【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み 作:haku728
春人との出会いは三年前に遡る。
カルミ―ナは老舗のレディ・ヴァンパイア・コンセプトカフェ『ロ―ズ・ブラッド』に看板娘の一人として勤務している。
泰造の知り合いの紹介で入店したのもその頃であった。
当時の彼女は接客に不慣れであった。
店長の『黒薔薇男爵』こと銀城 絢斗(ぎんじょうあやと)からいつもダメ出しを食らっていた。
銀城は常に黒の燕尾服に白の蝶ネクタイ、赤いバラの刺繍が入ったマントをまとっている。
その彼が、赤い目を見開き牙を剥いて言う。
『カル!君はリアルのヴァンパイアであることにあぐらをかいて、《ヴァンパイア》になることを怠っている!』
『え?仰る意味が……』
キョトンとする彼女。
『ふむ……お客様が来られた様だ。お出迎えしてみたまえ』
『分かりました!』
カルミ―ナは黒縁眼鏡に小太りでリュックを背負った男性客に元気一杯に挨拶した。
『ようこそいらっしゃいませ!接客を務めさせていただきますカルミーナです!よろしくお願い申し上げます!』
爽やかな笑顔をふりまくカルミーナ。
『え!あ……あうう……』
男性客は戸惑いながら後ずさりする。
『え!な、何故?』
半泣き顔のカルミーナ。
銀城は彼女の肩をポンとたたき『それではダメだ。黒羽君の接客をよく見たまえ』と言って、漆黒のロングヘアでゴシックホラーなドレスに身を固めた美女に目配せした。
彼女は妖しく笑うと男性客に近付き低い声でつぶやいた。
「あら!あなた…又来たのね。本当におバカさん。もう生きて帰れないのに……」
そう言って彼女は真っ赤なネイルの入った指で男性客を顎クイした。
『ハヒ―!!黒羽様!今日こそ僕のちんけな命を奪ってくださいまし―!』
そう言って男性客は至福の表情で悶絶した。
男性客の反応の違いに呆然とするカルミーナ。
『うっ……ふふ……』
笑いを噛み殺す様な声が聞こえる。
(まあ!ひどい!誰なの!)
カルミ―ナは眉間にしわを寄せて、笑い声のする方に視線を向けた。
(え!何!この……妖しいまでの子……)
彼女は魂を奪われたように立ち尽くした。
ゴシック彫刻に彩られた壁面に組み込まれた縦長の大鏡。
いつからそこに居たのであろうか、その横の壁にもたれた1人の少年が、右手の拳を唇に当てて笑いを噛み殺していた。
清滝 春人(きよたき はると) 17才
白い透き通る様な肌に、肩にかかるサラサラの黒髪。
上まぶたが重く、半分ほど縦長の瞳にかかっている。
その眼は一見眠そうにも見えるが、冷静さ、気だるさ、妖艶さを秘めている。
黒の学生服を詰襟もきちんと閉じて着用しているその姿は、清潔感というよりは何か小悪魔的な印象を与える。
(え……!に、人間?……まさか……同じ眷族?嘘、嘘、嘘!)
春人に魅入られ身動きできないカルミーナ。
『春人。駄目よ笑っては。カルちゃんはまだ店に入って間無しなんだから』
黒羽 冴子(くろばね さえこ)がたしなめる。
黒羽は源氏名である。
『ごめんなさい姉さん。少し可笑しくて』
それを聞いてカルミ―ナは目を丸くした。
『え!冴子さんの弟さんですか?』
『そうなの。バレエ教室の帰りに時々様子を見に来てくれるのよ』
(バレエ……て、踊る方のよね……)
カルミ―ナは息を飲んだ。
春人はそんな彼女の顔に静かに視線を向けた。
カルミ―ナはドキッとして頬を紅潮させた。
『カルミ―ナさん…でしたよね?』
『は、はい!』
『姉さんに、血液を提供してくれる契約者を募集してるって聞いたんだけど』
『はい。募集しています』
『どんな仕組みなんですか?』
『そ、それは……まず、書面にて契約登録して頂きます。最低3ヶ月以上の期間をおいてメールで採血のご案内を御送りしますので、その到着後2週間以内に最寄りの取扱医療機関にて御採血の上、クール宅急便にて発送いただきます。御代金につきましては後日銀行振込にて御支払い致します』
『へえ……それ、申し込み出来ますか?』
『え!な、何ですって?』
『僕も契約者になりたいんです』
『ほ、ほ、ほあ………!』
カルミ―ナは白目を向いて鼻血が垂れた。
その後の事はよく覚えていない。
震えながら《外来人外生物食用人血提供契約書》に署名と捺印をもらったあたりしか記憶がない。
それから1ヶ月後。
春人から最初の血液が届いた。
きちんとメッセージレターも添えられてあった。
『なんて丁寧な子なの!』
彼女はレターを読み、感動しながら開封して一口目を飲んだ。
その瞬間、海老反りして『アウゥ―』と絶叫した。
脳内には果てが見えなくなるまで一面に薔薇やルビ―、レッドダイヤモンドなどの宝石が広がった。
彼女は祖国でも、日本に来てからも多くの人々の血の恩恵に預かってきた。
しかしこれほどの美味はかつて経験がない。
(これは血ではない……何か別の美しく貴いものよ!)
彼女は瓶を両手で持つと空を見上げて落涙した。
『嗚呼!春人君……』
それ以来、春人の血液を飲む時は、カルミ―ナにとって特別な日となったのである。
「さあ!春人君!頂きます!」
彼女がワイングラスに口を付けようとしたその時である。
障子窓がコンコンと鳴った。
(ちょ!嘘!まさか!)
彼女は息を殺して様子を伺った。
又コンコンと鳴った。
「うふふ…いるんでしょ。窓を開けて」
障子の向こうから声がする。
(最悪だ!)
カルミ―ナは大きな嘆息を漏らすと、そのままちゃぶ台へ額を突っ伏した。