異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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父猫との対話:器の中のマリオネット

 まるでフリーゼの心の中にある鬱屈(うっくつ)がすべて抜けていくかのように、パチパチと()()(ほのお)が夜空に舞い上がる中、フリーゼは語り出した。

 

「大いなる戦神(せんじん)・キャットシーの末裔(まつえい)、あなたのおっしゃる通りだ。さくらちゃん、先ほどまでの私は貴女(あなた)の知る私ではない。いや、正確に言うならば、私の内にはもう一つの私がいる。言い換えれば『二つの精神』が存在していると考えてもらって構わない」

 

(これだ……)

 さくらはすぐに察知した。かつてほんのわずかに覚えた『違和感』がこれだったのかと。

 

「私の片方の身体や人格は破綻(はたん)していると思う。いや、すでにそうなのだろう。これからするべきことをやりたくないと思う気持ちと、いやしかしなさねばならないと思う強い意志が、常に互いにせめぎ合っている」

 

 いまだ(つか)めずにいるさくらときなこ、そしてキャットシーの二人は、静かに(たたず)んでいるだけだった。

 

「あぁ……よくわからないと思うが、私自身ももうよくわかっていない。何のためにそうしているのか。いや、何のために生きているのかすらわからなくなる瞬間もある」

 

 珍しく自嘲(じちょう)気味に笑うフリーゼの話に少し間ができ、しばらく視線を揺らがせ、そしてフリーゼは言葉を(つむ)いだ。

 

「ずっとそのようにして生きてきたんだ。王女であると同時に、私にはもう一つの『仕事』がある。私はそれを成すために、とうに王女という立場を捨てていた」

 

 フリーゼの肩が震えた。ゆっくりと腕を動かし胸に手を当て、再び語り出した。

 

「私は(やまい)を抱えている。治る見込みのない、根深いものだと思う。それは私が十歳の時にすでに発していた。その時から、私という人間は、その事実を知った瞬間から、別の精神へと移り変わっていった」

 

 さくらときなこは次に紡がれる言葉に覚悟し、静かにその時を待った。

 

 

「私は暗殺者だ」

 

 

 突然の風とともに、遠き空で雷鳴(らいめい)(とどろ)いた。さくらときなこは立ち尽くし、その言葉の意味を噛み締める。

 フリーゼは続けた。

 

「ある時から、そのように育てられたのだ。組織の隊長として。そして終わりのない戦いが、その時から始まった。いや、すでに終わることのない戦いになってしまっている」

 

 さくらにはその違いはわからなかった。わかるはずもなかったが、それでもフリーゼを理解しようとする気持ちはあった。なにがどうなっているのか、まずは受け止めようと思った。

 

「発端は残酷(ざんこく)なものだった。しかし普通の人間ならば、その出来事は事もなげに終わってしまっていただろう。だが私たちは違った」

 

 フリーゼの震える頬に雫が光る。それをフリーゼは乱暴に拭った。(しんい)意をなかなか語ろうとしない話し方に、父猫は苛立ちを覚えていた。

 それでもフリーゼは語り続け、さくらは黙ってその言葉を待った。

 

「もともとここセンチュリオン王国は、強大な国家ではなくなっていた。先ほどキャットシーの末裔に聞いたと思うが、北の大国『帝政(ていせい)ロシェリア』との停戦前は、複数の小国家を統べ、まとめ上げた『帝国(ていこく)』だった。それを祖父の時代に割譲(かつじょう)し、それぞれ独立した国家となった。なぜか。それは戦争そのものをなくすためでもあった。その結果、センチュリオンは徐々に闘争心を失っていった。人間というものはやはり一枚岩ではなく、そう簡単なものではないのだろう。散らばった小国家(しょうこっか)には、それぞれ小さな火種が生まれ、やがて燻りとなり、次第に大きくなっていった。それゆえセンチュリオンは、再びそれら小国家をまとめようと動いた。そのためには当然、資金が必要だった」

 

 フリーゼは小さくため息をついた。未だ癒えぬ強打した頭を抱えながら目を閉じ、しばらく口を閉ざす。

 さくらは少しのあいだ考えた。今この国はどのような状況なのかと。フリーゼの語りから、わずかに想像できることを頭の中で整理していた。

 センチュリオンはその頃から、大掛かりな事業計画を、ある人物を中心に進めていた。その結果、軍備は拡充した。ここで普通の国家ならば戦争は起こさず、軍備があることを対外に示し、攻め込む余地がないことを誇るのが、通常の軍事外交のはずだ。

 しかしフリーゼは、さくらのそんな想像を打ち消すように言葉を続けた。

 

「その時に、ことは起こったのだ」

 

 さくらときなこは思わず冷や汗が背中を伝うのを感じた。喉の奥の唾を飲み込むのも苦しい。握りしめた指は、血が滲むほど手のひらに食い込んでいた。

 

 

「祖母が何者かに殺された」

 

 

 さくらは心の中でどれほど大きな声で「嗚呼(ああ)」と呟いたのだろうか。これまでのセンチュリオンの成り行き―と、つい先日見たブルーウッド王立公園の戦没者慰霊碑の前に置かれていた追悼(ついとう)碑文(ひぶん)に刻まれた名前、それらの点と点が線で繋がった。

 

「私が五歳の頃のことだったそうだ。急にお婆さまがいなくなり、子どもながらにおかしいと思っていた。盛大な葬儀も行われたが、幼い私にはそれが理解できなかった。それから私はお婆さまを探すようになり、いないとわかると泣き出し、夢で祖母の幻影を見る日々が続いた。私の心は徐々に歪んでいった。その頃から私には特殊な訓練が施されるようになった。それが今の私を作り上げた」

 

 フリーゼは身に(まと)う黒の装束に手を当て、どこか誇るような仕草を見せた。その表情は固く、どこか覚悟を決めた目をしていた。

 

「そして十歳になる頃、私は病を発した。その時期に同時に真実を知った。お婆様が何者かに殺されたこと、それが敵国ロシェリアの諜報員によるものだということ。それを知った私は修羅として生まれ変わらされた。復讐の鬼と化した私は、自分自身を制御できず、ある者の命令に従って動く兵器となった」

 

 さくらは、いまは冷静に語るフリーゼの眼差しを受け止めることができずにいた。次々と突きつけられる衝撃に、今にも足が崩れそうだった。

 

 フリーゼはそんなさくらから目を外し、自分の手のひらを見つめる。

 

「私はこの手で何人もの人間を殺め続けてきた。古代の戦闘魔法を一部解析した者から訓練を受け、それを身につけさせられた。人を殺すための兵器として、私は働き続けた」

 

 さくらは、笑みとも取れるフリーゼの震える唇を見つめた。

 

「半分の私は敵国ロシェリアの諜報員と思われる者たちを、何人もこの手にかけた。緩衝地帯を越え、直接敵地で作戦を実行することもあった。私は復讐のためならば、何人殺そうが構わなかった。誰一人として、私の目の前で生きることを許さなかった。無惨に殺された祖母を思えば、のうのうと息をしている者の存在が許せなかった」

 

 わなわなと震える手を、フリーゼはもう片方の手で押さえる。しかしその震えは収まらない。

 

「復讐が復讐を生むというが、精神を失っていた私にそんなことは関係なかった。逆らうものは敵であろうが味方であろうが斬って回った。そんな暴虐(ぼうぎゃく)とも言える行為を、私は自覚なく繰り返していたのだ」

 

 さくらはそのあまりに残忍な言葉に、思わず耳を塞ぎたくなった。しかしふっと我に返り、再びフリーゼの言葉に耳を傾けた。

 

「私は操られていたんだ。心を。体を。思うままに、何かに操られていた。半分の私は、なぜこれほどまでにいつも疲弊しているのかすらわからなかった。昨日の自分が、自分で理解できなかった。そうしているうちに、もう半分の残虐性は徐々に薄れていった」

 

 フリーゼは少し落ち着きを取り戻した様子で、「少し座ってもいいか」と疲れた声で言った。さくらときなこが頷き、三人は再び焚き火のほとりに腰を下ろした。

 

「私はもうやめたい。これ以上人を殺して、何になる。お婆様はどうしたって戻ってこない。あんなに大好きだったお婆ちゃんの顔が浮かぶたびに思った。『これは無駄だ』と。お婆ちゃんは望んでいない。こんな私の姿を見たくもないし、見せたくもない。そう思い、そのまま私はSSSから自ら遠ざかった」

 

 『心は病んだままだが』と、その口の動きがさくらたちに伝わった。そして顔を伏せる。

 

「だが、その後の私はもうお察しの通りだ。学院にも通えず、同学の者との交流もできない。勉学に励むこともできず、片方の私は心を閉ざす一方だった。でも」

 

 フリーゼは不意に顔を上げ、言葉を続けた。

 

「そんな時、あなたに出会った」

 

 ほんのわずかだが、フリーゼは微笑んだ。さくらはその表情を見て、思わず目を見開いた。

 

「おじいさまは素性を知られぬよう行動しているつもりなのだが、あの通り奔放でな。私の役目はおじいさまを監視することだったのだが、少し手を焼いていたところに、あなたたちに出会った。私の心は、花が咲いたようだった。目の前がぱっと明るくなった。こんなにも胸が高鳴る瞬間があるのかと、心から驚いた」

 

 フリーゼは少しそわそわし、恥ずかしげに顔を背けた。その姿に、さくらは少しだけ安堵した。

 

「なぜかはわからない。しかしあなたに惹かれた。ずっとそばにいたいと思った。押しかけてでもあの店で働かせてもらいたかった。あなたの、さくらちゃんの側にいたかった」

 

 フリーゼは静かに瞼を閉じ、「黙っていてすまなかった。これで(しま)いだ」と言って語りを終えた。

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