店から一歩道路へ足を踏み出した途端、耳から
相変わらずイースト地区は
さっさと用を済ませて立ち去ろう。そう考えていたとき、目当ての工場から大勢の声が聞こえてきた。私は歩調を緩め、忍び足で工場の事務所近くまで寄った。こんなとき、蝉の声が足音をかき消してくれるのは都合がよかった。
おや、なにか実験の最中だろうか。私は様子を伺いながら、内容が聞き取れる限界の距離まで近づいた。気配を悟られることなく接近するなど造作もない。任務遂行のために訓練してきた技術が役に立つ。まるで草むらに潜み獲物を狙う蛇のように、私はそのまま聞き耳を立て続けた。
「おいしくなーれ」
ああ、あの二人か。随分と交流の幅が広がったものだな。あれほど特殊な能力があれば、これほどの関係を築くことなどそれこそ朝飯前なのだろう。しかし前王も物好きだ。私としては、もう少し『やる気』を出してくれればありがたいのだが。それに他にいるのは……姫とエリック、ジェイ、それと先生だ。最近、先生からは
そのとき、小さな
「起爆のきっかけはおそらくお二人、もしくは魔獣であるきなこさんでしょう」
ははあ、つまりあの二人が並外れた能力を持ち合わせていることを、先生が証明する集まりなのだな。察するに『小さな破裂を起こさせる何か』を二人にさせているのだろう。まったく、先生も何にでも首を突っ込むものだ。研究者の探求心というものは底知れない。しかしこの二人からいくら何でもそれほどの力は引き出せないだろうし、そこまで強い力は持っていないはずだ。そう思った直後のことだった。
「もしこれが酒や水ではなく、『魔力』だとしたら、どうなると思いますか?」
何だって?魔力を用いるだと?そんな馬鹿な。今現在、魔力を制御できるのはごく限られた人種だけだ。最初から聞いていたわけではないので、このやり取りが
なるほどなるほど……しかしこれはいいものを見た。正直なところ、私の想像を
一瞬の刹那に
ほう。彼女たちの
私はいつまでこんなことをしているのだろう。店に戻ってから、今日見たことではなく自分の人生そのものを振り返っていた。過去を思っても仕方のないことは分かっている。しかし、やはり
そんなことを考えながら、ブルーウッドの夜は更けていった。
鳥のさえずりに耳を支配され、ひどく不快な目覚めと共に胸と胃の痛みを抑えた。重い体をようやく引き起こす。どうやら店のソファで倒れるように眠ってしまったようだった。髪と
そんな顔をいつまでも眺める趣味はないので、すぐに手ぬぐいで顔を拭き、生豆を煎り、細めに
私はまた珈琲に手を伸ばし、二口目を口にした。今度は胸の痛みは感じず胃袋に到達したが、代わりに胃痛の方を刺激し始めている。不調を気にしながら飲む珈琲はとにかく不味い。朝の習慣を緩慢に行いながら、ある一つのことに気がついた。
先生は最近、私への報告を絶っていた。重大な研究をしている気配はあったが、あれほどのことがあれば私に少しは報告があっても良さそうなものだ。それに、どうやら酒の研究中に別の事案が発生したかのような口ぶりだった。
次第に思考が整理され始める。なるほど、そういうことだったのか。あの連中と酒樽を巡って研究していた際、偶発的に別の現象を引き起こした。それがあの場の全員を唸らせるどころか、顔面を蒼白にさせる何かに発展した。ここまでは容易に想像がつく。
「魔力だとしたら——」
あの言葉が気になる。酒がもっと何というか……いや、違うな。もっと先生を
先生がどこまで考えているかは未知数だが、私が想像できるくらいだ、先生はもっと先を見据えているだろう。いや、もはや先生は『完成』させているのかもしれない。いや、そうに違いない。研究者たるもの、途中で研究を投げ出すはずがないのだ。基礎は既に出来上がっていて、あとはあの二人の『きっかけ』が必要なのだと理解しているはずだ。それであえてあのように見せて、反応を伺った。それが、あの少女の
ようやく考えをまとめた私は、すぐに行動に移した。今日はもう店などやっている場合ではない。私は黒の装束に身を包み、まだ紫の色が残る空を見上げた。早朝のブルーウッドの石畳を、鳥の飛翔と共に駆けていった。