【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み   作:haku728

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死刑執行その⑩

「帰りたい?」

 

カルミーナ は唇を震わせながら問い返した。

 

「ああ。そうじゃないのかい?」

 

梅吉は目尻にシワを寄せながら彼女の目を見つめる。

 

「帰れません……。帰るところもありません……」

 

彼女は梅吉より目をそらした。

 

「そうじゃねえだろ。素直になりな!」

 

「っ!………………」

 

「おいらはあんたの言葉を墓場に持っていくよ。さあ!思いっきりぶちまけてみな」

 

「か………」

 

カルミーナの目から一筋の涙がこぼれた。

 

「帰り……たい……です!」

 

絞り出すように声を出すと、堰を切ったように大粒の涙が両目から溢れ出す。

 

そして人目も憚らず号泣した。

 

「うう……う……ひっ!ひく!……」

 

彼女の泣声が執行室に響き続ける。

 

梅吉はその様子を、目を細めて無言で眺めていた。

 

 

しばらくの嗚咽の後、彼女がハンカチを取り出して涙を拭こうとしたその時であった。

 

梅吉が不意に声をかけてきた。

 

「おいら……もしかしたら、あんたの力になれるかもしれないよ」

 

カルミ―ナは涙を拭く手を止めてハッと顔を上げた。

 

「どういう……ことです?」

 

「だから……あんたが故郷に帰るのを手助けできるかもしれないってことさ」

 

「ベルランドに……帰れる?」

 

カルミ―ナは赤い瞳で梅吉の笑顔を穴が開くほど見つめた。

 

「ああ。おいらの話……聞いてみるかい?」

 

「は、はい!お願いします!」

 

彼女は身を乗り出した。

 

「あんた、ロゼリア正教会を知ってるだろ。その教皇の息子の聖アンデレが二年前に来日したんだ」

 

「あ、私……覚えています。メディアでも報道されてましたから」

 

「その時に暗殺未遂事件が起きたのも知ってるよな」

 

「はい。大騒ぎになったと記憶しています」

 

「実はあれ、未遂に終わったのは俺のおかげなんだ」

 

「ええ!なんですって!」

 

カルミ―ナは驚愕した。

 

「アンデレが帝国ホテルに到着した時においらがたまたま居合わせていてな。群衆の中に目つきのおかしい外国人がいたんで警護に教えてやったんだ。それで犯人は取り押さえられた。元ベルランドの軍人で銃を持ってたらしい」

 

「そ、そんな……」

 

言葉を失うカルミ―ナ。

 

「そのあとアンデレにホテルに呼ばれてな。命を助けてもらったお礼をしたいと言いやがるんだ。おいらはその時固辞したんだが、その気になればいつでも言って欲しいと。その時は何でも一つ願いを叶えたいって言うんだよ」

 

「聖アンデレが……!」

 

「ロゼリアじゃ皇帝は御飾りだが、教皇は絶対だ。その息子に、あんたを国に戻してやってくれとお願いすれば……通るかもしれねえだろ」

 

「私を……国に!?」

 

カルミ―ナの頬に赤みが差した。

 

「なあ。おいらをここから連れ出してほしいんだ。そしてアンデレにあんたのことをお願いしたら必ず戻ってくる。絶対に逃げたりしない。だから捕縛を解いてくれないか?そして外まで連れ出して欲しいんだ!」

 

「私……ベルランドに帰れるの?」

 

「ああ。帰れる!絶対に帰れる!必ず息子を説得するよ!さあ、手錠を外してくれ!」

 

「そうなんだ……。私……帰れるんだ……」

 

カルミ―ナの瞳は潤み、視線は宙を彷徨いだした。

 

口は喜悦に緩み、白い牙が覗いている。

 

彼女は夢遊病者の様にふらふらと梅吉に近付くと手錠を両手で掴んでギリギリと引っ張り出した。

 

梅吉の顔にどす黒い笑みが浮かんだ。

 

 

その時であった。

 

執行室内に白鳥の声でアナウンスが流れた。

 

「カルミ―ナさん。三人の女性被害者のこと、鼬さんに聞いてみてよ」

 

 

(被害者……?……は!)

 

カルミーナの顔が正気に戻った。

 

その瞬間『ちっ』という舌打ちの声が聞こえた。

 

彼女はその時とっさに梅吉の顔を見た。

 

梅吉は慌てて笑顔に戻る。

 

しかしカルミ―ナは確かに見た。

 

(何?あの表情……。すごい目つきだった)

 

彼女は思わず息を飲み込んだ。

 

同時に、手錠を引っ張っている事に気付き、「やだ!私……何を?」と言いながら慌てて手を離した。

 

そしてネクタイと制帽を直すと、目を赤く光らせて梅吉に質問した。

 

「なぜ被害女性を殺害したんですか?」

 

額に汗が浮かぶ梅吉。

 

「え……。いや……。なぜっ……て……」

 

カルミ―ナは瞬きもせず無言で彼の目を凝視している。

 

「へへ……。実はおいらが殺ったんじゃねえんだ。あいつら自殺してたんだよ。えへへ……うぐ!!」

 

カルミ―ナの右手が梅吉の首に食い込む。

 

真っ赤な爪先のしなやかな指がギリギリと喉元を締め上げていた。

 

「ぐ!ぐええ!ぐるじい!死んじ……まう!」

 

「本当の事を言いなさい!」

 

「わ、分かった!分かったから……離してくれぇ!頼む!」

 

カルミーナは指を緩めた。

 

「ハァ!ハァ!ゼェ!ゼェ!」

 

「さあ……教えなさい!」

 

「……氷縄(ひなわ)が溶けちまったんだよ」

 

「なに……。ひなわって?」

 

「今風に言えば……洗脳が解けちまったってことさ」

 

「被害者の女性が?」

 

「そうさ。氷縄が有るうちは女なんて意のままさ。風俗に落とすなり、犯罪に手を染めさしたりしていくらでも金づるになるんだ」

 

「最低ね!で……どうして殺害したの?」

 

カルミ―ナは赤く尖った爪先で梅吉の喉を押した。

 

「……っ!喋るって!………。氷縄が溶けた女はめんどくさいんだ。警察に垂れ込むとか、訴えるとか言ってギャーギャー騒ぎやがる。だからバラすしかないんだよ」

 

「そんな理由で殺したの……?三人共……!死体もみつかっていないと聞いたけど。一体どうしたの!?」

 

「そんなに牙を剥かんでくれよ。…………知り合いのウナギの養殖池か、練り上げ中のアスファルトに放り込みゃあ終わりだ」

 

「ウナギ!?……アスファルト!?」

 

「ああ。骨まできれいに無くなるのさ……一番確実だよ。えっへっへ……。ひいい!」

 

梅吉はカルミ―ナの顔を見て震えあがった。

 

 

一片の慈悲も感じられない冷気をまとった表情。

 

猫の様な縦長の瞳が瞬きもせず彼を射すくめる。

 

紫色に変色した唇から静かに、しかし厳かにその言葉が告げられた。

 

「鼬死刑囚。吸血処刑を執行致します」

 

「ひ!」

 

梅吉が言葉を発っする間もなく、カルミ―ナの牙が彼の首筋に食い込んだ。

 

「ぎゃ!ま、待ってくれ!左は駄目だ。銭たむしがあるんだ!感染っちまう!」

 

梅吉は必死に頭を揺り動かす。

 

しかし、カルミ―ナの吸血は止まらない。

 

「う……ひ……本当だよ!たむしは痒いよ。治らんよ!だから……一旦外して……」

 

梅吉の顔面が急速に血の気を失っていく。

 

 

「……たむし……が……感染っち………まう……あんた……の……た……め……………………………………」

 

 

カルミ―ナは首筋から口を離した。

 

 

梅吉は、瞳孔が開いたまま微動だにしなかった。

 

 

 

 

 

 

カルミ―ナは重たい表情で、検死に立ち会う白鳥に向かって頭を下げた。

 

「今回、途中で御声掛け頂きありがとう御座いました」

 

「ふふ……もうちょっとで手錠がちぎれてたよ」

 

「……はい。すみません……危ないところでした」

 

「カルミ―ナさん。奴さあ、死刑囚房に居る時に閲覧申請した本って何か分かる?」

 

「……いいえ」

 

「ベルランドやロゼリア関連の書籍ばっかりだよ」

 

「な、なんですって!」

 

「多分下調べしたんだろうね。因みに暗殺防止の件も嘘っぱちだから。聖アンデレとの約束とか……無い無い!そんなの」

 

「そんな!でも御存知なら、どうして先に教えてくださらなかったんですか?」

 

「言ったでしょ。『気を付けてね』って」

 

「そ、それは……。でも!」

 

「それにね。カルミ―ナさん、ちょっと《人が良すぎる》から、少し御勉強した方がいいのかな、なんてね」

 

「なんですって……!」

 

彼女は絶句した。

 

 

梅吉に聴診器を当てていた白衣姿の茶山が怪訝そうに呟く。

 

「首筋に白癬って珍しいな」

 

「茶山さん。そうなんですか?」

 

カルミ―ナは不思議そうに尋ねた。

 

「うん。普通足に出来るから。こいつの右足も水虫がひどい。これを触った手で首筋をなぞったんじゃないかな」

 

カルミ―ナはそれを聞き、ハッとして梅吉の首を見て思わず目を擦った。

 

 

 

首筋の銭たむしが、まるでドクロマークのように見えた。

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