さくらはフリーゼに近づいて、
「あなたも運命に
さくらの言葉に対し、フリーゼは改めてさくらに向き直って頷いた。
「ああ、まさにその通りだ。私の身体にツルを巻いた時に気づいたのだな」
フリーゼはそう言うと、黒い
「私の身体には『
さくらはいままでのフリーゼの言動を思い起こしていた。初めて会った当初からのこと、店以外での服装や、いつもどういった用事があるのか聞いてもすぐに別の話題へと流されることなど、フリーゼがどこか空々しい態度をとることもあった。
「私はもうこの手を汚したくない。すでに何人もの敵をこの手にかけておいて、今更何をムシのいい話を言っているのだと思うが、つくづく私は気づくのが遅すぎてしまった。いつからかは気づいていたんだ。だが、その思考にいつも待ったをかけられたのだ。その度にまた復讐の念へと切り替えられた。しかし、もうこんなことは無意味なことなんだと、このところはそう思えるようになった。もう何をしたっておばあさまは帰って来ないんだと。それどころか私が復讐に燃えれば燃えるほど、敵国もまた復讐に燃えるのだと。お祖父様も言っていた。『あやつにもし会えるのだとして、自分は会わす顔はあるのか』と。もうこの果てなき運命から逃れたい。私はもう何もかもやめて捨て去ってしまいたい」
フリーゼの、王女たる
「しかし私は
フリーゼはそうして言い終えると、
「変えたい。そんな思いは伝わってきていましたよ。私のところで働いている間は危ういそぶり一切みせませんでしたよね。その時だけは自分が自分らしくいられたんじゃないんですか?」
「そうだと思う。私はさくらちゃんのそばにいる時だけは、なぜか安心できた。もっとそばにいたいと思った。たくさんの教えを
フリーゼはさくらの問いに対し、真剣な眼差しをむけながらまっすぐに言葉をぶつけた。さくらのその姿にかつての
「私は前の記憶以外はありません。でも私が一番好きだった『
さくらは「ごめんなさい」と言ってフリーゼの頭を撫でてやった。フリーゼは首を振り、そのさくらの手をとった。
「私は王女なのだ。そう
フリーゼはそのさくらの手をぎゅっと握りしめた。
「ふふ、そういうことも含めてもっと頼ってくれて良かったんですよ?あの店では私の方が偉いんです。店主さんなんですから」
さくらはフリーゼの手を温めてやった。
「そうだな。私は従業員なのだからな」
二人は笑顔をかわした。それはまるで悠久の刻を経て、ようやく再会した家族のようだった。
「きなこ様」
ほんの少しだけ心の安静を取り戻したフリーゼは、きなこに向き合った。
「なんにゃ」
「きなこ様は全てわかっておられたのですか」
「我は神聖なる魔獣である、といっても誰も信じてくれなかったにゃ。けどそれはそれでまあ都合がいい部分もあったにゃ。さくらは全部わかっていたんだと思うんにゃけど、決してボクからは伝えることはなかったにゃ。さくらの判断と解釈に任せていたにゃ。ただ、確信を得たのはさっきだったみたいにゃけどにゃ」
きなこはそういって腕を組んだ。あくまで魔獣であることを強調した。きなこはまた言葉を続けた。
「ただ、さくらの『魂の分身』であることはボクも半信半疑だったにゃ。今でもそれは思うにゃ。ただいつも思っていたにゃ。さくらにはボクが必要で、ボクにはさくらが必要にゃ」
きなこはさくらを見つめた。
「私も難しいことはわからないし、もう色々と面倒なことは考えたくもないけど」
さくらはそんなきなこの見つめる眼差しを笑顔で受け止めながら、きなこを抱き上げた。
「私にはこの子が必要だし、もう手放す気もないよ」
さくらは目を閉じて、柔らかにきなこに頬擦りした。きなこはされるがまま、さくらのその愛情を静かにうけとるのだった。
「さくら」
それまで一歩離れた場所で
そしてさくらは一度は瞼を伏せたが、すぐに瞳を明るくさせ、父猫に応える。
「私は見守るしかないのかな。始まってしまったものはもう止められないし、私がいまさらどうこうしようとどうにかなるものではないと思う。無責任な気もするけど……」
さくらはそこまでいって言葉が続かなかった。『無責任』それは本当にそうなのか自問自答していた。
「さくらがこの世の
父猫はさくらの気持ちを庇うようにそう言った。そしてまた続けた。
「そして我にできることは魂を
「私のように……か」
さくらは無念を感じつつも、それで良かったのかもしれないと心に思う。
「さくらの場合」
父猫は瞼を閉じ、トーンを落として続けた。
「冥土にはいけぬ」
フリーゼ、きなこ、母猫はハッとした。
「そんな……!まさか……それではただの生殺しではないか!人間というのは
フリーゼは思い余って
さくらは目をひそめ、唇を噛み締めていた。
「さくらが今自身でできることは何もない。ただただ、
冷徹に聞こえたのだろうか、母猫はそう語る父猫の横顔を睨んだ。フリーゼは今にも父猫に再び斬りかかろうとしそうな勢いをみせていた。
「さくらはわかっているようだが」
さくらは頷いた。静かに目を閉じ、しかしかぶりを振った。
「そんなことわからない」
さくらは目をあけ、空を見上げた。
「私にとってはこの魂すら尊い命だと思ってるよ。何度繰り返したって、何度同じ過ちを繰り返したって、私は私でいたい。こうして生きていられるだけでもありがたいよ」
さくらはにっと笑ってフリーゼに振り返った。そんなさくらをみたフリーゼの心は喜びと悲しみが交互に混じり合った。
「ボクは」
きなこが間に入って話を割った。
「ボクはどうなるにゃ」
父に対し、初めて意見するような目つきと言葉を発したきなこだった。
「おまえはキャット・シーとして生きるのみ。さくらの死後はこの地でその天命を全うするのだ」
「そんなのいやにゃ」
「なんだと」
「ボクはさくらと共に生きるにゃ。そしてさくらと共に死ぬ。ボクにもそのくらいの能力はあるはずにゃ。何ができるかわからにゃいけど、さくらと一緒にいられるようにボクはこの命を捧げるにゃ」
そう言って胸を叩くきなこの姿に父猫はそれ以上言葉を続けず、母猫は目を潤ませ、フリーゼは目を細めて口元を緩ませた。
そして少しの間があって、さくらは父猫に向き合った。
「戦争は止められるかな」
「さくらもわかっているだろうが、動き出したものは止まらぬ。そこの姫が引き起こしている
父猫はあえてそう抽象的に言ったのか、いまひとつピンとは来ていないさくらとフリーゼだった。しかしそれでもなにか察したのか、さくらは拳をぐっと握りしめてこう言った。
「わかった。もしこれから私がこのセンチュリオンを去れば、これ以上は開発は進まないかもしれないってこと?」
「さくらの与えるもの、それはただの『
父猫は淡々とそう言った。さくらから好き好んで聞いていた地球の歴史。主に近代について。その中で出てきた大きな戦争は、父猫にとっても印象深いものであったようだ。
「いや待ってくれ」
フリーゼが何かに勘付いたようで、目を見開いてそう言った。
「それではさくらちゃんがこの国からいなくなればいいってことか。その存在が無かったことにすることはできなくても、今からさくらちゃんが遠くに行って仕舞えば今以上に事を進めたり大きくしなくて済むってことか?そんなことはさせない!いやだ!私はさくらちゃんと離れたくない!」
フリーゼはまるで駄々っ子のように首を振り、目の前にある事実を認めず、現実から目を背けるように目を閉じた。それはかつて子供の頃の幻影を、さくらに重ねるかのように。
さくらはもうそれ以上、フリーゼにかける言葉はみつからなかった。悲しみにくれるフリーゼを見つめ、そのフリーゼにとってようやく見つけた一つの希望であるさくらが、すぐそばにあると思っていたものがなくなってしまうという切ない思いは、さくらには痛いほどよくわかるものだった。そんなフリーゼを眼下におき、自分は今何をすべきなのか、何を決断すべきなのか、わからずにただ佇むさくらときなこだった。