異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

60 / 61
60 夢を追う人

「ふ~んふふ~ふ~ふ~んふ~ふふ~ん♪」

 

 ()き覚えのない美しいメロディを(かな)でる(ほが)らかな笑顔の少女は、太陽のように明るく、そして月のように丸い。どこか異国(いこく)情緒(じょうちょ)を感じさせる黒髪(くろかみ)黒鳥(こくちょう)濡羽(ぬれば)のように(つや)やかな美しさだ。透明感(とうめいかん)のある(はず)むような張りのある声は、軽やかなハミングとなって、この街の片隅(かたすみ)微風(そよかぜ)のように流れていた。

 

「ら~ら~らら~♪ららららんらららららら~ん♪」

 

 なんという可愛い少女なのだろう。人目もはばからず歌声を上げ、鼻歌をハミングしながら買い物を続けていて、周りにいる人はその少女を見かけるたびに笑顔で声をかけ、少女もまた笑顔で明るく話し返していた。そばにいるお付きのネコも、その少女に誰かが近寄るたびに肩に乗り、いちいち警戒しているように見える。さてはネコはヤキモチを焼いて、その少女に悪い虫がつかないようにしているのだろう。

 

 その少女の周りにいる人たちは、彼女がいるだけで、彼女がハミングするだけで、明るい雰囲気に包まれているようだった。不思議な感覚だ、と僕は思った。

 

「ふ~んふふ~ふ~ふ~んふ~ん♪」

 

 この(あつ)く光る季節に()い降りた夏の(ちょう)のように、その少女の足取りはヒラヒラと軽い。(たけ)の長いスカートにエプロン姿、頭には頭巾(ずきん)をかぶり、大きなカゴを持って、ネコと一緒に買い物カートを押しながら、あのマーケットを散策していた。

 

 毎日見かける彼女の姿に、僕はいつの間にか目で追うようになってしまっていた。どうやら学校には通っていないような気がする。年齢的には僕と同じか、少し上くらい。毎日大量に買い物をして帰るのだから、きっとどこかでお店でもやっているのだろう。

 

「ら~ら~らら~ららら♪ららららら~ん♪」

 

 僕はあの子と、いつかおしゃべりをしてみたい。きっと楽しいんだろうな。いつでも明るい笑顔を向けてくれるんだろうな。いつでも明るい話題を振りまいてくれるんだろうな。

 

 

 あ、いけない、そんなことをしていたら急がなきゃ学校に遅刻しちゃう時間だった。いつもの中学校へ通う道すがら、僕は彼女の姿を見つけている毎日だった。

 

 僕の名前は『ナナミュウス・バレンシア』。ブルーウッド・イースト地区とミンチェスティのちょうど間にある家は、パルプ工場を営んでいる。王都のみならず、センチュリオンのほぼすべての紙の需要を(にな)っている会社だ。僕は特別成績がいいわけでもないけれど、家がお金持ちだから今の学校に通えているだけなので、高校は頑張って一般受験したいと思っている。夢があるからね。そのためにはちゃんとたくさん勉強して、いい大学まで行かないといけないんだ。

 

 

「おっはようだぞ!ナナミ!」

「わぁ!」

 

 ボン、と後ろから背中を叩かれ、僕は思わず()き込んでしまう。誰だ、こんな朝から元気なやつは。まあだいたい見当はつくんだけど。というか、もはや一人しかいない。こんなことをするやつは。

 

「やっぱりリッカだったか。驚かさないでよ、まったく……ゲホゲホ」

「相変わらず体が弱いぞ。たくさん食べて寝ないと、アタシみたいに強くなれないぞ」

「別に僕は強くなれなくてもいいんだけどな」

 

 この元気な女の子は、『リカルディア・ロゼスティ』。幼少期からの幼馴染(おさななじみ)で、僕とは正反対のスポーツ万能型だ。身長も僕よりずっと高い。そしてウザいくらいに活発で、後先(あとさき)考えずに行動する典型的な脳筋……のように思えるが、こんなんでも意外と勉強ができて頭がいいから、余計に(うら)めしい。

 

「リッカ、今日はなんでこの道を通るの?」

「たまたまだぞ」

 

 リッカの家から学校へ行くならこの道は、回り道になってしまうはずだ。

 

「そんなことより、急がないと遅刻しちゃうぞ!」

「うん、走らないと間に合わなそうだ」

 

 そう言っている間に、リッカはそのまま僕を置いて走り去ってしまった。

 リッカは背が伸びて短くなりすぎてしまったスカートを(ひるがえ)し、僕の視界からあっという間に消えようとしていた。

 

 こんなやり取りも、何年続けているんだろうか。あと何年続けられるのだろうか。そんな郷愁(きょうしゅう)めいた思いを胸に(いだ)きながら、(はる)か前を走るワイン色の長く揺れるポニーテールを、僕はいつまでも見つめていた。

 

 

 

 いつものように学舎(まなびや)で授業を受けて、お昼ご飯を食べ、そして放課後はクラブ活動をする。

 僕はこのクラブの時間が大好きで、この学校で唯一気に入っている図書館にて『司書(ししょ)クラブ』で活動している。親が勧めてくれたこの学校は、正直なところ僕には退屈で、学んでいる内容も僕にはあまり合っていなかった。

 

 僕は魔導(まどう)率先(そっせん)して学びたいわけではなく、どちらかと言えば本をたくさん読んで見聞(けんぶん)を広め、歴史を学び、新しいものを知ることが何より楽しかった。(ふる)きを(たず)ねることは、僕たち現代人にとって多くの意義(いぎ)があり、そこからまた新たな見解(けんかい)見出(みいだ)さなければならない。二度と繰り返してはいけない失敗や(あやま)ち、今では計り知れない先人(せんじん)の生活の知恵、失われてしまった知識や技術など、数え上げればきりがない。これらを学ばずして僕は死ねないのだ。

 世界中の文献(ぶんけん)を読み漁り、学者が提唱(ていしょう)した定理や哲学、文筆家(ぶんぴつか)が残した物語や随筆(ずいひつ)を、できることなら全部読破したい。大したことは自分にはできないとわかっているけれど、せめて多くの人が(のこ)した産物(さんぶつ)を僕は広め、多くのことを正しく後世(こうせい)に語り継ぎたい。

 

 そのために僕は、歴史を(しる)す小説家になりたいと思っている。

 歴史学者であることが先決であり、王立大学校へ進むためには、まず『グラン・パレス防衛大付属高校(ぼうえいだいふぞくこうこう)』へ進学しなければならない。今通っている中学校で活動している司書クラブでは、図書館を管理する経験と資格(しかく)を得ることができる。まさに僕にとっては(みず)()(さかな)のような毎日で、ここにある図書はすでに全部読破(どくは)していた。ここでやり残したことはないのだが、新しい図書が仕入れられた際には僕がチェックをし、そして納めていくのだ。

 今日も十冊ほどの提供があり、とてもありがたい。これらをチェックできる放課後が待ち遠しかった。今の僕は、きっと恍惚(こうこつ)の表情を浮かべていることだろう。

 

 

「ナナミ」

「わ、どうしたの?リッカ」

 

 急にリッカが図書館へ僕を訪ねてきた。

 

「ナナミが気持ち悪い顔していたから、声をかけてやったんだぞ」

「うるさいな。からかいに来ただけなら邪魔(じゃま)だから帰ってくれないかな」

「ううん、勉強しにきたんだぞ」

「それは珍しい。一人で?」

「うん。ナナミと一緒にしようと思っているぞ」

「僕は今クラブ活動中なんだ。あとででもいいかな?」

「うん。待っているぞ」

 

 

 リッカはそう言うと、窓際のテーブル席に座り、どうやら受験科目の本を開いたようだ。何度も言うようだけれど、ああ見えてリッカは勉強ができてスポーツ万能だ。この間の中間テストも学年で一番だったし、球技大会でも優秀(ゆうしゅう)だった。僕は男の子なのにリッカより背が低く、成績も中の上くらいで、いつもリッカに教わっている。リッカは嫌な顔ひとつせず僕と一緒に勉強してくれるのだ。しかし図書館に来ることは滅多(めった)になく、ここ一年ほどはここで姿を見ていなかった。

 

 

 新しく提供された図書のチェックを終えた僕はリッカの席へ行き、声をかけた。

 

「おまたせ。今なにを学習しているの?」

「うん。ナナミの苦手そうなところを復習(ふくしゅう)していたぞ」

「それは助かるよ、ありがとう」

「いいんだぞ」

 

 そうして僕たちは受験対策の傾向(けいこう)と、僕の苦手な科学(かがく)を中心に勉強を進め、図書館での学習を終えた。

 ()もだいぶ(かたむ)いていたので、少し遅めの帰路(きろ)についた。

 

 

「リッカ、今日はありがとう。どうして図書館にきたの?」

「うん、なんでもないんだぞ。たまにはナナミとおしゃべりもしたかったんだぞ」

 

 三年に進級してから僕とリッカは別のクラスになり、(せっ)する機会も減っていた。昔はよく幼馴染であることを周りにからかわれ、少し()ずかしい思いもしてきた。それをよくリッカは、いき()ぎたやつらをとっちめていたけれど、僕はそれほど気にはしていなかった。

 

 そもそも僕とリッカはどう見ても不釣(ふつ)()いだし、リッカにはもっと活発で頭脳明晰(ずのうめいせき)で、みんなから人気のあるイケてる男子が似合うはずだ。僕はある時からリッカと一緒にいることがそれほど恥ずかしくなくなり、どちらかと言えば気のおけない仲間という感じになっていた。リッカもいつの頃からか、僕への話し方が少し変わった程度で、基本的には昔と変わらない接し方のように思えた。

 

 

 それから僕たちは、他愛(たあい)もない話をしながら歩いていた。

 夕暮(ゆうぐ)(どき)のミンチェスティはとても美しく、(まぶ)しく光る太陽が肌に刺さるこの季節も、夕方になると少しカラッとした風が(ほお)()でるような、(おだ)やかな時間だった。

 

「今日うちは一番街(いちばんがい)へご飯を食べにいくんだぞ!」

「へぇ?そうなんだ。明日は土曜日だからゆっくりできるね」

「きっと美味しいお店なんだぞ」

 

 僕とリッカは帰り道、そんな話をしながら(かげ)を並べて家路(いえじ)についた。

 

 

 

 週明(しゅうあ)け、僕はいつものマーケットの横を通り、やはりあの少女の姿を探していた。今日もいつも通りあの子の姿を見つけ、僕はまた少しゆっくり歩きながらその少女を目で追った。いつものようにあの子は耳に心地(ここち)いいメロディを(かな)でながらマーケットを散策(さんさく)し、主に青果店(せいかてん)で大量に仕入れをしているようだった。

 今日は大きな布袋(ぬのぶくろ)をキャリーカートに入れていた。あれはなんの材料なのだろうか。よくよく見るとすごく重そうだ。あんなに重量(じゅうりょう)があり、嵩張(かさば)るものを、女の子とネコだけで運ぶなんてすごいなぁ。

 僕は毎日変わるあの子の仕入れの中身と歌声を確かめながら、学校への道を進んでいった。

 

 

 

 そんな幾日(いくにち)()ったある日、僕はいつものように登校の途中、マーケットの入り口近くを通りかかった。またあの子の姿を見つけ、僕は歩調(ほちょう)(ゆる)めてその後ろ姿を追っていた。

 しかしその時、その子がパッとこちらを向いた。そして急にニコニコと満面の笑みを浮かべながら、ズンズンと僕に向かって歩いてきた。

 

 あまりに突然のことに僕は驚き、どうしていいかわからず立ち尽くした。顔が紅潮(こうちょう)していくのも自分でわかる。汗が首をつたいはじめた、その瞬間。

 

「リッカちゃ~ん!おはよ~!」

 

 えっ!?リッカ??

 

 僕が何のことかわからずあたふたしていると、僕の後ろから同じように顔を真っ赤にした、(あわ)てた様子のノッポのリッカが現れた。手をゴチャゴチャと交差(こうさ)させ、足もバタつかせながら、僕の顔と近づいてきた少女の顔を交互に見ている。

 

「あはは!おはようございますなのだぞ……」

 

 わけのわからない挨拶(あいさつ)をしたリッカは、余計に大汗(おおあせ)をかきはじめた。そんな彼女の様子を、少女は「うふふ」と優しい笑顔で見つめていた。ようやくリッカは落ち着きを取り戻し、肩をがっくり落としながらため息をついた。

 

「リッカちゃん、いつもこの道を通って学校に通っているの?」

「はい、そうなんです。毎朝(かよ)ってます」

 

 あれ?この間、この道を通るのはたまたまだって言ってなかったか?

 

「こちらは?」

 少女が僕の方へ視線を向けた。

 

「はい……お、幼馴染(おさななじみ)のナナミュウスくん、です……」

 

 なぜか僕の紹介の仕方(しかた)がたどたどしいリッカだった。

 

 

「ああ!この男の子がいつもリッカちゃんが言ってるナナミくムギュウ」

 

 

 そう言って手をポンと(たた)いた少女の口を、思いきり押さえるリッカ。(まゆ)を八の字にして汗を飛び()らかしている。いやいや、そんな態度とられたら、さすがの僕でも(さっ)するよ。

 

「リッカ、ちゃんと紹介してくれるかな?この方とは知り合いなの?」

 

 僕がそう言うと、何かを観念(かんねん)したようにため息をつき、リッカは語り出した。

 

「うん、わかったぞ……こちらの方は『とんかつ さくら』さんというお店の店主(てんしゅ)さんだぞ。さくらさんっていうんだぞ」

 

「こんにちは。今リッカちゃんが言ってくれたけど、さくらです。よろしくね、ナナミくん」

「きなこだにゃ」

 

「あ、では(あらた)めて。僕はナナミュウス・バレンシアと申します。リカルディア・ロゼスティさんとは同じ学校で、古くからの友人です」

 

 それぞれが律儀(りちぎ)に自己紹介をしたので、僕もきちんとしなければと思い、姿勢を正しながら一応貴族(きぞく)としての()()いを見せた。

 

「わぁ、すごくしっかりした男の子ですね。リッカちゃんにとてもお似あムギュウ」

 

 このさくらさんという人は、僕の思っていたイメージとは少し違っていた。そうかと思えば、その通りの感じもある。天真爛漫(てんしんらんまん)というわけでもない。かといって窈窕淑女(ようちょうしゅくじょ)という(おごそ)かな雰囲気でもない。様々(さまざま)魅力(みりょく)を持った、どこか(ふか)みのある人で、それでいて親しみやすさも兼ね備えた(おく)ゆかしさがあった。

 

「ナ、ナナミ!そろそろ学校急がないと間に合わないぞ!」

 

 そう言って一人で走り出し、ワイン色のポニーテールを大きく揺らしながら、あっという間に消えていった。

 

「なんなんだアイツは……それでは僕もこの辺で失礼します」

「はい、学校がんばってね」

 

 さくらさんは満面の笑みで僕に手を振り、送り出してくれた。ああ、このお方の笑顔はとても(うるわ)しい。星が(かがや)くようなその(ひとみ)は、いつも誰に向けられているのだろうか。

 

 そんなことを一瞬(いっしゅん)考えていると、急に(なな)(した)から小声(こごえ)で話しかけられた。

 

 

「いつも見ていることは(だま)っておいてやるにゃ」

 

 

 僕の足はガクガクと(ふる)え、ようやく走り出せたころには、登校のチャイムはとっくに鳴り終わっていたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。