異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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55 名誉

——「我らはかつて一つであった!それはセンチュリオンの民として!ひいてはダルテニアの民として!我らは一つの栄光であり、我らはただ一つの神聖(しんせい)なる神の民であった!」——

 

 世間は日曜日。夏の香りを(かす)かに感じさせるような風が頬を()でるこの日、多くの人がここセンチュリオンの王都ミンチェスティ大聖堂周辺に集まり、まるでパレードでも催されているかのような(にぎ)わいを見せていた。センチュリオン国民だけでなく、同盟国のベルガード王国や周辺の小国からも数多くの旅人が訪れ、この大聖堂前の広場では屋台や大道芸なども出店されている。

 

——「今やセンチュリオンは腑抜(ふぬ)けだ!まるで骨を抜かれた魚のような腰砕(こしくだ)けだ!今こうしている間にもロシェリアは!そしてベルガードも!虎視眈々(こしたんたん)と力を強めているというのに、現王政はなにをしているのか!」——

 

 さくらたちの店はここミンチェスティの一番街にあり、大聖堂を中心とした放射状の街路の先頭に位置している。そのため否応(いやおう)なく目に入り、当然のように評判が評判を呼んでいた。そのほかにも甘味屋(かんみや)や宝石店など、王都らしい店が立ち並び、旅行者は物珍しさから土産物(みやげもの)を買い求める。その結果、センチュリオンの財政(ざいせい)は潤い、さらなる発展をこれから見せていこうとしていた。

 

——「ああ、前々王は正しかった!ああ、前々王は勇ましかった!私たちレンジャーを名誉ある存在としてくれていた!未来を見ていた!このセンチュリオンの未来を!そしてダルテニアの未来を!」——

 

 停戦から数十年経った今も、センチュリオン国民の傷はまだ完全には()えていなかった。パルデスブレイディオ・センチュリオンが前王ライテスイーボーン・センチュリオンから生前譲位(せいぜんじょうい)されて以降、その傷をどうにか(しず)めようと、この大聖堂が建立(こんりゅう)され、国民の溜飲(りゅういん)を下げるためにブルーウッド王立公園が造設された。

 

——「見よ!この民衆の苦々(にがにが)しい笑顔を!真実の愛はどこだ!本当の喜びはいずこだ!今まさに、大いなる巨人を復活せしめんとする、強大な力を感じるからだ!」——

 

 パルデスは傾聴力(けいちょうりょく)のある人間だった。王の座に相応しく、落ち着きがあり、柔軟であり、それでいて厳格さと慎重さを併せ持ち、その資質は今のセンチュリオンの善政(ぜんせい)に映し出されていた。王としてまず着手したのが「目安箱(めやすばこ)」の設置であった。民の声を聞き、その意見に目を通す姿勢は国民に安心感を与え、良いものは積極的に取り入れられた。たとえ形式的なポーズのような側面があったとしても、実際に反映させる能力は決して低く評価されてはいなかった。

 

——「私たち国民は!いまこうして平和を享受(きょうじゅ)している!しかし!本当の明日がやってくるのは誰にだ!ここにいる皆か!いや、違う!戦う者こそが!明日を掴み取る権利を持つのだ!」——

 

 フリーゼマジカルスウォーデン・センチュリオンが生まれ、五歳になる頃、ライテスからパルデスへの譲位は行われた。パルデス自身も身辺が落ち着き、ようやく本腰(ほんごし)を入れた政治に乗り出せる節目を迎えた。隣国や同盟国との交渉、紛争(ふんそう)地域への軍事対応、内政への外部識者の登用(とうよう)などを進め、財務面でも改革を試みた。

 

——「センチュリオンは列強(れっきょう)の中では弱小であった!だが前々王は数々の小国を取り込み、帝国を成した!政変に成功したライテスは飾りの帝王だ!そして現王はただの政治屋にすぎない!こんな繁栄(はんえい)など、もはや虚飾(きょしょく)だ!」——

 

 その結果、センチュリオンは大きな成長を遂げた。ようやく訪れた平和に人々はパルデスを歓迎した。戦争の傷が深い者には手厚い保護制度が整えられ、次世代を産み育てる者には多大な給付が与えられた。店を出したい者には三年間の家賃を無償化し、さらには仕入れの斡旋(あっせん)まで行われた。

 

——「我々のなすべきことは何だ!それは!帝国の復活である!ロシェリアなど取るに足らぬ!今こそ!センチュリオンの誇りを!情熱を!そして武力を!見せつけてやるのだ!」——

 

 そして、パルデスの最大の功績(こうせき)は高等教育だった。もともと軍事思想の強かった一部機関を除き、学力の向上に力を注いだ。また魔法科学そのものの根底を見直し、人々の役に立つよう平和利用へと転換した。その結果、国民の識字率(しきじりつ)は向上し、基礎学力も底上げされた。魔導の力や歴史を学ぼうとする者も増えていった。

 

——「立ち上がれ帝国よ!センチュリオンよ!ダルテニアンよ!我々がダルテニアを支配するのだ!」——

 

 歴史とは歪曲(わいきょく)と戦う宿命にある。必ずしも文献(ぶんけん)に記されるものがすべて正しいとは限らない。書き手次第で誇張することもできれば、過小に描くこともできる。起きた出来事を無かったことにするなど、それこそ容易い。

 

——「永久(とわ)に!八千代(やちよ)に!今こそ神の(ごと)き強大なセンチュリオン帝国を復活させよ!」——

 

 元軍人たちはここ大聖堂広場の片隅(かたすみ)に立ち、その声を今日も響かせている。杖をつき、四肢(しし)の一部を欠損(けっそん)しながらも、勇敢(ゆうかん)に、(おごそ)かに、人々の前に立ち続けていた。

 

 

 

 

 僕はまたここ、「とんかつ さくら」を訪れていた。それほど来るつもりはなかったはずなのに、なぜか足が向いてしまった。あのどこか深く重なる輪を感じさせる女性と、(けもの)でありながら料理を担当しているネコがいる、不思議な店だ。

 店に入ると白銀の髪の女性がカウンターへと僕を案内した。以前は母と一緒だったため居心地のいいテーブル席だったが、この休日のランチタイムに一人客ではそれは(かな)わなかったようだ。仕方なくカウンター席に腰を下ろしたが、思いのほか居心地はよく、料理もすぐに提供された。やはりここの料理は他と比べても群を抜いている。少々の工夫で辿り着ける味ではないし、この金額で再現できるものでもないだろう。

 

 

 以前と同じように、食後に僕はアイスティーを注文した。冷たい紅茶はやはり美味しく、今回はさらに酸味のある果物の汁が滲み出ていて、なんとも言えない清涼感に満たされた。

 

 

「またいらしてくれたんですね」

 

 

 店主の女性は相変わらずくったくのない笑顔で僕に話しかけてきた。二度目の訪問で、しかも少し間が空いているにも関わらず僕の顔を覚えているという確信を得たその表情。それが特殊な訓練によるものなのか、この人独特の能力なのかは分からない。ただ、僕にとって少々都合の悪い能力であることは間違いなかった。

 

 

「ええ、またこの料理をいただきたいと思いまして」

 

 

 僕も微笑み返した。この程度のやり取りはお手のものだ。エカチェリアにさんざん指導され、特訓を受けてきた。このような対人スキルは持っていて損はない。ある程度は身につけておくべきものだと、僕自身も感じていた。

 

 

「そうなんですね。お母様もお元気でいらっしゃいますか?」

 

 

 ここまで来るともはや恐ろしい。この女性には、なにか神がかり的なものでも宿っているのだろうか。逆に問いたくなる。なぜ、ここまで分かるのか。コツでもあるのだろうか。いや、おそらくそんなものではなく、この食堂の店主という立場を活かした何かがあるのだろう。毎日訪れる客はもちろん、僕のように特徴の多い風体(ふうてい)は記憶に残りやすいのかもしれない。

 

 

「はい。今回は母も妻もいませんが、二人とも元気にしておりますよ」

「わわ、奥様がいらっしゃるんですか?お若いのに、すごいですね」

 

 

 しまった。うっかりエカチェリアのことを口にしてしまった。もっとも、ここセンチュリオンやベルガードでは、早くに世帯を持つことは珍しくない。政略的(せりゃくてき)婚姻(こんいん)など、そこかしこで見られる話題でもある。

 

 

「そうなんですよ。実は僕、婿(むこ)として養子に入ったんです」

「それはそれは……どうか幸せなご家庭を築けるよう、願っていますね」

「ありがとうございます。では、お会計を……」

 

 

 そうして二、三言ほど言葉を交わし、僕は店を出た。ふう、実に美味い料理だった。しかし、いつまでもゆっくりしてはいられない。

 

 

 

 

 僕はシルクハットを深く(かぶ)り、ここ王都ミンチェスティにある古い図書館へと向かった。

 (えり)を立て、ステッキを(かま)えて歩き出したその時、僕のそばを通り過ぎた二人の男子学生が、なにやら奇怪(きかい)な物体に乗りながら颯爽(さっそう)と僕の目の前を横切っていった。なんだ、あれは。知的好奇心(ちてきこうきしん)を強く刺激された僕は、すぐにその二人を追いかけた。しかし彼らはぐんぐんと速度を上げ、王都のメインストリートを駆け抜けていくものだから、ついに僕はその姿を見失ってしまった。

 

 なんてことだ。これはどうしても、あの二人から話を聞きたい。問い詰めたい。あんなもの、魔法以外にあり得ない。息を切らした僕は心臓が破裂しそうになりながらも、へとへとになった脚の筋肉をどうにか奮い立たせ、二人が向かったであろう方向へと歩き出した。しかし、とうとう彼らを見つけることはできなかった。

 

 僕は諦め、当初の予定どおり図書館へと向かった。しかし頭の中は、もはやあの二人が乗っていた物体に支配されていた。なにをどうしても、その『影』は霧散(むさん)しなかった。

 

 その後、図書館にて当初調べ物をしようとしていた内容などすっかり忘れ、頭の隅に残るあの物体を絵に描き起こし、その動く力学を想像できる範囲で書き出していった。何度も試行錯誤(しこうさくご)を重ね、想像図が完成した頃にはとっくに日が暮れ、帰り支度をする人々が図書館の出口にひしめき合っていた。

 

 僕も帰りの馬車の時間が差し迫っていたため、仕方なく図書館を後にした。

 図書館での学習以上に、今日は思わぬ収穫があった。これをアレクセル(きょう)に見せたら、どんな反応を示すだろうか。きっとひっくり返って驚くことだろう。

 

 僕の(かかと)は弾んだ。そして暮れゆく夕日に向かって馬車は転がり出した。

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