うすほそな幼なじみを口説き落とすRTA   作:アホ面オムライス

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最終話「Any%クリア」

 高校二年の文化祭。十二年越しの「告白」を実行しようとしていた。チャートは完璧だった。イベントの発生条件、雪の好感度、当日の天気、すべて計算済み。あとは走るだけ——。

 

 神様というのは往々にして、RTA走者のチャートを踏み荒らすのが好きらしい。

 

 文化祭を二日後に控えた放課後、雪のアパートの前に見知らぬ女が立っていた。いや、見知らぬではない。痩せていて、髪はぼさぼさで、服はよれよれだった。でも目だけは雪にそっくりで、一瞬でわかった。

 

「……お母さん」

 

 隣で雪の声が凍りつく。

 

「雪、久しぶり。元気にしてた?」

 

 雪の母親は、まるで昨日も会っていたかのような口調で言った。手にはスーパーの袋。中身は缶ビールと総菜らしい。十二年ぶりに娘に会いに来たとは思えない軽装だった。

 

「今、生活保護が打ち切られそうで困ってるのよ。あんた、まだこのアパートに住んでるんでしょ。一緒に住めば——」

 

 俺は雪の前に立った。

 

「帰ってください」

 

「なに、あんた。雪の彼氏?」

 

「幼なじみです。あなたが出ていってから、ずっと雪を守ってきました。今さら戻ってくる資格はない」

 

 母親は俺をじろじろ見た。薄ら笑いを浮かべる。

 

「へえ。あんた、あの時のぼうずか。大きくなったねえ。あの借金取りを追い返したガキだろ?」

 

「覚えていません」

 

 本当は覚えていた。小学校二年の冬、雪のアパートの前に立っていた借金取り。あの時、俺は雪を守りきれなかった。初めてのガバだった。この女は、その原因を作った張本人だ。

 

「まあいいわ。でも雪、あんた私の娘なんだから、いつか面倒見なさいよ。産んだのは私なんだから」

 

「産んだだけだ」

 

 俺は言い切った。

 

「雪を守らなかった人間に、母親を名乗る資格はない。雪の人生は、雪のものだ」

 

 母親は一瞬ひるんだ。それから舌打ちをして、階段を降りていった。缶ビールの袋がカチャカチャ鳴っている。

 

 雪はその場にしゃがみ込んだ。声を殺して泣く。

 

 想定外だった。母親が今さら現れるなど、チャートに組み込めるはずがない。これはガバだ——いや、ガバではない。むしろ、俺がずっと待っていたイベントかもしれない。雪が自分の母親に「私はあんたとは違う」と言う。その瞬間を、俺は十二年待っていたのだ。

 

 俺は雪の手を取った。十二年前と変わらない冷たい手だ。

 

「雪、お前は自分の人生を生きろ。あの人の人生を背負う必要はない」

 

「……でも、私を産んだのは」

 

「産んだだけだ。お前を守らなかった親は、親じゃない。お前を守ってきたのは、お前自身と——」

 

「……湊くん」

 

「俺だ」

 

 雪は顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔だったけど、目は死んでいなかった。昔みたいに、感情が全部抜け落ちた顔じゃない。

 

「……私、お母さんに言いたいことがあったの。『私はあんたとは違う』って。でも、言えなかった」

 

「言えなくていい。お前はもう、あの人とは違う道を歩いてる」

 

 雪はうなずいた。涙を拭いて、自分で立ち上がる。

 

「……うん。私、湊くんと生きる。お母さんじゃなくて、湊くんを選ぶ」

 

 これは母親への決別であると同時に、湊への——いや、自分自身への宣誓だった。

 

「……今日から変わる。お母さんに振り回されるのは、もう終わり」

 

 雪は俺の手を握り返した。ぎゅう、と。今までで一番強い力だった。

 

 

 文化祭前夜。

 

 雪のアパートで、雪がぽつりと言った。

 

「……湊くん、私、明日頑張る」

 

「何を」

 

「……文化祭。お母さんのことは、今日で終わり。明日は、湊くんと文化祭を楽しむ」

 

「そうしろ」

 

「……うん」

 

 雪は少しだけ笑った。無理に作った笑顔じゃない。ちゃんと前を向いている顔だった。

 

 

 文化祭当日。空は快晴だった。

 

 クラスの出し物は演劇。雪は大道具係で、黒衣を着て舞台袖に控えている。俺は照明。スポットライトを操作しながら、時々雪の様子を確認する。雪は真剣な顔で、役者の出捌けを見守っていた。

 

 演劇は無事に終わった。カーテンコールで拍手が鳴り響く。雪は舞台袖で、ほっとした顔をしていた。

 

 片付けが始まる前、雪が俺の袖を引いた。

 

「……湊くん、あとで屋上に来てほしい」

 

「なんで」

 

「……話したいことがあるから」

 

 雪の声は真剣だった。目も逸らさない。俺は何かを察した。

 

 十二年かけて積み上げてきた答えが、今夜、問われる。

 

 

 夜。文化祭の後夜祭が終わって、みんなが帰った後。

 

 屋上には俺と雪だけだった。秋の風が少し冷たくて、雪の髪を揺らしている。眼下には校庭の明かりが点々と見えた。遠くで後夜祭の片付けをする生徒たちの声が聞こえる。

 

「……湊くん」

 

 雪が振り返った。屋上のフェンスを背にして、俺の方をまっすぐ見ている。

 

「……私、湊くんに言いたいことがあるの」

 

「なんだ」

 

「……十二年、ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」

 

「当たり前だろ」

 

「……うん。湊くんはそう言うと思った」

 

 雪は小さく息を吸った。それから、一歩近づく。

 

「……私、湊くんがいないとダメなの。昔も、今も、これからも」

 

「ダメじゃないだろ。お前は強くなった」

 

「……違う。強くなったのは、湊くんがいたから。湊くんがいなかったら、私は何もできない。ずっと砂場で膝を抱えてた」

 

 雪の声が震え始める。

 

「……湊くんは、私のこと、どう思ってる?」

 

 心臓がうるさい。十二年だ。幼稚園で出会い、小学校で守り、中学校で歪み、高校で——。

 

 俺は雪の目を見た。

 

「俺は、雪を幸せにしたい。それだけは、ずっと変わらない」

 

 雪の目に涙が浮かぶ。

 

「……それって、恋愛的な意味で?」

 

 ここだ。

 

 チャートはない。初めてのアドリブだ。でも、言うべき言葉は決まっている。十二年かけて走ってきて、効率だけを追い求めて、でも最後は——数値なんかじゃ測れないところに辿り着いた。

 

「そうだ。俺は雪が好きだ。十二年前から、ずっと」

 

 初めて自分の感情を認めた瞬間だった。十二年かけて、ようやく言葉にできた。

 

 雪は俺の胸に飛び込んだ。小さな体をぎゅっと押し付けて、声を殺して泣く。

 

「……私も、私も。湊くんが好き。誰よりも、何よりも」

 

「知ってる」

 

「……知ってたの」

 

「なんとなく」

 

 違う。なんとなくじゃない。俺は十二年間、雪を見てきた。雪が俺を見る目も、雪が俺の袖を掴む力も、雪が他の誰かを排除しようとしたことも——全部知っていた。

 

 その上で、俺は雪を選ぶ。橘が身を引いたことも、茜が去ったことも、雪が「誰にも渡さない」と繰り返してきたことも、ぜんぶ知っている。それでも俺は、目の前のこの女の子を幸せにしたいと思った。それが歪んだ感情でも、依存でも、俺の答えは変わらない。

 

「雪、俺はお前を選ぶ。誰よりお前を。たとえお前が重くても、歪んでいても、俺は雪を選ぶ」

 

 雪は顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔。でも笑っていた。今まで見た中で、一番綺麗な笑顔だった。

 

「……ずるい。そういうこと言うの」

 

「事実だ」

 

 雪が背伸びをして、俺の唇に自分の唇を重ねた。

 

 冷たいと思った。でも、すぐに温かくなった。

 

 屋上の風が、俺たちの髪を揺らしていた。十二年かけたRTAは、この瞬間に終わった。そして——俺の人生が、始まった。

 

 

 その夜。

 

 雪のアパートで、俺たちは並んで座っていた。文化祭の疲れもあって、雪は少し眠そうだったけど、それでも俺の手を握って離さない。

 

「……湊くん、私、夢ができた」

 

「なんだ」

 

「……湊くんと結婚する」

 

「順序が飛んでるだろ」

 

「……いいの。決めたから」

 

 雪は俺の肩に頭を預けて、小さく笑った。

 

「……湊くんは、私のもの。誰にも渡さない。今日、はっきりわかった」

 

「俺はお前のものじゃない。俺は俺のものだ」

 

「……むう」

 

 雪が膨れた顔をする。昔よりずっと表情が豊かになった。でも、昔よりずっと——重い。

 

「……湊くんが誰かのところに行くなら、私、許さないから」

 

 その声は、本気だった。冗談の余地がない、純粋な意志だった。

 

 俺は雪の手を握り返した。

 

「行かない。約束する」

 

「……絶対?」

 

「絶対だ」

 

 雪は満足そうにうなずいて、それから顔を上げた。

 

「……湊くん、証明して」

 

「なにを」

 

「……ずっと一緒にいるって」

 

 雪の目が、挑むように俺を見る。そこにはもう、昔の遠慮がちな雪はいなかった。自分の欲しいものを、自分の言葉で要求できる雪がいた。

 

「わかった」

 

 俺は答えた。

 

 雪が俺のネクタイを引っ張って、もう一度唇を重ねた。今度はさっきよりずっと長くて、深かった。雪の手が俺の背中に回されて、ぎゅう、と力が込められる。

 

 窓の外では、文化祭の余韻がまだ残っている。遠くで誰かが笑う声が聞こえた。

 

 部屋の中は静かだった。

 

 雪が俺のシャツのボタンに手をかける。指先が震えている。その指を、俺はそっと握った。

 

「……湊くん」

 

「なんだ」

 

「……いいの」

 

「なにが」

 

「……私なんかで」

 

「雪じゃなきゃ嫌だ」

 

 雪の目が大きく開かれる。それから、泣きそうな顔で笑った。

 

「……ずるい。そういうこと言うの」

 

「事実だ」

 

 俺は雪の手を離して、代わりに自分の手でボタンを外した。雪はそれを見つめて、それから自分も同じようにボタンに手をかける。

 

 月明かりだけが部屋を照らしていた。雪の肌は白くて、細くて、でもちゃんと生きていた。

 

「……湊くん」

 

 雪が俺の名前を呼ぶ。それは祈りみたいに、確認するみたいに。

 

「……ここにいる?」

 

「いる」

 

「……ずっと?」

 

「ずっとだ」

 

 雪は俺の胸に顔を埋めた。熱い吐息が肌にかかる。

 

「……私、湊くんに食べられてもいい」

 

「逆だろ」

 

「……いいの。私が食べるから」

 

「胃袋は一つしかないぞ」

 

「……そういう意味じゃない」

 

 雪が膨れた顔をする。真っ赤な耳とは裏腹に、目は本気だった。

 

 雪は顔を上げた。その目は、もう迷っていなかった。十二年かけて、雪はここまで来た。そして俺も。

 

「……湊くん、覚悟して」

 

「最初からしてる」

 

 雪が俺を押し倒した。細い体のどこにそんな力があるのかわからないけど、俺は抵抗しなかった。

 

 雪の手が、俺のシャツのボタンを外していく。一つ、また一つ。指先の震えが、だんだん収まっていく。

 

「……湊くん、私、幸せ」

 

「まだ早い」

 

「……ううん。もう幸せ。十二年分、一気に来てる」

 

「じゃあ、これからもっと幸せにする」

 

「……ずるい。そうやって、私をどんどん溺れさせる」

 

「もう溺れてるだろ」

 

「……そう。とっくに。湊くんがいないと息もできない」

 

 雪が笑う。その笑顔は、もう誰にも遠慮しない笑顔だった。

 

 窓の外で、文化祭の最後の花火が上がる音がした。

 

 その音が消えた時、俺は雪にすべてを預けていた。十二年分のチャートも、効率も、計算も、全部ここに置いていく。これからは、数値じゃない。俺の目で雪を見て、俺の手で雪を守る。それが、これからの俺のRTAだ。

 

 

 朝日が窓から差し込んで、雪の髪を撫でている。

 

 俺の腕の中で、雪はまだ眠っていた。寝顔は昔と変わらない。細くて、儚くて、でもちゃんと呼吸をしている。

 

 俺は天井を見上げながら、十二年間のチャートを頭の中でなぞっていた。

 

 幼稚園で出会い、小学校で守り、中学校で歪み、高校で結ばれた。

 

 気づけば、俺のRTAはとっくに「攻略」じゃなくなっていた。雪を幸せにしたい。それはずっと変わらない。でも、今はもう——俺が雪を幸せにすると同時に、雪が俺を幸せにしている。この寝顔を見るのが、いつの間にか俺の「日常」になっていた。

 

 桐山先生の言葉を思い出す。君も白崎さんを守ることに依存している——。

 

 あの時は否定した。でも今は違う。

 

 依存で何が悪い。これが俺たちの生き方だ。

 

 俺の人生は、雪を守るためにある。雪の人生は、俺がいることで歪んだ。それでいい。歪んでいない人生なんて、きっとどこにもない。

 

 俺は雪の髪を撫でた。

 

 RTAは終わった。でも、人生は続く。雪と一緒に生きていく。それが、これからの俺の——。

 

 

 目を覚ました雪が、俺の顔をじっと見つめていた。

 

「……湊くん、起きてたの」

 

「今起きた」

 

「……嘘。天井ずっと見てた」

 

「見てない」

 

「……見てた。湊くん、昔から嘘つくとき目がちょっと右に行く」

 

「知らなかった」

 

「……私が知ってる。湊くんのこと、誰よりも」

 

 雪は起き上がって、シーツを胸に巻きつけた。細い肩が見えている。

 

「……湊くん、昨日のこと、後悔してる?」

 

「してない」

 

 即答だった。

 

「……私、重いよ。湊くんが思ってるより、ずっと」

 

「知ってる。十二年前から」

 

 雪は少しだけ驚いた顔をした。それから、笑った。

 

「……そっか。知ってたんだ」

 

「全部じゃない。でも、なんとなく」

 

「……それでいいの。全部は見せない。怖がられるから」

 

「怖がらない。たとえお前が重くても、歪んでいても」

 

「……湊くん、一つ聞いていい?」

 

 雪の声が、少しだけ低くなった。

 

「……湊くんは、私が茜さんに何をしたか、知ってるの」

 

「全部は知らない。でも、なんとなく」

 

「……それで、いいの。私が、湊くんを守るためなら、何でもするって知ってて」

 

 雪の目が、試すように俺を見つめる。

 

「雪、お前は俺を守るためなら、何でもするのか」

 

 雪は迷わずうなずいた。

 

「……うん」

 

「後悔しないのか」

 

「……しない。湊くんがいない世界に意味はないから」

 

 その声は穏やかで、迷いがなかった。怖いくらいに澄んだ目で、雪は俺を見ていた。

 

「わかった」

 

「……いいの」

 

「いい。俺はお前を選ぶ。そのお前がどんなでも」

 

 雪の目が潤む。でも泣かなかった。代わりに、今まで見た中で一番綺麗な笑顔を俺に向けた。

 

「……ありがとう」

 

「礼を言われることじゃない」

 

「……ううん。湊くんに選ばれたこと、一度も忘れたことない。幼稚園の砂場で声をかけてくれた時も、小学校でお母さんがいなくなった時も、中学校で茜さんがいた時も。全部、湊くんは私を選んでくれた」

 

「だからこれからも選ぶ。お前が何をしても、何をしなくても」

 

 雪は俺の手を取った。両手で包み込むみたいに。

 

「……じゃあ、これからもよろしく。湊くんの隣、誰にも渡さないから」

 

「わかった」

 

 俺は雪の手を握り返した。

 

 この手を、幼稚園の砂場で握ってから十二年。冷たかった手は、今は温かい。

 

 

 その朝、アパートのポストに手紙が入っていた。差出人は橘。

 

「拝啓、黒瀬くん。そろそろ文化祭の頃だと思って。雪さんとはどう? ちゃんと向き合えてる? 

 僕は元気でやってる。新しい学校にも慣れて、この前、ちょっといいなと思う人ができた。まだ雪さんのことは少しだけ覚えてるけど、それももう終わりにする。

 君も、自分の気持ちから逃げるなよ。紹介料、今度会った時にでも払うから。——橘」

 

 俺は手紙を畳んで机にしまった。

 

「……誰からの手紙?」

 

「橘から。紹介料はまだ払ってもらってない」

 

「……ふふ。あの時の」

 

 雪は少しだけ笑った。橘の名前を聞いても、もう動じない。

 

 橘もまた、自分の道を走っているのだろう——あいつはあいつで、新しい恋を見つけたらしい。紹介料はもういい。むしろ、こちらが払いたいくらいだ。

 

 手紙をしまった後、俺はふと、茜のことを思い出した。

 

 中学校の卒業式の日、ポニーテールを揺らして去っていった背中。

 

 茜——お前は強い。だから大丈夫だ。文化祭の時の「ちゃんと見てあげて」という言葉は、今も俺の中に残っている。ありがとう。そして、さようなら。

 

 雪が隣で俺の袖を掴んだ。

 

「……湊くん、何考えてたの」

 

「昔のことを少し」

 

「……誰の」

 

 雪の声が少しだけ低くなる。

 

「茜は元気にしてるかなと思って」

 

 雪はしばらく黙って、それから小さく言った。

 

「……茜さんは強い人だから、大丈夫」

 

「そうだな」

 

「……でも、湊くんが茜さんのこと考えるのは、ちょっと嫌」

 

 雪の手が、ぎゅう、と強くなる。これでいい。これが雪だ。誰に対しても、変わらずに。

 

 

 その夜、雪は机の引き出しから古い日記帳を取り出した。

 

 最初のページには、小学校の卒業式に書いた文字。「湊くんは、私だけのもの」その数ページ後には、中学校の卒業式に書いた文字。「茜さんは、もう来ない。これで邪魔する人はいなくなった」

 

 雪はそれらをそっと指でなぞってから、最後のページを開いた。ペンを取り、ゆっくりと文字を書く。

 

「今日、湊くんが私を選んでくれた。十二年かけて、やっと。

 湊くんは『お前がどんなでも選ぶ』と言った。私の方こそ、湊くんを選ぶ。誰よりも、何よりも。

 湊くん、これからもずっと一緒。約束、守ってくれてありがとう。

 これは私からの新しい約束。

 ——私も、湊くんを幸せにする。

 それから、もう一つ。

 湊くんは私のすべてを知って、それでも選んでくれた。だから私はもう、何も怖くない。

 でも、もしまた誰かが湊くんを奪おうとしたら、私は前と同じことをするだろう。

 それだけは、変わらない」

 

 雪は日記帳を閉じて、そっと引き出しに戻した。

 

 窓の外では、文化祭の片付けが終わって、静かな日常が戻っている。

 

 雪は隣で眠る湊の寝顔を見つめて、小さく笑った。

 

「……私のもの。ずっと、ずっと」

 

 その声は、祈りのように優しかった。

 

 でもその目は、誰よりも強い光を宿していた。




十二年。幼稚園から高校二年生まで。

これが俺の、白崎雪攻略RTAの全記録だ。

正直に言うと、最後まで走り切った今でも、これが正解だったのかはわからない。チャートを組んで、効率を追求して、ガバを恐れて、それでも何度も想定外に足をすくわれた。母親が突然現れた時は、本当にどうしようかと思った。文化祭の告白は、チャートなんて何の役にも立たなかった。結局、俺が辿り着いたのは数値化できない答えだった。

でも、それでよかったんだと思う。

もし俺がもっと早く気づいていたら、多分もっとスマートに立ち回れただろう。依存もその他も、危険水域に達する前に対処できたかもしれない。でも、それじゃ雪は今のように笑っていなかった。俺が十二年間、ガバを重ねながらも手を離さなかったから、雪はここまで来られた。そう思う。

雪は今、隣で寝息を立てている。相変わらず細くて、手を握るとまだ少し冷たい。でも、その手はもう震えていない。それだけで、十二年間走ってきた意味はあった。

この記録が、もし誰かの参考になるなら——まあ、こんな歪んだRTAを参考にするやつがいるとは思えないが、一つだけ言えることがある。

効率だけじゃない。数値だけじゃない。最後に物を言うのは、相手の手を離さなかった時間の長さだ。俺は十二年かけて、それを学んだ。

最後に、これだけは言っておきたい。

雪、お前は俺のものじゃない。俺もお前のものじゃない。でも、俺たちはこれからも一緒に生きていく。それが俺たちの歪んだRTAだ。

そして、ここまで読んでくれた君へ。

君もまた、君だけのRTAを走っている最中だと思う。効率が悪くても、想定外だらけでも、それでも走り続ける限り、いつかはどこかに辿り着く。

俺たちは、そうやって生きている。

それでは、またどこかで。

——Any% Clear / True End「相互依存」

【読者専用ステータス画面——最終】
| 項目 | 開始時 | 最終値 | 総変動 |
|------|--------|--------|--------|
| 白崎雪 好 感 度 | 0/100 | 100/100 | +100(カンスト |
| 白崎雪 依 存 度 | 0/100 | 100/100 | +100(カンスト)|
| 白崎雪 ヤンデレ度 | 0/100 | 100/100 | +100(カンスト)|

最終称号:「恋人」「絶対的隣人」「運命の伴侶」「不可逆の依存」「相互依存」「真エンド到達者」

RTA記録
- Any% クリアタイム:約12年(幼稚園〜高校2年文化祭)
- 真エンド到達:高校2年文化祭の夜
- 最終判定:真エンド「相互依存」到達

湊の総括
「数値なんかじゃ測れないところに、最後は辿り着いた。十二年かけて、雪は俺を好きになった——いや、違う。雪はとっくに俺を好きだった。俺がそのことに気づくのに十二年かかっただけだ。依存も、ヤンデレも、全部含めて俺たちの真エンドだ。歪んでいても、不器用でも、これが俺たちの生き方だ。RTAは完走した。そして終わった。人生はまだ続く。効率は二の次だ。今度は二人で、ゆっくり走る。たとえその道が、どんなに歪んでいても——それが、俺たちの歪んだRTAだ。」

Thank you for watching.

『うすほそな幼なじみを口説き落とすRTA』——Any% Clear / True End「相互依存」
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