異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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38 違和感

「私も行きたかった」

 

 さくらたちが「とんかつ さくら」の定休日に『ドア・フィールド』へ行ったことを、フリーゼは翌朝になって知ったようだった。これ以上ないというほどの仏頂面で、さくらときなこと対面するフリーゼである。

 

「えっと……本来は、私ときなことライテス様の三人での予定だったので、フリーゼ様にはお伝えしていなくて」

「ズルい。お祖父様だけじゃなくてリロちゃんまで。しかもクラスの生徒全員に、担任教師まで?しかも社会科見学?それに私は『ぼたんちゃん』であり……」

 

 それからというもの、フリーゼは文句を言い続けていた。さくらときなこが必死に宥め続け、気づけば昼のランチ開店時間を迎えていたとか、いなかったとか。

 

 

 

「今日から新しいメニューを取り入れます」

 

 開店三十分前、いつもの朝礼の時間に、さくらはフリーゼへそう伝えた。

 

「うん。昨日仕入れてきたものか。どれ」

 

 フリーゼは早速、試食品を口に運んだ。その反応を見て、さくらときなこは胸を撫で下ろす。どうやら予想通りの出来だったようだ。

 

「これは実に絶品だ。それにしても元の形がこれほど気味の悪いものだとは」

 

 フリーゼは率直な感想とともに、新しい食材の変化を改めて確認する。

 

 メニューの種類は、いつものとんかつ二種類にメンチカツ、さらに新たに『エビフライ』『アジフライ』『白身フライ』、それらを組み合わせた『ミックスフライ』『シーフードフライ』『全部乗せ』と、実に豊富な献立となった。弁当の内容にも、それらは反映されている。

 

「でも、これだけ多いとお客様が迷ってしまう」

 

 フリーゼの素朴な感想は核心を突いていた。飲食店において、多彩なメニューは確かに魅力であるが、その分、選択に迷いが生じる。何が何だかわからないまま注文し、結局、食べたものの印象が薄れてしまうこともある。時には、引き算が必要になる場面もあるのだ。

 

「そうですね……試しに今日のランチはミックスフライのみにしてみましょうか」

「それがいいにゃ。仕事の合間に来ている人もいるから、それなら迷わずささっと食べられるにゃ」

「お値段もちょっとだけ割引しちゃおっか。作る手間が減るから実質同じだよ」

「それは良い。さらにお得感があがる」

 

 こうして意見を交わし、ああでもないこうでもないと話し合いながら、より良い形を目指す。相手を尊重し、互いの意見をぶつけ合いながらも、正解や進化を探っていく。こういった肯定的な会議が商売において一番大事である。

 

「では、これを今日のランチから、実験的に取り入れてみたいと思います!」

「おー!」

 

 掛け声とともに、いよいよランチタイムが始まった。さくらは、漠然とした何かを感じてはいたものの、それを除けば、普段通りの滑り出しだった。

 

 

 

「では、今日のアルバイトも楽しかった。また明日来させてもらう」

 

「お疲れ様でした、フリーゼ様」

 

 フリーゼはまたもや、「自分はぼたんだ」だの何だのと独り言を呟きながら、王都を貫く真っ直ぐな往来、二等辺三角形の頂点へと、颯爽と消えていった。

 

「ふぅ……きなこもお疲れ様」

「にゃ。ディナーまで軽く仕込みをしておくにゃ」

 

 二人は、ほんの短い休憩を挟んだだけで、すぐにディナーへ向けた準備に取りかかる。もはや日常となった作業であり、同じルーティンを繰り返すことにも、特別な疲労感はなかった。

 

 けれど、この日はほんの少しだけ違っていた。ごく微細な違和感。さくらは空気の流れにわずかな変化を感じ取っていた。

 

 それが何なのかまでは、この時点でははっきりしない。生来の「まあいっか」という性格もあり、さくらは深く考え込むことなく、そのまま一日を過ごしていたのだった。

 

 

 

 夕方になると、リゼロッテが店に到着し、ディナータイムの開店準備が始まる。三人で支度を進めながら、この日も和気藹々と会話を交わしつつ、食材の仕込みをしたり、きなことリゼロッテが弁当を詰めたりしていた。リゼロッテは学園での出来事や、家族の話を楽しげに語る。

 

 外では、すでに開店準備中の札がひっくり返され、暖簾が出されるのを待つ常連客が列を作っていた。予約していた家族分の弁当を受け取りに来た婦人には、今日は少し変わった内容のメニューであることを説明した。

 

「今日はちょっと新しいメニューが入ってるにゃ。その代わり少し安くさせてもらってるにゃ」

「あらそうなの?得したわ。なにがはいってるのかしら?」

「それは帰ってからのお楽しみにゃ」

 

 婦人は控えめながらも嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 夜が深まる少し前には、予約の入っていた宴会客が来店する。宴会への対応も徐々に慣れてきており、料理や酒の提供も以前より手際よくなっていた。座敷は特に好評で、これまでは来店が難しかった赤ん坊連れの姿も見られるようになっている。座敷であれば転げ落ちる心配もなく、さまざまな客層に対応できるようになったのだ。

 

 忙しいディナーを終え、恒例となった仕事終わりの乾杯を、さくらとリゼロッテは楽しんでいた。きなこは「海鮮系の揚げ物の油を研究したい」と言い、一人で調理場に残っている。

 

 そういった時のきなこは驚くほど集中しており、その時間は彼女にとって心地よいものらしい。むしろ、誰もいないほうが良いのだという。さくらとリゼロッテは、少し後ろめたさを覚えながらも、きなこの言葉に甘え、二人で二階に上がり、いつものようにエールを片手に女子会トークに花を咲かせていた。

 

 しかし。

 

 やはり、この違和感は何なのだろうかと、さくらは考えていた。特別な変化があったわけではない。日々が少しずつ変わっていくのは自然なことであり、それは成長でもあり、進化でもある。人は出会いと別れを繰り返しながら、日常を積み重ねていくものだ。

 

 その日常が、「そこにあるべきもの」だと感じる一方で、「あまりあってほしくない」と思う気持ちも、さくらの中には確かに存在していた。

 

 今日という一日を振り返ってみる。そこに残るのは、やはりわずかな違和感と、それを深く気にしない自分本来の性質だけだった。

 

 これが何を意味するのかを、さくらはまだ知る由もなかったのだった。

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