異世界でとんかつ屋さんとして生きていきたい   作:藤沢春

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9 価値

 ここ『センチュリオン王国』では『王都貨幣』という通貨が流通している。

 通常は『金貨』『銀貨』『銅貨』(それぞれ日本円に換算すると、上から一万円、一千円、百円ほど)が一般的に用いられるが、稀に『白金貨』が金融機関で取り扱われることもある。

 

 さくらは猫一家と暮らしている間、街に働きに出ることはなかったが、綿や麻の栽培をしたり、父猫が狩ってきた獣の革を剥ぎ、それを用いて服を仕立てたりした。

 それを父猫とともに「調査」という名目で行商人を足止めし、服や素材を買い取ってもらっていたため、わずかながらも金銭を得ていたのである。

 

 その蓄えを開業資金にあてようと考えていたのだが、実際には王政が推し進めている『店舗拡大事業計画』に応募が殺到しており、貸店舗には空きがなかった。

 そこでさくらたちはやむなく『移動販売車』を借りることに決めた。レンタル代はかかるものの、店舗を借りる際の諸経費に比べれば負担は少なく、仕入れに資金を集中させることができたのである。

 

 今のところ一番の出費は宿代であり、安宿といえども大きな負担であった。ここをどうにか改善したいと常々思っていた。

 しかし、思いのほか『とんかつ屋台』は幸先よく繁盛を見せ、懐は比較的あたたかい状態にあった。

 

 とある日の朝。

 

「さくら、ずいぶん儲かっているにゃ」

 きなこが帳簿をつけながら、ここ数日の売り上げを見てぽつりと呟いた。

 

「うん、ありがたいね。でもちゃんと貯めておかないと。いざ赤字になったときに困るから」

 

 内部留保を持つ。商売の基本である。

 さくらは紙芝居の作成や新しいメニューの構想を練りながら、そう答えた。

 

「でも、この宿にずっといるのはちょっと勿体ない気がするにゃ」

「うーん、店舗を借りられたら、そこに住めるんだけどねぇ」

 

 悩みは尽きない。しかし商売とは本来、困難の連続であると初めから覚悟していた。

 

「でも、いきなり全部うまくいくわけないよね。儲かっているだけでもありがたいことだよ」

「そうだにゃ。ひとつひとつ解決していけばいいんだにゃ」

 

 そうして二人は身支度を整え、仕入れのためにマーケットへと向かった。

 

 

 

「えっと、あれとこれと……」

「さくら、今日はパン粉が安いにゃ。たくさん買っておこうにゃ」

 

 二人はマーケットで、あらゆる食材や調味料の価格とにらめっこしていた。

 少しでも安く仕入れたいが、市場の値段は常に変動するため、うかつに買うのも危うい。早く安定した仕入れルートを確立したいと考えていた。

 

「おや、ネコチャン、計算ができるのか。すげえな」

 果物商の店主がきなこに声をかけた。

 

「そうにゃ。さくらが数字も文字も、計算まで教えてくれたにゃ。あと、我は猫ではない。神聖なる魔獣であるぞ」

「へえ、そりゃ驚いた」

 

 店主と軽口を交わすきなこを横目に、さくらは付け合わせやソースに使う野菜やフルーツといった素材の値段を交渉し、値切りを進めていった。

 

 

 

「魔導コンロを使うと、エネルギー効率がいいですよ」

 雑貨屋の店主、クラシェド・ローゲンスが勧めてくる。

 

 さくらは常々、油の鍋に火をかけるのに薪を燃やすのが手間だと感じていた。火持ちが悪いので薪代も馬鹿にならず、後片付けも大変である。

 その悩みを一挙に解決するのが、この魔導コンロだった。

 

「なるほど……これなら一日に一度、魔導商会に行って、このボンベに魔力を補給してもらえば、半日は熱源が保てるのですね」

「さようです。一日の薪代より魔導エネルギー代のほうがお安く、手入れを欠かさなければ、ほぼ半永久的にご使用いただけます」

 

 メンテナンスや毎日の補給といった手間はあるが、今までより格段に楽になる。

 

「わかりました、これをください。おいくらですか?」

「ありがとうございます。金貨20枚になります」

 

「「うえ!?」」

 

 二人は仰天し、慌てて財布の中身を確認した。しかし手持ちは金貨3枚分しかない。

 必死に値切り交渉を試みるも、店主ローゲンスは首を縦に振らなかった。

 

「月賦もできますよ」

 

 要するにローン払いである。さっそく手付金として金貨2枚を支払い、残りは月末に払い続けていくということになった。

 きなこの帳簿による信用が功を奏した結果であった。

 

 続いて食器類。鍋やフライパン、包丁、オタマ、フライ返し、菜箸などの調理器具は、保健所でレンタルできていたので助かっていた。

 しかし弁当箱やカトラリーの種類はまだ定まっていない。今は厚紙の簡素な弁当箱や、自作の箸やフォークでしのいでいる状態だった。

 

「使い捨て食器も、ちょっともったいないねえ」

「食べ終わったら返してもらったらどうにゃ? ボクがまとめてあとで洗うにゃ」

 

 なるほど、とさくらは思った。

 まるでショッピングモールのフードコートのように、セルフサービスでお盆を使って芝生やベンチで食べてもらい、食器を返却してもらう仕組みだ。

 テイクアウトには従来の弁当箱を使えばよく、大幅な経費削減につながる。

 

「うん、それいいね!」

 

 二人は雑貨屋で食器を仕入れ、箸やフォークはまた自作することに決めた。

 

 

 次に訪れたのは食肉加工業者。ここで直接肉を仕入れられれば、大きな助けになる。

 

「仕入れの量が多ければ安くできるぜ」

 と畜業者の店主が言った。規模の力、さくらはその意味を理解する。

 

「今は屋台なので大量には仕入れられませんが、いずれお店を持てたら、たくさんお願いしたいと思います」

 

 交渉成立。小さなことから信用を積み重ねていかなければならない。その第一歩であった。

 

「では豚肉のロースとヒレ、それにひき肉もお願いします」

「よっしゃ、任せとけ!」

 

 こうして今日の営業分の肉を仕入れた。これでメニューは三種類、ロースカツ、ヒレカツ、メンチカツ。

 

 とんかつ弁当は銅貨五枚、ヒレカツ弁当は銅貨六枚、メンチカツ弁当も銅貨五枚。

 カツサンドはそれぞれ一枚引きで、甘い揚げ耳・塩揚げ耳・串カツ・水飴はどれか一つと紙芝居鑑賞がセットで銅貨一枚。

 

 とんかつ屋台としては、なかなかに豊富で魅力的なメニュー構成となった。

 

「よかったにゃ、さくら。これで一丁前のお店だにゃ」

「うん、まだやりたいメニューはあるけど、少しずつ増やしていこうね」

 

 二人はゆっくりと、だが確実に、その道を歩んでいった。

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