異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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6 災い転じて

 難なく王都ミンチェスティのブルーウッド地区へ入場できたさくらときなこは、そのままの足で事前に調べておいた『ブルーウッド保健所』へ向かっていった。

 

 歩く道すがら、多くの店舗の合間には、そこかしこに屋台が並んでいる。

 

「そこの猫を連れたねえちゃん、焼き鳥はどうだい?」

「エールはいかがですか~。美味しいスカッシュもありますよ~」

 

 などと歩いているだけで屋台の主人にさんざん声をかけられる。

 

「言葉が全部わかるよ。よかったぁ」

「さくらの努力は無駄じゃなかったにゃ。大変だったもんにゃ」

 

 さくらの研鑽の日々を讃えるきなこ。どうやら並大抵のことではなかったらしい。

 

 この王都へ続くブルーウッド地区の石畳道は綺麗に整備され、家屋と店舗、施設が入り混じる下町ながら、人の往来がとても多い地域である。王都からはやや離れているものの、王政と貴族社会の影響を濃く受けており、街並みは厳しく統制されていた。雑然としないように、かといって過度に派手にもならないよう指導されているのだ。

 

「お店も多いけど、屋台がすごく多いねぇ」

「きっと『事業計画』の一環じゃないかにゃ。屋台なら始めやすいにゃ」

「なるほど、そうかも」

 

 さくらは感心した。意外ときなこは洞察力が鋭い。

 

 

 

「いまはどこも空いている貸店舗がないんですよ」

 

 そう語るのは保健所の担当者。この度の『店舗拡大事業計画』の窓口で働く女性だった。

 

「ええ……そんなぁ……どこか空きそうなところもわかりませんか?」

 

 さくらは食い下がった。いきなり出鼻を挫かれた形になり、このままでは引き下がれない。

 

「そうですねぇ……いまこの事業計画がピークを迎えていましてですね……うーん」

 

 どうやらこの王国の計画は見事に功を奏し、街は大いに繁栄しているようだった。今まで店を出したくても二の足を踏んでいた者たちにとっては、これ以上ない好機だったのだ。

 

 そして、その好機に乗った一人が、他でもないさくらであった。

 

「さくら、さっきボクが言った通りだったにゃ」

 

 椅子に座るさくらの膝の上で、きなこが誇らしげに言う。まるで答え合わせができたかのようだ。

 

「みなさん屋台なら始めやすいとのことで、広場には相当な数の出店があるんですよ」

 

 通りで見かけた屋台。やはりあの人々は、さくらと同じ境遇らしい。

 

「そっか、じゃあまずはその広場に行って、見てみようか」

「そうしようにゃ」

 

 二人は一旦保健所をあとにし、窓口の担当者から教えられた『ブルーウッド王立公園』へ向かった。

 

 

 

「うわわ、ずいぶん広い公園だね~」

「これほどまで大きいとは思わなかったにゃ……」

 

 この『ブルーウッド王立公園』は、この国の王がある時代に国民から投書を募り、「市民に娯楽を」という要望に応えて造ったものだった。たくさんの花を咲かせる木々に、噴水や広場、芝生を配し、お金をかけずともゆったり過ごせるよう工夫された場所である。

 

「前に父猫さんが言っていたよ。『この国は善政をしいている』って」

「ここに来ている人の表情を見ても、それがよくわかるにゃ」

 

 感動もひとしお、二人は公園内を散策しはじめた。屋台や大道芸といった出店やパフォーマンス。気候もちょうどよく、ただベンチに座っているだけで気持ちが安らぐ、五感に優しい場所だった。

 

「それにしても、お店は多いんだけど、簡単な食事が多いね」

 

 確かに出店のメニューは『焼き鳥』『ナチョスチップス』『ポップコーン』『瓶詰めドリンク』など、軽食がほとんどである。保健所からの制限、つまり屋台の業種などは特に厳しく決められてはいないはずだ。

 

「みんなここにいる間、子供がお腹すいたって言ったらどうするんだろう?」

「こんなんじゃお腹の足しにならないにゃ。わざわざまた街に出るのもおっくうにゃ」

 

 ブルーウッド王立公園には『東屋』があちらこちらに点在しているが、大きな建物はひとつしかなく、それも管理棟としての業務が主だ。中に店があるわけではなく、せいぜい簡単なスナックとドリンクを売る程度である。

 

「しっかりお腹いっぱいになる食事がほしいね」

 

 さくらはどこか確信を得たような表情を浮かべた。

 

「おお……さくらが燃えているにゃ」

 

 二人は見つめ合い、頷き合う。無言のまま了解を交わし、なにやら思いついた企みを宿屋で話そうと、さくらは決めた。

 

 

 

「安い宿があってよかったね」

「でも全然十分にゃ。おふとんなんて初めてにゃ」

「ふふ、ずっと岩場に藁のベッドだったもんね」

 

「一旦帰ってもよかったんじゃないのにゃ?」

「ううん、一度出たらすぐに帰っちゃダメ。そのつもりで父猫さんも見送ってくれたと思うよ」

「それもそうにゃ」

 

 二人は改めて決意した。少々金はかかるが、なんとかやりくりしていくしかない。そのためには、すぐにでも商売を始める必要がある。

 

「ところでさくら、屋台、どうするのにゃ?」

「こういうのは、どう?」

「ふむふむ……それは面白そうにゃ。でもすごく大変そうにゃ」

「楽に商売しようとは思わないよ。きなこもそれでいい?」

「もちろんにゃ」

 

 そうして二人は同じベッドに潜り込み、暖かい布団のなかで、新しい明日への夢を見はじめるのだった。

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