異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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父猫との対話:悠久の輪廻

「確かめておきたいことがあるよ」

 

 さくらはそう口にすると、父猫の方へと視線を向けた。静かに迫り上がるその姿は、まるで(くすぶ)っていた火種が炎へと変わるかのように、ゆっくりと、そして力強く立ち上がった。

 

「父猫さん。もしかしたら……私の地球での……生前の静川(しずかわ)咲良(さくら)の魂は、いまここにあるの?」

 

 さくらの確信ともとれるその言葉に、父猫はほんの一瞬だけ虚を突かれたが、目を細めて静かに頷いた。フリーゼは何を話しているのか理解できず、ただ息を呑むばかりだった。

 

「そしてその前も、もっと遥か昔も、ここに宿っているの?」

 

 さくらは父猫と母猫を見つめ、自身の胸のあたりに手のひらを当てた。問われた父猫は、再びゆっくりと首を縦に振った。母猫は一雫(ひとしずく)の涙をこぼし、さくらの真っ直ぐな視線から目をそらした。

 

「そっか、わかったよ。もうだいたい理解できた気がする。このぐちゃぐちゃとした記憶のようなものは、やっぱり私の魂だったんだ」

 

 さくらはそう独りごち、自分の手のひらを見つめて、震えるように握りしめた。しかしその表情は悲しさや苦しみといった悲壮感ではなく、どこか諦観(ていかん)境地(きょうち)のような、むしろ何かから解放されたかのような前向きなもののようだった。

 

 

「フリーゼ様、先ほどあなたから『黙っていてすまなかった』と言われましたけれど、ごめんなさい。私も隠し事をしていたんですよ」

 

 さくらは再びフリーゼの顔の位置まで目線を下げるようにしてしゃがみ、フリーゼの頬にそっと手をあてた。フリーゼは少し驚いたような、恐怖感のような、複雑に感情が入り混じった表情を浮かべていた。父猫と母猫、そしてきなこは、さくらの言葉を待った。静かにその時を待ち続けていた。

 

「私は……私の体は生まれ変わって、魂は同じままここに存在しています」

 

 さくらは決意の眼差しをフリーゼにむけていた。訳のわからないフリーゼは呆然としていた。汗が頬を伝った。口元は震えていた。瞳は大きく揺れていた。それでもさくらはそのまま言葉を続けた。

 

「以前の私……すなわち今ここにいるこの『さくら』が生まれる直前の魂は、『地球』という星にありました。直前だと思い込んでいたんです。自分で認識できるのはその地球にいた頃の静川(しずかわ)咲良(さくら)。それが私の正体です」

 

 一陣(いちじん)の風が地を()うように吹いていった。揺れる髪が(ほお)を撫で、さくらはそれを耳にかけた。(まぶた)を閉じ、そして再び開いてフリーゼを見た時、彼女の手はほんのわずかにさくらへと差し出されていた。どこか遠くへ、そして何千年何万年の彼方(かなた)へとさくらがいってしまうのではないか、そんな心持ちのフリーゼだった。

 

 

「以前の私、『地球(ちきゅう)』と呼ばれた美しい星で私は一つの人生を歩みました。ここと同じように水が綺麗で、空気も澄んでいる星。この空の、限りのない宇宙の彼方にその星は存在します。そこで私は長い長い、とても長い年月を過ごしたんです。ひとつは九十八年という長い人生を生きました。残念ながらその時の人生は八十三歳でその後の記憶はほぼ失われかけましたけれど、それ以前のことははっきりと覚えています。特に、『私たちと同じくらいの年齢まで』のことは、特にです」

 

 さくらの表情が一変した。フリーゼだけでなく、きなこや父猫、母猫もその変化した空気を察知した。焚き火の()ぜる音だけが、辺りに響き渡っていた。

 

「私がたくさん知識を持っているのを、フリーゼ様は特に不思議がっていましたよね。実はそういうことなのです。うふふ、謎が解けてほっとしましたか?」

 

 さくらはふっと微笑んで、フリーゼに問いかけた。その半分は本当の笑みなのかなんなのか、フリーゼは少し不気味な感覚を覚えた。

 

「長く生きていると様々なことがあります。もちろん良いこともあれば悪いこともある。でも人間って、人生って、そういう波があってこそ、清きも濁りも併せ持って混じりあってこそ楽しいし、深みが出るものなんですよ」

 

 さくらはニコリと微笑んだ。それはまさに屈託のない笑顔だった。フリーゼは少し安心したかのように、鼻から微かに吐息を漏らした。しかしさくらの表情が変わった。フリーゼは思わず身震いした。

 

「そんな私でもね、フリーゼ様と同じような人殺しだったんですよ。私の愚かな能力のせいで、大勢の方が亡くなったんです」

 

 そう自分を卑下(ひげ)したさくらは立ち上がってフリーゼを見下ろした。あまりの突然の変化にきなこと母猫はたじろいだ。父猫も身を起こした。しかしさくらは手のひらをひろげ、父猫を制止するかのようなジェスチャーをした。大丈夫だよ、というように。

 

「ここでもいざこざとなんだかいろいろやっていますよね。センチュリオンとロシェリアでしたっけ。長い間抗争を続けているそうですね。わかりますよ。どれほど平和を望んでも、かならずまた人は争うものなんですよね」

 

 さきほど父猫から話を聞いたことを繰り返すように、そしてかつて自分が体験してきた戦争を悔やむように、まるでそれが中枢の人物であるかのような話しぶりだった。

 

「私は戦争兵器の開発者でした。そして『爆薬』という人類で最も恐ろしい薬品の発明者でした。なぜそんなことをしていたか気になりますよね。そして私がこのダルテニア大陸に召喚されて、今この場に逃げるように佇んでいる理由が気になりますよね?」

 

 まるで試すような口ぶりをするさくらだった。フリーゼはもう恐怖感すらも超越して、なにがこれから起こるのかという、ほんの少しの期待感すら抱いていた。

 

「私はこの世界ではようやくその輪廻(りんね)を抜け出せると思った。初めてこの世界の大地を踏みしめた時、私は全能感すらありました。ようやく解放されたのだと、もうあんなことしなくて良いのだと小躍りすらした。きなこに出会って、ずっと楽しく定食屋さんをやっていけると思った。でも違ったんだ」

 

 さくらは握りしめた手のひらに滲む血を眺めた。そして再び強く握って、今度は父猫に対峙した。

 

 

「どうして教えてくれなかったの?」

 

 眉をひそめ、父猫を睨んだ。それは詰問ではなく、あくまで確認だった。

 

「我にできることはさくらの魂を鎮めることだけだった。だがこやつが先に生まれてしまったのだ」

 

 父猫は顎をしゃくり、きなこに皆の視線を集めさせた。当のきなこは、理解をしてしまっていたかのように、瞼を閉じて少しだけ俯いたままだった。

 

「やっぱりそうなんだ。きなこは私の『分身』だったんだ」

 

 さくらはきなこに近づいて、きなこを持ち上げ、ギュッと抱きしめた。きなこは無言の涙を流し、さくらの首に巻き付いた。そんなさくらは涙も流せずに、眉をひそめるだけだった。

 

「フリーゼ様はまだご存じないですよね。アオくんとカナタくんたちが研究しているものの行方を」

 

 フリーゼの首は振れなかった。少しは理解しているつもりだったのか、そう問われたら何か知っている風を見せなければ王女としての矜持を保てないとでも思ったのか、そんな複雑そうに目を泳がせるだけだった。

 

「あの子たちはいずれとてつもないものを開発してしまいます。はじめに『エンジン』というものが出来上がってしまうんです。彼らは今、それを魔導機関と呼んでいるみたいけれど、それが何になるのか想像もつかないでしょう?すごく便利なものなんですよ。動物の力どころか人間の力すら不要で、荷車よりももっと大きなクルマが勝手に動くものが出来上がるんです。そしてそれがいつか大地を削りながら走り、例えばこの間から問題になっている『樽爆弾』を発射できるようになります。さらには飛行機というもので空も飛べるように」

 

 もはやさくらが何を語っているのか、まるで理解が追いつかないフリーゼだった。

 

「私はこんなところで生まれ変わっても、未だ戦争兵器を開発することに関わってしまう。これはもはや運命と呼ぶべきものなのだと思う。静川咲良がもしそれを断ち切れていたら、あの大戦における開発者に任命されていなかったとしたら、いや、もしかしたらその静川咲良以前の私がもしどこかでそれを断ち切れていたら……そんなことを考えていてももうどうしようもないことなんですけれどね。でもずっと考えていました。迂闊(うかつ)だった。あの自転車がきっかけになるなんて夢にも思わなかった。でももう動き出してしまった。もう止められない。研究者ってそういうものなんですよ。発明と実験を死ぬまでやめられない」

 

 そう語るさくらの腕は確かに震えていた。きなこをゆっくりと地面に下ろし、さくらは遠い星を仰ぎ見た。

 

「私は常に兵器を開発する輪廻に振り回されている。一番記憶がはっきりしているのはその地球でのこと。明らかに行き過ぎたものを作っていました。その後の人類にとっても大きな禍根を残すことになるほどのものを作った。でもその時の私の心は躍動していた。いや、いつの時代の私も、きっといつでもそれを自ら望んで開発に携わっていた。けれどその私の兵器で大量の人類が亡くなった。それがもたらす不幸を目の当たりにした時、私はこれで自分をお仕舞いにしようと思っていたところで、私に声をかけてくれた人がいた。その人と生涯を共にできたことは、その後の人生において本当に良かったことだったと、振り返ってみても心から思う。私はその人と共に自分がやらかしたことを常に忘れることなく人生を歩みました。悔恨の日々を送り、自分は生きることで悔悛しなければならないと教えられた。私は当時十八歳だった。そこから死ぬまで、懺悔の日々を送った」

 

 さくらは目を閉じ、祈るような仕草をした。

 

「私にとってこの輪廻が、自ら望んでいることで巡っているのかはわからない。でもこうしてまた同じことを繰り返してしまうのは、断ち切れない運命なんだと思う」

 

 さくらの唇は震えていた。そしてさくらはそれを口惜しそうに噛みしめた。

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