【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み 作:haku728
執行室に入る時、カルミ―ナは心なしか息を潜めていた。
しかし鋼鉄椅子に拘束されている死刑囚の姿を見て彼女は目をぱちくりさせた。
小柄で白髪短髪の貧相な男である。
カルミーナはもっと精力と肉体美に満ちた魔性の美男を想像していた。
「私は本日の死刑執行を担当させていただきます、執行官のカルミ―ナ・ド・ラキュレです。宜しくお願い申し上げます」
「ああ!あんた……吸血鬼らしいね。血を吸うんだろ。宜しくね」
梅吉は八の字眉につぶらな瞳でにっこり笑った。
(何故その事を?事前告知なんていつもしてないのに……)
カルミ―ナは少し怪訝な面持ちになったが、気を取り直して処刑宣告をした。
「はい。これから吸血処刑を執り行います」
「はいよ。頼んます」
(何だろう……普通なら動揺するんだけど……)
彼女は梅吉の飄々とした態度に戸惑いながらも唇を彼の首筋に近づけた。
その時であった。
「おっといけねえ。左側はよしな!」
「え!」
カルミ―ナは慌てて牙を引っ込める。
「あんたが口をつけようとしたところ、よく見てみな」
「……?」
彼女は梅吉の首筋を注視した。
皮膚に、輪の様に赤い湿疹が広がっている。
「こ、これ……皮膚病?ですか……」
「ああ。銭たむしだよ。伝染ったら痒いよ」
「は、はい……」
「首の右側は綺麗だ。そっちから吸ってくんな」
「え!」
(この人……わざわざ気を遣ってくれたんだ。処刑される身なのに)
カルミ―ナは今まで執行業務に携わる中で、こんな気遣いなんて受けたことが無かった。
人の良さげな梅吉のつぶらな瞳を見ていると彼女の目に涙がにじんで来る。
そして梅吉の右側に立ったものの、中々執行に踏み切れない。
そんな彼女の様子を見て梅吉が口を開いた。
「何だ。あんた……何か辛いもんでも抱え込んでるのかい?」
「え!な、何故?」
「いや……あんたの顔見てみると……なんかそんな気がして」
「………っ!」
「もしよかったら、おいらに教えてくれねえか?」
「ええ!でも……」
「どうぞオイらはすぐにあの世に行く身だ。遠慮なく吐き出してくれればいい。何でも聞くよ」
梅吉のつぶらな瞳は、全てを受け止める様な深さを感じさせた。
「は、はい……」
「あんた……何で日本にいるんだい?」
「それは……故郷を……追い出されたからです」
「ふるさとを!どうして?」
「私……元々は東欧の小国ベルランドの王女でした。でも隣の大国ロゼリアがヴァンパイアに否定的な政権に変わってしまって……私達王家を追い出すために軍事侵攻を受けたんです」
「何だって!あんた……人間と仲良くやってたんじゃないのかい?」
「はい……国民からは順に血の提供を受けて……みんなの顔を覚えています。全員家族みたいなものでした」
「そうなんだ……。でも軍隊が押し寄せて来た時は大変だったろう?」
「はい。50万の軍に包囲されました。王家の追放と引き換えに民の命を保証すると……」
「50万だって!その時お宅には何人位兵隊がいたんだ?」
「全てかき集めて2万が精一杯でした。私は苦悩しました。肝心の国王である父は行方不明でしたし。でも……」
カルミ―ナは俯きながら涙を落とした。
「国民は王家を守って戦う事を……ロゼリアに宣言したんです」
「そんな!多勢に無勢じゃないか!それでもあんたの為に戦おうとしたんだね……」
梅吉は目尻にしわをよせて彼女を見つめた。
「でも……このまま戦えば国が滅ぶのは明白です。相手は核兵器の使用さえ示唆しました。私は決断しました」
「決断……」
「はい。閣僚と将軍を集めて降伏の意を伝えたのです。反対意見も出ましたが説き伏せました。こうする以外思いつかなかったのです」
「姫さん……あんた……自分を犠牲にして……」
「ただ……ロゼリアの対応は過酷でした」
「何……!降伏したのに?」
「はい。開城の後、私は拘束されました。そして民衆が見守るなか、ロゼリアが持ち込んだギロチンで私の首は切断されました」
「ギ、ギロチン……何の為に?」
「《悪魔に対する人間の勝利》を見せ付けたかったのでしょう。私は自分の生首を抱えて瀕死の身で国を追われました。城も財産も全て没収されて……」
「ひ、ひでえ……!降伏してるのに……なんて事をしやがるんだ!でもそんな目に遭って……一体どうやって日本に?」
「それは、私の事を助けてくれた恩人がいたからです」
「恩人?」
「はい。ベルランド研究で長期滞在していた日本人の民族学者で『世良田 喜三郎(せらだ きさぶろう)』という方です」
「その人があんたを助けてくれたのか……」
「はい。彼はキリスト教の影響が少ない日本への移住を勧めてくれました。渡航や日本での生活の段取りなど全力でフォローしてもらいました。彼が居なければ今の私は存在しません」
そう言うとカルミ―ナは上を向いて瞳を閉じた。
そして目尻から涙が溢れ出した。
梅吉はそんな彼女に静かに声を掛けた。
「あんた……もしや……ふるさとに帰りたいんじゃねえか?」
「え!」
カルミ―ナは涙に潤んでいる赤い瞳をかっと開いて梅吉を凝視した。
梅吉の唇の端がかすかに上がって白い歯が覗いた。