異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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23 マダムたちの黄昏

「最近一番街にオープンしたお店に行ってみた?」

「あら、どちらのお店かしら?まだ行ってないわ。あなたはもう行ってみたの?」

 

 王都・ミンチェスティにおける関心ごとは、とりわけ新しく開店するお店の話題が一番であった。このミンチェスティという街は、『大聖堂』を中心とした街並みと、その先に位置する小高い丘の上に鎮座するかのようにそびえ立つ王宮の宮殿を擁している。この王都は観光による収入が目覚ましく、現王政が善政を敷いていることも相まって、観光客が途絶えることがない。

 

 華々しさのある街の景観に加え、センチュリオン国民の民族性からくる親しみやすい人柄、そして商売が盛んで皆が活気のある雰囲気を醸し出している。

 

 そのような状況下、王政が推し進める『店舗拡大事業計画』という政策が、折しもさくらたちに絶好の契機をもたらしたのだ。そこからはとんとん拍子に話が進み、一番街への出店を果たすことができた。

 

 観光客のみならず、ミンチェスティ市民にとって、新しく開店する店はなによりの話題性であった。

 

 さくらたちの店舗『とんかつ さくら』は、ミンチェスティのメインストリート、一番街の最前列に位置し、極めて人々の視線を集めることとなっていた。

 

 

「私は行ってみたわよ。それはもう、すごく混んでいたんだから」

 

「へえ、すごい人気ね。オープンしたてなんでしょう?それで?お味のほうはどうだったの?」

 

「それが、とても不思議な食べ物だったのよ。お肉になにか粉をつけて油で熱するらしいの」

 

「うそ、そんなもの美味しいわけがないじゃない」

 

「あんた、食べてもいないうちからそんなこと言うもんじゃないわよ。なんというのかしら、サクサクとした食感で、中はジュワッとして、おいしさが口いっぱいに溢れ出てくるの」

 

「なぁにそれ……」

 

「そしてね、『ごはん』というものを一緒にいただくのだけど、それがふっくらとして温かく、それでいて、もちもちとした食感なのよ」

 

「やだぁ……」

 

「その『とんかつ』にかかっている『ソース』というのもまた美味しいの。野菜と果物とスパイスとハーブの、様々な風味が感じられるものなのよ」

 

「…………」

 

「なにより嬉しいのはね、サラダとフルーツが付け合わせとして出されるのだけど、女性客にはたくさん盛ってもらえるの。あんなに新鮮でシャキシャキした野菜と、甘いフルーツがついて銀貨2枚なのよ?」

 

「あなたはどうして私を誘ってくださらなかったの? 今から行きましょう?」

 

「よかった、行きましょう、ぜひ」

 

 

 

「いらっしゃいませ~」

 

 黄昏時のミンチェスティ、ディナーの客が本格的に入り始める前。婦人二人はいい時間に入店した。

 

「いらっしゃいませなのです。二名様でよろしいですか?」

 

 ニコニコと挨拶をするリゼロッテ。その奥にいるさくらも、にこやかに笑顔を向けた。

 

「ええ、そうですわ。テーブル席は空いているかしら?」

 

「はいなのです。こちらへどうぞなのです」

 

 客の希望通り、入り口から少し離れた、窓際席へと案内しようとする。

 

「あんた、なんだか若い娘とネコしかいないじゃない。大丈夫なの?この店」

 

「大丈夫よ。私も最初は驚いたけどね」

 

「ふぅん……」

 

 初めて来店した婦人は、少し不満げな表情を浮かべた。

 

「あっ、またいらしてくださったんですね。ありがとうございます」

 

 さくらは、満面の笑みを浮かべ、大汗をかきながら近くまできて会釈をする。

 

「あら、私のことを覚えていらっしゃるんですの?」

 

「ええ、覚えていますよ。またお会いできて嬉しいです」

 

「うふふ、私も嬉しいわ」

 

「ごゆっくりなさってくださいね」

 

 さくらはまたペコリとお辞儀をして、二人に笑顔を向け、元の作業に戻っていった。

 

 

「あーた、ちょっとどうしてあの娘に顔を覚えられているの? しかもあんなに笑っていて。あんなことをして、あの子に何の得があるというのかしら」

 

「あらあんた、そんなことを言うのね。素敵よあの娘の笑顔。そしてああして声をかけてくれるなんて、そう滅多にお目にかかれるものではないわ」

 

「それもそうだけど……街であっても声をかけてくるのかしら」

 

「私は悪い気はしないわ。むしろ、嬉しい」

 

「まぁ……そうよね……」

 

 二人がそんな会話をしていると、リゼロッテが注文をとりにきた。

 

「ご注文をお聞きしますのです。メニューのご説明をさせていただきましょうか?なのです」

 

「私はこの間と一緒の『ひれかつ』をお願いするわ」

 

「私も、この方と一緒でいいわ」

 

「かしこまりましたのです。ご飯は少なめ、かつも一枚少なめですが、サラダとフルーツを多めに盛りますのです。これが女性におすすめの『レディースセット』になりますのです。よろしいですか?」

 

「お願いするわ」

 

「では少々お待ちくださいませなのです」

 

 リゼロッテは笑顔で会釈し、二人のテーブルから立ち去っていった。

 

「あの娘も随分丁寧だわね。しかもこっちの好みも聞かずに勝手に『レディースセット』にしていったわ」

 

「いいじゃない。それこそが経験の賜物なのでしょう?女性はだいたい普通の量も食べられなくて残しますものね。でしたら野菜と果物をたくさん食べたいわ」

 

「まぁ……それもそうね……」

 

 まだ納得のいかない様子の婦人であった。そうしてまた二人で歓談していると、リゼロッテが数々の皿を載せた大きなお盆を、二つ運んできた。

 

「お待たせいたしましたのです。ヒレカツレディースセットになりますのです。かつは揚げたてでアツアツでございますのです。お気をつけて召し上がってくださいませなのです」

 

「ありがとう。いただくわ」

 

「これが……油で熱した例のやつね」

 

 二人はまずはサラダに手をつける。シャキッとしたみずみずしい野菜に、二人は思わず目を見開いた。

 

「こんな……なぜこんなにシャキッとしているの?しかも甘いわ。野菜が甘いなんて、信じられない」

 

「なにか特別な処理の仕方をしているんでしょうね。さ、かつを食べましょう?」

 

 そうしてメインのヒレカツに手を伸ばす。先ほどまでどうも納得のいかなかった婦人であったが、サクッとしたかつの食感と、肉から溢れ出る旨味の凝縮された肉汁に、思わず背筋を伸ばした。

 

「なによこれ。頭がぶっ飛びそうだわ」

 

「あんた面白い表現するのね。はしたないですわよ。でもわかるわ。こんな美味しいもの、初めてですわよね」

 

「ええ、美味しいわ。とても美味しい。そしてこの『ご飯』もふっくらとしていて、そして甘いわ。この『ソース』とご飯だけでもいただけてしまうわね」

 

「うふふ、気に入ったようね。よかったわ、あなたがそんな顔をするの、久しぶりに見るわよ」

 

「え?私ったら、どんな顔をしてますの?」

 

 そんなことを言いながら、二人の婦人はゆっくりとした時間のなか、とんかつを楽しむのだった。

 

 

 

「お会計は銀貨4枚になりますのです。ありがとうございましたなのです」

 

 二人は会計を済ませ、リゼロッテに謝辞を伝えた。その時、

 

「あっ、ありがとうございました!またよかったらいらしてください!」

 

 奥からさくらが飛び出してきた。前掛けで手を拭きながら、満面の笑顔で二人に駆け寄る。

 

「こちらこそ、素敵な食事をありがとう。また立ち寄らせてもらうわ」

 

 二度目の来店の婦人も、笑顔をさくらに返す。

 

 そして、もう一人の婦人も言った。

 

「私も、とても美味しい食事を楽しませてもらいました。ぜひ、我が家の家族にも伝えます。こちらはお酒も飲めますの?」

 

「は……はい!宴会も承りますので!ぜひ皆さんでいらしてください!上質なエールとハイボールをご用意しますので!」

 

 さくらは思いがけない客層を呼び込めて、思わず声を上ずらせた。

 

「わかったわ。ありがとう」

 

 二人の婦人は、さくらの笑顔につられたのか、にこやかに表情を綻ばせ、さくらの店を後にした。

 

 

 

「あなた、随分気に入ったようね」

 

「ええ、気に入ったわ。とても、気に入りました」

 

 先ほどまで不満げだった婦人は、ぐっと言葉に力を込めるのだった。

 

「ところで」

 

「なぁに?」

 

「『ハイボール』って、なにかしら?」

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