異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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17 プレオープン

「…………」

「きなこ」

 

 さくらときなこは、引越しの荷物を運び入れる作業の真っ最中だった。鍵の引き渡しも済み、作業員やエリックたちもさくらの店から去った後のことだ。

 

「…………」

「きなこってば。ごめんってば」

 

 きなこは、先ほどの騒動でさくらが助けの手を差し伸べなかったことに腹を立て、ヘソを曲げている。黙り込んだまま、黙々と荷物を部屋の中へ運び込んでいた。

 

「…………」

「ごめんね、きなこ。もう、機嫌直してよ」

 

「ひどいにゃ。ボクがあんなに困っていたのに、なにもしてくれなかったにゃ」

「だって……可愛かったんだもん」

 

 さくらにとって、きなこが抱きしめられて愛されている姿はとても愛おしく、そして自分の大切な相棒があれほどまでに溺愛されることは、嬉しいことでもあった。

 

「ボクはうれしくないにゃ」

「だからごめんってば。許して」

 

 きなこはやはりずっと顔をそむけたまま。さくらはしょうがなくきなこの機嫌取りは諦め、厨房の確認をしてみることにした。

 

「……ちょっと試運転してみよっか」

 

 さくらは厨房の一部を使えるようにし、まずは試しに火を入れてみようと考える。

 

「……ボクは片付けしてるにゃ」

 

 一緒に食材を調達しに行こうと誘ってみたが、きなこの機嫌は容易には戻らない。仕方なく手分けをすることにして、さくらは王都のメインストリートにある、この国最大のスーパーマーケット『グランデ・マルシェ』へと向かった。開店と同時刻、街へ歩き出す。

 

 

 

 歩きながら、さくらは与えられた店の設備を思い返す。厨房にはコンロが四口、上下水道完備、換気扇まで備えられ、驚くほど近代的だった。魔導エネルギーで稼働する冷却システムによる保存庫もあり、ほぼ冷凍保存まで可能な冷蔵庫もある。

 

 外にあるエネルギー装置に一日一度、魔力を注いでもらうことで、湯沸かしやコンロだけでなく、灯り、冷蔵庫といった現代でいう電気の役割を果たす設備が稼働する。その魔力は日ごとに失われるため、魔導エネルギー専門店と契約を結ぶ必要がある。店舗の場合、月単位の包括契約を結ぶのが一般的で、毎日の使用量に関わらず一定額を支払う仕組みになっている。そして業者は、毎朝早くに各店舗を回って自動的に装置へ魔力を充填していくのだった。

 

 さくらはまず、エリックに教えられた魔導エネルギー取り扱い店に立ち寄り、契約を済ませる。

 

 それから『グランデ・マルシェ』でゆっくりと買い物を楽しみ、やがて酒屋の一角に気づいた。

 

「そっか、今度はお店だからお酒も出せるね。冷蔵庫もあるし」

 

 さくらは、地球で最期を迎える間際に抱いていた「居酒屋をやりたい」という小さな願いと悔いを思い出す。あの時果たせなかった夢を胸に、酒をメニューに加える決意をした。

 

 

 

「ただいま~」

「おかえりにゃ」

 

 きなこの機嫌はほんの少し和らいでいた。その声を聞いて、さくらは胸をなで下ろす。

 

「ねえきなこ。お酒もお客さんに出そうと思うんだけど、どうかな?」

「いいんじゃないかにゃ?」

「でも、酔っぱらって絡んだり、暴れる人もいると思って」

「その時はボクが守るから大丈夫にゃ」

 

 ——そうだ、きなこがいるんだよね。

 さくらは改めて心強さを感じた。

 

「さっき、魔導エネルギー商会の人が来たにゃ」

「あ、もう来てくれたんだ」

 

 さくらはさっそく厨房のコンロに火を入れてみる。ボンッという音とともに勢いよく点火した。火加減も自在で、これまで以上に高温調理が複数で可能だ。天井の灯りも冷蔵庫も稼働し、いよいよ開店の土台が整った。

 

 さくらは買ってきた食材を大きなバスケットや風呂敷から取り出す。

 

「おいしそうだにゃ」

「うん、やっぱり王都は違うね~」

 

 ブルーウッド地区で売られていたものと比べると、肉も野菜も果物も、さらには調味料や粉類に至るまで質が格段に違う。中には値段が一桁違うような高級品さえあった。

 

「料金も考えなきゃ」

「その分がんばんなきゃだにゃ」

 

 二人はすっかり仲直りし、これから店を盛り立てていこうと気持ちを確かめ合った。

 

 

 

 昼前。きなこがラードを作り、試しにとんかつを揚げてみる。さくらはごはんを炊き、野菜や果物の盛り合わせ、付け合わせのバリエーションを思案する。屋台とは違い、お盆に複数の皿を乗せて提供することができるので、メニューの幅が広がる。さらにメニュー表を冊子にするか、壁に札を掛けるか、紙にするか木札にするかなど、開店準備を着実に進めていった。

 

「こんにちは~……」

 

 そんな中、品のいい中年男性が扉を開けて入ってきた。

 

「あっ、ごめんなさい、まだお店を開けてないんですよ」

「そ、そうですよね。失礼しました……」

 

 申し訳なさそうに口を濁すと、男性はそのまま店を出ようとするので、さくらはその背中に投げかける。

 

「あ、あの!どうして入ってきてくださったんですか?」

「ええ、そこの換気扇から漂う、なんとも言えない美味しそうな香りに惹かれまして」

 

 昼時に揚げたとんかつの香りは、近隣一帯に絶大な宣伝効果をもたらしていた。気づけば、この男性だけでなく、周囲の住人たちまで店先に集まってきていた。

 

「開店はまだかしら?」

 

 口々にオープンを催促する人々。さくらときなこは目を合わせ、戸惑いながらもプレオープンを決意した。商売において『機会損失』は、最大の失客要因であり、再来率を下げる大きな原因にもなる。ここは欲を出さず、まず味を知ってもらおう。そう考え、集まった客に試食を振る舞うことにした。

 

「とてもおいしいわ」

「こりゃ、うめえうめえ」

「サクサクしておいしいね!」

「この『そおす』とやらも、なんとも味わい深いですなぁ」

 

 公園の屋台でやっていた頃と同じ反応に、さくらときなこは胸をなで下ろす。確かな手応えを感じた二人は、思わずハイタッチを交わしたのだった。

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