苦笑した。

 

 母さんがそこで、少し真面目な声を混ぜた。

 

「レン、友達といる時も表示を見るのよ。楽しい時ほど周りを見なくなるから。アムロくんと機械の話をしていても、危ない場所には近づかないこと」

 

「うん。慌てた時ほど表示を見る。怖い時に走り出さない」

 

「よろしい」

 

 母さんは満足そうに頷いた。

 

 俺は野菜を食べながら、胸の奥でその言葉を繰り返した。

 

 慌てた時ほど表示を見る。

 

 怖い時に走り出さない。

 

 たぶん、もうすぐ必要になる。

 

 必要になってほしくないが、必要になる。

 

 夕食の後、父さんと母さんはまた仕事に戻った。家に帰ってきたのに、また出ていく。珍しいことではない。最近は特にそうだ。

 

「遅くなるかもしれない。先に寝ていなさい」

 

 父さんが上着を着ながら言った。

 

「端末は時間を守るのよ。あと、通路の外には出ないこと」

 

 母さんが念を押す。

 

「分かってる。二人とも、気をつけて」

 

 俺がそう言うと、父さんが少し笑った。

 

「それは本来、親が子どもに言う言葉だな」

 

「言ってもいいでしょ」

 

「ああ。ありがとう、レン」

 

 母さんも柔らかく笑って、俺の髪を軽く整えた。

 

「大丈夫よ。仕事を片付けて戻るだけだから」

 

 仕事を片付けて戻るだけ。

 

 その言葉が、少しだけ痛かった。

 

 俺は何か言いかけて、結局やめた。

 

 未来を話せない。

 

 サイド7が襲われるなんて言えない。V作戦も、ザクも、ジーンも、コロニーの穴も言えない。言ったところで信じられるかどうか分からないし、信じられたら信じられたで、アムロがRX-78-2に乗る流れが壊れるかもしれない。

 

 ジークアクスの知識が頭をよぎる。

 

 アムロがガンダムに乗らない未来。

 

 シャアにガンダムを取られる可能性。

 

 それは駄目だ。

 

 2号機はアムロ。

 

 俺が行くなら、1号機だ。

 

 二人が出ていった後、俺は自室で端末を開いた。

 

 公開情報で見られる範囲の搬送予定。施設の通行制限。居住区の警告表示。学校の予定。何度も確認した。もちろん、核心には触れられない。子どもの端末で見られる情報なんて限られている。それでも、周辺の動きは見える。

 

 搬送区画の制限が増えている。

 

 整備区画に近い通路の一部が、短時間だけ閉じられている。

 

詳しい理由は出ていない。ただ、表示の文面がいつもより少しだけ硬い。

 

 そして、その向こうにあるものを、俺は一度だけ見ている。

 

 整備区画の奥。

 

 タンクやキャノン系の部品とは少し離された場所。

 

 被せものの下に立つ、人型の機体。

 

 見た目だけなら、完成しているようにも見えた。

 

 RX-78-1。

 

 1号機がある。

 

 やっぱりORIGIN混じりか。いや、MSVも混ざってるのか。というか、俺、ORIGINあまり知らないんだけど。

 

 未来知識、頼れるようで肝心なところで雑すぎる。

 

 それでも方針は決まっていた。

 

 2号機には触らない。

 

 アムロが乗る流れは残す。

 

 俺が向かうなら、整備区画の1号機。

 

 動くかどうかも分からない。

 

 それでも、俺が守れる可能性があるのは、あれだ。

 

 たぶん、全部は救えない。

 

 その考えが、胸の奥に沈む。

 

 俺は端末を閉じた。

 

 部屋の外では、いつもの空調音がしている。通路を誰かが歩く音もする。サイド7の夜は、今日も普通だった。工作室ではアムロの丸いやつが少しずつ形になっていて、フラウはアムロを呼びに来て、先生は片付けまでが工作だと言う。父さんと母さんは忙しいが、帰ってきたらちゃんと俺に声をかける。

 

 普通だ。

 

 普通すぎる。

 

 だから怖い。

 

 明日も普通に続けばいい。

 

 そう思う時点で、たぶんもう普通じゃない。

 

 俺は暗くなった端末の画面に映る自分の顔を見た。

 

 まだ子どもの顔だ。

 

 でも、その奥で、前世三十五歳の俺が静かに息を吐いている。

 

 そろそろだ。

 

 

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