【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み 作:haku728
その夜、大東拘置所の入口に立つ彼女の溜息は止まらなかった。
いや、執行業務の日は毎回そうだ。
彼女は黒いハンドバッグから折りたたまれた一枚の紙切れを取り出して開いた。
真っ赤な瞳が忌々しげに揺れる。
《死刑執行招集辞令》の文字。
「今年に入ってもうニ回目よ……」
真っ赤な唇の端から、牙をかすかに覗かせてつぶやく。
高いコンクリート塀に厳重に閉じられた鋼鉄の扉。
彼女は扉横のモニター付きインターホンを押した。
「本日の執行業務でまいりました。カルミ―ナです。」
『フルネームでお願いします!』
「あ、すみません!カルミ―ナ・ド・ラキュ―レです」
『承知しました 。ご入場ください』
重厚な扉が地響きと共に左右に開いていく。
彼女は深呼吸してから中に踏み入った。
鋼鉄の頑丈な扉が続く薄暗い廊下にヒールの音だけが響く。
歩くたびに腰にかかる銀髪が揺れ、コウモリをかたどったイヤリングが小さく鳴る。
黒いスーツにタイトスカート、白いブラウスを身につけたその姿は、シンプルな装いでありながらどこか気品があった。
彼女は通路の鉄格子のゲートでチェックを受けた後さらに進み、最奥の部屋の扉の前で立ち止まった。
ドア横の赤く点灯しているカードリ―ダ―に入場許可証をかざす。
青色にランプが切り替わり、カチッとドアが開錠される音がした。
彼女は覚悟を決めてドアを押し開ける。
中央にグレーの大きなテーブルがあり、左右の椅子に制服姿の男性刑務官が座っている。
ニ人は制帽のつばの奥からカルミーナにジロリと目を向けた。
(ひ、こわっ!そんな目で睨まなくても……)
彼女は入口で身が縮む。
右側の座席で足を組んで座っていた刑務官長の柴田厳男(しばた いわお)が口を開いた。
「時間ギリギリだよ!困るな……そんなことじゃ」
「は、はい!申し訳ありません……」
「夜間で時間は押してるんだ。早く準備してくれたまえ!」
「かしこまりました!」
カルミ―ナは慌てて敬礼すると脱衣ロッカー室に走った。
刑務官制服に着替えて執務室に戻ると、もう一人の若い刑務官、白鳥 瑠偉(しらとり るい)にバインダーに挟まれたカルテを渡される。
「これが今回の執行対象死刑囚のプロフィールだよ」
「ありがとうございます。どれどれ……え!」
カルミ―ナは息を飲んだ。
死刑囚名:虎牙 暴殺光(こきば ぼさみつ)
罪状:殺人罪
属性:46歳男性 関西系暴力団龍神組 若頭
犯行内容:敵対する暴力団事務所に単身乗り込み組員10人を殺害
確定判決:死刑
彼女はゆっくり顔を上げて白鳥の顔を見た。
彼は爽やかな顔でにっこり笑った。
(なるほど……今回私が呼ばれたのは……そういうことね……)
バインダーを握る手が小刻みに震える。
「あの……今日は早く処置してね。いつもみたいにダラダラやられると帰りが遅くなっちゃうから」
「は、はい……」
(遅くしたくて……そうしてるわけじゃないのに)
彼女はぎゅっと唇をかみしめる。
「それから……死刑執行中は外から施錠してるから。終わったら開けてあげるよ」
「……分かっています」
「まあ、いつもの通りだよ。じゃあいってらっしゃい」
彼女は無言で執行室のドアの方に振り向いた。
黒い鋼鉄製の頑丈なドア。
強化ガラスがはめ込まれた丸い小さな窓がついている。
中を覗き込むと、大柄な死刑囚が後ろ手に手錠をはめられ椅子に括りつけられている様子が見える。
(行くしかないわ!)
カルミ―ナは制帽を直すとバインダーを胸に抱え、太くて大きいドアハンドルを降ろした。
ずっしりとしたドアが不気味なきしみ音をたてて開く。
彼女は中に入るとドアを閉じ、ハンドルをしっかりと閉める。
執行室は8畳程のスペースで窓は無い。
壁面には蓮の花と観音菩薩をモチーフとした仏画が描かれている。
部屋の中央には鋼鉄製の無骨な椅子が床にしっかり固定されており、そこに死刑囚が括りつけられている。
しかし彼女はその姿を間近で見て息を飲んだ。
丸刈り頭に相撲取りのような巨大な体躯。
しかし肥満ではなく、危険な筋肉質の匂いを醸している。
半袖の囚人服から覗く太い腕には極彩色の龍の入墨が這う。
眉は無く、大型の猫科の様な獰猛な目が瞬きせず虚空を睨んでいる。
(あうう……ま、先ずは名前を確認しないと)
「虎牙 暴殺光さん、でお間違いないですね」
虎牙がジロリとカルミ―ナを睨んだ。
「おどれは阿呆か!」
「え!」
「え……やあらへん!おどれは阿呆かって言うとんじゃ!ぼけぇ!」
「な、何故?」
「おどれ!人に名前聞くときは先に名乗らんかい!常識やろが!このクソだぼがぁ!」
「し、失礼しました。わたくしカルミ―ナ・ド・ラキュ―レと申します」
「おう!外人かい!そのカルボナーラさんが何の用事や!」
「わたくし!カルボナーラでは有りません!カルミ―ナ……」
「そんなもんどっちゃでもええがな。何の用事や言うてんねん!耳聞こえてへんのかアホンダラ!」
「う……く……」
何という乱暴な物言いであろう。
これほどの暴言を浴びせられた事は、今まで二百年生きてきて一回も無かった。
悔しさと情けなさで目に涙がにじむ。
しかしそれをさっと袖で拭くと表情を引き締めて言った。
「わたくしは死刑執行官です。本日はあなたを処刑するために参りました。御覚悟下さい」
それを聞いても虎牙は動じる様子はなかった。
「ほう。おどれが処刑人かい。ところで首縄はどこにあんねん?」
「今回は絞首刑ではございません」
「何?ほたらどないすんねん?」
「わたくしは吸血鬼ですので、あなたの血液を吸い 出血死に至らしめます」
それを聞いて虎牙の表情が変わった。
「何やと!わいの血を吸うやと?そんなん聞いてへんで!」
(え!嘘!事前告知してくれてないの?)
カルミ―ナは少し焦った。
「は、はい。でも吸血処刑は苦痛も少なく、きちんと国に認可された方法であり……」
「聞いてへんゆうとんじゃ、われぇ!なめとんか!」
「い、いや……でも」
「何でわいがおどれみたいな、牙生やした化け物に血やらなあかんねん!」
「ば、化け物?」
「化け物やないかい!青白い顔しやがって!偉そうに牙生やして人前に姿晒すな!ど阿呆!」
「わ、わたくしはきちんと日本国籍を有しています。決して不法移民では……」
「そんなこと言うとんちゃうねん!そら仰山殺したから死刑はしゃあない。そやけどわいは人間や!訳分からん吸血の化け物に何で命やらなあかんねん!ちゃんと首縄持ってこいや!」
「っ……うう……」
カルミ―ナは相手の剣幕に押されて固まっている。
その時室内に設置されたスピーカーから白鳥の音声が流れた。
『カルミ―ナ執行官!速やかに処刑を執行して下さい!処刑を執行して下さい!』
(ちょ!そんなこと言われたって……)
まさしく前門の虎、後門の白鳥状態である。
カルミ―ナは決断を迫られていた。
次回 処刑執行