エルメスを見つけた。
大型の機体は一号機から距離を取りながらゆっくり向きを変え、その周囲から散っていたビットが、俺とエルメスの間へ戻るように移動してくる。前世で形も仕組みも知っている。それでも、実際に自分の上下左右へ広がっているのを見ると印象はまるで違った。ブラウ・ブロの有線砲なら、本体から伸びたケーブルがどこまで動けるかの目安になる。こいつらにはそれがない。
一号機をそのままエルメスへ向けると、右前方のビットが先に撃った。射線を外して下へ抜けようとしたところへ、今度は後方にいた一基が撃ってくる。そちらを避けるため進路を変えた瞬間、さらに下へ回り込んでいた一基の砲口が一号機を捉えた。
「そういう使い方か!」
腰を捻るように姿勢を変え、噴射を重ねて射線から逃れる。マグネット・コーティングのおかげで入力にはすぐ機体がついてきたが、それでも最後の一発は左肩の装甲を浅く焼いた。警告表示が増えたものの、駆動には問題ない。
避けられるからといって、楽になったわけじゃない。今までより遅れずに動ける分、無理な姿勢変更までそのまま機体へ通ってしまう。右腕と腰には元から負荷が残っているし、推進剤だって無限じゃない。全部の射撃へ全力で反応していたら、先に一号機の方が持たなくなる。
少し離れた艦隊側では、まだ何本ものビームと砲火が瞬いていた。通信にもクリスさんたちの声や友軍からの報告が混じっているが、細かく聞いている余裕はない。アムロたちがどうなっているかまでは分からないし、こちらへ援護を求めるつもりもなかった。あっちはあっちで戦っている。俺が今止めなければならないのは、目の前のエルメスとビットだ。
一号機を振り返らせ、近くにいた一基へビームガンを撃つ。小さな機体は横へ滑ってかわし、そのまま外側へ逃げた。追えば狙える距離だったが、追わなかった。その一基だけを見ている間に、別方向から二本の射線が来るのがもう分かっていたからだ。
ビットそのものを追いかけるのは駄目だ。
少し距離を取り、攻撃を避けながら全体を見る。正面の一基が撃つと、すぐには別の一基が続かない時がある。俺の進路を変えさせるためだけに撃っているものと、その先で当てるつもりのものもいた。さらに何度か射撃を繰り返したビットの一部は、外へ広がり続けずエルメス側へ寄っている。
全部が同時に好きな場所から好きなだけ撃てるわけじゃない。
そう考えて、エルメスへ戻ろうとしていた一基へ照準を向けた。ビームガンの一発目を見て相手が進路を変える。その移動先へ二発目を重ねると、今度は避け切れずに小さな爆発が起きた。
初めてビットを一基落とした瞬間、戦闘とは別の感覚が胸の奥へ入り込んできた。
誰かがこちらを強く意識したのが分かる。落とされたことへの驚きはすぐに引っ込み、その代わりに、こちらを逃がすまいと意識がさらに研ぎ澄まされていく。その奥に妙な息苦しさが混じっていたが、何が原因なのかまでは分からなかった。
ララァが言っていた人かもしれない。確かめる暇もなく、次の射撃が来た。
「っ、もう変えたのか!」
さっきまでエルメス側へ戻っていたビットが、途中で反転して撃ってきた。こちらが戻る機体を狙ったのを見て、すぐ使い方を変えたらしい。同時にエルメス本体も大きく横へ移動し、俺が近づこうとしていた方向へ別のビットを回してくる。
相手はビットを飛ばしているだけじゃない。本体まで含めて俺の進路を作っている。二基が正面から射線を重ねてきた。避けやすい下側が空いているのを見て、そのまま降りかける。だが、そこへ一基だけ動いていないビットがあるのに気づいて操作を止めた。
下へ行かせたいのか。なら逆だ。
一号機を上へ跳ね上げる。以前なら機体が動き出すまでのわずかな遅れで射線に引っかかっていたところを、今はそのまま抜けられた。下で待っていたビットが慌てて向きを変える。その横を通り過ぎながらビーム・サーベルを抜き、すれ違いざまに切断した。
二基目。そのままエルメスへ向かう。
本体は逃げた。俺から距離を取りながら主砲をこちらへ向け、残ったビットも追ってくる。今度は本体の砲撃まで混ざったことで射線は増えたが、逆にエルメス自身も俺へ正面を向けなければならない時間ができる。
主砲が光る直前に一号機をずらし、その横を抜けて距離を詰めた。背後からビットの射撃が来る。右腕でライフルを構えようとした瞬間、関節の負荷表示が一段上がったため、無理に振らず機体ごと照準を合わせる。
エルメスの中央が入った。ここなら撃てる。トリガーを引く直前、照準を右へずらした。ビーム・ライフルの一射は胴体中央を外れ、右側の推進部を貫いた。エルメスが姿勢を崩し、機体後部から噴き出した破片が流れていく。
同時に思念が流れてきた。
――今、外したでしょう?
女の人の声だった。通信からではない。それでも、聞き違えようのないくらい明瞭だった。返事を考えるより先に、残ったビットが一号機の左右へ広がる。相手はまだやめる気がないらしい。それならこっちも止まれない。
「まだ撃つなら!」
届いているのかは分からなかった。
エルメスは片側の推進力が落ちても本体を回し、主砲とビットを組み合わせて攻撃してくる。さっきまでより動ける範囲が狭くなった分、ビットを外側へ広げて俺を近づけない戦い方へ変えていた。
一基をビームガンで牽制し、別の一基へサーベルを向ける。相手はそれを見て二基とも退いたが、その間にエルメス本体が主砲を撃った。真正面から来た一発をかわしたところで、退いたはずのビットの片方がもう背後へ回っている。
完全に読まれた。
身体を沈めるように操縦桿を押し込み、一号機を急降下させる。ビームが頭上を抜けた。MCで動けるようになった分だけ機体の反応も早い。
「こっちも長引かせたくないんだけどな……!」
相手が強いからこそ、同じことを続けてはいられない。ビットを全部落とすことも考えたが正直しんどい。左右へ広がった二基の間へわざと入り、両方がこちらへ照準を寄せるのを待つ。片方が撃った瞬間に進路を変えると、もう一基が来るであろう位置へ射線を置いた。
その射線を外した先にエルメスがいる。相手が俺を追い込むために作った通路を、そのまま逆に使った。
一号機を加速させる。途中で追いついてきた一基をライフルで撃ち抜き、エルメスへ近づく。残ったビットが後ろから撃ってきたが、今度は振り返らない。本体を前に置いたまま機体だけ横へ滑らせ、射線を外した。
「……後ろにも目をつけるんだ!」
エルメスが主砲を向ける。先に撃つ。ライフルのビームが前部の砲口を貫き、その周囲の装甲までまとめて吹き飛ばした。
また中央を狙える距離だった。も、そこへは撃たない。今度は反対側の推進部へ一発を入れた。相手の感情が近くなる。最初に触れた時よりはっきりしていて、さっきから俺が何をしているのか理解できないという戸惑いが、そのままこちらへ押し寄せてきた。
――どうして?
短い言葉の後にも、攻撃は止まらなかった。残っているビットが外から回り込み、一号機の背後へ射線を作る。エルメス本体も壊れた推進器を残った姿勢制御で補い、少しでもこちらからコックピットを外そうとしていた。動きそのものはかなり悪くなっている。それでも、戦う意思までは折れていない。
俺は背後のビットへ機体を振り向けず、腕だけを回してビームガンを撃った。一発目は外れたが、ビットが逃げた方向へ二発目を重ねる。爆発を確認してエルメスへ向き直ると、まだ一基だけ反応が残っていた。
もうエルメスには、まともに撃てる主砲も十分な推進力もない。それでも俺へ向こうとしている。ライフルを構えれば、中央を外す必要もない距離だった。
――あなた、どうしてそこまで私を気に掛けるの?
問いと一緒に流れてきたものに、俺はすぐ答えを出せなかった。
この人が何をされてきたのか、どうしてここにいるのかは分からない。ただ、自分にできることを示し続けなければならないような苦しさと、誰かが近づいてくるほど強くなる警戒だけは伝わってくる。
「……分からないです」
それが一番近かった。
「似た感じの人を知ってるからっていうのはあると思う。でも、それだけじゃない。機体を止めれば、それで終わるなら、人まで殺さなくてもいいでしょう!」
少し間があったが、相手の警戒が消えたわけではなかった。
――簡単に言うのね。やめたら、それからどこへ行くの? 戻った先に何があるか、あなたは、その先がわかるの?
「わかりません。その先どうなるかも、安全かどうかもわからない」
口にした途端、それで戦闘をやめてもらえるとは自分でも思えなかった。敵に捕まる相手へ安全も自由も約束できず、それでも死ぬよりはいいと言っているだけだ。
「それでも、死んだらそれで終わり。ここでやめることができれば。一緒に戻ることならできます!」
返事はなかった。代わりに、今までとは違う感覚が一気に近づいてきた。
相手のことも知らない。向こうに何があってエルメスに乗っているのかも、ここへ来るまでに何があったのかも分からない。ただ、それまで戦闘の合間に触れていた感情と、俺の中にあるものとの境目が一瞬だけ薄くなった。
怖いなら、怖いままでいい。俺だってこの人が何をするのか分からない。一緒に戻った後どうなるかも分からないし、守れるなんて言える立場でもない。
それでも、ここで殺したくはなかった。
ニュータイプだからとか、エルメスに乗っているからとか、そんなことじゃない。悲しみを纏ったまま戦う人を撃つことはしたくない、偽善だろうができるなら生きて戻ってほしい。
そのままの感情が、向こうへ触れた気がした。反対に伝わってきたものも、さっきまでとは少し違っていた。警戒も、捕まった後への恐れも消えてはいない。ただ、その中にあった疑いが揺れている。
――本気なのね。
短い言葉が届いた。
「はい」
それ以上は言わなかった。
エルメスから少し離れた場所には、ビットが残っていた。いつの間にか一号機の後ろへ回り込み、こちらを撃てる位置まで来ている。俺も気づいているし、たぶん向こうにもそれは伝わっている。
ライフルは下げていた。撃たれれば避ける。それでも、先にコックピットへ照準を戻すつもりはなかった。言葉にならない感情だけが、少しずつこちらへ流れてくる。それでも、俺の中を探るように触れていた感覚が静かになっていった。
ビットは撃ってこなかった。しばらく一号機へ向いていた砲口がゆっくり外れ、そのまま推力を落としてエルメスの近くへ戻っていく。
そこで初めて、通常通信が開いた。
『停止するわ』
感応の中よりも落ち着いた、少し低い声だった。
『私の名はクスコ・アル。あなたは?』
「レン・イズミです」
『レン・イズミ……分かったわ。外へ出ます。今さら撃たないでね』
「撃ちませんよ」
エルメスのハッチが開き、ノーマルスーツ姿の人影が機外へ出てきた。クスコさんはしばらくこちらを見たあと、自分でエルメスから離れ、一号機へ移ったきた。
そのままコックピット前まで来てもらい、ハッチを開ける。一人用の中へもう一人入れると、思っていた以上に余裕がなくなった。クスコさんにはシートの横へ身体を寄せてもらい、操縦桿や計器へ触れないよう姿勢を固定してもらう。
「狭くてすみません」
「仕方ないわ」
声は落ち着いていたが、警戒がなくなったわけではない。俺も同じだった。戦闘をやめたとはいえ、ついさっきまで撃ち合っていた相手をコックピットへ入れている。
ハッチを閉じ、一号機をエルメスから離した。
「機体は壊しますね」
「ええ。残してる方がよくないでしょうね」
もう迷う理由はなかった。無人になったエルメスへビーム・ライフルを向ける。今度は中央へ照準を合わせ、そのまま撃った。ビームがコックピットを貫き、内部で光が広がる。少し遅れて後部から爆発が起き、緑色の機体は形を崩しながら炎に包まれた。
撃破を確認してから、ホワイトベースへ進路を戻す。
艦隊側ではまだ戦闘が続いている。遠くに何度も閃光が見えたが、アムロたちの状況まではここからでは分からなかった。今は一号機の損傷も増えているし、コックピットには捕虜がいる。戻るのが先だ。
「敵MAのパイロットを回収しました。本人が戦闘を停止したので連れて帰ってます。クスコ・アルって名乗ってます」
少し間を置いて返事が来る。
『了解。ブライト艦長に回すわ。そのまま帰艦して。着艦場所には警備班と医務員を出します』
すぐにブライトさんへ回線が切り替わった。
『レン、相手の武装は確認したか?』
「まだ確認できてません。今は俺のコックピットにいます」
『分かった。着艦後は警備班の指示に従わせろ。捕虜として収容する。お前も機体を降りたら残れ。戦闘経過は後で聞く』
「了解です」
通信が切れると、すぐ横にいるクスコさんが少し身体の位置を直した。
「ちゃんと捕虜なのね。そこを曖昧にされるのかと思ってたわ」
「そこは俺にも変えられないので」
「ええ。それでいいわ。何でも好きにできるみたいなことを言われる方が今は信用できないもの」
それ以上は話さず、一号機をホワイトベースへ向けた。
着艦すると、格納庫にはすでに警備兵と医務員が待っていた。俺が先にコックピットを出て、クスコさんが続く。一人で出撃した一号機から知らない女性が降りてきたことで何人かの整備員がこちらを見たが、クリスさんの指示ですぐ作業へ戻っていった。
クスコさんは警備兵から武装確認を受けても抵抗せず、指示された通り両手を見える位置へ出していた。医務員が簡単な状態確認を済ませると、そのまま艦内へ連れていかれる。
格納庫を出る直前、クスコさんが一度だけ振り返った。
俺がまだ一号機のそばにいるのを確認すると、何も言わずに前へ向き直り、そのまま警備兵について歩いていった。
前話で予想できた方いましたね。ルロイ・ギリアムは小説でアムロを撃って戦死させたキャラです。
予約投稿時点でストックが0になりました。一年戦争も終盤もう少しで終戦です。