異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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25 旅人

 とある日のよく晴れた朝、いつものようにさくらときなこで店内を、外の掃除をフリーゼ、それぞれ三人で開店準備をしていた時のこと。

 

「きなこ様、お客様がお見えです」

 

 フリーゼが外の訪問者からのことづけを受け、きなこへと知らせた。

 

「にゃに?ボクに?さくらじゃなくて?」

「はい。きなこ様をお呼びです」

 

 フリーゼはうやうやしくお辞儀をし、きなことさくらは顔を見合わせてはてなマークを浮かべた。

 いったい誰が訪ねてきたのかと、きなこはさくらを伴って店の外へ出た。

 

 

 

「おねえちゃん」

「「うぇ?」」

 

 きなこのことを「おねえちゃん」と呼んだその“人物”は、タキシード姿にボルサリーノハット、そして真っ白な髪をした、気品の滲む長身の若い紳士であった。

 

「(きなこ、この方を知っているの?)」

「(しらないにゃ。どこの誰かもわからないにゃ)」

 

 二人はこそこそと、その男性に背を向けて話している。

 

「おねえちゃん、僕だよ。『キャット・シー』の家族だよ」

「「ええええ!!!???」」

 

 二人は目を大きく見開き、男性を凝視しながら驚愕した。

 

「ななななんでにゃ。なんで人間の姿なのにゃ」

「それは僕にも理解はできてないんだ。さくらさんとおねえちゃんが王都へ旅立った後、みんな離れ離れに巣立っていってね。他の兄弟の行方はわからないけど、僕はとある国の貴族様に拾われたんだよ」

 

 この男性——姿形は完全に人間だが、きなこと同じ“自称魔獣”の末裔である。

 そして次に続いた言葉に、さらに全員が息を呑むことになった。

 

「あの時、おねえちゃんがさくらさんに『名前』をもらって掲られた時に覚醒したでしょ。同じように、僕も名前をもらった時に、この姿になってしまったんだ」

 

 あの時の逸話を知っているのは、さくらと猫家族だけだ。

 間違いない。この男性は猫家族の一員だった。

 

「はぁ…………信じられないにゃ…………」

「そうだよね。ごめんね、驚かせてしまって」

「そそそれでなんでここがわかったのにゃ?」

「本当にたまたま知ったんだ。僕の今の家族と一緒に旅行に来ていてね。先日、遠くから見守っていたよ」

 

 確証を得るために、何度も店の前を通り過ぎ、店の中を覗いたという。

 さくらときなこが王都で何かをしている、という程度の情報しか掴めていなかったが、目星をつけ、ようやく当たりに行き着いたのだそうだ。

 

「おねえちゃん。会いたかったよ」

「……複雑だけど……ボクも会えて嬉しいにゃ。元気にしている姿を見れて安心したにゃ」

 

 男性は膝を折り、少し屈んで目線を合わせる。

 きなこはゆるりと、その腕の中に溶け込むように身を預けていった。

 

「きなこ…………」

 

 さくらの目には光るものがあった。

 さくらがこの地に落とされた時、最初に出会ったのがあの猫家族だった。その中の小さきものたちが、こうして立派な姿になって邂逅する様は、さくらにとって親に近い目線で見守るものがあるように感じられた。

 

 そうしていると、大きな雨粒が落ちてくるかのような音が聴こえてきた。

 

「わわ、雨が降ってきちゃったよ、きなこ。中に入ろう?」

「うん……って、雨なんか降ってないにゃ」

「ええ?おかしいな。じゃあこの音は……」

 

 と、さくらときなこが振り向くと、その先には——

 

「ううう……!なんといういたわりと家族愛……!このような大いなる感動と感激の瞬間に立ち会えた私は、いま非常に歓喜に満ち溢れ——」

 

 雨粒の音だと思っていたものは、フリーゼの大粒の涙であった。

 

 色々と混ざった感情のまま涙を流しながら何事かを呟いているフリーゼの肩を、さくらはそっと抱き、きなこと男性を店内へと招き入れた。

 

 

 

 

「僕の今の名前は『レオニウス・バーンスタイン』と申します。こちらセンチュリオン王国に付属する小国、『ベルガード王国』の国民になります」

 

「なるほど……フリーゼ様、レオニウスくんのおっしゃる『ベルガード王国』というのは……」

「うむ。我が国の属国である。ただ、『平和的に和平』に応じてくれた、今は大事な我が国の同盟国だ」

 

 フリーゼはさきほどの姿から一転し、王女らしい態度に戻ってレオニウスに向き合った。

 

「フリーゼ様……もしや、こちらの方はセンチュリオン王国のお姫さまでらっしゃいますか?」

 

 レオニウスは恐る恐る問いかけた。

 

「である。我が名は『フリーゼマジカルスウォーデン・センチュリオン』。誇り高きセンチュリオンの第一王女だ」

 

「ははっ」

 

 レオニウスは椅子から立ち上がり、最敬礼の所作をとる。その敬意を受け取りつつ、フリーゼはすぐにその堅苦しい態度を崩させた。

 

「恐れ多いことでございます。まさかこのようなところで働かれているとは」

「いろいろな経緯(いきさつ)があって、働いてもらっているの。素敵でしょ」

 

 さくらはにっこりと笑顔を向けた。その無邪気さにレオニウスは一瞬肝を冷やしたが、すぐに表情を柔らげた。

 

「いまの私は『ぼたん』である。どうか、かしこまらないでほしい」

 

 フリーゼは、今この場所では店の従業員であり、さくらに従属するアルバイトであることを強調するかのように、ここでの“偽名”をレオニウスに伝えた。

 

「ははっ。では『ぼたんちゃん』でよろしいですか?」

「うむ!」

 

 フリーゼは笑顔で満足げに頷いた。そして手のひらをすっと差し出し、兄弟水入らずで話すといいという無言の合図を送る。

 

 

 

 それから、きなことレオニウス、そしてさくらは少しだけ語り合った。

 さくらときなが王都に来る前、ブルーウッドで過ごしていた頃のことや、今は王家のサポートによってこの店と建物を借りていること。二人の現在の状況を、さくらはレオニウスに丁寧に話した。

 

 レオニウスも、あの森を離れてからはしばらく放浪していたという。場所や立場は違えど、お互いに似た道を歩んできたのかもしれない。

 

 このあと営業が始まることもあり、レオニウスはしばらく王都ミンチェスティに滞在するとのことで、夜にまた再会することを約束した。

 

 この日のランチタイムをこなし、夕方になってリゼロッテがやってきて、ディナータイムも相変わらず繁盛し、この日の営業も無事に終わった。

 しかし、終始どこか上の空だったきなこであった。

 

 そして、待つことしばらくすると、レオニウスがまた店にやってきた。

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