【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み 作:haku728
レディ・ヴァンパイア・コンセプトカフェ『ロ―ズ・ブラッド』は黄昏時の赤い夕日に染まっている。
しかし、その数時間も前から壁面の大鏡の前で懸命に接客練習をしているカルミーナの姿があった。
「オッホッホッホッホ!怯えているのね!」
「ご安心なさい。優しく息の根を止めてあげる」
「わたくしの永遠の命の前では、あなたの命なんて虫けら同然」
「あら見たのね……私の牙を。あなたはもう生きて帰れない」
「駄目だ!もう1回やり直し!」
腕を組んで睨みつける銀城からダメ出しが飛ぶ。
ここ最近は、業務終了後だけでなく早入り特訓も始まったのである。
カルミ―ナはげっそりしていた。
「あの……さっきのは……何がダメだったんでしょう?」
「目が優しくて毒がない!コスプレをした清楚で健康的なアイドルが、一生懸命吸血鬼を演じているようにしか見えない」
「そ、そんなぁ……」
「イメージするのだ!君は常にその美貌で男を幻惑し、牙を突き立て、命を奪う隙を伺っている吸血鬼だ!」
「う……うう……」
カルミーナには、どうしても危険な捕食者として人間の前に立つことができない。
彼女は故国ベルランドでは、吸血族ラキャレ王家の長女として敬愛されていた。
国民はヴァンパイアに血を捧げ、ヴァンパイアはその力で国民を守る。
その共存関係でベルランドは小国でありながら激動のヨーロッパの中で二千年の独立を維持してきたのだ。
カルミーナにとって人間は血の恵みを貰える、守るべきかけがえのないパートナーである。
(それなのに……ロゼリア帝国め……)
彼女は歯噛みした。
「カル!何をぼーっとしているのだ!」
「は、はい!」
彼女はハッとして顔を上げた。
「もう一度だ!」
「わかりました!」
彼女は力強く返答してロープレを再開した。
ほどなくして黒羽冴子が開館時間を告げに来た。
「お!もうこんな時間か?」
銀城は練習を切り上げて、慌ただしく開館前の訓示を行った。
すでに玄関前には入場を待つ十数人の列ができている。
オープンと同時に来客がなだれ込んできた。
「カルたん!僕だよ!会いたかったよ!」
その先頭にいた肥満した巨漢男性が甲高い声で叫んだ。
毒島 馬羅実(ぶすじま ばらみ) 35歳
彼はカルミーナを最推しする希少な常連客である。
11月なのに彼のタンクトップは汗で乳首が浮き出ている。
一番乗りした彼のニキビ面は歓喜に満ちていた。
しかし……なぜか顔色が異様に青白い。
「あ!ブッスん!今日も来てくれてありがとう。でもなんだか……顔色が良くないですね……」
「ハァハァ……僕は今日、一刻も早くカルたんの元に来たかったんだ!これを見て!」
そう言うと毒島はカルミーナの萌画がプリントされた紙バッグから2 L入りのペットボトルを取り出した。
キャップ近くまで赤い液体で満たされている。
「え……それは?」
「僕からの大切なプレゼント。搾りたての血液だよ!」
みるみる彼女の顔面が蒼白になる。
「ひ!し、搾った、て……それ全部……ブッスんの血?」
「ハァハァ!当然だよ!さあ…!たんとお飲み!」
カルミーナは冷や汗が出始めた。
「ブッスん……駄目だよ。未契約で採血した血は飲めないんです!」
「ぶふふ…大丈夫!僕の血は……いつでもカルたんのもの」
「そんな話ではなくて!法律的にやばいんです!それに、ブッスん……死んじゃうよ!」
「ハァハァ!カルたん!僕はいつでも君のために死ねるんだよ!」
「だから駄目なんです!私のために血を抜いて、もしブッスんが死んだら……私、殺人罪に問われます!」
「ハァハァ!僕は死なない。たとえ肉体が滅んでも霊体となって君を守り続ける」
「救急車……呼びますね!」
「カルた――ん!」
救急隊員は号泣する毒島を無理やりタンカに乗せる。
パーペ―、バーぺ―、とサイレンの音が徐々に遠のいていった。
「……ただいま……」
がっつり精神をやられたカルミーナは、玄関の引戸を開ける時も声がかすれていた。
声に気づいた碇谷が階段をドタドタと駆け下りてきた。
「お前!遅いじゃねぇか!」
「ハァ…今日は色々あったの。接客の練習もあるし……」
「そんなことより大変だぜ!」
「泰造さん……どうしたの?そんなに慌てて」
「部屋の中を見てみろ!」
「?」
カルミ―ナは自室の引戸を開けた。
「え!そんな!」
彼女は目を見開いた。
和室のちゃぶ台の前に1人の男性が正座をしている。
燕尾服の上に黒いマントを羽織っているが、どちらもシミだらけでヨレヨレであった。
オールバックの頭髪にはフケが浮き、跳ね毛がピンピンと立っている。
男はだらしなく垂れている口髭に覆われた唇を申し訳なさそうに開けた。
「カルミ―ナ……久しぶりだね……」
「御父……様!」
カルミ―ナは息が詰まりそうになりながら絶叫した。