27日の戦闘から戻って始まったマグネット・コーティングの作業は、想定していたより長引いた。
一号機と二号機では、それまでに受けた損傷も、関節や駆動系へ残った負荷も違う。アレックスで取っていた高反応域のデータがある分、一から調整値を探す必要はなかったが、二機へ同じ処置をして終わりにはできなかった。実際に動かして操縦入力と機体の応答を確認し、それぞれに合わせて補正する。今度はその補正を入れた状態でもう一度動かす。作業はその繰り返しになった。
12月30日。格納庫の外では、連邦軍の艦艇が次々とソロモンを離れていた。
格納庫のモニター越しにも、出港していく艦の灯りが見える。本来ならホワイトベースもあの中にいたはずだが、白と黒のガンダムはまだ整備台の上に並び、一部の外装を開かれたままだった。
『一号機、右腕を最大追従でもう一度』
「はい」
モスクさんの指示を受けて操縦桿を倒す。右腕が動き、指定された位置で止まった。前なら入力したあとにあった、ごくわずかな待ち時間がほとんどない。
「知識としてはあったけどこれ本当に凄いな」
最初に動かした時は、むしろ俺の方が戸惑った。これまでは機体が遅れてくる分まで見越して操縦していたから、その癖を残したまま入力すると一号機が必要以上に先へ動いてしまう。今は何度か調整を繰り返したおかげで、それもかなり減っていた。直感に近い操作感でいけそうだ。
『止めろ。右腕はこれでいい。腰との連動も問題ない』
モスクさんの声に続いて、機体の外から整備員が右腕の数値を読み上げていく。隣では二号機も同じ作業を続けていて、アムロが脚と腰を動かすたびに整備員が端末を確認していた。
『モスク博士、先行艦隊との距離が開いています』
整備回線へブライトさんの声が入った。
「見れば分かる。だが白い方の最終値がまだ合っていない。ここで急いで終わらせても、戦場で妙な癖が出れば同じことだ」
『作業を切り上げろとは言いません。終わり次第すぐ出ます』
「なら、もう少し待ってくれ」
ブライトさんもそれ以上は言わなかった。
急いでいるのは格納庫にいる全員が分かっている。先に出る艦を見送りながら作業を続けるのは落ち着かないが、追いつくために不十分な状態の機体を持ち出す方がまずい。一号機は反応が良くなっても、右腕や腰に積み重なった負荷まで消えたわけではなかった。
やがて二号機側でも最後の確認が終わった。モスクさんは白と黒の二機分の記録を見比べたあと、整備台の上を見上げた。
「よし。二機とも閉じろ。これ以上は実際に戦闘速度で動かして、乗っている奴が合わせた方が早い」
待っていたように格納庫が動き出した。開かれていた装甲が戻され、整備員が機体から離れていく。今度は補給班が入り、推進剤と武装の最終確認が始まった。
ホワイトベースの出港準備を知らせる警報も、ほとんど同時に鳴った。コックピットを降りて通路へ出ると、格納庫の入口近くにララァがいた。俺を待っていたらしく、こちらへ歩いてくる。
「レン。前に言った人が近くにいる」
「あの悲しい人?」
「うん。前よりずっとはっきりする。でも、分からないの。助けてって呼んでるわけでもない。ただ悲しくて……私たちの進む方にいる」
これから向かうのは先行艦隊が進んだ宙域だ。ララァが感じている相手と、これまで友軍を襲っていた正体不明の敵が同じなのかはまだ分からない。
「分かった。無理して追わなくていいよ。俺も実際に会ってみないと何とも言えないし、敵だったらまず戦わないといけないから」
「……そうね。気をつけて」
「うん」
それだけ話して格納庫へ戻った。戦わないといけないと言った後のララァの悲しむ顔が印象的だった。
ホワイトベースがソロモンを離れた頃には、先行した艦隊はもうかなり前へ出ていた。ミライさんは可能な範囲で速度を上げ、予定していた合流地点へ向かう。俺たちもすぐに出られるよう、一号機と二号機のコックピットで待機することになった。
しばらくは艦隊位置と航路修正の連絡ばかりだった。それが、合流予定宙域へ着く前に変わった。
『前方の友軍艦隊、敵と交戦開始!』
ブリッジからの報告へ、先行艦から送られてきた情報が続く。
『敵MS多数。小型高速物体による多方向からのビーム攻撃を確認。複数艦が攻撃を受けています!』
小型の飛翔体。別々の方向からのビーム。
「……来たか」
『ソロモン周辺で報告されていた敵と見ていいだろう』
ブライトさんの声が全機回線へ入った。
『ホワイトベースはこのまま戦域へ入る。モビルスーツ隊は発進準備。こちらは途中から戦列へ加わる形になる。出た後は味方の位置を必ず確認しろ』
「了解!」
遅れて追いつく以上、戦場はもう俺たちの都合のいい形では残っていない。
カタパルトへ運ばれた二号機が先に発進し、俺も一号機で続いた。クリスさんのジム・コマンド、カイさんとハヤトのガンキャノン、セイラさんのコア・ブースターも順にホワイトベースを離れる。
宇宙へ出た瞬間、戦闘がどこまで進んでいるのかが見えた。
友軍艦艇の間を艦砲射撃が横切り、その向こうでは連邦とジオンのMSがすでに入り乱れている。何隻かは隊列から押し出され、護衛機もそれぞれ目の前の敵へ対応していた。最初からここにいれば流れの中で把握できたはずの配置を、途中から入った俺たちは一度に拾わなければならない。
一号機を旋回させる。機体がすぐについてきた。頭の中では次の動きへ移っていても機体が前の姿勢変更を終えるのを待っていた。今はその間がない。反応が速いというより、ようやく操縦した分だけそのまま動くようになった感覚に近かった。
そこまで考えたところで、頭の奥に鋭いものが走った。一号機を横へ振る。直後、さっきまでいた場所をビームが抜け、その少し先へ二発目が交差した。
「っ!」
『レン!』
「大丈夫! 正面じゃない!」
上と右後方。さらに別方向にも小さな反応がある。モニターの端を、小型の機影が高速で横切った。
ケーブルはない。しかも一基だけじゃない。戦場へ散った小型機が、それぞれ別方向から友軍艦やMSへ射撃を繰り返している。ブラウ・ブロの有線砲とは違う。前世で知っている通りなら――ビットだ。これが、ずっと友軍を悩ませていた「ソロモンの亡霊」の正体。
そう判断したところへ、クリスさんの通信が重なった。
『敵MS二機、こちらへ接近! アムロ、セイラ、前方!』
戦場の内側から、二号機とコア・ブースターへ向かって二機のジオン機が抜けてくる。そのうち一機を見たセイラさんが、迷いなく言った。
『一機はシャアよ』
何かを感じたのか確信した声だ。兄を見つけても動きは変わらなかった。セイラさんはそのままコア・ブースターを敵へ向ける。
『レン、そっちの小さいやつの本体は?』
「俺が対処する! どこかにいるはず!」
『分かった。こっちは僕がやる!』
アムロたちの正面へシャアたちが入り、俺の周囲へ小型機が集まってきた。先に出来上がっていた戦場へ途中から飛び込んだ結果、それぞれ目の前にいる敵へ対応するしかなくなった。
俺は友軍艦へ向かっていた一基へビームガンを撃ち、そのまま小型機が広がっていく方向へ一号機を向けた。追えば別方向からビームが来る。二本の射線をかわして戦域の外側へ出ると、感じる方向に大型の機影が見えた。
緑色の、大きな機体。あの形を見間違えるはずがない。
エルメスだ。
前世で知ってるのはあそこに乗っているのはララァだ。けれど、そのララァは今ホワイトベースにいる。
なら、あれを動かしているのは誰だ?
◇
アムロは二号機を反転させると、迫ってきた二機のうち赤いゲルググへ照準を向けた。
テキサスで戦った時と違い、今回は最初から相手がシャアだと分かっている。もう一機のリック・ドムが少し後ろを取り、アムロがゲルググを追おうとするたびに射撃を差し込んできた。
シャアもそれを分かった上で動いている。正面から撃ち合わず、リック・ドムの射線と重なる位置を使いながら二号機の進路をずらしてくる。アムロがそちらへ対応すればゲルググが距離を詰め、シャアへ向き直れば横からリック・ドムの砲撃が来た。
『アムロ、後ろの一機は私が押さえるわ』
セイラのコア・ブースターが外側から回り込み、リック・ドムへ機首を向けた。高速で横切りながら射撃を浴びせ、二号機へ向いていた相手の注意を引き剥がす。
リック・ドムも無視はできなかった。セイラの進路へ射撃を返し、その対応でシャアとの距離が開く。
アムロには、それで十分だった。
二号機を一気に加速させる。ゲルググが射撃する前に機体を振ると、二号機は今度こそ遅れなかった。以前なら頭の中で終えていた動きへ機体が後からついてきたが、今は腰も脚も入力しただけ動く。アムロは射線を外した勢いを殺さず、そのままゲルググの側面へ回り込んだ。
『このガンダム……!』
シャアも即座に反応し、ゲルググを翻して距離を取る。そこへアムロがライフルを撃ち込んだ。最初の一発は回避された。二発目も直撃しない。それでもシャアは攻撃へ転じられず、二号機から距離を離すことに動きを使わされている。アムロが狙った場所へ機体を向けられるようになった分だけ、今までなら逃げ切れたはずの一瞬が消えていた。
ゲルググは逃げ続けなかった。
艦隊から流れてきた残骸の陰へ一度入り、アムロが追ってきたところで逆方向から飛び出す。ビーム・ライフルの一射が二号機の肩口を通り過ぎ、続けてゲルググ自身が距離を詰めてきた。
アムロは横へ逃げず、正面から機体を振った。
また反応が間に合う。自分が避けたいと思った時には、二号機も同じ方向へ動き始めている。前までならわずかに残っていた機体への苛立ちがない。その分、目の前のシャアだけに集中できた。
ライフルを一射。
シャアがかわす。その先へもう一射を置く。今度はゲルググの左肩を掠めた。装甲片が散り、シャアは大きく進路を変える。これまでならそこで一度離されていたところを、二号機がそのまま追いついてくる。
『速くなったというだけではないな……!』
シャアの声が通信へ混じった。ゲルググが急反転し、ビーム・ナギナタを構えて逆に踏み込んでくる。射撃戦では押されると判断したのか。アムロもライフルの射線を切り、空いた左手でビーム・サーベルを抜いた。
二機がすれ違う。
黄色い刃が二号機の胴を狙い、アムロは機体を捻ってかわした。すぐにサーベルを返すが、シャアも避ける。二度目は互いの刃がぶつかり、弾かれた機体がそれぞれ逆へ流れた。
その間にも、少し離れたところではセイラとリック・ドムの戦闘が続いていた。
コア・ブースターは正面から撃ち合わない。速度を保ったまま外周を取り、リック・ドムが二号機側へ戻ろうとすれば横から射撃を浴びせる。相手も何度かセイラを追おうとしたが、コア・ブースターの速度へ付き合えばシャアから離れ、戻ろうとすればまた撃たれる。
『そっちへは行かせないわ』
セイラの射撃がリック・ドムの肩を掠めた。
だが、相手もシャアの援護を諦めなかった。コア・ブースターへ一度正面から向き直り、セイラに回避を強いたところで大きく噴射する。被弾した肩から破片を散らしながら、再びゲルググのいる方向へ機体を戻そうとした。
『アムロ、そっちへ一機戻るわ!』
「分かった!」
警告を受けても、アムロはシャアから目を離さなかった。そのまま離れると思ったゲルググが姿勢を直し、もう一度来る。今度は動き始める前から分かった。シャアはアムロを待つのではなく、自分から間合いを潰しに来ている。ビーム・ナギナタを大きく振るためではない。接近して、二号機が持つ射撃と反応速度の利点を消すつもりだ。
アムロも前へ出た。
互いの距離が急速に縮まる。ゲルググがナギナタを振るより早く、二号機は肩をずらしてその内側へ入った。黄色い光刃が背後へ流れ、目の前にゲルググの胴体が開く。
ここなら外さない。アムロがビーム・サーベルを振り上げた。その時、横から機影が飛び込んだ。
『大佐!!』
セイラと交戦していたリック・ドムだった。
コア・ブースターからの射撃を受け、肩と脚部の装甲を焼かれながら、それでもシャアと二号機の間へ機体を押し込んでくる。
サーベルは止まらない。
光刃がリック・ドムの胴体を深く切り裂いた。裂けた装甲の奥から白い光が漏れ、次の瞬間には機体全体が爆発に包まれた。
『ルロイ!』
シャアの声が通信へ響いた。
爆風と破片が二号機を押し返す。アムロは左腕で機体前面を庇いながらスラスターを吹かし、姿勢を立て直した。ほんの数秒だったが、その間にゲルググは爆発を挟んで距離を取っていた。
追える。そう思って前を向いたところで、視界の端へ別の光が走った。
友軍艦の近くでジオン機が一機撃たれ、その向こうでは別の敵が戦列へ入り込もうとしている。セイラもすでに残骸から離れ、コア・ブースターを艦隊側へ向けていた。
ここでシャアだけを追えば、その分だけ別の場所が空く。
『アムロ、追わないで。今は艦隊を』
アムロは遠ざかる赤いゲルググをもう一度だけ見た。リック・ドムが割り込まなければ、さっきの一撃はシャアへ届いていた。それでも今、そのシャアを追うために目の前の味方を放っておくわけにはいかない。
「……分かった」
二号機から照準が外れる。シャアも戻ってこなかった。爆発したリック・ドムの残骸を挟んだまま、赤い機体は戦場の奥へ離れていく。
アムロは二号機を反転させ、友軍艦へ近づいていた敵へライフルを向けた。セイラのコア・ブースターも少し離れた場所から同じ戦列へ戻ってくる。
『アムロ、損傷は?』
「大丈夫。二号機は動ける。セイラさんは?」
『こちらも問題ないわ』
短く確認を終えたところへ、クリスから別の指示が入った。
『二人ともそのまま艦隊側を支援して。カイとハヤトも合流させます。一号機は外側へ出てあの小型機の本体と戦闘中と思われます』
「レンはまだ追ってるのか……」
『アムロ、前!』
セイラの声で視線を戻す。
「分かってる!」
二号機は再び加速した。