買い物を済ませ、公園の屋台で新しく買った品を準備するさくらときなこ。
きなこは食器の木皿を井戸で洗い、さくらは魔導コンロに火を入れてみた。
ボンッという音と共に、一瞬で着火したコンロ。火力調整も自在で、これなら温度管理も容易だし、残りカスや煤がつかないのも嬉しい代物だった。
「わぁ、これは便利だなぁ。買ってよかったぁ」
日本ではカセットコンロなど当たり前にあり、キャンプ用のさらに便利なものも数多くあった。だが今この異世界で目の当たりにする文明の利器に、さくらはあらためて感動していた。
「これなら火を見守る手間を、別のことに回せるにゃ」
さらなる効率を求めるかのように言うきなこ。
「そうだね、こうやって仕事の能率が上がっていくんだね」
小さな産業革命の幕開けであった。
「うぉいうぉいうぉいうぉい」
下ごしらえと開店準備に勤しむさくらときなこのもとへ、突然声をかけてくる者がいた。
「はい?なんでしょうか?」
さくらが応対すると、そこに現れたのは三人組の大柄な男たちだった。ポケットに手を突っ込み、顔を歪め、足を小刻みに揺らしながら、三人揃ってこちらを下から上へとなめ回すように睨みつけてくる。
「『なんでしょうか』じゃねぇんだよなぁ。誰の許可でここで商売してやがる」
「えっと、ちゃんと保健所で営業許可をとってますよ」
「俺たちに許可をとったのかってきいてんの」
無茶苦茶な物言いに、さくらときなこは眉を八の字にして顔を見合わせた。
「ここでどうしても店をやりたいってんなら、アガリをよこしな」
「(さくら、『アガリ』ってなんだにゃ?)」
「(売上の一部を渡せ、ってことだよ)」
「(にゃに!?どういうことだにゃそれは!そんな義理、こいつらにあるはずないにゃ!)」
まったくもってヤクザじみた連中である。この場所を自分たちのシノギだとでも言いたいのだろう。
「あとで親分にここのことは伝えておく。早めに用意しとけよ」
「おい!ボクたちはちゃんと手続きをして商売を始めたんにゃ!お前らにとやかく言われる筋合いはないにゃ!」
「ちょっと、きなこ……」
どうやらきなこは我慢ならなかったようだ。
「なんだぁ?このチビネコ。おめぇはすっこんでろよ」
「我はネコではない!神聖なるまじゅ」
「うわははは!なんかほざいてやがるぜ、このチビネコ!」
「兄貴!こいつやっちまいましょうよ!」
「いやいや、こんなのつまんでポイよ」
きなこは『兄貴』と呼ばれた男に首根っこをつままれ、持ち上げられてブラブラとされてしまった。
「やめろ!やめるにゃ!」
必死に抵抗してパンチを繰り出すが、きなこの腕はヤクザに届かない。
「うわはははは!このチビネコ、生意気なこと言った罰だ!噴水に沈めてやんぜ!」
「あ……」
さくらは震えて声も出せず、ただきなこが連れ去られようとする様子を見て立ち尽くすばかり。
その間にも、きなこは怒りの表情でパンチやキックを繰り出すがやはり届かず、ヤクザたちの高笑いだけが響いていた。
「きな……父猫さん……母猫ちゃん……」
さくらの瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、胸に手を当てて叫ぶ。
「きな…………きなこぉおおぉおおお!!」
その絶叫は地面を震わせるほどの
「…………さくらぁあああ!!!」
その呼び声にきなこが応じた。
次の瞬間
きなこからまばゆい光が
『キュインキュインキュインキュキュキュキュキュキュイーン』
驚愕したヤクザが手を離すと、きなこは地面にシュタッと回転しながら着地した。
「シュワシュワシュワシュワシュワ……」
「え……?きなこ……?」
きなこの体がみるみる膨れ上がり、ついこの間まで世話になっていた父猫よりも大きく、そして
「う……うわああ!!」
ヤクザたちは尻餅をつき、足をガクガクと震わせる。後ろの子分たちは恐怖のあまり失禁してしまった。
「この犬畜生にも劣る賊が……!我とさくらに因縁をつけおって……ゆるさぬ!!」
きなこは前口上を響かせると、一閃、バンバンッと前足の二連撃を地面を叩きつける。
瞬時にヤクザたちは吹き飛び、ゴロゴロと転がった。
「おい、悪党ども!これ以上我らに危害を加えるならば、次は容赦せぬぞ!」
「ひぃい!もうしません!もう近寄りません!助けてくれぇ!」
「いや、やっぱり許さぬ!その腐った根性を叩き潰してやる!」
きなこは大きく前足を振りかぶり、振り下ろそうとしたその瞬間
「だめえ!」
さくらが前に立ちはだかった。
きなこは前足をピタリと止め、さくらを見下ろす。
「腐れ外道ども!こたびはさくらに免じて許してやる!二度と我らの前……いや、この公園に現れるでない!」
「ひぃい!す、すいませんでしたぁ!」
ヤクザたちは一目散に逃げ去っていった。
きなこはその背中を見届けると、徐々に巨体がしぼみ、やがていつもの姿に戻っていった。
「さくら!」
へたり込んでいたさくらに駆け寄るきなこ。さくらは涙を流しながらきなこを見つめる。
「えへへ……本当だ……護ってくれた……」
『さくらの護りとなり、良き理解者となるだろう』。
父猫の言葉を思い出しながら、さくらは泣き笑いの表情で強く胸を打たれていた。
こんなに頼もしく、力強く、優しい守り神が、すぐそばにいたのだと。
そして、さくらときなこはぎゅっと抱きしめ合い、互いの温もりを確かめながら、この絆が決して揺るがぬものだと深く心に刻むのだった。