12月27日。ソロモン周辺の警戒は、昨日よりさらに厳しくなっていた。
「ソロモンの亡霊」の正体はまだ分かっていない。友軍から上がってくる報告も増えてはいたが、小型の飛翔体による多方向攻撃という共通点以外は曖昧なままだった。だから大型反応を捕捉したという報告が格納庫に入った時、一瞬だけそっちを考えた。
『通常のMSではない大型反応を確認。ホワイトベース、迎撃準備。モビルスーツ隊は発進待機』
コックピットへ滑り込みながら一号機を起動する。昨日まで調整されていた右腕も動いた。少し重さは残っている気がするが、出撃できないほどじゃない。隣では二号機も立ち上がっていた。アムロが持っているのは、昨日取り付けを確認したアレックス用のビーム・ライフルだ。テキサスで失ったシールドは戻っていない。
『レン、聞こえる?』
「聞こえてるよ」
『大型反応、前に戦ったやつに近いって』
「……ん? 前に戦ったやつか」
ブラウ・ブロ。亡霊じゃないのか。
少しだけ安心した直後、自分でそれを打ち消した。前に一度戦っているからといって、楽な相手になるわけじゃない。
『敵機、接近。各機発進!』
先に二号機がカタパルトを抜け、俺も続いた。クリスさんのジム・コマンド、カイさんとハヤトのガンキャノン、セイラさんのコア・ブースターも順にホワイトベースを離れる。
遠くに大型の影が見えた時、前に戦った機体だとすぐ分かった。形は同じように見える。けど、最初に伸びてきた有線砲を見た瞬間、前と同じじゃないことも分かった。
「散って!」
複数の砲口が本体から離れた直後、白い光が交差した。一号機を下へ逃がす。前ならそこで一本抜けられたはずだった。ところが進路の先へ別の砲口が先回りするように回り込み、俺が姿勢を変えた瞬間にはもう撃ってきた。
「うわっ!」
機体を捻り、肩のすぐ横をビームが抜ける。続けてさらに二本。避けた先まで考えて撃ってきている。
『レン、前と動きが違う!』
「分かってる!」
二号機も正面から踏み込めていない。アムロが一度本体へ向かったところへ左右から有線砲が回り込み、進路を潰した。俺がその外側へ入ろうとすると、今度はこっちへ二門が向く。
こいつ、俺たち二機を一緒に見てる。前に戦った時は飛んでくる砲台そのものを処理すれば隙間ができた。今回は一つへ近づけば別の砲台が射線を重ねてくる。しかも本体まで前より速い。たぶん制御人数と砲塔とブースター、全部多い。中身が完全に別物になってる。
『黒い方を内側へ入れるな、って感じだな!』
カイさんの砲撃が一門を押し返した。続けてハヤトが別方向へ射線を重ね、俺の前にほんの少し空間ができる。
「助かります!」
『礼はあとだ。こっちにも飛んできてんだよ!』
ガンキャノンへ向きを変えた有線砲へ、セイラさんのコア・ブースターが高速ですれ違いざまに射撃を浴びせた。撃破まではいかなくても砲口が逸れる。クリスさんは俺たちを追うより、支援機同士の間隔を調整していた。
『カイ、ハヤト、寄りすぎないで。二機まとめて射線に入れられる。セイラは外側を維持。アムロとレンが戻れる道を残します』
前と違うなら、こっちも前と同じ戦い方をする必要はない。俺は本体へ直進するのをやめた。まず有線砲を減らす。一本へ狙いを定め、ビームガンを二射。最初を避けた砲台の移動先へ二射目を置く。命中。砲台が爆発した。
次へ向かおうとした瞬間、背中に嫌な感覚が走った。操縦桿を倒す。その時には、頭の中ではもう避け終わっていた。なのに一号機の腰がまだ回っていない。
「反応が遅い!」
強引にスラスターを吹かし、機体を押し出す。ビームが右脚の横を掠めた。今のは見えていた。操作も遅れていない。なのに、機体が俺の思った位置まで来なかった。
『くそっ、まただ!』
アムロの声が飛んできた。二号機が有線砲を避けながら新しいライフルを向ける。しかし銃口が敵の移動へ追いつくより先に、相手が射線を抜けた。
『狙ってるのに腕が遅れる!』
考える暇はなかった。敵の攻撃は待ってくれない。本体は白と黒を左右へ押し分けたまま、有線砲をさらに広げてきた。俺とアムロが互いを援護しようと寄れば、その間へ火線を通してくる。俺が中へ入ることも、アムロが本体に一気に攻めることも推測されている気がする。
『レン、本体が動く!』
アムロの声と同時に、俺にはまだ見えていなかった大型MAの機影が見えた。
『下を回ってるぞ!』
反応を追う。有線砲を広く展開したまま、本体だけが俺たちの下側へ回り込んでいる。アムロの方が早い。こういう時は迷う必要がない。
「アムロ、本体見てて! 俺が砲台を減らす!」
『分かった!』
白い二号機が本体へ圧力をかける。ビーム・ライフルから撃ち出されたビームが、前のものより太い光を引いた。本体はそれを避けながら姿勢を変え、アムロへ三方向から砲撃を重ねる。
俺はそのうち一つへ突っ込んだ。
一発目をかわす。二発目。また、機体が半歩遅い。頭は次の位置を見ているのに、一号機はまだ前の動きを終えている途中だ。無理に次の姿勢変更を入れると、右腕と腰の駆動表示が一気に上がった。
「もう少しだけ早く……!」
ビームガンを捨てるように射ち、有線砲の根元を壊す。爆発の横を抜け、そのまま次の一本へ向かう。
『レン、右から来てる!』
クリスさんの警告で機体を捻った。正面からカイさんの砲撃。有線砲がそれを避けて位置を変えたところへハヤトの射撃が重なる。
撃破。これで二本減った。
『開いた!』
アムロが本体へ入る。大型MAは即座に有線砲を戻し、二号機の進路へ火線を作った。アムロは避けるが、また機体の反応がわずかに遅れたらしい。
『動けよ!』
二号機の肩をビームが掠める。それでもアムロは止まらなかった。今度は俺がそっちへ寄る。残った砲台の一つが俺を狙う。そのまま引きつけ、直前で進路を変えた。
変えたつもりだった。また遅い。光が一号機の左側を走り、装甲表面を焼いた。損傷表示が増える。でも砲台はこっちを向いた。
「カイさん!」
『見えてる!』
ガンキャノンの砲撃が有線砲へ直撃した。さらにクリスさんが別の一門を押さえ、セイラさんが外周から本体の進路へ射撃を入れる。
一瞬だけ、全部の火線がずれた。アムロがその一瞬を逃さなかった。
『そこだ!』
ライフルのビームが大型MAの側面へ直撃する。装甲が弾けた。でも終わらない。本体が噴射し、損傷したまま向きを変える。有線砲も残っている。逃げるつもりか、それともまだ撃つつもりか。
俺は推進部へ狙いをつけた。照準を合わせる。また腕が遅れる。ほんの少しだけ。けど、今度はそれを待たなかった。機体が追いつく位置を先に考えて、射線へ入る前にトリガーを引く。ビームが本体の後部を貫いた。噴射が崩れる。
『レン!』
「今!」
二号機の二射目が、姿勢を立て直せなくなったブラウ・ブロの中央へ突き刺さった。白い光が一瞬膨らみ、そのあと大型MA全体が爆発に呑まれた。有線砲の反応も次々に消える。俺は一号機を減速させながら、爆発の向こうを確認した。
大型反応は消えている。
『敵大型MA、反応消失』
クリスさんの声が聞こえた。
『各機、損傷確認。深追いはしません。ホワイトベースへ戻ります』
誰も反対しなかった。勝った。でも、操縦桿から手を離す気にはならなかった。さっきから何度もあった。見えていたのに。分かっていたのに。
一号機が遅れた。
◇
ソロモンへ帰艦してすぐ、白と黒の二機は整備台へ上げられた。
一号機は左側の装甲を焼かれ、右腕と腰の負荷がまた増えていた。二号機も肩周りに被弾跡があり、関節と姿勢制御系のログには高い負荷が残っている。それでも問題になったのは被弾箇所より、戦闘中の操作記録だった。
クリスさんと整備班が二機分のログを並べ、アムロも端末の前から離れない。
「ここです。入力は入っています。そのあと機体側の動作が追いつくまでに、わずかですが遅れが出ています」
クリスさんが二号機の記録を動かす。回避入力、姿勢制御、関節駆動。その順番自体は正常なのに、アムロの次の入力が入る頃には前の動作がまだ終わっていない。
「やっぱりそうだ。僕はもっと早く動かしてた。避ける方向も分かってたのに、ガンダムがそこまで動いてくれなかったんだ」
「俺のも同じですね。今までは遅れる分まで込みで動かしてたところもありましたけど、今日みたいにギリギリになると、それでも足りません」
一号機のログにも似た記録が並んでいた。整備員が二機を見比べながら首を振る。
「機体の故障じゃない。今の基準なら十分速く動いてる。お前らの入力の方が詰まりすぎてるんだ」
言われても、あまり嬉しくない。戦場ではその少しの差でビームが当たる。クリスさんは二機の記録を見たあと、別のデータを端末へ呼び出した。見覚えがある。アレックスの試験ログだった。
「アレックスの調整中にも、パイロット側の入力が機体の応答を押し始める領域は何度も記録しています。あの機体は最初から高い反応速度を前提にしていましたから、今回の二機とは条件が違います。ただ、どこまで応答を上げれば操縦に追従できるか、その実測値は使えます」
アレックスが壊れた時とは違う。あっちは高反応設定を引き出した結果、姿勢制御と駆動系の同期そのものが崩れた。今の一号機と二号機は普通に動いている。普通に動いているのに、俺たちには足りなくなっている。そこまで確認したところで、基地側の技術班から一人の男が格納庫へ入ってきた。
モスク・ハンと名乗った技術者は、挨拶もそこそこに二機の操作ログを要求した。クリスさんが用意していたアレックスの試験記録も含めて渡すと、しばらく端末の前から動かなくなる。
「なるほど。故障を探しているなら時間の無駄だな」
最初に出てきた言葉がそれだった。
「関節も駆動系も、今の設計通りには動いている。問題はパイロットの入力がその先へ行ってしまっていることだ。これ以上同じ調整を詰めても、大きくは変わらん」
モスクは一号機と二号機を順に見上げた。
「なら、動く側を速くする。関節の抵抗を減らして応答を上げるマグネット・コーティングという方法がある。ちょうど実用に持ち込めるところまで来ている。ガンダムに実装するために派遣されてきた」
ブライトさんも二機のそばまで来ていた。
「この二機に使えるんですか?」
「使える。ただし、いれれば終わりというものじゃない。どの程度まで応答を上げるか、その調整に時間がかかる」
そこでモスクは、端末に残っていたアレックスのデータへ目を戻した。
「本来ならな」
何度か記録を送り、アムロが乗った時の試験値と今回の二号機を比較する。そのあと一号機の入力記録も重ねた。
「こいつは使える。この試験機で高反応域の実測をかなり取っている。白い方はパイロットまで同じだし、黒い方も現在の入力速度が分かっている。ゼロから探る必要がない」
「二機ともやれますか?」
ブライトさんの問いに、モスクは少し考えてから答えた。
「人員を回せるなら並行でやる。一機ずつ順番に触る理由はない。調整の基準はもうあるからな」
クリスさんも表示されている数値を確認した。
「アレックスのデータをそのまま入れるわけではなく、二機それぞれに合わせて落とし込むんですね」
「当然だ。同じ反応にしたところで、機体もパイロットも同じじゃない。必要なのは、この二人が入力した時にガンダムが待たせないところまで持っていくことだ」
それなら話は分かりやすい。火力を上げるわけでも、装甲を厚くするわけでもない。今日何度も感じた、あの一瞬を減らすための処置だ。ブライトさんは整備予定と必要人員を確認し、その場で決めた。
「お願いします。二機ともやってください」
「そのつもりで来た」
モスクが整備班へ必要な作業を伝え始めると、格納庫の空気が一気に変わった。
一号機と二号機は並んだまま外装を開かれ、関節と駆動部へ作業員が取りついていく。別の端末では、アレックスの試験データを基準に二機それぞれの調整値が組まれ始めた。
少し離れた場所には、動かないアレックスが残っている。
あの機体が壊れたことと、今回の一号機と二号機の問題は同じじゃない。それでも、アムロが何度も乗って限界まで反応を試した記録がなければ、今日からすぐ二機を触るなんてできなかったはずだ。
俺とアムロは整備台の下から、白と黒の二機が同時にばらされていくのを見ていた。
「次に乗ったら、かなり違うのかな」
「どうだろ。変わりすぎても最初は怖そうだけど」
「それはレンでも?」
「そりゃ怖いよ」
アムロが少し笑った。その横で、作業員が一号機の右腕へ手を入れていく。機体が遅いくらい、少し前なら深刻でもなかった。それ込みで動けていたから。でも今日、はっきり分かった。
次は、こいつらにも追いついてもらわないと困る。
(あ、俺のにもMCしてくれるんだありがたい)
ブラウ・ブロ強敵でしたね。ほぼ全機相手にしてきました、ガンダム以外は危なすぎて近寄れなかったんですけどね。
前回ガンダム2機相手にしたこともあり強化版です。