【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み 作:haku728
白ジャージの背中に《喧嘩両成敗》の文字。
泰造は肩をいからせながら新宿駅に向かってズカズカと歩いて行く。
「泰造さん!待ってよ!」
カルミーナは足早に後ろについていく。
「もっとゆっくり歩いてよ!」
「おめえがトロいんだよ……ったく!」
「もうっ……!」
カルミーナは口をとがらせながら泰造の横に並んだ。
「ねえ……ちょっと聞いていい?」
「ああん?」
「あの人達って……お知り合いだったの?」
「……まあな」
「どんな関係だったの?」
「うるせぇな!いちいち首を突っ込んでくるなよ!」
「私だって関係あるんだから!教えてよ!ねえ!ねえ!」
「あー!もう!分かった!分かったよ!」
泰造は渋々語り出した。
「あいつらは昔の仲間だよ。バカやってた時の」
「仲間?バカやってた時?」
「ああ……拳会(こぶしかい)って集まりがあってな。俺が頭はって竜司は副長、純一とパンダも後から入ってきたんだ」
「拳会……?それって……まさか……暴力団、それとも暴走族?」
「違う違う!そんなゴミみたいなやつらをぶっ叩く集まり」
「ぶっ叩く?」
「……俺は川崎の出身でな、地元には迷惑をまき散らすクソみたいなやつらが多かった。高校生だった俺はそんないきったやつを見つけるたびにボコボコにして行ったんだ」
「ボコボコかぁ……。泰造さん、腕っぷし強そうだもんね」
「周りが弱いだけだ。そうしたらやられた奴らが俺を担ぎ出しやがって、いつの間にか『悪を懲らしめる天誅集団』みたいなのが出来上がってたんだよ。俺のことを勝手に『総長』呼ばわりしてな」
「総長だって!かっこいい!」
「おい!ちゃかすなよ!でも悪(わる)どもをいくらどついてもきりがねえし、警察沙汰にもなるし……このままでいいのかって悩み出したんだ……」
「そうなんだ……」
「そんな時にキサブに説得されてよ……解散を決めたのさ……」
「え!」
「ああ。ヒョロヒョロで弱いくせに俺の胸ぐらつかんで必死に叫んでいたよ。でもあいつの言うことにはなぜか逆らえなかった……」
「…………喜三郎さん……」
ベルランドを追放され絶望の淵に立たされた自分を救ってくれた世良田喜三郎(せらだきさぶろう)。
カルミーナは丸眼鏡でボサボサ長髪の彼が、白い歯をむき出しにして思いっきり笑っている顔を思い起こして目頭が熱くなった。
そして彼女は改めて泰造に礼を言った。
「あの……泰造さん……助けに来てくれてありがとう」
「まあな……でも俺はあの漫画の件で、元々出版社に怒鳴り込むつもりだったんだ。ところが朝起きたらお前が消えてんだ……ビビったぜ!」
「うふふ……頭に血が昇っちゃったのよ」
「ったく!先に突っ走りやがって……(何かあったらどうすんだよ……お前を守るってダチとの約束なのによ……)」
「え……泰造さん?何か言った?」
「なんでもねえよ」
「嘘!私に何か言おうとした!」
「だから!何も言ってねえって!」
「泰造さん、何か焦ってる。あはは!」
「ちっ!」
二人が向かっている新宿駅が夕日で赤く染まっていた。
1週間後、《実話タックル》の最新号が店頭に並んだ。
その日カルミーナは《ローズ・ブラッド》を早退し、コンビニで購入して気もそぞろに自宅に向かう。
帰宅すると泰造は彼女の帰りを待ちわびていた。
「おい!早く読もうぜ!」
「ちょっと待って!着替えぐらいさせてよ!」
せっかちな泰造に文句を言いながらも、彼女の気持ちは落ち着かない。
「お待たせ~!」
パジャマに着替えたカルミーナは、早速雑誌を閉じている立ち読み防止シールを剥がした。
表紙をめくると、いきなり1ページ全面に謝罪文章が掲載されている。
二人は同時に「おお!」と声を発した。
――お詫び――
本誌が先月号に掲載した作品「日本の闇!女吸血鬼執行官は実在した!その死刑の恐怖の実態!」につきまして、取材および事実確認が不十分であり、誤った内容を掲載いたしました。
記事により、登場された御本人様ならびに関係者の皆様に多大なご迷惑とご心痛をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。
今後このようなことがないよう、取材・編集体制の見直しと確認の徹底に努めてまいります。
この度、内容を吟味し、事実に即して作成した修正版を掲載させていただきます。
――真説!元王女吸血鬼執行官~涙の死刑執行!
――作 じゅんちゃん
――画 入墨パンダ
――監修 真壁竜司
満月の夜に浮かぶ拘置所のシルエット。
《大東拘置所》の看板。
薄暗い執務室の中で二人の男性の執行官が緊張感に満ちた顔でお互いの顔を見合わせている。
『もうすぐ……執行の時間だな、アレキサンドレ』
『ああ……そうだな、ラスカル』
『しかし……王女様のお気持ちを考えると……やるせない』
『……でも仕方がない。国が決めたことだ……。おっ、ご到着だ!』
二人は執務室のドアに目を向ける。
それとほぼ同時に執務室のドアがコンコンとノックされた。
二人の執行官は飛び跳ねるように同時に起立する。
執務室のドアが開くと、そこにはゴシックエレガンスなドレス姿の女性が立っていた。
『皆様……ごきげんよう』
彼女はうやうやしく頭を下げる。
無数の縦ロールに彩られたゴージャスな銀髪。
しかしその瞳は憂いに満ちていた。
『カルミーナ殿下!お待ち申し上げておりました!』
二人の執行官は彼女に向かって敬礼する。
『その呼称はおやめくださいませ。私はもう……王女ではないのですから』
『そんなことはお申しにならないでください!我らベルランドの旧臣。いつまでも殿下のことを主君と仰ぎ奉る所存にございます!』
『ああ……いつまでもそなたたちに迷惑をかけます……。さて、今宵の罪人(つみびと)はいかなる御方でしょうか?』
『は!山田太郎三十九歳、元食品会社勤務、妻とその浮気相手の男性併せて二人を包丁で殺害し、死刑が確定しております』
『まあ!浮気……。一時の怒りで取り返しのつかぬことを……』
『殿下……準備は整っております』
『かしこまりました。それでは始めましょう』
カルミーナは執行室に入ると、椅子に固定されている囚人にしずしずと歩み寄り、スカートを上品に持ち上げ、カーテシーで格調高く挨拶をした。
『わたくしはベルランド王国元王女にして死刑執行官を拝命しております《カルミーナ・ド・ラキュレ》と申します。大変ふつつかものではございますが、この度の執行を務めさせていただきますので、かしこみましこみ、よろしくお願い申し上げ奉ります』
『え!元王女?私の様な犯罪者に!』
『わたくしはただの吸血鬼でございます。この牙にて吸血死刑を行います。御覚悟を!』
『ああ……。あなたの様な高貴な方の手にかかって死ねるなら、望外の喜びです!』
『くっ……!ま、参ります!』
カルミーナは囚人の首に口を寄せるが、なかなか牙を立てられない。
『大丈夫!御遠慮無くお吸い下さい!』
『うう……』
『さあ!早く!』
カルミーナの目に涙が光る。
『わ、わたくしは……死刑執行官でございます!』
彼女は言葉を振り絞ると、意を決して牙を突き立てた。
『ああ……なんて優しい処刑なんだ……由美子……僕も……そちら……に……………』
囚人は至福の笑顔でぐったりした。
『わ、わたくしは人殺し!ああ!』
カルミーナは床に泣き崩れる。
その時、二人の執行官が処刑室の中に入ってきた。
『ああ!美しい~花は~咲きみだれ~♪』
アレキサンドレが両手を開いて歌い出す。
『ああ!汚れた~花も~混じる~♪』
ラスカルも続く。
『誰かが~それを~手折らねばならぬ~♪』
『それが執行官の宿命~♪』
二人が声を合わせる。
『でも……悲しくて~たまらないのよ~♪』
カルミーナが掌と顔を天に向けて歌い出す。
『でも~僕らは~その悲しみを受け止めてみせる♪』
『ありがとう!だから~わたしは~生きていけるわ♪』
最後に三人が笑顔で声を合わせる。
『これが~本当の~死刑執行官なのです~♪』
「ま!待て!落ち着け!カル!」
「もう!泰造さん!離して!」
興奮して玄関から飛び出そうとするカルミーナを後ろから必死に羽交い締めにする泰造。
「こんな時間に飛び出して行ってどうすんだ!」
「まだいるかもしれないじゃない!あんなふざけた書き方されて黙ってられない!」
「ふざけてないんだって!奴らあれで真面目なんだよ!分かってやれよ!」
「嘘!嘘!絶対にふざけてる!離してったら!離して!」
二人の喧騒が夜空に響く。
さっきまで綺麗に輝いていた三日月に雲が覆い被さっている。