【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み 作:haku728
翌朝。
朝日が泰造の部屋に差し込む。
「ふわぁぁ!もう朝かよ!」
泰造は大あくびをしてからガバッと布団から跳ね起き、一階の洗面所に向かう。
しかし彼が玄関ホールに降りた時、和室の引戸が半開きになっているのに気づいた。
(何だあいつ……。開けっぱなしで寝てやがるのか)
隙間から覗いてみると、ベッドにカルミーナがいない。
ちゃぶ台の上に目を移すと一枚のメモが置かれている。
泰造はそれをいぶかしげに手にとった。
『太平洋書房に抗議に行ってきます!カル』と書かれている。
「あいつ!いきなり出版社に殴り込みに行くつもりか?」
泰造は顔をしかめながらつぶやいた。
朝の通勤ラッシュも終わった新宿駅のホーム。
ホームで並んでいた人々は、到着した電車から先頭で降りてきた女性の姿を見て皆息を飲んだ。
上質のワインレッドのドレスに身を包んだカルミーナであった。
ベルランド王女の正装は詰襟や金ボタンがあしらわれた軍服をモチーフにしており、有事の際は自らが戦うという吸血鬼王族の信念を表していた。
そう。
彼女は一戦を交えることも辞さない覚悟なのである。
(あんなひどい漫画!とにかく問い正してやらないと気が済まないわ!)
怒りのあまり、日暮れまで待てずに飛び出してきてしまった。
本来吸血鬼は日中は苦手で、メラニン色素が非常に薄く直射日光にさらされるとすぐに肌がヒリヒリする。
そこで泰造のサングラスを拝借し、UVカット帽子とマスクも身につけて肌の露出を極力控えた。
それでも今日は日差しが強い。
(だからって怖気づいていられない!)
彼女は果敢に雑誌に記載されていた太平洋書房の住所に向かって突き進んだ。
新宿2丁目の歓楽街のメインストリートを一筋横に入った裏通りに面してそのビルは建っていた。
(薄汚れた建物……。結構古いのかしら?)
彼女はビルを見上げた後、一度深く息を吸い、くすんだ《太平洋ビル》の看板の下をくぐって中に入った。
ビルの案内板を見ると一階はテナント募集となっており二階が太平洋書房の受付となっているようである。
天井灯も所々電球が切れている。
彼女はエレベーターに乗ったが、妙なきしみ音が鳴り、スピードが異常に遅い。
ドアが開くと、正面が太平洋書房の入口であった。
そこを開けて中に入ると、正面にカウンターがあり、その奥はすりガラスの仕切りが立っていて編集室の目隠しとなっていた。
カウンターの上に銀色の呼び鈴が置いてある。
彼女はチリンチリンと鳴らしてみた。
シーンとして反応がない。
何度も鳴らし直すが誰も出てこない。
(おかしいわね……聞こえていないのかしら?)
彼女は眉間にしわを寄せてさらに鳴らし続けるとようやく奥から一人の男性が姿を現した。
ヨレヨレのスーツにゆるんだネクタイ、ボサボサ頭である。
「うっさいな!何度も鳴らすなよ!」
「そんな!聞こえているならどうしてすぐに出てきてくださらなかったんです?」
「こっちだって忙しいんだよ。何の用?」
彼は澱んだ目でカルミーナを一瞥した。
(なんてひどい応対なの!信じられない!)
彼女はサングラスとマスクを外して紙袋に入れると、代わりに《実話タックル》を取り出しカウンターの上にバシッと置いた。
「私はカルミ―ナ・ド・ラキュレと申します。この中に私と思われる人物が描かれています!」
「それで?」
「作者を呼んで下さい!抗議致します!」
彼は無精髭にまみれた唇をボリボリと掻きながらめんどくさそうに答える。
「出版社に作者がいるかよ。伝えとくから連絡先教えて」
「そんな訳には参りません!作者がいないのなら責任者の方を呼んで下さい!」
「そんな事でいちいち呼べるかよ!さあ……帰って帰って!」
「嫌です!帰りません!」
カルミ―ナと編集者が押し問答を繰り返していたその時であった。
入口のドアが開いて二人の男が入ってきた。
一人は坊主頭の肥満した巨漢で目の周りと鼻の頭に黒い入れ墨がなされており、小さな黒耳付きのカチュ―シャをはめている。
もう一人はガリガリのからだに巨大リ―ゼント頭で、鋭い目つきの周りにクマができている。
カルミ―ナは巨漢の顔を見た瞬間、「あ!あなた……『入墨パンダ』さんでしょう!」と叫んだ。
それを聞いた巨漢は激しく動揺した。
「え!どうして僕の名前を知ってるパンダ?初対面なのに!じゅんちゃん!怖いよう!」
「落ち着けパンダ!あんたは何者だ?」
「はじめまして『じゅんちゃん』さん……。私はあなた方に漫画にされた者です」
「あんたの事……。漫画?一体何の事だ!」
「死刑執行官、カルミ―ナです!」
「え……もしかして……女吸血鬼!」
「そうよ!よくも私の事をあんな出鱈目に書いてくれたわね!」
カルミ―ナは牙を剥き、赤い瞳で二人を睨みつけた。
「ちょ!ちょっと待ってくれ!」
「何を待つんです?」
「俺は編集の用意したプロットに従ってシナリオを書いただけだ!」
「僕はじゅんちゃんの台本を絵にしただけパンダ」
「なんですって?じゃあその編集担当を呼びなさい!」
カルミ―ナは眉間にしわを寄せて二人に詰め寄る。
本気で怒ったヴァンパイアに迫られるとかなり怖い。
「じゅんちゃん!『お―ほっほっほ!』て笑いながら生き血を吸われちゃうパンダ!僕たち二人とも殺されちゃうパンダ!」
「パンダ!あれは俺のシナリオだって!鷺原(さぎわら)さん……真壁さんを呼んできてよ!」
カウンター内でそれまで沈黙を守っていた鷺原は飛び上がった。
「え!編集長を……?やだよ!」
「頼むよ!俺達が何でこんな目に遭わないといけないんだ!呼んでくれないんだったらもうタックルで書かないぜ!」
「ま、待ってくれ!それは困る……。分かった。ちょっと待ってて……」
そう言い残すと鷺原は慌てて編集長デスクに向かった。
真壁のデスクは編集室最奥の窓際にある。
鷺原がデスクの前に着いた時、真壁は焼酎を湯飲みに注いではストレートで一気飲みしていた。
「あ、あの……編集長……ちょっとよろしいでしょうか」
鷺原はおどおどしながら声を掛けた。
彼は酒臭い息を吐きながら血走った目で鷺原を睨みつける。
パンチパ―マに怒り狂った土佐犬のような目つき。
彼が漫画タックル編集長、真壁 竜司(まかべ りゅうじ)であった。
次回 真壁とカルミ―ナの対決