ソロモンから誘導信号が入り、ホワイトベースは指定された接岸区画へ向けて速度を落としていった。
攻略戦からまだ日が浅い。窓の外では損傷艦が曳航され、その脇を補給艇や新しく到着した艦が行き交っている。テキサスでワッケイン司令を失った影響もあり、艦隊の再編はまだ続いていた。接岸すると、ホワイトベースにも基地側の整備員と補給要員が入ってきた。格納庫では二号機の修理が最優先で始まり、一号機も右腕を開いたまま点検が続けられている。
昨日まで感じていた重さについて何度か確認されたが、原因を一か所に決められる状態ではないらしい。整備員からは、出撃できるところまでは戻すが、これまでに蓄積した負荷まで消えるわけではないと念を押された。
二号機の方はもっとひどい。テキサスでシールドとビーム・ライフルを失い、左腕と脇腹にも傷が残っている。それでもソロモンの設備を使える分、ホワイトベースだけで直すより作業は早かった。
格納庫を行き交う作業員を見ていると、入口にセイラさんが立っていた。
「レン、ブライト艦長に時間を取ってもらったわ。今から行ける?」
「はい」
自分から話すと決めたことだ。俺は一号機を整備員に任せ、セイラさんと格納庫を出た。
◇
ブリッジ脇の小さな打ち合わせ室には、ブライトさんだけが待っていた。
扉が閉まると、外で続いている補給作業の音もかなり遠くなる。セイラさんは向かいの席へ座り、俺はその隣についた。
「昨日、後で話すと言っていた件だな」
「はい。私自身のことから話します」
セイラさんはそこで一度言葉を整えた。
「セイラ・マスという名前は、今の私が使っている名前です。本当の名前はアルテイシア・ソム・ダイクン。ジオン・ズム・ダイクンの娘です」
ブライトさんはすぐには返さなかった。名前の意味を理解するまで少し時間が必要だったんだと思う。
「……ダイクンの、娘?」
「はい」
セイラさんはその反応を待ってから続けた。
「兄が一人います。キャスバル・レム・ダイクン。今はシャア・アズナブルと名乗っています」
今度はブライトさんの顔にはっきり驚きが出た。
「シャアが君の兄……」
「テキサスで本人と会いました。兄も私をアルテイシアと呼びましたし、間違いありません」
そこでブライトさんも、昨日のことにつながったらしい。
「呼んでもなかなかつながらなかった時か」
「はい。兄と話していました。すぐに報告しなかったことは謝ります。ただ、あの場では私自身も何をどう話せばいいのか整理できていませんでした」
「それは分かった。続けてくれ」
セイラさんは兄がザビ家への復讐を続けていること、テキサスでもそれをやめるとは言わなかったことを話した。兄から連邦軍やホワイトベースについて何か聞き出そうとされたことはなく、協力を求められたわけでもない。ただ、自分には戦争から離れて暮らしてほしいと考えているらしいことも。
「でも、私は兄の言う通りに戦場を離れるつもりはありません。復讐を手伝うつもりもないです。兄には、復讐だけのために死なないでほしい。それを止められるなら止めたいと思っています」
ブライトさんは話を途中で細かく区切らず、最後まで聞いた。
「シャアは君にホワイトベースを離れろと命じたわけではないんだな」
「命令という言い方ではありませんでした。でも、兄が望んでいることは同じだと思います。戦争から離れて、安全な場所で生きろと」
「それに従うかどうかは、自分で決めると」
「はい。私はもう子供ではありませんから」
セイラさんの答えには迷いがなかった。ブライトさんは椅子へ深く座り直した。
「君が誰の娘かという話と、これまでホワイトベースで何をしてきたかは分けて考える。俺は今までの君を知っているし、今日初めて聞いた名前だけで、それを全部疑うつもりはない」
そこで言葉を切り、今度は艦長として続けた。
「ただ、シャアが君の兄で、実際に接触してきたという事実は無視できない。今後また向こうから接触があった時は、一人で抱えず俺にも知らせてくれ。兄妹として話すなとは言わないが、相手は今もジオン軍のシャア・アズナブルでもある」
「分かりました」
セイラさんも、その線引きには反発しなかった。それから机の上へ手紙を置いた。
「もう一つあります。兄と別れたあと、私宛てに金塊とこの手紙が届きました。金塊はかなりの量です。手紙の内容から見ても、私が戦争から離れて暮らすためのものだと思います」
さすがにブライトさんも困った顔をした。
「敵軍の将校から、金塊か……」
「はい」
「現物はあとで確認させてくれ。どう扱うべきかは、それを見てから考える。今ここで君の物だとも、艦で預かるとも決めない」
「そのつもりで持ってきました」
話すべきことをほとんど話し終えたところで、ブライトさんが俺を見た。
「レンも、その場にいたんだな」
「はい。最初から最後までいました」
「今セイラが話した内容で、事実と違うところは?」
「ありません」
それだけだった。
俺が前から何を知っていたかも、どこから知ったかも、今ここで話すことじゃない。セイラさんもその話を持ち出さなかった。ブライトさんは手紙を一度見てから、二人へ向き直った。
「この話は必要な範囲より広げない。だが、シャアとの接触が今後の作戦や艦の安全に関わるようなら別だ。その時は俺の方からも確認する。それでいいな」
「はい」
セイラさんが答え、面談はそこで終わった。
部屋を出てからも、しばらくセイラさんは黙って歩いていた。全部が片付いたわけじゃない。兄が復讐をやめたわけでも、セイラさんが兄をどう止めるか決まったわけでもない。
それでも、自分の名前を自分から話した。今はそれで十分なんだと思う。
◇
格納庫へ戻った時には、二号機の右手に見慣れないビーム・ライフルが収まっていた。
見覚えはある。アレックス用に調整されていたものだ。アムロはコックピットに入り、整備班が外部端末から火器管制との接続を確認している。クリスさんも試験データと表示を照らし合わせていた。
「照準連動、もう一度お願いします」
『了解』
二号機がライフルをゆっくり構えた。砲身の向きに合わせて照準表示が動き、アムロが何度か角度を変える。整備員が数値を確認したところで、クリスさんが次の項目へ進めた。
アレックス本体は格納庫の奥で停止したままだった。
ソロモンまで戻っても、簡単に戦闘へ復帰できる状態じゃない。ただ、本体が動かないからといって、使える武装まで寝かせておく理由はない。テキサスでライフルを失った二号機へ回されたのは、そのためだった。
確認を終えたアムロがコックピットから顔を出した。
「前のライフルとは少し違うな。照準の反応は速い。実際に撃つとまた違うだろうけど、使えない感じはしないよ」
「火器管制との接続は問題ありません。元はアレックス専用の新型ライフルです、純粋に火力は上がるかと。あとは機体側の修理が終わってから最終確認ですね」
クリスさんもそこで整備班へ作業を戻した。一号機の右腕も組み戻しが進んでいる。次に出せる見込みは立ったが、いつものように整備員からは無理を重ねるなと言われた。
白い二号機も黒い一号機も、修理すれば新品へ戻るわけじゃない。戦争が終わるまで、あと何回使うことになるのか。そんなことを考えているところへ、格納庫の通信端末にブリッジから呼び出しが入った。
『クリス中尉、アムロ、レン。友軍から特殊な戦闘報告が届いた。手が空き次第ブリッジへ来てくれ』
敵襲ではなかった。
だから二号機を飛ばす話にもならず、俺たちは作業を整備班へ任せてブリッジへ向かった。戦況表示には、友軍から送られた複数の報告がまとめられていた。
「まだ断片的だが、どの報告も内容が似ている」
ブライトさんが最初に全体を説明した。
「小型の飛翔体が複数方向から接近し、ビームで攻撃してくる。迎撃しようとすると別方向からも撃たれる。ところが、それだけの攻撃をしているはずの母機が見つからない。通常のMS部隊とは考えにくいそうだ」
クリスさんは攻撃方向と観測記録を見比べた。
「飛翔体自体もかなり小さいですね。これが一つの母機から動いているなら、相当特殊な誘導か遠隔操作が必要になります」
「本体から武器だけ飛ばしてるようなものか」
アムロの言葉で、頭の中に前世の映像が浮かんだ。小さな兵器が本体から離れ、別々の方向へ散ってビームを撃つ。攻撃される側からは、どこを向いても別の方向から狙われる。
ビットに似すぎている。というよりはこれはビットだろ。
さらに報告の一つには、前線の兵士たちが使い始めた呼び名まで記されていた。
ソロモンの亡霊。そこまで同じだった。でも、原作でその攻撃をしていたララァは、今ホワイトベースにいる。
「レン、何か気づいたか?」
ブライトさんに呼ばれ、俺は知っている名前ではなく、報告から言える範囲だけを話した。
「アムロの言った通り、本体から離れた小型のビーム砲を何個も動かしてる可能性はあると思います。別々の方向から同時に撃てるなら、報告とも合う。前の大型MAの攻撃とは似てますがあれは有線でしたし、これをどうやって操作してるのかまでは分かりません」
「少なくとも、正面の敵だけ見ていればいい相手ではなさそうですね」
クリスさんはMS側へ情報を回し、複数方向への警戒を前提に手順を見直すことにした。ブライトさんも、正体不明の敵を探しに出るより、まず補給と修理を終え、友軍から続報を集める方を選んだ。
相手の場所すら分からないのだから当然だ。俺には別のことが気になっていた。本当にエルメスなら、誰が乗っている?答えのないままブリッジを出ると、途中の窓際にララァがいた。いつものように宇宙を見ているだけかと思ったけど、近づくと表情が少し違う。
「レン。遠くに悲しい人がいるの」
俺が聞く前に、ララァはそのまま続けた。
「ずっと一人でいるみたいに寂しくて、苦しい感じがする。でも、それだけじゃないの。その人がそこにいること自体が、なんだか変。場所を間違えているっていうのとも違って……無理にそこへ置かれているみたいな感じがする」
ララァ自身にも、それ以上はうまく説明できないらしい。俺も場所や相手を聞き出そうとはしなかった。分からないものを質問で細かくしても、分かるようになるとは限らない。
「つらかったら無理に感じようとしなくていいよ」
「うん。大丈夫」
窓の外では、補給艇と連邦艦がソロモンの周囲を行き交っている。さっきの報告。エルメスに似た攻撃。そして、ララァではない遠くの誰か。
前世で知っていた話と同じ形が見えているのに、世界が変わった結果中にいる人間だけが違っている。
それが何を意味するのかは、まだ分からなかった。