異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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14 果報

 とある日の夕方、この日は紙芝居の上演はなく、子供たち数名とさくらお手製の『お手玉』で遊んでいた。

 はぎれの中にあずきを入れただけの簡単なものだが、これがまた手によく馴染む。投げやすく、受け取りやすい。しかも、しゃらしゃらと鳴る音と独特の手触りが、なんとも言えぬ心地よさを与えてくれるのだ。

 

 子供たちも楽しげに練習をしていて、さくらは子どもたちのためにお手玉講習を開いているような格好になっていた。

 

「みてみて、三つでできるようになったよ」

「すごいね、ほら」

「わぁ、四つは無理だよぅ」

 

 そのほかにも『けんけんぱ』や『なわとび』などで遊ぶ。身体を動かすことは、子供たちにとって健やかな成長に繋がる。

 こういったことは、さくらにとってはごく当たり前の行いであった。無償の愛、長い人生の中で育んできた大勢の家族や近所づきあい。そうした人々との繋がりこそが、彼女にとっての人生そのものでもあった。

 

 さくらはこうして自然と人々に馴染んでいった。屋台というのは少し自分の思い描いていた形とは違っていたが、それでも人との触れ合いや子供たちとの交流を楽しめることに喜びを感じ、「こういう形も悪くないな」と思い始めていた。

 

 

 

 また、とある日の夜。

 

 さくらたちはほとんど休みなく働いていて、「たまには休暇でもとって父猫のところに顔を出そうか」「温泉に入りたいね」と二人で語り合っていた、そんな安宿の夜のことだった。

 

「さくらちゃん、きなこちゃん、お客さんが来てるよ」

 宿屋の主人が部屋をノックして声をかけてきた。

 

「お客様ですか?もうお店はとっくに終えていますけど」

「いや、そういうのじゃないんだ。とにかく一階に降りてきておくれ」

 

 そう言い置いて主人はパタンと扉を閉め、足早に階下へ。直後、「すぐ来ますんで」と客に応対している声が聞こえた。

 

「誰だろう?私……たちに?」

「まあ、ひとまず行ってみるにゃ」

 

 二人はそう話し、部屋を後にした。

 

 トントンと階段を降りると、そこにいたのは以前、開業届で世話になった保健所の職員が男女二人。そして、その横に、もう一人の男が立っていた。

 

 ただでさえ保健所の二人も毅然とした風貌をしているのに、その男はさらに異質であった。なんとも言い表しがたい雰囲気、一言でいえば「ナイフのように尖った気配」を放つ男だった。

 

 思わず、さくらは身構える。ここのところ、人間関係はただならぬことばかりだったからだ。

 

「あ、あの……お呼びでしょうか?」

「はい、さくらさん。お寛ぎのところ、突然の訪問申し訳ございません」

 

 保健所の男性職員が一歩前に出て挨拶をする。女性は、以前応対してくれたあの人だった。

 

「いえ、大丈夫です。なにかございましたか?」

「ええ……ですがここではなんですので、場所を変えてもよろしいですか?」

 

 どうやら、かなり込み入った話らしい。その雰囲気をさくらもすぐに察した。

 

「こちらをお使いください」

 

 宿の主人が気を利かせ、一階の大きな食堂を兼ねた集会所に案内してくれた。ここなら多少の声も外に漏れない。皆、主人に一礼して中へと入った。

 

 席につき、改めて自己紹介が始まった。

 

「わたくしどもはご存知のとおり、保健所職員です」

「私は屋台で料理屋を営んでいます、さくらと申します」

「きなこですにゃ」

 

 名乗りが一巡すると、ただならぬ雰囲気の男がついに口を開いた。

 

「私はこういう者です」

 

 差し出された名刺には、こう記されていた。

 

 『センチュリオン王国 警視庁警部補 エリック・ヤング』

 

「「けけけけけけけいさつぅう!?」」

 

 さくらときなこは、その肩書きの重みに思わず目を飛び出させ、おろおろとした。屋台でなにか不手際が?衛生面で問題が?集団食中毒でも?それとも

 

 胸をざわつかせるさくら。

 

 しかし

 

「さくらさん、落ち着いてください。いきなり警察がおしかけて驚かせてしまいましたが、あなたはなにも悪いことはしていません。そこはご安心ください」

 

 エリックの声は穏やかではないが、先ほどまでの尖った雰囲気はやや和らいでいた。

 さくらときなこがほっとしかけたとき、さらに言葉が続いた。

 

「実は、ある人物からの依頼で参りました。まずは保健所の職員から」

 

 促され、女性職員が話し出す。

 

「はい。さくらさん、今回特別にとある建物について、店としての使用許可がおりました。おめでとうございます」

 

 思いも寄らぬ知らせに、さくらときなこは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

 

「……ご希望だった貸店舗ですよ。よかったですね」

 

 女性職員はさらりと告げる。だが

 

「あの……それはとても嬉しいんですが、たしかだいぶ順番待ちだったはずです。なぜ急に?あまりに唐突で、驚きを隠せません」

 

 さくらは胸の内を素直に口にした。少々の不平も滲む。なにせ、本当に一方的に押しつけられているようなものだからだ。

 

「ええ、それは私から説明します」

 

 エリックが言葉を引き継ぐ。

 

「今は詳しくは申し上げられませんが、とある『御仁』の配慮によって決まったのです」

 

 そこで口を閉ざす。余計なことは一切言わぬ男らしい。

 

「すみません、情報が不十分なところが多いのですが……いくつか質問してもよろしいですか?」

 

 どうぞ、とエリックが手で示す。

 

「まず、突然店舗が空くなんてことが本当にあるんですか?どなたかを無理やり追い出したとか……そんなことは?」

 

 さくらの疑念に、職員たちとエリックは「わかりますよ」という表情を見せた。

 

「大丈夫です。本当に空いていた建物です。ただ、少し変わった事情がありまして……それは後ほど」

 

 さくらはまだ腑に落ちないが、次の質問へ。

 

「その『とある人物』とはどなたなんでしょう?出来ればお会いしてお礼を申し上げたいのですが」

 

 エリックは静かに首を振る。

「それは今は申し上げられません」

 

 やはりか、という表情を見せて、さくらは納得する。

 

「最後の質問です。お家賃はどれくらいで、場所はどのあたりでしょうか? もし私にあまりにそぐわないところでしたら、お断りしようかと思って……」

 

 さくらは自分をよく知っている。身の丈に合わない贅沢は求めず、質素で堅実な暮らしを望む。

 

「申し上げにくいのですが……」

 

 エリックは一呼吸おいて告げた。

 

「さくらさん、今回あなたに『拒否権』はございません。どうかご容赦ください」

 

 さくらの顔が青ざめる。きなこは眉を八の字にして、さくらの腕をぎゅっと掴んだ。

 

「あ、あの……エリックさんの言い方が少々きつく聞こえるので、訂正させていただけますか?」

 

 慌てて保健所の男性が割って入る。

 

「さくらさん、ごめんなさいね。今は詳しく言えませんが、ある方が『どうしてもあの女性に店を持たせたい』と強く願われたのです。その方は、さくらさんの料理をとても気に入っておられる。どうかご理解ください」

 

 その言葉に、さくらときなこは少し安心する。とはいえ、『とある方』の正体はどうしても気になる。だが、今問い詰めても答えは返ってこないと、さくらはそう悟っていた。

 

「……わかりました。一晩、考えさせていただけますか? なるべく前向きな答えを出せればと思います」

 

 さくらがそう告げると、エリックと職員二人は「承知しました」と深々と頭を下げ、宿を後にした。

 

 

「……さくら、これはどういうことなのにゃ?」

「……わからない。でも……きっと悪いことじゃないと思うよ」

 

 『料理を気に入ってくれた』 その言葉が本当ならば、料理を通じて自分の思いが伝わっているのだ。これほどの冥利はない。

 

 さくらは目を細め、近い未来を思い描きながら、きなこと一緒に布団の中で眠れぬ夜を過ごすのだった。

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