【元吸血鬼王女】死刑執行官カルミーナの悩み 作:haku728
日暮れと共に鋳物のカラスが乗った黒傘のナイトライトが点灯する。
そして十字架をかたどったステンドグラスの窓がはめ込まれた、古びた重厚な玄関ドアが開く。
ここはレディ・ヴァンパイア・コンセプトカフェ『ロ―ズ・ブラッド』。
――尖塔や尖ったアーチ窓
――薔薇をモチーフとしたステンドグラス
――蔦に覆われた石造りの重厚な外壁
オフィスビルやショップに囲まれている中で、ここだけが場違いな禍々しい空気に包まれている。
この建物は、現代の店長 《黒薔薇男爵 》こと銀城綾斗が、旧居留地で唯一残った異人館を買取り改装したものである。
『我が夢をここで実現させる!フハ!フハハ!フハハハハハ!』
彼はここで日本で唯一の女吸血鬼をモチーフとしたコンカフェをオープンさせた。
今から三十年前の話である。
それ以来徐々に評判を呼び、今では全国からゴシックホラーファンや吸血鬼マニアが集まる聖地となった。
今日も銀城はいつものように開館直前にヴァンパイアメイド達を集め、祭壇の上からマントの赤バラの裏地を見せつけて牙をむいた。
「さあ!美しく危険なレディー ヴァンパイアの諸君!今宵も愚かで惨めな人間どもに恐怖と絶望を与えてくれたまえ!」
メイドたちは胸に手を当てて「人間どもに甘美な死を!」と声を合わせて叫んだ。
にっこりと笑った銀城は、突如厳しい顔に豹変しカルミーナを睨んだ。
「カル!君は私と一緒に控室に来たまえ!」
(ひ!またお説教だわ!)
彼女は仕方無しに銀城の後ろにトボトボとついていく。
銀城は控室に入ると自分の専用席《黒薔薇男爵の椅子》に腰かけて足を組んだ。
カルミ―ナは肩をすくめながら銀城の前に立っている。
「君はこの店に来てから何年になる?」
「は、はい。三年と二ヶ月です……」
「ふむ……これを見たまえ」
銀城は懐から紙の束を出した。
「これは当店のお客様アンケートだ。君に対する苦情のコメントもいくつか貰っている。読んでみようか?」
「く、苦情ですか?」
「《諦めては駄目です!頑張りましょう!と一生懸命励まされた》《とっても素敵なお洋服ですね!とキラキラした目で褒められた》《お客様のお仕事は本当に大変ですね!と尊敬された》……言っておくが、これは全て興ざめしたお客様からの批判だからね」
「ええ!」
「いいかね。吸血鬼は人間を蔑んでいなければだめなのだ!」
「で、でも……」
「吸血鬼にとって人間は餌にすぎない!」
「そんな!」
「君は歌舞伎役者の女形を知っているかね?」
「いえ……詳しくは……」
「男性でありながら本物の女性よりも《女性らしさ》を演じることができる。君は《単に本物》であるだけだ!」
「う……ぐ……」
「君にはこの店のコンセプトをもっと理解してもらう必要があるようだ。これから業務終了後は黒羽君と一緒に接客ロールプレイングを行う」
「え!仕事が終わってからですか!?」
「そうだ。毎晩だ。分かったかね」
「うぐ……はい……」
がっくりと肩を落とすカルミ―ナ。
閉店後もみっちりと接客ロープレをさせられ、帰宅した時には夜空が白みかけていた。
彼女は部屋に入るなり黒スーツ姿のままベッドの上に倒れこんだ。
「『早く本物の吸血鬼になるんだ!』って何なのよ……わたしは本物よ!」
彼女のぼやきは止まらない。
(そうだ!お酒でも飲まなきゃやってられないわ……)
彼女はベッドから跳ね起きると解凍庫にダッシュした。
ちょうど1本だけ解凍済みの血液がある。
彼女はその中身を素早くマグカップに移すと、味の素をふりかけてからマドラ―で撹拌した。
最近は旨味成分を加えると味が激変することを知った彼女。
生き血を飲むにも添加物なしでは我慢出来ない体となっていた。
「さあ!仕上げよ!」
アルコール度数35度の焼酎甲類《純酔》を注いでかき混ぜた。
「出来たわよ―!頂きます!」
彼女は満面の笑顔でカップに口をつけようとした その時、ちゃぶ台の上に乗っている一通の封筒に気付いた。
『死刑執行業務案内在中』の文字が目に入る。
「きゃぁぁぁぁ!!」
カルミーナは床に海老反りになって痙攣した。
書面は執行日の1ヶ月前に届く。
そしてそれは、処刑までの苦難の断血の開始を意味していた。