異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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57 バレル・エクスプロージョン

 ピカーン!

 

 転がりゆく樽に手が届かなかったさくらときなこ。二人が手のひらを樽にむけてかざした瞬間だった。

 

 ボカーン!

 

「わぁっ!」

「にゃあ!」

「どわぁ!」

 

 さくらときなこ、そしてフリーゼはその爆発から咄嗟に顔を背け、どうにか爆風をやり過ごした。樽は激しく粉砕され、周囲の岩石地帯を一気に吹き飛ばしてしまった。

 

「な、なにが起きたんじゃあ!」

「さくらさん!無事ですか!」

 

 ライテスはその光景を呆然と見守りつつも、その目を輝かせていた。エリックはすぐさまさくらの身を案じ、そばに駆け寄る。

 

 激しい土煙(つちけむり)が上がり、風が砂埃を舞い上げたあと、爆発の起きたあたりがようやくその姿を露わにし始めていた。

 

「こ……これは一体、どういうことだ……」

 

 魔導教育長のロベルトも眼鏡をくいっと押し上げ、目を見開いている。今ここで起きた超常現象に、彼もまたライテスと同じように知的好奇心で目を輝かせた。

 

「おい! じっさんが気絶しちまったぞ!」

 

 ジェイムズが声を張り上げた。どうやらバレットは先ほどの衝撃波(しょうげきは)に当てられ、気を失ってしまったようだ。

 

 ようやく視界が晴れてきた地面を、さくらときなこはじっと見つめていた。そのあまりに冷静な(たたず)まいに、フリーゼすらも驚きを隠せずにいた。

 

「さくらちゃん……きなこ様……これはいったい……」

「……フリーゼ様、あちらをご覧になってください」

「な……何を……? はっ!」

 

 さくらが指さした方向をフリーゼが仰ぎ見ると、そこには湯気を立てながら、大量のお湯が勢いよく噴き出していた。

 

「さくらちゃん! あれは何なのだ!」

「温泉です」

「お……ん……? 何だそれは?」

 

 こんこんと湧き出すお湯を、皆は一様に口を開けたまま眺めていた。永遠に続くかのような沈黙の後、さくらときなこはその場所を目指して駆け出した。

 

「あ!さくらちゃん!」

「さくらさん!危ないですよ!」

 

 フリーゼとエリックが心配そうに声をかけた。

 しかし、さくらときなこは慣れた足取りで山の尾根を降りていき、お湯の吹き出した地点へと辿り着いた。後を追いかけてきたフリーゼとエリックも、さくらの隣に並び立つ。

 

 

「さくらちゃん……説明してほしい。このお湯は何なのだ」

「これは『温泉』といいまして、体にとても良いお湯なんですよ」

 

 さくらは手でお湯をすくい上げ、満面の笑みで答えた。

 

「温泉……古い本で読んだことがあります」

 

 エリックもさくらの笑顔には驚きつつ、自然に湧き出すお湯に視線を落とした。

 

「私もそこまで詳しく説明はできないんですけど」

 

 そこへロベルトもようやく降りてきた。どうにかライテスも一緒についてきたようだった。

 

「地下にあるたくさんの成分を取り込んで、地上に湧き出すんです。これを適温にしてから体を浸すと、身体にとてもいいんですよ」

 

「なるほど……。しかしこのままでは熱すぎて、とてもではないが風呂にはできそうにないな」

 

 さくらの説明を聞き、フリーゼは状況を理解したようだった。フリーゼの手は敏感なのか、溜まり始めた湯にそっと触れてみるものの、すぐに引っ込めてしまう。

 

「お湯をぬるくする方法はいくつかありますけど、お水で薄めてはせっかくの温泉の効能が薄れてしまいます。ですから、ここは後でバレットさんにお願いしましょう」

 

 さくらはまた何か新しい装置を作ってもらおうと、バレットに依頼するつもりのようだった。

 

「これは延々と湧き出るものなのですか?」

「そうですね。枯渇したという話はあまり聞いたことがありません。きっと大丈夫です」

 

 エリックの質問に、さくらは記憶を辿りながら答え、親指を立ててみせた。

 

「まあ、でもここを開拓しなきゃならないにゃ」

「そうじゃの。まずはこの辺りを綺麗に整えねばならんのう」

 

「ライテス様、ご許可をいただけるのであれば、私めがこのあたりの地質調査をいたしますが、よろしいでしょうか?」

 

 ロベルトはライテスに調査の申し出をした。ライテスもそれを承諾し、後で正式に認可を下すと約束した。

 

「この土地を『温泉地』にしましょう! たくさんの人を呼べるようになりますよ!」

 

 さくらは元気いっぱいに提案した。温泉地として、あるいは旅の途中の療養所や保養施設として。様々な目的の施設を作ることができれば、大きな経済効果も見込める。観光資源や名産品も生まれるはずだ。

 

「うむ。これからが楽しみじゃわい」

 

 ライテスもすっかり乗り気だった。さっそく帰ったら計画を立てようと、胸を躍らせている。

 

 

「ところで」

 

 ロベルトが眼鏡を光らせ、さくらの元へ顔を近づけた。

 

「は、はい?」

「あの『大きな衝撃』は何だったのでしょうか?」

 

 先ほど起きた、樽が爆発した現象。具体的にどのような術を使ったのか、という問いだ。

 

「……わかりません……」

「本当にわからないのですか?」

「本当にわかりません。何だったのでしょうか」

「きなこさんもですか?」

「にゃ、にゃんでボクが? わかるわけないにゃ」

 

「ふむ……」

 

 しばらくの間、ロベルトは考え込んだ。(あご)に手をやり、その辺りをうろうろと歩き回る。

 

「そうじゃな。びっくりしたのう。あれは一体何だったのじゃ?」

 

「いにしえの戦闘魔法に『エクスプロージョン』という言葉があったことを記憶しております。その現象に似ているかと思うのですが」

 

 エリックがそう補足すると、さくらもそれに対して頷いた。

 

「ええ、確かにあれは『エクスプロージョン』ですね。しかし、なぜ今この場所で、古代戦闘魔法の現象であるエクスプロージョンが起きるのですか? ええ、私には少々理解が及びませんね、はい。さくらさん、きなこさん。あなたたちの『共鳴』は、一体他にどんな効果を生み出せるのですか?」

 

 ロベルトにそうまくし立てられ、さくらときなこは思わずたじろいでしまう。

 

「そんなこと言われても……本当に私、何もわからなくて……」

 

「ロベルトさん、今さくらさんを責め立てても仕方がありません。いい加減にしませんか」

 

 さすがにエリックも見過ごせなかったようだ。さくらの前に立ち、詰め寄るロベルトとの間に割って入って彼女を守った。

 

「エリックさん……」

 

「そうじゃな、今はあれこれ考えていても始まらんじゃろう。帰ってからゆっくり考えても遅くはないぞい」

 

「はっ……申し訳ございません、さくらさん、きなこさん。少々、取り乱してしまいました。お許しください」

 

 ロベルトはその場に(ひざまず)き、二人に平伏した。

 

「いえいえ! そんな、私たちもわからないことだらけですけど、気になるお気持ちは痛いほどわかりますから」

 

「そうだにゃ。ボクたちも知らないことがあるから、ちゃんと調べなきゃいけないこともあるんだにゃ」

 

 さくらときなこはロベルトの腕を掴み、どうにかその体を起こしてあげた。これから自分たちに何ができるのかという不安もあったが、それ以上に、目の前で起きている不思議な出来事をどこか楽しんでいる節もあった。

 

「ささ、ワシを上にあげてくれい。ジェイムズとバレットも待っておるぞい」

 

 こうして一行は再び荷車を押し、ライテスの友人の家を目指して歩き出した。

 

 

 

「……何があったんだ」

 

 ようやく目を覚ましたバレットが、起き抜けに頭の上の星を回しながら呟いた。

 

「簡単に言うと爆発が起きてお湯が出たらしいぜ」

 

 ジェイムズが極めて端的に答える。樽を一つ失ったため、さくらたちは荷車を一台森の中に隠し、帰りに拾っていくことにした。今はジェイムズが引く荷車に、バレットとさくら、そしてきなこが乗っている。

 

「ジェイムズの説明じゃさっぱりわかんねえな。おいさくら、ちゃんと教えてくれ」

 

「つまりは、かくかくしかじかなんですけど……ひとまず帰ったらみんなで会議をしよう、ということになりました。バレットさんにはまた一仕事、お願いすることになりそうですよ」

 

 さくらは事の経緯や、今後発生するであろう仕事の内容についても簡単に説明を加えた。

 

「なるほどな、わかったぜ。俺にできることなら何でもやってやる。だがよ、さくら。おめえ、あのエクスプロージョンについては本当になんにもわかんねえんだな?」

 

「はい、私自身が知りたいくらいです。ね、きなこ」

「にゃ」

 

「俺の予想だがな、ウイスキーの謎がそこにあるんじゃねえかな、と思ったわけよ」

 

 バレットのその言葉に、ジェイムズと、少し先で荷車を押すロベルトも振り返った。この二人も、今回の顛末で薄々それを感じていたのだろう。言葉こそ発しなかったが、口を一文字に結び、少し伏せ目がちになった二人の表情は、雄弁に何かを語っていた。

 

「ま、何にしても俺の工場に戻ってからだな。今はライテス爺さんのダチのところまで急ごうぜ」

 

 バレットはそう言うと、荷車の上で寝転がり、またコロリと眠りについた。

 

 さくらはグラン・パレスの少し熱を帯びた風に髪をなびかせ、ほんの少し先の未来に思いを馳せるのだった。

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