再起動をかけようとしても、何も変わらなかった。
計器の大半は落ちたままで、明かりが残っているのは生命維持と非常系の一部だけだった。ジェネレーターが止まった以上、操縦桿を動かしたところで一号機が応えるはずもない。それでもレンは通信だけはもう一度試した。
「ホワイトベース、こちら一号機。聞こえますか」
返ってくるのは雑音だった。送信表示だけは点いているが、どこまで飛んでいるのかも分からない。レーダーは完全に暗転し、現在位置を確認する手段も失っていた。
コックピットの外では、遠いところで光が何度も走っている。ア・バオア・クーの戦闘はまだ続いているらしい。一号機も完全に止まっているわけではなく、シャリアのゲルググが爆発した時の勢いを残したまま、ゆっくりと宇宙を流れていた。
「……参ったな」
生命維持は動いている。すぐにどうこうなるわけではない。
だからこそ余計に困る。誰かが見つけてくれれば助かる。けれど、誰にも見つけてもらえなければ、このまま戦場から離れていくだけだ。シャリアをホワイトベースから遠ざけることしか考えていなかったので、自分でもどこまで来たのか分からない。
もう一度通信を送ろうとして、レンの手が止まった。何かが触れた気がした。音ではない。
戦闘中に何度も感じてきた、誰かの意識がこちらへ向く感覚だった。ただ、シャリアと戦っていた時の鋭い圧とはまるで違う。遠いところから探るように伸びてきて、それが一号機ではなく、その中にいるレンを見つけようとしている。
「……ララァ?」
答えは聞こえなかった。けれど、そうだと思った。
レンも意識を向けてみる。自分がどこにいるのか説明しようとしても、そもそも座標を知らない。だから何かを伝えるというより、ここにいると強く思うしかなかった。
しばらくすると、先ほどより少しだけはっきりとした感覚が返ってきた。言葉ではない。それでも、自分が一人きりではなくなったことだけは分かった。
◇
ホワイトベースはすでに、出撃時の姿をほとんど残していなかった。艦体各部の被弾報告が重なり、使えなくなった区画も増えている。射撃可能な武装だけで近づく敵を押し返していたが、その火力も最初の頃とは比べものにならないほど減っていた。
艦の近くには二機のガンキャノンが残っていた。カイ機は片脚を損傷し、姿勢制御を使ってどうにかホワイトベースの近くに留まっている。ハヤト機も装甲を大きく失い、もう遠くまで出られる状態ではなかった。それでも二人は艦の周囲から離れず、接近してくる敵だけを止めていた。
セイラのコア・ブースターはすでに要塞側へ入っている。二号機からの反応も、敵MAとの戦闘を最後に確認できなくなっていた。その状況の中で、ララァが不意に顔を上げた。
「レンが」
ブライトが振り向く。
「何か分かるのか?」
「動けないみたい。あっちにいる、遠いけど……さっきより分かる」
ララァが示した方向を、ミライが現在の艦位と照らし合わせた。その先は、レンが敵機を引き離していった方向と大きく外れていない。
ブライトはすぐ通信を開いた。
『クリス、聞こえるか。一号機の反応は拾えていないが、ララァがレンのいる方向を感じている。動けないらしい』
返ってきた声には雑音が混じっていた。
『聞こえています。こちらも一号機の識別は取れていません』
クリスのジム・コマンドも無傷ではない。装甲には複数の損傷があり、推進剤も武装も残りに余裕はなかった。それでも、外で自力航行できるホワイトベース側のMSは、もうその一機しか残っていない。
『行けるか』
『行きます。探してきます』
ブライトは一瞬だけ正面の戦況を確認した。
『分かった。見つけたら回収。一号機が無理ならレンだけ連れて戻れ』
『了解』
クリス機がホワイトベースから離れていく。その背後では、二機のガンキャノンがまだ艦の直衛を続けていた。
◇
どのくらい経ったのか分からない。
非常電源だけになったコックピットでは、時間の感覚まで曖昧になっていた。ララァの感覚はまだ消えていない。長いこと向こうからこちらへ意識が向いている。そのことだけが、レンにとっては十分だった。
やがて通信機の雑音が変わった。
最初は気のせいかと思った。けれど、同じ周期で何度も音が混じる。
『……ン……聞こえ……』
レンは身体を起こした。
「こちら一号機! 聞こえます!」
『レン?』
声が近くなった。
「クリスさん?」
『よかった。動かなくていいから、そのまま待ってて』
「いや、動こうにも動かないですけど」
一拍遅れて、クリスさんの声が少しだけ緩んだ。
『それだけ喋れるなら大丈夫そうね。今そっちへ行くわ』
開けてある覗き窓から外を見てると小さな光が入った。
それが少しずつ大きくなる。
ジム・コマンドだった。近づいてくるほど、機体の傷も見えてきた。肩や胸部の装甲には焼けた跡があり、脚部にも被弾した跡が残っている。普段なら真っ直ぐ止まるはずの姿勢も、細かな噴射を何度か使って補っていた。
「クリスさんの機体も結構ひどいじゃないですか」
『あなたに言われたくないわね』
ジム・コマンドは一号機の周囲を一度回り、残骸との距離を確かめてから接近した。左手で一号機の胸部を押さえ、互いの機体が離れていかないよう姿勢を合わせる。
『ハッチ、開けられる?』
「開けます」
『こっちも開ける。急がなくていいから、確実に来て』
レンはノーマルスーツの接続を確認してから、非常開放レバーへ手を掛けた。力を入れて引くと、重い振動の後でロックが外れた。ハッチが開いた途端、目の前に宇宙が広がった。遠くではまだ要塞の砲火が光っているのに、この辺りにはもう友軍も敵もほとんど見えない。
すぐ正面にはジム・コマンドの胴体がある。クリスさんが機体を寄せてくれていたので、移る距離は短い。レンは一号機の縁を掴んで身体を出し、ジム・コマンド側へ伸ばした手掛かりを掴んだ。
『そのまま。あと少し』
身体を引き寄せる。ジム・コマンドのコックピットへ入った瞬間、クリスさんがハッチを閉めた。
「……助かった」
その言葉が口から出た途端、身体から力が抜けた。
狭い。
クスコを一号機へ乗せた時も十分狭かったが、今度は自分が押し込まれる側だった。クリスさんの操縦を邪魔しないよう身体を脇へ寄せると、それだけでほとんど身動きが取れない。
『怪我はひどくない?』
「身体は大丈夫です。ぶつけたところはありますけど、自分で動けます。一号機の方は……もう無理ですね」
クリスさんは外に残った黒い機体を見た。右腕は無くなり、左腰は大きく抉れ、脚部も姿勢を保てないまま流されている。背部の推進器も沈黙したままだった。
『曳航はできないわ。この機体も戻るだけで余裕がない。それに、ここへ残していくわけにもいかない』
「はい」
言われなくても分かっていた。持って帰れない。だからといって、そのまま敵の戦場へ残すこともできない。
「……俺がやっていいですか」
クリスさんはこちらを見たが、止めなかった。
『分かった。機体は私が合わせる』
ジム・コマンドが一号機から離れていく。数百メートルほど距離を取り、クリスさんが機体の姿勢を安定させた。残っていたビーム・ガンが黒い一号機へ向く。
レンは狭いコックピットの中で腕を伸ばし、射撃トリガーへ指を掛けた。画面の中央に一号機がいる。
サイド7からずっと乗ってきた。何度も壊して、何度も直してもらって、それでも最後まで動いてくれた。今はもう、こちらが何をしても動かない。
それだけだった。
「……今までありがとう。ここまで連れてきてくれて」
引き金を引いた。ビームが一号機の胴体を貫いた。爆発が起こる。胸部から腹部にかけての構造が崩れ、黒い装甲がまとまった形を失っていく。
最後にもう一射。
一号機だったものの中心で光が弾け、複数の爆発が連続した。頭部も胴体も、もう一機のMSとして回収できる形では残らず、小さな破片になって周囲へ散っていく。
レンは射撃トリガーから指を離した。
クリスさんは何も言わず、しばらく機体をその場に留めていた。破片が十分に広がったのを確認すると、ジム・コマンドの向きが変わる。
「戻るわよ。ホワイトベースもかなりやられてる。帰れるうちに帰らないと、こっちまで動けなくなる」
「はい。……ララァが見つけてくれたんですか?」
『ええ。あなたが動けなくなってるってあと方向も』
「じゃあ、二人に助けられたんですね」
『帰ってからちゃんとお礼を言いなさい』
「そうします」
ジム・コマンドが加速する。推進は以前ほど滑らかではなく、細かな振動がコックピットまで伝わってきた。それでも機体は動いている。
レンはもう一度後方の画面を見た。
そこには黒いガンダムの姿はなかった。
遠くで続くア・バオア・クーの閃光を背に、ジム・コマンドはホワイトベースのいた方向へ進んでいった。