異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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 この日も最後のお客を送り出し、無事に一日の営業を終えた『とんかつ さくら』。

 いつもの通りいそいそと片付け作業に入る。さくらもリゼロッテも営業終了後のエールを心待ちにしているせいか、自然と無言になり、しかし手だけは目に見えて速い。もはや営業中よりも活気にあふれているのではないか、ときなこは思うのだった。

 

 そしてこの日はライテスイーボーン・センチュリオンが、とんかつさくらを訪れる予定になっていた。

 それと同時に、警視庁警部補のエリック・ヤングが店内に『魔導ベル』を設置してくれることになっていた。

 

『魔導ベル』とは、現代の電話のように通話こそできないが、モールス信号のようにトンツーで合図を伝えられる道具で、簡易的な意思疎通や在宅・不在の確認程度なら造作もない。ただし構造自体は単純だが、『魔力』という触媒を必要とするため、一定の専門知識と経済的余裕が要る。

 さくらたちは店舗に『魔導エネルギー』の設備を導入しているため、その点は問題ない。これで注文を受けたり、仕出し弁当の依頼を受けたり、宴会利用の予約などにも対応できる。

 

 何より、この設備を必要とする人物がいた。施設を提供した王家である。さくらたちも「いつでもどうぞ」とは言っていたが、ライテスとしても疲れ切った日に訪れるのは避けたい。その確認が楽になるのは大きかった。

 

 

 

「いやいや、いつもすまんのう」

 

「全然お気遣いなさらないでください。私たちもライテス様と一緒に乾杯できるのを楽しみにしていますから」

 

「はいなのです。わたくしも賑やかなのは、とても楽しいのです」

 

「さくらとリロは、ただ酒を飲みたいだけなのにゃ……」

 

「ホホホ、元気なのはよいことじゃのう」

 

 なんだかんだとライテスはとんかつを頬張り、酒をかっくらい、案外話好きな一面もある。朗らかな老爺であった。

 

 

「さくらさん、少し宜しいですか」

 

 エリックが魔導ベルの設置を終え、その説明のためにさくらを呼んだ。ついでにきなことリゼロッテも、エリックの講習を受けておく。

 

「なるほど、この小さいハンマーで合図を送るんですね」

 

「そうです。この合図の記号を覚えるのが少々厄介ですが、すぐに慣れると思いますよ」

 

「大丈夫です。こういったものは慣れていますので」

 

「はい?」

 

 しまった、とさくらは口を押さえた。咄嗟にこのわずかな空気をごまかそうと、魔導ベルに関する別の質問を投げる。エリックも特に気にした様子はなく、説明を続けた。

 

 一通りの説明と質疑応答が終わり、魔導ベルは問題なく使用できる状態となった。

 さくらたちは元の席へ戻り、再び宴の間に戻った。

 

 

 

「ところでさくらさん、そろそろメニューを増やしてもいいのではないのかの?」

 

「そうですね。いろいろ考えてはいるんですけど、なかなか良い食材に巡り会えなくて」

 

 いつも世話になっている食肉加工業者にも今使っている以外の食材はあるし、マーケットにも選択肢はある。

 しかしレギュラーメニューに加えるからには、安定して仕入れられなければならない。季節限定や短期間の特別メニューなども検討したが、むやみに数を増やして煩雑になるくらいなら、現状維持のほうが良いとさくらは考えていた。

 

「ワシの知り合いでな、一緒に釣りをする仲間がおるんじゃ。そいつがよう釣るでのう」

 

「へぇ、ライテス様、釣りをなさるんですか?」

 

「ワシはまったく釣れんのじゃが、その者はなぜかヒョイヒョイ釣りおる。ワシもあんなふうに釣れたら楽しいじゃろうて」

 

 ライテスはどこか遠い目をしながら、その釣り達者の人物を思い浮かべ、羨むような顔をした。

 

「ライテス様は落ち着いてらっしゃるので、たぶん釣れない場所でずっと待ってしまっているのではないかと思うのです」

 

 突然、会話にぐいっと割り込んだリゼロッテがそんな助言をした。

 

「むむ?釣りはじっと待つものじゃないのかの?」

 

「それじゃダメなのです。釣れない場所で待っていても、一生釣れないのです。お魚さんのいる場所へ移動しなくちゃダメなのです」

 

 リゼロッテの目は真剣だった。

 さくらは思わず感心する。

 

「……なるほど。釣りは気の短い者には向かないと思っておったが、逆じゃな」

 

「そうなのです。『ここは釣れない!』って思えるかたのほうが、よく釣れるのです」

 

「ふむ、では次はそうしてみよう。なかなか核心を突いたアドバイスじゃな」

 

「いえいえ、差し出がましくて申し訳ございませんなのです」

 

 リゼロッテはぺこりと頭を下げた。

 

「ところで、その釣りがお得意な方がどうかなさったのですか? ライテス様」

 

「おうそうじゃそうじゃ。その新しいメニューに『海産物』を取り入れてみてはどうかと思ったのじゃ」

 

 以前、王都の食肉加工業者との取引の際、たまに海産物が仕入れられると聞いたことがあった。しかし供給の不安定さから、その時は海産物を採用するのを断念した。またメニューを増やしたくないという思いもあり、すっかり忘れていた。その旨をさくらはライテスに伝えた。

 

「その釣り達者な者はな、実は漁師なんじゃ。まあ釣りが上手いのは当然じゃな」

 

「なるほど。ではその方から、いわゆる『海の幸』を仕入れることはできるんですか?」

 

「『海の幸』……良い響きじゃな。なかなか同じものを水揚げできない点を除けば、取引はできるぞい」

 

「かまいません。そろそろ『季節ものメニュー』を取り入れてみようかなぁと思っていたところだったので」

 

「おお、それは楽しみじゃのう。では次の休みの時にでも、その者のところへ一緒に行ってみようではないか」

 

「ぜひお願いします」

 

 こうしてライテスとさくらは、ライテスの趣味である釣りの漁場へ足を運ぶ約束を交わした。

 

「ところでリロちゃん」

 

「はい?なのです」

 

「釣りが好きなの?」

 

「あっ!いえっ!実はお父様と一緒に釣りをするのが好きなのです。お父様はほいほいとすぐに釣る場所を変えてしまうのです。ですが、とてもたくさん釣れる人なのです。わたくしは釣りの『しかけ』をつくるのが好きで、それでよくお父様に褒められますのです。ところで釣りというのは人類のもっとも古い狩りのひとつなのでして」

 

 急に饒舌になったリゼロッテの話を、延々と聞かされることになった皆の衆であった。

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