【完結】黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第104話 読まれている

 次の砲火が要塞から走った。

 

 狙われたのは一号機ではない。太い光がさらに奥の艦隊へ伸び、レンはその手前を横切ろうとしていたゲルググへ照準を残したまま、一号機の進路だけを変えた。敵も同じ砲火を避けて加速し、結果として二機の距離が一気に縮まる。

 

 ゲルググがライフルを振った。正面から撃ち合えば友軍艦まで射線が抜ける。レンは引き金を引かず、機体を横へ滑らせた。一号機を追って敵の銃口が動いたところへ、別方向から二号機のビームが差し込む。ゲルググはそれもかわしたが、逃げた先には損傷したジムがいた。

 

「そっちは駄目だ!」

 

 一号機を割り込ませる。今度は外せない。ビーム・ライフルの一射がゲルググの右肩を貫き、姿勢を崩したところへ二号機の次弾が胴を捉えた。爆発を避けながらアムロが上へ抜け、レンも反対へ離れる。

 

『まだ来る!』

 

 アムロの声より先に、正面の敵影が増えていた。

 

 ザク、リック・ドム、ゲルググ。数だけならもう珍しくもないが、その後ろには要塞砲がある。レンたちが一機を追えば別の敵がホワイトベースへ近づき、逆に艦の近くへ寄りすぎれば友軍MSと射線が重なる。

 

『カイ、右側のドムを止めて。ハヤトはそのまま艦前方。セイラ、左から二機回ってるわ』

 

『見えてるわ』

 

『ったく、どこからでも湧いてきやがる!』

 

 クリスさんの指示と同時に、二機のガンキャノンが違う方向へ砲撃を始めた。セイラさんのコア・ブースターは艦隊の外側を高速で回り込み、ホワイトベースへ向かおうとしていた敵の進路を横から切っている。クリスさん自身のジム・コマンドも前に出ていたが、部隊全体から離れすぎることはない。

 

 一号機の周囲にも複数の識別反応が交差していた。

 

 MCを入れた機体は、こういう細かな姿勢変更で以前よりずっと扱いやすい。急に機首を振っても関節が引っ掛かるような重さがなく、必要なところで必要なだけ動かせる。駆動部に余計な抵抗がない分、同じ動きをしても機体へ掛かる無駄な負担も少ない。

 

 それでも、戦場そのものが楽になるわけじゃなかった。

 

 二号機が前へ出た。アムロが敵の動きを何か感じ取ったらしく、こちらを見ることもなく進路を変えている。レンも追おうとしたが、その瞬間、今までとは違う圧が横から来た。

 

 反射的に一号機を沈める。さっきまでいた場所をビームが通り過ぎた。

 

「どこから――」

 

 撃ったのは正面のMSではない。左上方に、大型の物体が一つ浮いていた。MSの腕でも艦砲でもない。レンが向きを変えた直後、今度は右後方から同じ規模の射撃が来る。

 

 二基。エルメスのビットに似てる。

 

 その間からゲルググ系の機体が加速してきた。一号機は二発目を避けた勢いをそのまま使い、本体との正面衝突を外した。すれ違う寸前、敵MSの腕が振られる。ビーム兵器の光を見てサーベルを抜きかけたが、その位置へ最初のビットが回り込んでいた。

 

 近づかせるための一発だった。レンはサーベルを抜かずに噴射を変え、ゲルググと遠隔兵装の間から逃げた。三方向から挟まれる前に距離を作る。

 

「エルメスとは違う……もしかしてあのゲルググの兵装なのか?」

 

 数は二つしかない。その代わり、本体がゲルググのカスタム機っぽいだけあって速い。

 

 ビットを広く散らして包囲するのではなく、ビット二基で逃げる方向を限定し、その場所へゲルググ本体が入ってくる。三つともが独立して襲ってくるように見えて、実際には一つの攻撃になっていた。

 

『レン、今の何?』

 

 クリスさんにも見えていたらしい。

 

「分かりません。ジオンの最新量産機本体と、遠隔兵装が二つ。俺の方に来てます」

 

『位置を維持できる?』

 

「やってみます」

 

 返事をしながら一基へビームガンを向けた。遠隔兵装を先に減らす。

 

 ブラウ・ブロでもエルメスでも、飛ばしてくる火器を自由にさせない方が本体へ入りやすかった。ビームガンを一発撃ち、避けた先へ二発目を置く。当たらない。大型兵装はレンが二発目を置くより先に進路を変えていた。

 

 嫌な感じがした。

 

 もう一度、一号機をその一基へ向ける。今度は追い込まず、内側へ潜るだけの加速を見せた。右からビームが来る。まだ動く前だった。レンが普段なら次に選ぶ位置へ、二基目が先に射線を置いていた。

 

「……俺の動きを知ってる?」

 

 偶然かもしれない。確かめるため、今度は本体を正面に残しながら一基だけを外側へ追う。レンが遠隔火器へ接近するとき何度も使ってきた入り方だった。敵のゲルググは追ってこなかった。先回りした。一号機がビットの内側へ入るはずの場所で待ち、こちらがそこへ来た瞬間に距離を詰める。もう一基は退路側へ回っていた。

 

「この感覚……」

 

 ブラウ・ブロ戦で感じたNTの感覚。一号機を横へ捻った瞬間、ゲルググの攻撃が左肩を掠めた。応急交換したばかりの装甲が砕け、衝撃で機体が流れる。MCのおかげで姿勢の戻し自体は速い。だが壊れた装甲まで戻るわけではない。

 

 直後、開いた回線に男の声が入った。

 

『今度は一機か、黒いガンダム』

 

 聞き覚えがあった。前より近い。ブラウ・ブロ越しではなく、同じMS同士で向き合っているせいかもしれない。

 

「大型MAのパイロット……」

 

『シャリア・ブルだ。あの時の借りを返しに来た』

 

 それ以上の説明はなかった。大型兵装が左右へ分かれ、会話を切るように同時に撃ってくる。レンは一号機を後退させた。そのままホワイトベースから離れる方向へ加速する。

 

『レン?』

 

「クリスさん、こいつ俺を狙ってます。このままここで避けると味方に飛びます。外へ引っ張ります」

 

 大型兵装の一射が、一号機の後ろを通って友軍の進路へ抜けた。ジムが慌てて回避する。

 

 クリスさんもそれを見た。

 

『分かった。深追いされたら戻って』

 

「了解です」

 

『アムロは別方向へ出てる。カイ、ハヤト、一号機の穴を埋めて。セイラは艦の左を優先して』

 

 レン一人へ構っている余裕はない。通信がすぐ部隊全体の指揮へ戻った。

 

 一号機は主戦場の外側へ向かう。シャリアは追ってきた。遠ざかるほど、要塞砲と艦砲の光は背後へ集まっていく。通信にはまだ声が混じっていたが、ミノフスキー粒子と距離のせいでノイズが増えていた。ここなら、味方を巻き込みにくい。同時に、助けも来ない。ビットの片方が前へ出た。

 

 レンはさっきと同じように、そちらへ一号機を向ける。一号機を加速させた。大型兵装が逃げる。ゲルググ本体が先回りし、もう一基はレンの退路へ回った。

 

 予想通りだ。レンは進路を変えなかった。

 

 シャリアから見れば、三日前と同じように遠隔兵装の懐へ入り、そのまま潰そうとしているはずだった。本体が近づく。後ろから二基目の砲口が一号機へ向く。

 

 機体正面を本体へ向けないまま、左側のスラスターだけを強く噴かす。MCで滑らかになった駆動が、ぎりぎりまで崩さなかった姿勢を一気に変えた。ゲルググが先回りしていた位置を外し、その外側へ回る。

 

 シャリアの本体が向きを変えた。

 

 それを待っていた。本体を援護するために戻ろうとしたビットと、退路を塞いでいたもう一基。その二つの位置が一瞬だけ縦に重なる。ビーム・ライフルを撃つ。手前の一基が回避した。だが後ろにいた一基は反応しきれずにビームが突き刺さり爆発する。

 

「同時に急制御させれるほど器用じゃないみたいだな!」

 

『そう来るか』

 

 シャリアの声に動揺はなかった。残った一基と本体が、すぐ別々の方向へ離れる。配置を作り直すのが早い。一号機の右側へビームが走った。かわした直後にゲルググ本体が入ってくる。サーベルを抜いて受けたが、接触の衝撃が右腕から肩まで抜けた。警告表示が増える。

 

 近接でも速い。こちらが動き出す前から、次に必要な場所へ機体を置いている。

 

 レンは一度距離を取った。右腕はまだ動く。腰も反応する。損傷した左肩の映像が乱れているが、戦えないほどじゃない。残ったビットが上へ回った。今度はあれを追わない。ゲルググ本体へ向かう。シャリアは当然、残った兵装をレンの背後へ回した。一号機が本体へ集中すれば後ろから撃てる。

 

 レンはそれでも本体から視線を外さなかった。ビームが背後から来る感覚だけを拾い、直前で一号機を横へ滑らせる。避けた射線がゲルググの脇を通った。シャリアもかわす。そのために本体の進路がずれた。ビットが援護できる場所を保つため、シャリアはもう一度位置を直す。

 

 レンはそこへライフルを撃った。本体への射撃に見せて、外す。ゲルググが避けた先には何もない。代わりに、本体と遠隔兵装の距離が開いた。その瞬間一号機を反転させた。今まで追わなかったビットへ向かう。シャリアもすぐ気づいたが、本体はさっきの回避で外側へ流れている。大型兵装を援護できる位置へ戻るには遅い。

 

 レンはビームガンを連射した。

 

 一発目を避ける。二発目も外す。三発目を置いたところへ、ビットが逃げ込んだ。爆発が広がる。二基目も消えた。

 

 その直後、ゲルググが一号機へ体当たりするような勢いで入ってきた。サーベル同士がぶつかる。一号機の右腕が押し返された。関節は動いているが、以前から残っていた負荷に今の衝撃が重なり、出力表示が落ちる。

 

「ビットがなくなっても、全然楽にならないな……!」

 

『当然だ。あれだけで戦ってるわけではない!』

 

 シャリアは距離を作らせなかった。一号機が後退しようとすれば追い、横へ外れれば先へ入る。レンもサーベルだけを見ず、ゲルググの姿勢と噴射方向を見ていた。右から斬り込んでくる。受ければ右腕が持たない。下へ逃げる。すぐ追撃が来る。今度は避け切れず、ゲルググの刃が一号機の左腰を削った。装甲と内部部品がまとめて飛び、姿勢制御の表示が一つ消える。

 

「……強い!」

 

 機体が回った。入力には反応している。だが左側の噴射が足りない。残ったスラスターを使って回転を止める間にも、ゲルググが距離を詰めてくる。

 

 長引けば負ける。

 

 右腕、腰、左側の姿勢制御。どれもまだ完全には死んでいないが、戦うたびに余裕が減っている。シャリアはそこを見抜いてる。レンはビーム・ライフルを捨てた。サーベルを左手へ持ち替え、一号機を正面からゲルググへ向ける。シャリアも近接戦を選んだ。互いの距離が一気に縮まる。レンは最初の一撃を外した。

 

 わざと大きく。

 

 ゲルググはその内側へ入る。そこはレンが近接で体勢を崩した時、次に姿勢を戻そうとする方向だった。シャリアが先へ入った。レンは戻さなかった。一号機を崩した姿勢のままさらに回す。壊れた左側の姿勢制御を補うため、右側スラスターを限界まで噴かした。警告が一斉に増えたが、動きは止めない。

 

 シャリアが予測していた復帰軌道より、さらに外へ回る。ゲルググの刃が一号機の右脇を深く裂いた。衝撃で画面が揺れ、右腕の表示が消える。それでも、左手のサーベルは残っていた。一号機はゲルググの側面へ回り込んでいる。レンはサーベルを振った。

 

 シャリアも機体を逃がそうとしたが、さっきの攻撃で自分から一号機へ踏み込みすぎていた。刃が胴体を斜めに通り、ゲルググの装甲が大きく開く。

 

 まだ終わらない。シャリアは残った推力で一号機から離れようとした。レンは追う。右腕はない。左腰の姿勢制御も落ちている。機体を真っ直ぐ加速させるだけでも左右の推力差を補わなければならない。

 

 それでも届く。

 

 一号機をぶつけるように距離を詰め、左手のサーベルをもう一度突き込んだ。今度はゲルググの胴体中央を貫いた。

 

 シャリアから通信は来なかった。敵機の噴射が止まり、次の瞬間、内部から光が漏れた。レンは一号機を離そうとした。右側の推進器が一度噴いた。そこで止まる。

 

「動け……!」

 

 左へ入力する。一号機はわずかに傾いただけだった。ゲルググが爆発する。衝撃波と破片が一号機を押し流し、残っていた姿勢制御の表示がさらに二つ消えた。サーベルも手から離れ、回転しながら遠ざかっていく。

 

 レンは操縦桿を動かした。入力は通っている。それでも、動かす側が残っていなかった。

 

 主推進を入れる。反応なし。予備へ切り替えると短く噴射したが、一号機の向きを変えるほどの力が続かない。右腕は完全に沈黙し、腰から下も複数の駆動系が切れているのか反応がない。冷却系の表示まで黄色から赤へ変わり始めていた。

 

 通信を開く。

 

「ホワイトベース、こちら一号機。聞こえますか」

 

 ノイズしか返ってこない。もう一度送る。

 

「クリスさん、アムロ、誰か聞こえたら返事ください。一号機、推進系が――」

 

 途中から自分の声まで雑音に埋もれた。レーダーを見る。画面は暗転していて完全に使い物にならなくなっていた。シャリアを引っ張るために主戦場から離れすぎた。

 

 ジェネレーターも今落ちた。

 

 生命維持は生きている。

 

 でも帰れない。

 

 レンはもう一度再起動をかけようとした。

 

 何も起きなかった。

 

 遠くでは、まだア・バオア・クーの砲火が光っていた。

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