これは語られることのない物語   作:篠崎勇気

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満月の夜に

木々の隙間を風が通り、自然の音色を奏でている。聞いているだけで心が落ち着いてくるような、ずっと聞いていたいと思う音だ。

そんな音色を聞きながら、青年は深い森の中で目を覚ます。

 

「・・・ん」

 

青年は上体を起こすと、両腕を軽く上げながら体を伸ばす。体の節々から音が少しなるが、青年は気にせずストレッチを続ける。そんな調子で2分ほどストレッチを続けた後、青年は重い瞼をこすりながら、あたりを見渡す。

 

「ここは・・・どこだ?」

 

周囲には期しか見当たらず、森の中ということは理解できた。が、こんな場所に来た覚えもなければ、知っている訳でもなかった。

青年は寝起きでまだ動いていない頭を必死に動かし、昨日の記憶を探ってみるが、同じ答えしか浮かばなかった。

 

「俺は昨日バイトの後、家帰って寝たはずだよな?一体これはどうなってんだ?」

 

何度も徐々に覚めてきた頭で考えるが、どんなに頭を捻っても、答えは出なかった。

意識がないうちにここまで運ばれたと考えるのが普通だが、それにしても森の中で放置するというのは意味が分からない。例えば、青年に恨みを持っていた何者かが、青年を亡き者にするといった理由なら、一度殺してから森に放棄するだろう。かといって身代金などを目的とした誘拐なら、あたりに人がいないのは不自然すぎる。

これ以上考えても意味がないと判断した青年は、『これまで』のことを一旦忘れ、『これから』のことを考え始める。

 

「森の中ってことは、水の確保を優先しないとな・・・。いや、それよりも持ち物を確認したほうがいいか」

 

そう言うと青年は、自分の服装を確認し始めた。

灰色のTシャツに青いジャケット、下は黒のジーパンというちょっとダサい服装であり、ポケットなどには何も入っていないようだ。見覚えのない服装を着ていることに、少し不快感を覚えつつも、青年は気にするだけ無駄だと判断する。

どうやら身一つでここに運ばれてきたらしい。

青年は深くため息をつくと、今後の方針を決めるため、一人考え込む。

目下最大の目的は安定した水の確保だ。人間は食べ物がなくても、2~3週間程度生きていられる。だが、水を飲まないと4~5日程度で死んでしまうのだ。

ゆえに重要なのは食料より水の方が高い。それを理解している青年は、水の確保を優先にすべきであると考えた。

だが、森の中で水を見つけるのは至難の業であるのも事実だ。川か湧き水を見つけるのが一苦労である上、見つけたとしても、煮沸や濾過などをせず、そのまま飲むしかない。

青年は悩みに悩んだが、とりあえず水源を探さないとどうにもならないと判断し、一人森の中を探索し始めた。

 

 

 

探索を開始してから30分ほどが経過したとき、青年の視界に不思議な建物が移った。

あちこちに蔦や苔が生えており、はるか昔に作られた教会という印象が真っ先に思い浮かぶ。

青年は教会に近づくと、中に人がいないか窓越しに確認する。人がいるのなら水や食料を分けてもらえると思ったのだが、残念なことに人の気配は一切なかった。

青年は教会の正面に回ると、大きな扉を力強く押したが、扉はピクリとも動かなかった。今度は思い切って全力で押してみるが、それでも扉は動く気配を見せなかった。

どうやら見た目通り、この教会は相当長い間放置されていたらしく、苔やら錆やらで扉が固まっているらしい。

 

「マジか・・・。しゃあねえ、窓でも割って侵入するしかねえか」

 

本来であれば法に触れる行為ではあるが、命がかかっている状態なのだ。四の五の言っている場合でないのは明白であった。

青年はそこら辺にある石を拾うと、教会の裏手に回り、窓めがけて石を放り投げる。

青年の放った石はまっすぐ窓ガラスに命中したが、窓ガラスを壊すことは出来なかった。

 

「・・・え、固すぎん?防弾ガラスかなんかでできてんのか?」

 

どうしたもんか、と青年は頭を抱えるが、入れないのなら仕方ないと思い、教会を後にしようとした。

だが、ふと上を見上げると、近くに生えている木の幹が、うまい具合に教会の2階の踊り場部分に通じていた。

青年はその木を軽々と昇ると、教会の2階に着地すると、そのまま近くにあった階段を降りて、教会の内部に入っていく。

 

教会の中は思ったよりもきれいで、瓦礫などがあるわけでもなく、少し埃っぽいくらいであった。

階段は正面扉の左右に設置されており、そこから真っすぐ祭壇へと赤い絨毯が敷かれている。左右には長椅子がいくつも置かれており、教会と聞いてイメージする内装とそう変わりはないだろう。

だが、イメージと全く違うのは祭壇に置かれている物であった。

本来、教会の祭壇には信仰の対象、つまり宗教の象徴のようなものが乗っていることが多い。

しかし、祭壇の上に載っている物は見たことがないものだった。

一組の男女の石像が、その両手を上に伸ばし、一つの弓を支えていた。

黒光りするその弓は、周りの風景と全く違い、弦を見ても汚れ一つない美しい姿のままであった。まるで、本当に神から授けられたかのように、一切不具合が見つからない。

ひきつけられるかのように青年がその弓に近づくと、地下へ続く階段から足音が聞こえてくる。

その音を聞いて正気に返った青年は、音の聞こえて来る方向に視線を向ける。

人が住んでいたのなら、勝手にはいたことを詫びないといけないなと思いつつ、その足跡の主が来るのを待った。

 

———顔を出した生物はとても人間とは思えないものだった。

緑色の肌に爬虫類のような細い目。丸々太った体系に、先端を血に濡らした棍棒を持っている。

 

ファンタジー系のゲームや世界にはよく登場するゴブリンそっくりな存在が、そこにはいた。

 

その姿を見た青年は、驚きのあまり思考が停止してしまう。

そして、そんな青年の様子を見たゴブリンは———

 

ニヤリ、と醜悪な笑みを浮かべた。

 

「ッ‼」

 

青年はとっさにゴブリンから距離をとると、そのまま近くにあった、捧げられている弓を手に取る。

ここにあるということはよほど神聖なものなのだろうが、今は緊急事態であるが故、許してほしいと思いながら、祭壇の下にある矢も一本借りていく。

ゴブリンは耳障りな咆哮を上げると、そのまま青年に突進してくる。そのスピードは常人の遥か上をいっており、青年と接触するのに1秒もかからないだろう。

青年はゴブリンが振り下ろした棍棒を右に飛んで避けると、そのままゴブリンの横を抜けることに成功する。

そのまま階段に向かおうとするが、青年が駆け出すよりも早く、ゴブリンの回し蹴りが青年の背中に命中するほうが早かった。

背中に受けたすさまじい衝撃にあらがうこともできず、青年は椅子に突っ込む形で吹き飛ばされる。

幸い、とっさに頭を隠したおかげか、頭部に負傷を負うことはなかったが、全身を打撲した青年は全身に襲い掛かる痛みに耐えるしかない。のたうち回りたい衝動を必死にこらえ、青年は立ち上がる。

立ち上がった青年を見たゴブリンは、キィキィと耳障りな声をあげながら、青年に向かって再び走ってくる。

襲い掛かってくるスピードと周囲の状況から、避けるのは不可能と判断した青年は、その棍棒を弓で受け止める。

振り下ろされた棍棒を受け止めた瞬間、全身にすさまじい衝撃が走り、青年は思わず膝をついてしまう。

 

「ッ‼ガァァァァアア‼」

 

少しでも力を抜けば、そのまま潰されるということを悟った青年は、自信を奮い立たせるように大声をあげる。

必死の形相でゴブリンの力に抗う青年だったが、そんな拮抗状態が長く続くはずもなく、徐々にゴブリンの棍棒が青年に近づいて行った。

このままでは力を抜かなくとも潰されてしまうと判断した青年は、右手に全力を込めながら。左腕の力を抜いた。

その結果、ゴブリンが振り下ろした棍棒は青年をつぶすことなく、青年の左半身をこすりながら地面にたたきつけられた。

これで終わったと確信していたのか、その場に硬直して動かないゴブリンを見た青年は、近くにあった椅子の破片を右手で拾うと、そのままゴブリンの耳に突き刺した。

 

「ッ‼ギキャァァァ‼」

 

ゴブリンの叫びがあたりに響く中、青年はゴブリンと距離を取ろうと、近くの椅子を飛び越える。

その瞬間、椅子の上に置かれている矢が視界に入り、青年はゴブリンが体制を立て直すより早く、その矢を手に取った。

青年は手に取った矢を弓につがえると、そのまま弦を全力で引き絞る。直後、ゴブリンは自信に傷をつけた下等生物を潰そうと、青年目掛けて再び棍棒を振り上げる。

だが、ゴブリンが次の行動を起こすよりも早く、青年は次の行動をとった。

 

青年が放った矢は、ゴブリンの眉間に突き刺さると、その生命活動を停止させる。

棍棒を振り上げた体制のまま、ゴブリンは背中から地面に倒れた。その様子を見た青年は、九死に一生を得た気分になりながら、階段に向かって歩き始める。

地下からゴブリンが上がってきたということは、この教会の地下はゴブリンたちが住まう巣窟である可能性が高い。派手な戦闘音もしていたので、仲間が昇ってくる可能性が高いと判断した青年は、一刻も早くこの場を去ろうとする。

階段を上ろうとした瞬間、壁に立てかけてあった5本の矢を見つけた青年は、その矢を回収すると、そのまま階段を駆け上がり、近くの木から教会を脱出することに成功したのだった。

 

 

 

「くっそ・・・ひどい目にあった」

 

教会を去ってから10分ほど経つが、追ってなどが来る気配はない。

ひとまず危機は去ったと考えた青年は、痛む背中を抑えながら一人愚痴をこぼす。

幸い、先ほどの戦闘で負った傷は、軽い打撲程度であり、命にかかわるようなものではない。普段から怪我をすることが多い青年は、そのことを直感で理解しており、今は気にしないことにした。

 

「にしても・・・、なんか流れで持ってきちまったけど、やべぇよなぁ」

 

そう呟きながら、青年は教会から持ち出した弓と矢を手に取り、細部を確認してみる。

先ほど弓でゴブリンの攻撃を受けた止めたため、罅などが入っている可能性が高いと考えていたが、弓には罅どころか小さな傷一つさえ見当たらない。教会の様子から、少なくとも数年間は放置されていたはずなのだが、そうとは思えないほど、美しくきれいなその様子に、青年は思わず息をのんだ。

触った感覚から、何かの皮でおおわれていることがわかるが、何の皮を使っているのかまでは判別できない。片手で軽々と扱える割には、非常に丈夫で、現実味がないと思える。

弓道などで使用する弓は210cm~230cm程度が普通だが、この弓はそれよりはるかに小さく、130cm程度しかない。非常に扱いやすいが、その反面、威力が非常に小さいはずだ。

もしこの世界がファンタジーのような世界であるのなら、少々心もとない威力であるが、ないよりかは遥かに マシというものだろう。幸い、青年は弓道やっているため、扱いには少しの心得がある。

 

青年は教会からかなり離れたことを確認すると、弓を試し打ちすることにする。

これからしばらくお世話になる大切な武器だ。状態の確認だけでなく、使い勝手や威力など、核にインすべき点は山ほどある。

 

青年は10m程度離れた木を標的として定めると、弓に矢を番える。

そのまま弓を引き絞り、標準を合わせる。思っている以上に力を使わず引き絞れたことに驚きつつも、ただ射ることだけを考え、ただひたすらに集中する。

青年の中から、標的の木と青年以外が消え去り、一切の雑念を捨て去る。周囲に人がいたのなら、その青年が放つ圧力に思わず息をのんでしまうだろう。

青年は静かに的を見つめながら、ただその時を待っていた。

 

カチリ、と青年の中で何かがはまった音が聞こえたと同時に、青年は静かに矢を射る。

青年が放った矢は、標的の木にまっすぐ飛んでいき、青年が狙った場所と寸分たがわぬ位置に突き刺さ。

そのことを確認した青年は、大きく息をつくと、そのまま矢を回収するため、気に近づく。

 

「ま、10年続けてるんだから、この程度の距離なら、いつもより小さいくらいで外さねえわな」

 

そういいながら青年は気を矢から引き抜くと、矢の状態を確認する。矢の状態は非常に良好であり、もう何度か使うことができそうだ。

それを確認した青年は、5本の矢を近くの蔓を使って一纏めにする。

矢をしっかり固定した青年は、近くに水とかねえかなぁ、と思いながら、あてもなく歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

森を歩き続けて半日が経った。頭上にあった太陽は、その姿を半分隠し、降り注いでいた光の大半が失われた。

その間、飲まず食わずで歩き続けていた青年だったが、ついに体力に限界が見え始めた。

ほとんど重さがないとはいえ、弓と矢を持ちながら、いつ敵に襲われるかもわからない森を歩き続けたのだ。その状態でよく半日も持ったものだろう。

だが、さすがに限界だと感じた青年は、地べたに横になりながら、空腹を訴える腹を落ち着かせる。

 

「はぁ~。日が落ちる前には森を抜けたかったんだけどな。欲を言えば近くの町にでも行きたかった。・・・まあ、あるかわかんねえけどさぁ」

 

明かりが落ち、光が見えないほど暗い闇があたりを満たす中、急な孤独感が青年を襲い始める。

その不安をごまかすように、青年は独り言を吐きながら、明日のことを考え始めた。

このまま一生森を出れないかもしれない。水も食料も見つからないまま干からびるかもしれない。はたまた、先ほどのゴブリンのような凶悪な生物に出会って殺されるかもしれない。

そんな不安が募る中、暗闇に慣れてきた瞳がかすかな光をとらえる。

普段であれば気づかないような小さき光に、青年は導かれるように歩き始める。小さく光っている光は、近づくほど、より鮮明に、より確かなものになっていく。

いつの間にか駆け出した青年は、その大きくなっていく光を目指して必死に走る。

そうして、青年は光の正体にたどり着いた。光の正体、それは———。

 

「森を抜けた・・・のか。さっきの光は、木々の隙間から見えていた月の光だったのか」

 

夜の闇を照らしていた光は、太陽の光を反射した月だった。そのことに気づいた青年は、森を抜けられたことに心から安堵する。

周囲を見渡せば、草木一つない乾いた大地が広がっており、山のような傾斜面になっていることがわかる。

自信を照らす月明かりが、青年の心に巣くっていた孤独感を少し晴らしてくれるように思え、青年は先ほどの孤独感を思い出し、身震いした。

青年は育ってきた環境が少し特殊であり、一人でいることが多かった。ゆえに孤独には慣れているつもりであったが、それが思い上がりであったことに初めて気づいた。

 

人は生きている限り、孤独とは程遠い環境にいるといっていい。

一人暮らしをしていても、部屋に引きこもっていても、一歩外に踏み出すだけで、見知らぬ誰かがいる。

声をあげれば誰かの耳にはいる。手を伸ばせば誰かに触れられる。

極端な話にはなるが、生きている以上、孤独になることはほとんどないといっていいだろう。

青年もその類であった。一人で生きていたつもりだった。一人で生きれているつもりだった。しかし、学校にいれば友達がいて、クラスメイトがいて、教師がいて。

そんな当たり前が、青年を孤独にしていなかったのだと、本当の孤独に置かれて初めて気づいた。

もし、生きて帰ることができたのなら、もう少し、周囲に感謝して生きようと心から思うほどに。

 

そんな風に考えていた青年の耳に、かすかな音が聞こえてきた。その音は間違いなく、水が落ちる音であった。

そのことを自覚した青年は、急激な喉の渇きを思い出し、急いでその音の元まで向かった。

その音は本来なら聞こえないはずの距離であるのに、そのことに一切疑問を抱くことなく、青年は走り始める。

やがて、青年は200mくらい離れた位置にあった洞窟を発見した。その洞窟の奥から聞こえてくる水音に、飛び込みたい気持ちをぐっとこらえ、青年は洞窟を観察した。

月明かりのおかげか、入り口付近ははっきりと構造がわかるが、少し奥になると何も見えない。

生物の気配はないが、まったく見えない暗がりを歩くのは自殺行為であるとわかっている青年は、少し走って森の枝を二本折ると、片方の枝の先端に近くの蔓を巻き付ける。その蔓の根元を鏃で切ると、切った蔓の先端にもう一つの枝の先端を巻き付ける。青年は二つの枝の蔓を巻き付けてないほうの先端を重ね合わせると、そのまま蔓をきつく巻いて固定する。

そうしてできた三角形上の何かの蔓部分に、床に落ちている枝を巻き付けると、簡易的な弓切り式の火起こし道具が完成する。

しかし、道具だけあっても火を起こすことは不可能である。青年が行おうとしている弓切り式は、火切り板、火きり棒、弓、軸受け、火口の5つが必要になる。青年が用意したのは、弓と火きり棒を一体化させただけのものであり、これだけでは火を起こすことは不可能である。

青年は近くに落ちていた木の枝を集めると、蔓で一つにまとめ、簡易的な火切り板代わりにする。素人の浅知恵にはなるが、乾燥している枝同士をこすって摩擦熱を起こせば、火が起こせるだろうという考えだった。

火口のために、木の近くに生えている草を少し狩り、火が付いた時のために少し森から離れたところに腰を落ち着かせる。

 

青年は鏃を使って火きり棒の先端を削り、細くとがらせることで、摩擦を生み出しやすいようにする。

右手で弓を持つと、火きり棒の先端を火切り板に押し付け、火切り板とは反対の先端に、草を挟ませながら左手で石を押し当てる。青年はこの草を挟ませた石を軸受け代わりにし、一定の圧力を生ませようと考えたのだ。

青年は大きく息を吸うと、全力で右手を前後に動かし、火おこしを始める。

ただでさえ疲れてへとへとになっているというのに、残った体力のすべてを使ってでも、青年は火を起こそうと必死に手を動かした。

そうして無心で手を動かすこと20分。火きり棒の先端にかすかに煙が出始めた。

その事実に確かな達成感と、油断したら消えてしまうという焦りを覚えながら、青年は必至に手を動かし続ける。煙が完全に出たことを確認した青年は、煙が出ている木くずを火口に移し、小さく息を吹きかける。

ただたん運が良かったのか、はたまた努力が実ったのか、どちらかはわからないが、青年は火をつけることに成功した。

青年は森から落ちた枝や乾燥した木の葉などを集めると、奇跡的についた火を絶やさぬよう、次々に燃えるものを火に投げ込む。

ある程度安定したことを確認した青年は、50㎝程度の枝の先端に乾燥した草などを蔓で巻きつけると、その先端に火をつける。

簡易的なたいまつになったその枝を片手に持つと、先ほど見つけた洞窟の入り口に近づいていく。

青年は松明の火が洞窟をある程度照らせることを確認すると、その明かりだけを頼りに、奥に進んでいくのだった。

 

「って、カッコつけて中に入ったってのに、すぐ行き止まりかよ!」

 

青年が洞窟に入って割とすぐに奥にたどり着いてしまった。入口の光が見えていることを考えると、奥行きは10mもないだろう。だが、完全な無駄骨というわけでもなかった。

青年の足元には、小さな水たまりができていた。洞窟の奥の壁から滴る水が地面にたまり、小さな水たまりができていたらしい。

青年はその水たまりを掌で救うと、ためらいながらも口に運んでいく。

決して清潔な水であるとは言えないが、えり好みできる状態でもない。たとえ泥水だろうが、のどの渇きをいやせるなら、と青年はその水を飲み干そうとした。

 

その瞬間、青年の耳が嫌な音を拾った。具体的に言うと、目の前の壁から、ひびが入ったような音が聞こえたのだ。

青年はとっさに洞窟の外へ出ると、青年が出た瞬間にその洞窟は崩れた。水が飲めなかったことに対する喉の渇きと、これまでの努力が水泡に帰した瞬間を悟り、青年は膝から崩れ落ちる。

しかし、洞窟が崩れたおかげで、青年は洞窟の上がどうなっていたのかが確認できた。

 

洞窟の上には25mプールと同じくらいの大きさの池ができていた。どうやら先ほど洞窟の奥から染み出ていた水は、ここから流れたものらしい。少し視線を上にあげれば気づいていた光景に、青年は自分にあきれるしかない。

青年はその池にそっと近づくと、頭から水に突っ込んで勢いよく水を飲み始めた。

寄生虫やウイルスの危険すら考えず、青年は喉の渇きを癒すと、池から顔をあげ、大きく息を吐く。

 

「・・・これで腹が痛くなったら笑いもんだな。飲める水であったと祈ろう」

 

青年は喉の渇きとともに、心が癒えていく感覚に思わず笑いをこぼしながらそう言った。

人は極限状態になると、ここまで後先考えられなくなるのだと学びながら、青年は夜空に浮かぶ満月を見上げていた。どこか晴れやかな気分になりながら、ゆっくり周囲を見渡した。

心の余裕ができたことにより、青年は先ほどより周囲の状況をゆっくり把握することができた。

例えば、夜空には東京では見れないようなきれいな星空が広がっていたり、その星空の中で大きな光を放つ満月であったり、すでに消えそうな火であったり、池のそばで倒れる人であったり。

周りが見えていなかったことに苦笑しながらも、青年は消えそうな火を守るため、重い腰を上げ———

 

「って人が倒れてるぅぅぅぅぅぅぅうううう⁉」

 

さりげなく見落としかけた人に驚きながら青年はその人に駆け寄る。

近くに来た青年は、その人がまだ青年とそう年が変わらない少女であることに気づく。

 

黒く艶のある髪が腰まで伸びており、整った顔立ちをしている少女であった。それだけ見ればそこら辺にいる普通の少女であったのだが、その少女にはありえない特徴があった。

 

「これって・・・羽だよな。よく見れば口には牙が見えるし」

 

人の肌であれば簡単に嚙み切れそうな牙に、背中に生えた小さい羽根。その姿を青年は見たことがあった。

 

バーチャルリアリティー。すなわち仮想現実。

青年の世界は、そんなVRゲームを行うことが普通の世界だ。もちろんただのVRゲームではない。実際にそのゲームの中にいるかのようなフルダイブ型のゲーム。

よくアニメや小説で見るゲームの中に入ってゲームをすることが、青年の世界では当たり前だったりする。青年はそんな世界の住人だが、この世界を仮想現実の世界だとは判別できなかった。それは青年から見たこの世界があまりにも現実的すぎるからだった。

通常、フルダイブ型で作られたゲームは、周囲がポリゴン体でできており、一目見ただけで作り物であることがわかる。それ以外にも木の並びが不自然だったり、生えている木がすべて同じだったりする。

だというのに、この世界はポリゴン体でできている物質は一つもなく、生えている木はすべて別々だったりする。それゆえに、この世界はVRの世界であると青年は思いつきもしなかった。

 

だが、それを覆す存在が目の前にいる。

 

名古木(ながぬき)飛縁(ひえん)。日本の妖怪であるをモチーフにしたVtuberだよな・・・。ってことは、ここは仮想世界なのか?」

 

Vtuberとは2Dや3Dのデジタルアバターの姿を用いて、YouTubeなどの配信サイトで動画投稿やライブ活動を行う配信者の総称のことである。青年の前にいるのは、そのVtuberである名古木 飛燕であった。

仮想世界でしか存在しえない彼女が目の前にいるということは、この世界は仮想世界である可能性が高い。そう悟った青年は、ログアウトを試みようと、いつもの言葉を口に出してみる。

 

「システムコマンド・ログアウト」

 

しかし、青年の身には何も起きなかった。

仕方なく青年はデータロスの危険性がある強制切断方法を試してみる。

 

「システムコマンド・コムパルションログアウトシステム・アクティベート」

 

青年が放った言葉は先ほどと同じように何も起こさなかった。

それを確認した青年は、頭を乱暴に描きながら、とりあえず目の前の少女を救うことに決めた。

 

少女は苦しそうに息を吐きながら、目を固くつぶっている。青年はとりあえず軽く肩をたたいて意識が覚醒するかを確かめてみるが、少女が目を覚ます気配はなかった。

とりあえず、近くにあった水を飲ませてみようと、少女を池の近くに運ぶ。少女池の近くまで運んだ青年は、手のひらで水を掬うと、そのまま少女の口に流し込もうとした。

 

その瞬間、少女の口が突然青年の手のひらをかみ切ろうとし、青年は慌てて手をひっこめた。

青年は少女が起きているのかと思い、少女の顔を少し離れて見つめるが、苦しそうな表情は一向に変わっていなかった。

どうやら無意識で青年の手のひらをかみ切ろうとしたのだろう。そう考えた青年は、ある一つのことに思い当たる。

 

「確か飛縁魔って、男の精気や生血を啜って祟り殺す妖怪だよな。それがモチーフになっているこの子は無意識に男の生血を求めているのか?」

 

青年は自分が考えた仮説を試すために、鏃で薄く自分の指を切りつけた。指の先端に鋭い痛みが走ると同時に、少量だが血がしたたり落ちる。その血を少女の口に垂らすと、少女はわずかに喉を鳴らした。

少女の顔色が少し良くなっていることを確認した青年は、自身の仮説が間違っていないことを理解した。

青年は自身の手を自分の口で少し噛み切り、先ほどより多めの血を少女に分け与える。青年の血を飲むたびに、少女の顔色が良くなっていき、やがて目を覚ました。

 

少女は口に入っていた青年と飲み込むと、青年と姿を視界にとらえる。

青年はこの状況をどう説明しようかと悩み———答えが出るよりも早く少女が動いた。

 

「ッ‼きゃぁぁぁああああ‼」

 

鼓膜が破れそうなくらい高い声をあげながら、少女は突き飛ばす。

突き出された手をよけられず、青年は後ろに吹き飛ばされた。

青年は、どうやって誤解を解こうかと悩みながら、意識を飛ばしてしまう。

青年と少女、二人の出会いは、満月の夜にこうして行われたのだった。

 

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