「シャア……くるのか」
アムロはビーム・サーベルを構え直した。
マ・クベとの戦闘でガンダムはシールドを失い、ビーム・ライフルももう使えない。左腕の装甲は削れ、脇腹にも傷が残っている。その正面で、シャアの赤いMSが岩場を蹴った。長い柄の両端から光刃が伸びる。最初の一撃を横へかわすと、赤い機体は振り抜いた勢いのまま向きを変え、反対側の刃を返してきた。
速い。
アムロはサーベルを合わせ、押し返そうとはせずに機体を引いた。正面から受け続ければ、先に傷んでいる二号機の方が持たない。シャアはそれを見て距離を詰める。右から来る。そう思った時には、もう身体が動いていた。
機体を左へ滑らせる。光刃が肩のすぐ横を抜けた。見てから避けたというより、そこにいたら危ないと先に分かった。赤い機体が踏み込み直す。今度は柄を短く持ち替え、近い間合いで刃を振ってきた。
その瞬間、右脚が少し流れた。ほんのわずかだった。シャアはすぐに姿勢を直して攻撃を続けたが、次の切り返しでも機体が一度余計に揺れた。背中の噴射が短く吹き、崩れた向きを直している。
変だ。シャアがこんな無駄な動きをするとは思えない。アムロは踏み込んだ。赤い機体の刃が返ってくる前に柄の内側へ入り、肩からぶつかる。シャア機が後退しようとしたところへサーベルを振り上げた。
赤い機体は上体を反らして避けたが、左肩の装甲が浅く焼ける。
『やるな、ガンダム』
声にはまだ余裕があった。シャア機はそのまま岩場の裏へ回り、建物の残骸を挟んでガンダムの正面から外れた。
アムロが追うと、今度は横から光刃が伸びてくる。避ける。次も分かる。
シャアが機体を動かすより少し早く、危険な場所だけが浮かんでくる。以前なら赤い機体を追うだけで精一杯だった。
今は違う。
ただ、シャア自身が遅くなったようには見えなかった。攻撃の組み立ても、こちらの逃げ道を塞ぐ動きも鋭い。それなのに大きく動くたび、赤い機体だけが微妙に姿勢を乱している。機体の調子が悪いのか。そう考えたところへ、シャアが一気に距離を詰めた。胸を狙って刃が突き出される。
アムロは外へ逃げなかった。
半歩だけ踏み込み、刃が伸びきる前に間合いを潰す。二号機の肩が赤い機体の胸部へ当たり、シャア機が後ろへ下がった。
足元で一度、姿勢が流れる。そこへサーベルを振った。胸部装甲に浅い光の筋が走る。赤い機体が大きく後退した。
『この短期間で、これほど……』
シャアの声が途切れる。アムロはサーベルを握ったまま前へ出た。勝てる、とまでは思わない。一つ間違えれば自分が斬られる。それでも、今まで戦ってきた時ほどシャアが遠く感じなかった。
赤い機体が岩山の陰へ下がる。
「逃がすか!」
ガンダムが追う。ここから別の出口へ抜けられれば、また外のホワイトベースが狙われる。岩場を回り込んだ先に赤い機体が見えた。直後、すごい勢いで爆発した。
「っ!」
急停止させる。岩が砕け、土煙と炎が視界を埋めた。センサーにも熱源と破片が重なって映る。アムロはサーベルを構えたまま近づいた。燃えている残骸はある。赤い装甲らしい破片も見える。それでも、撃破したという感じがしなかった。
「シャア……?」
炎の向こうから答えはなかった。
◇
アムロが戻らないまま、外の火線だけが少しずつ減っていった。
敵艦隊は包囲を諦め、残ったリック・ドムを拾いながら暗礁の外へ下がっている。連邦側も追撃で隊形を崩すことはせず、距離を保ったまま敵の動きを見ていた。
俺は一号機をコロニー入口の前に置いたまま、何度目か分からないくらい奥を見た。
何も出てこない。
『レン、戻ってください。追撃は友軍へ引き継ぎます』
クリスさんから通信が入った。
「アムロがまだ戻ってません」
『分かっています。ホワイトベースを中へ入れて捜索に切り替えます。艦載機は一度全部収容します』
「了解です」
一号機を反転させる。対艦刀を背部支持具へ戻した時、右腕が少し重かった。さっきから出ている違和感だ。動かないほどじゃないけど、戦闘を続ければどうなるかは分からない。
今はアムロの方が先だ。格納庫へ戻ると、カイとハヤトのガンキャノン、クリスさんのジム・コマンド、セイラさんのコアブースターも順に収容された。
二号機だけがいない。中で何が起きたのかは、誰も知らなかった。
俺の前世の記憶では、アムロがギャンを撃破、シャアと戦って撃退、そのあとセイラさんとシャアが会う。覚えている話と内容が近いからって、アムロが無事だと決めつける気にはなれなかった。
ホワイトベースは連邦の追跡部隊と連絡を取り、テキサスコロニーの港湾区画へ入った。MSをそのまま市街へ出すのではなく、艦を置ける位置まで進めてから小型車両で捜す。俺とセイラさんが同じバギー。ジョブ・ジョンさんやオムルさんたちは別方向へ回ることになった。
「何か見つけても、単独で奥へ入らないでください。位置を知らせて、近い班と合流すること」
クリスさんが捜索班全員へ伝える。捜索範囲と合流地点だけ確認して、それぞれのバギーが港湾区画から散っていった。
セイラさんが運転し、俺は助手席から右側を見ていた。戦闘の跡はある。割れた窓。道路へ転がった瓦礫。放置された車両。照明が消えている区画も多く、人がいないせいでバギーのエンジン音だけがやけに響いた。
「レン、あの道を見て」
「はい」
ガンダムを隠せる大きさじゃない。通っていれば足跡なり、壊れた道路なりが残っているはずだ。何本目かの通りを曲がったところで、セイラさんが急にアクセルを戻した。
前方に人がいる。赤い軍服。特徴的なヘルメットと仮面。前世で何度も見た姿だった。
俺は通信を切り腰の拳銃へ手を伸ばしたのと、セイラさんが息を呑んだのはほとんど同時だった。
「……兄さん」
シャアがこちらを向く。
「アルテイシア」
やっぱり。分かっていたことのはずなのに、本人の声でその名前を聞くと胸の奥がざわついた。セイラさんはバギーを降りた。俺も続いたけど、少し後ろで止まる。シャアは拳銃を持っていた。けれど銃口は下を向いたままだ。
「生きていたのね」
セイラさんは兄を見たまま、しばらくその先を言えなかった。
「ずっと探していたわ。赤い彗星も、シャアという名前も。でも……本当に兄さんなのか、確かめられなかった」
「知らせるつもりはなかった。お前まで私の事情へ巻き込む必要はないと思っていたからな」
「もう巻き込まれているわ。私は連邦軍にいて、兄さんはジオン軍にいる。それでも私だけ、何も知らない方がいいと言うの?」
シャアは答えなかった。仮面があるせいで、どんな顔をしているのかも分からない。
「兄さんがジオンにいるのは……ザビ家を?」
「アルテイシア」
「違うなら、違うと言って」
シャアは否定しなかった。セイラさんの肩が少し落ちる。
「やっぱり、そうなのね」
「私にはまだやることが残っている。それは私自身が選んだことだ」
「復讐をすることがやることと言うの?」
「お前が背負うことではない」
「兄さんはいつも、自分で決めてから私に何も言わない。守るつもりなのかもしれないけど、それで兄さんが死んだら私はどうすればいいの?」
シャアはすぐには返さなかった。
「私はもう子供ではないわ。兄さんが何をするのか、それを止めたいと思うのかも、私に決めさせて」
「……アルテイシア」
「今はセイラ・マスよ」
二人の間へ、俺が入る理由はなかった。知識として知っていることならある。でも、何年も離れていた兄妹が今何を考えているのかまで、俺に分かるわけじゃない。
黙っていると、シャアの視線がこっちへ向いた。
空気が変わる。俺が拳銃へ置いていた手に力を入れた瞬間、皮膚の内側を撫でられたような嫌な感覚が走った。シャアの身体もわずかに動く。互いにまだ銃は上げていない。仮面の奥から、シャアが俺をじっと見た。
「……この感覚、君か」
「何がです?」
「黒いガンダムだ。戦場で何度か感じた。見られているような、妙な圧がな」
戦場で俺も何度かシャアを感じている。向こうにも残っていたらしい。そこまで重なれば、勘だけとも言い切れない。
「黒いガンダムに乗ってるのは俺です」
「そうか。ずいぶん若いな」
「それは本当によく言われます」
シャアは俺を見たままだったが、黒いガンダムの話をそれ以上続けなかった。少しして、別のことを聞いてくる。
「しかし妙だな。アルテイシアという名を聞いても、君は驚かなかった」
そっちは痛いところだった。セイラさんまで俺を見る。
「何か知っていたのか?」
「……ある程度は」
「レン?」
セイラさんの声が低い。
「全部じゃないですけどね。セイラさんのお兄さんが生きているかもしれないことと、シャアにつながる可能性があることは知ってました」
「どこで知った」
「それは言えませんね」
シャアはしばらく俺を見ていた。俺も目を逸らさない。ここで前世の話をする気はないし、できるとも思っていない。
「知っていて、黙っていたの?」
今度はセイラさんだった。
「はい」
「どうして?」
「俺が勝手に周りへ話していいことじゃないと思ったからです。セイラさん自身が隠してることなら、なおさら」
少し考えてから付け加える。
「でも、何があっても絶対に黙るって意味じゃないです。艦や誰かの命に関わるなら別です」
セイラさんは何も返さなかった。今ここで納得してもらえるとは思っていない。シャアが妹へ視線を戻す。
「少なくとも、君の周りには妙な少年がいるらしい」
「兄さん?」
シャアはまた俺を見た。
「アルテイシアを守ってやってくれ」
「言われなくても守りますよ。仲間だから」
そこは迷わなかった。するとセイラさんがこっちを見る。
「二人で私のことを決めないで」
「あ、いや。そういう意味じゃないです」
少し焦りながら慌てて首を振った。
「危ない時は助けますよ。でも、セイラさんが何をするかまで決めるつもりはないです」
セイラさんは少しだけこちらを見る。それだけで何も言わなかった。遠くで何かが崩れる音が響いた。長く話していられる状況じゃない。シャアも周囲を見てから、ゆっくりこちらへ視線を戻した。
「私は行く」
このまま行かせていいのか、一瞬迷う。敵軍の士官だ。次に会えば、また撃ち合うかもしれない。でも、セイラさんの横でいきなり銃撃戦を始める理由もない。俺たちの目的はアムロを探すことだ。
それでも一つだけ、聞いておきたかった。
「シャア」
足を止める。
「ザビ家を倒したら、それで終わるんですか」
仮面がこちらを向いた。
「何が言いたい?」
「俺にも、よく分からないですけど」
うまくまとまらないまま口にする。
「ザビ家じゃなくても、戦争を始める奴はいるでしょう。だったら、本当に敵なのは血筋だけなのかなって」
言ってから、自分でもずいぶん曖昧だと思った。シャアは何も言わない。
「次に戦場で会えば戦います。でも……考えてほしい」
しばらくして、シャアが小さく答えた。
「覚えておこう」
それだけだった。やめるとも言わない。俺が正しいとも言わない。シャアが歩き出す。
「兄さん」
セイラさんが呼び止めた。シャアは振り返らなかった。
「復讐だけのために死なないで」
少しの間があった。返事はなく、そのまま赤い軍服が建物の向こうへ消えていった。セイラさんは追わなかった。俺も追わない。次にMSで出てきて敵として撃ってくるなら、その時は止める。
今はアムロを探す方が先だった。バギーへ戻り、通信を復帰させる。
『セイラ、レン、応答しろ』
ブライトさんの声が入った。
「こちらレン。聞こえてます」
『呼んでも中々繋がらなかったぞ何があった』
俺が隣を見ると、セイラさんが自分で通信機を取った。
「個人的な事情です。帰艦後に私から報告します。捜索は続けられます」
少しの沈黙。
『……分かった。今はアムロを優先する』
そこで通信が切り替わった。
『第二捜索班よりホワイトベース! 二号機を発見した! アムロも無事だ。機体は損傷しているが、自力で動ける!』
「よかった……」
声がそのまま出た。セイラさんも一度だけ目を閉じ、それからバギーを発進させた。アムロのいる方向へ向かう。しばらくして、セイラさんが前を見たまま口を開いた。
「レン」
「はい」
「戻ったら、あなたが何を知っていたのか聞きます」
「……はい」
今度は逃げられそうになかった。
道路の先に、損傷した二号機の白い肩が見え始める。
セイラさんはそこへバギーを向けたまま、もう兄の名を口にしなかった。
原作ってなんでセイラさん単独で捜索してたんですかね
それをいうならバギーで探すのもなんで?ともなるんですけど