【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み 作:haku728
「ほっほっほ。あなた様はわたくしの話に少々ご混乱の御様子」
「はい……おっしゃってる意味が、分かりませんが……」
煙に巻かれているような表情のカルミーナに対して法念は目を細めた。
「良いでしょう。では仏の大慈悲についてお話しましょう」
「い、いや……結構です!」
「何故です。あなた様は自らの《業》に御気付きの筈」
「うっ!……」
「これはあなた様の救いの話でもあります。《悪人正機》という言葉をご存知ですか?」
「いえ……存じません」
「これはわが宗祖の親鸞上人のお言葉です。《善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや》と続きます。『善人でさえ阿弥陀仏に救われるのだから、自分ではどうにもならない悪人こそ、なおさら救われる』という意味です」
「悪人こそ?」
「はい。仏の慈悲は真に広大です。この世の生きとし生けるもの全てにあまねくふり注がれるのです。私のような《悪人》 や、あなた様のようなあやかしにも」
「わたしにも?」
「はい」
法念はにっこり微笑んだ。
しかしカルミ―ナは少し目線を強めた。
「でも、あなたは犯罪を犯しました。3人もの女性を殺害したじゃありませんか!」
「あれは私の仕業ではありません。魔羅(マ―ラ)の仕業です」
「どういう意味ですか!?」
「わたくしは仏道の修行において禁欲を自らに強く課しておりました。しかしそんな修行を重ねれば重ねるほど魔羅の誘惑は強くなっていきました。そして心弱きわたくしはついに夜毎に寺を抜け出し、魔羅の命ずるがままに女犯に至ったのです」
「そんな!でも殺す必要はなかったはずです!」
「そんなわけには参りません。もし女犯がばれれば破門されてしまいます。それは仏道に身を捧げた私には耐えられません」
「非道い……信じられない!そんなことをして、なぜ救われると思えるんですか?」
「ここで一番大事な上人様の教えについてお話をします。私のような、自分ではどうにもならぬ悪人でも《南無阿弥陀仏》とさえ唱えれば良いのです。この一唱だけでこれまでの一切の罪は祓われ、極楽往生が約されるのです。全ての罪は自ら償うのではなく全て仏の海に流してしまえば良いのです。これを《他力本願》といいます」
「他力……本願……」
「わたくしもすでに《南無阿弥陀仏》と唱え、御仏から救いを受けた無罪の身。さあ!あなた様も《南無阿弥陀仏》と唱えなさい。そして私の縛りを解き放ちこの場からお救いなさい。そうしてニ人で別天地で極楽往生を果たそうではありませんか!」
「ち……がう」
「?……何を申しておるのです!早く手錠を解きなさい!」
「違うと思います!」
「何!仏の道を疑るのですか!」
「あなたの言っていることは仏の道ではないと思います」
「なんですと!仏道も知らぬ妖が何を言うか!」
「ええ。確かに私は仏教には詳しくありません。
でもあなたは……自己保身のために都合よく教えを捻じ曲げているだけ……」
「何を言うか!この妖が!無限地獄に落ちますぞ!」
「あなたは聖職者ではありません。只の犯罪者です!」
そしてカルミーナは法念を鋭い目で睨みつけた。
「死刑を執行します!」
それを見た法念は眼を見開いた。
「お止めなさい。あなたは更に《業》を重ねるおつもりか!まだ間に合う!さあ共に唱えましょう!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!」
しかしカルミ―ナは素早く法念に抱き着き頸動脈に牙を突き立てた。
「ぐあ!阿弥陀如来様!この妖を払い給え!魔障眼前雖有多!願力不思議摂持!」
必死にお経を唱える法念に構わず、カルミ―ナはしっかり牙を食い込ませて血液を吸い続ける。
「清浄歓喜智慧光、不断難思無称光…超日月光照塵刹………一切群生蒙光照…………」
徐々に法念の読経の声が小さくなっていく。
カルミ―ナは目をつぶり喉を鳴らし続ける。
「南…無……阿……弥………陀………………………」
法念はぐったりして静かになった。
カルミ―ナは首から唇を離すとゲップが出て慌てて唇に手を当てる。
そしてタプタプのお腹を苦しそうにさすりながら事切れた法念の顔を見た。
眼がカッと見開かれ、最後まで生に執着した表情であった。
カルミ―ナが帰宅の途についた時には22時を過ぎていた。
外灯が疎らな夜道を歩く。
彼女は暗い方が好きなのである。
途中児童公園があり、その一角に小さな観音堂がある。
彼女は不意に立ち止まり、お堂に向かって手を合わせ「南無阿弥陀仏」と唱えてみた。
お堂はシンと静まりかえっている。
(まあ……こんなもんでしょ)
彼女はフッと笑みを浮かべると、再び歩きだして夜の住宅街に消えて行った。
お堂の色褪せた観音像の顔は、オレンジ色の薄暗い外灯の光に照らされて優しく微笑んでいた。