「アムロ!」
道路の先で、損傷した二号機が片膝をついていた。シールドはなく、左腕の装甲が大きく削れている。脇腹にも深い傷が走り、右手にはビーム・サーベルだけが残っていた。少し離れた場所には先に到着した捜索班のバギーが止まっている。
俺たちの声に気づいたアムロが、開いたコックピットから身を乗り出した。
「レン、セイラさん」
返事が聞こえただけで肩の力が抜けた。
「怪我は?」
「僕は大丈夫。二号機の方がひどいよ」
そう言いながら降りてきたアムロは疲れていたけど、自分で歩けている。セイラさんもそれを確認してから、ようやく少し表情を緩めた。
「何があったの?」
「中にいた機体は倒した。そのあとシャアが来た」
セイラさんの表情が戻る。アムロは気づかずに二号機を振り返った。
「赤い新型MSと戦ってたんだけど、最後は機体ごと爆発した。シャアがどうなったかまでは分からない」
俺は隣を見なかった。セイラさんも何も言わない。
シャア本人が生きていて、ついさっきまで俺たちの目の前にいたことは、ここで話すことじゃないと判断した。
「まず戻ろう。二号機は動かせる?」
「ああ。武器はサーベルしかないけど、歩かせるくらいなら問題ないよ」
アムロはもう一度コックピットへ上がった。バギーだけで先に帰る案もあったけど、二号機をコロニー内へ置いていくわけにはいかない。捜索班が周囲を確認しながら先行し、損傷した二号機を低速でホワイトベースまで戻すことになった。
帰り道でセイラさんが兄のことを口にすることはなかった。俺も聞かなかった。今はアムロを連れて帰る方が先だった。
◇
二号機が格納庫へ入ると、整備員が一斉に集まってきた。失ったシールドとビーム・ライフルはどうにもならない。左腕と脇腹の傷もそのままで、機体を固定するとすぐに損傷確認が始まった。
「アムロも医務室に行ってください」
「怪我してないって」
「戦闘直後の自己申告だけでは駄目です。確認だけでもしなさい」
クリスさんに言われ、アムロは諦めた顔で格納庫を出ていった。他人事のように見てたら、俺も言われていくことになった、逃げられなかった。
一号機の右腕について話すと、すぐに点検へ回された。整備員に何度か動かした時の感覚を聞かれ、外周戦の途中から少し重くなったことを伝える。
「次に出せるかは、開けて見てからだな」
「動いてはいたんですけど」
「動くのと問題がないのは別だ」
言い返せない。格納庫ではカイとハヤトのガンキャノン、クリスさんのジム・コマンドも順番に確認を受けていた。セイラさんのコアブースターも整備へ回され、捜索班のバギーまで全部戻ってくる。
最後の点呼が終わったところで、ホワイトベースはテキサスコロニーから離脱を始めた。敵艦隊を追う必要はない。こちらも戦闘と捜索で消耗している。追跡部隊と情報を交換しながら、ソロモン方面へ戻るための隊形を組み直すことになった。テキサスの外へ出ても、俺たちが中にいる間のことはほとんど分からなかった。敵がどこまで下がったのか。友軍にどれだけ損害が出たのか。通信記録と各艦からの報告が揃うまで、誰も全体を把握できていなかった。
その答えの一つは、格納庫で一号機の点検を見ている時に来た。
『艦内各員へ』
作業用のスピーカーからブライトさんの声が流れ、周囲の整備員が手を止めた。
『先ほど、追跡部隊から正式な戦況報告を受けた。テキサス外部での戦闘中、ワッケイン司令の座乗艦が撃沈された。ワッケイン司令以下、艦の乗員についても生存者は確認されていない』
誰もすぐには動かなかった。工具を持ったままの人も、部品を抱えていた人も、その場でスピーカーを見上げている。
『現在の指揮系統は友軍側で再編中だ。ホワイトベースは予定通りソロモン方面へ帰投する。各員は持ち場へ戻ってくれ』
放送が終わった。格納庫の奥で、誰かが置きかけていた工具箱を床へ下ろした。しばらくして、一号機の横にいた整備員が作業を再開する。別の場所でも電動工具の音が戻り始めた。
俺も何も言えなかった。ルナツーで最初に会った頃のワッケイン司令は、ホワイトベースを軍の規則から外れた厄介な艦として見ていた。それでも俺たちを戦力として認め、必要な時には前に出ていた。
その人が、もういない。こうなる可能性は高いとは思っていた。でもアムロを優先したし、手を伸ばせなかったことは仕方ないと思っている。でもすぐに割り切ることはできなかった。
「……またか」
少し離れたところでカイが呟いた。それだけだった。ハヤトも何も返さない。
戦闘が終わったばかりなのに、整備を止めるわけにもいかなかった。次に何があるか分からない以上、動く機体は動くようにしておかなきゃならない。俺は一号機の開かれた右腕を見上げたまま、整備員から次の質問をされるまでそこにいた。
◇
その日のうちに、セイラさんから呼ばれた。場所は居住区に近い小さな打ち合わせ室だった。入ると、机の上に見覚えのないケースが置かれている。中身の予測はつくが一応聞いておく。
「これ、何です?」
「私宛てに届いたの」
ケースの中身は金塊だった。
何本あるのか数える気にもならない。少なくとも、気軽に誰かへ渡すような量じゃない。その横に、一通の手紙が置かれていた。
「シャアから?」
「ええ」
セイラさんは手紙を手に取った。手紙を開き読み始めた。俺はケースの中へ視線を落とす。
しばらくして、紙を折る音がした。
「兄さんは、私に軍を離れてほしいそう」
セイラさんの声は普段より少し掠れていた。
「これだけあれば、戦争から離れて暮らせると思ったのでしょう」
「そう言ってましたしね。セイラさんはどうするんですか?」
「分からない」
答えはすぐに返ってきた。
「今日まで、本当に生きているのかさえ分からなかった人なのよ。それが急に目の前に現れて、復讐を続けていて、また勝手にいなくなって……今度はこれ」
セイラさんは開いたケースを見た。
「心配してくれているのは分かるわ。でも、だからって兄さんの言う通りにすればいいとは思えない」
俺は何も言わなかった。兄に会えたんだからよかった、なんて簡単に言える状態じゃない。セイラさんが手紙を机へ置いた。
「それと、レン」
「はい」
「あなたのことも、まだ終わっていないわ」
「……ですよね」
「兄が生きているかもしれないことも、シャアかもしれないことも知っていた。それなのに、情報源は言えない。ずいぶん都合がいい話だと思わない?」
「まぁ、はい。思います」
そこは否定できなかった。セイラさんは少し困ったような顔をした。
「そこで認められると、怒りにくいわ」
「でも、本当に言えないんです。セイラさんを信用してないとかじゃなくて」
「分かっているわ。全部ではないけれど」
それ以上追及されなかった。納得されたわけでもないと思う。セイラさんはもう一度手紙を見てから、今度はケースを閉じた。
「ブライトには話すわ」
「……兄だということも?」
「ええ。私のことも」
俺は思わずセイラさんを見る。
「今日すぐではないわ。ソロモンへ戻って、落ち着いて話せる時に私から話す。シャアが誰なのか。私が誰なのか。テキサスで会ったことも」
少し間を置いて、セイラさんが続ける。
「レンも一緒に来て」
「俺もですか?」
「あなたはその場にいたでしょう」
「ああ……それはそうですね。分かりました一緒に行きます」
「ありがとう」
セイラさんはそれだけ言って、手紙をケースとは別に自分の手元へ置いた。金塊をどうするのかは聞かなかった。兄をどうするのかも。今決めることじゃないんだと思う。
部屋を出ると、艦内にはいつもの機械音が続いていた。テキサスで壊れた機体を直す音も、次の航路を確認する声も止まっていない。
ホワイトベースはもうテキサスを離れ、ソロモンへ向けて進んでいた。