異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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8 娯楽をひろめる

「そうそう、そうやってグルグルとたくさん練ってみて」

「さくら……これすごく大変だにゃ……」

 

 二人は朝からマーケットに出向き、あらゆる食材を仕入れていた。そして公園の屋台で、なにやら作業をしている。

 

「さくら、これはなんなのにゃ?」

 

 大きなバケツに透明で粘り気のあるものを混ぜさせられていたきなこが、少し不満げにさくらを見上げた。

 

「これは水飴っていうの。少し食べてみる?」

 

 さくらはシャッシャッと作っていた木の箸のようなものに、きなこが練り上げた水飴をすくい、それを渡す。

 

「わわ!すごく甘くて美味しい。それに不思議な舌触りだにゃ」

「うふふ、そうでしょう。こうやって練りながら食べるんだよ」

 

 さくらは実演してみせる。水飴は食べている最中にも二本の箸でグルグルと練りながら味わうのだ。そうすると楽しいし、余計に美味しくなる気がする。

 

「へえ、面白いものだにゃぁ。これも売り物にするのにゃ?」

「うん、もちろん。でもね、ただ売り物にするだけじゃないんだ」

 

 さくらは宿でなにやら紙に絵を描いていた。何枚もせっせと作るので、それをきなこは楽しそうに眺めていた。

 

「さっきの紙に描いた絵を使うんだにゃ?」

「そうそう。きっとみんな楽しんでくれると思うなぁ」

 

 

 

 やがて公園にだんだん人が集まり始めた。さくらたちの屋台は一等地とはお世辞にも言えなかったが、噴水と競技場の間に位置しており、人通りはそれなりに多い場所であった。

 

 さっそく二人はとんかつの下ごしらえを始める。きなこは揚げ担当、さくらはキャベツの千切りと米を炊いた。

 

 厚紙でできた弁当箱にご飯を詰め、キャベツを敷き、揚がったとんかつに切れ目を入れてご飯にのせる。昨日から仕込んでおいた特製ソースをかけて、ソースかつ弁当の完成だ。

 

 匂いにつられやってきた人たちが、少し早めのランチにと列をなし始めた。

 

「なにこれ、すごく美味しい」

「サクッとしてジューシーだわぁ。こんなの食べたことない」

 

 ベンチや芝生で食べ始めた人々は口々に評価を口にし、その評判がさらに広がっていった。

 

「さくら……揚げても揚げてもキリがないにゃ」

「こっちももうご飯がないや……どうしよう」

 

 嬉しい誤算というべき盛況ぶりで、まだ昼前だというのに食材が尽きかけていた。

 

「さくら、ちょっとボク、マーケットに行って買い物してくるにゃ」

 

「えっ、あ、ちょっと!」

 

 なにを買いに行くつもりだろう。きなこはタタっと四つ足でマーケットへ駆けていった。

 

 しばらくすると、大きな風呂敷を首に巻いてきなこは戻ってきた。

 

「さくら!これに挟んだらどうかにゃ」

 

 きなこが買ってきたのは、大量の食パンだった。

 

「わあ、カツサンドだね!いいね」

 

 さっそくさくらは食パンの耳を落とし、キャベツとカツを挟んで新しいメニューを提供し始めた。客足はさらに途絶えることなく、昼時ということも相まって、噂が噂を呼び、行列は昼過ぎまで続いた。

 

「はぁ~~……つかれたねぇ……」

「ほんとだにゃ……ボク、こんなに大変だとは思わなかったにゃ」

 

「続けられそう?」

「もちろんにゃ。さくらと一緒ならなんでもがんばれるにゃ」

 

 二人は鼓舞しあいながら、今日の盛況を噛み締め、これから続く商売の未来を想い描いていた。

 

 さらに、先ほど大量に切り落としたパンの耳を軽く油で揚げ、砂糖をまぶして紙袋に入れ、ちょっとしたおやつとして売り出す。

 

「さくらはたくましいにゃね。こんなの思いもしなかったにゃ」

「私はね、なんでもできるんだよ」

 

 さくらはまた、前世の年老いた面影を滲ませてきなこに微笑んだ。

 

 

 

 片付けを済ませるころ、時刻はちょうど午後三時ごろ。賑やかな公園にも少し落ち着きが戻っていた。

 

 さくらときなこは打ち合わせ通り、水飴と絵の描かれた紙を準備する。きなこは客集めを始めた。

 

「さ~みなさん!お子さんをお連れの方!美味しい水飴と一緒に、お芝居をご覧になりませんかにゃ~?」

 

 きなこは口上を叫ぶ。その様子はなかなか様になっていて、さくらは感心した。

 

「みなさ~ん!今日はサービスデイですよ~!」

 

 本日は無料で水飴を配り、集客を図る。ゼロから始めるこの世界ではまだ存在しない商売、損して得取れの精神で、まずは人々に周知させるのだ。

 

「なんだなんだ」と人が集まり始め、やがて十五人ほどの親子連れや子供たちが集まったところで、きなこは水飴を配り始めた。

 

「こうやってグルグルとお箸で練って遊んでくださいにゃ~!」

 

 きなこは説明を添えながら水飴を行き渡らせていく。

 

「おお、なんだこりゃ」

「おいしい!」

「歯にくっつく!詰め物がとれちまう!」

「あはは、気をつけて食べてくださいね」

 

「練れば練るほどやわらかくなりますよ」と追加の説明も加え、いよいよ始まる。

 

「これより!紙芝居をはじめますにゃ~~!」

 

 あたりがざわつく。初めて見る光景に、集まった人々の視線が一斉に、にこやかに微笑むさくらへ注がれた。

 

「昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」

 

 さくらの芝居が始まる。

 

「どんぶらこ~どんぶらこ~」

 

 聴衆は皆、口を半開きにしてさくらの語りと紙の絵に釘付けになっていた。

 

「ももたろうはサル、キジ、犬とともに鬼ヶ島に行き~」

 

 日本古来の物語に、人々は呆気にとられていた。なんともファンタジックで奇妙な内容に、理解が追いついていないようだった。

 

「やがてももたろうは鬼を退治し、平和な世の中になったとさ。めでたしめでたし~!」

 

 終幕。あたりが一瞬凍りつく。さくらは「あれ?」という表情で片頬を上げ、一筋の汗を光らせた。きなこも太鼓とバチを持つ手を止め、さくらを見上げる。

 

「…………」

 

 まずい、これはやってしまったか。

 

 紙芝居が受けるかどうかなんて、正直分からないまま始めてしまった。さくらはただ、皆に楽しんでもらいたかっただけなのだ。

 

 何もない時代を生き、食事すらままならない戦後を経て、日本が豊かになる道筋を、彼女は身をもって経験していた。娯楽にどれほど助けられたことか。たったこんな絵で、物語で、どれほど心を救われたか。そんな思いではじめたこの紙芝居。

 

 走馬灯のように、それらの記憶が一瞬のうちに胸をよぎった。

 

 そのとき。

 

 拍手が巻き起こった。

 

「楽しかった!」

「面白かった!」

「水飴も美味しかった!」

 

 笑顔でそう言いながら、人々は惜しみない拍手を送った。あたりにいた人たちまで「なんだなんだ」と集まってくる始末だった。

 

「あ……ありがとうございます!」

 

「さくら、やったにゃ。これはうれしいにゃ」

 

 さくらは涙ぐみ、目尻をぬぐった。きなこも褒めてくれる。「よくやったにゃ」と。

 

 こんなに聴衆に喜んでもらえるとは思わなかった。一瞬の不安は霧散し、さくらときなこは人々に頭を下げ、「また来てください」とお礼を述べるのだった。

 

 

 

 宿に戻った二人は反省会を開いていた。

 

「あんなに喜んでもらえるとは思わなかったよ」

「さくらの演技はとてもよかったにゃ。ボクも途中から夢中になっちゃったにゃ」

 

「よぉし、私の知ってる物語を全部紙芝居にしちゃおう。きなこ、手伝って」

「まかせといてにゃ」

 

 この日二人の屋台は盛況のまま初日を終え、また二人は新たな挑戦に着手するのだった。

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