大和 サイド
BoBの予選を終え、GGOからログアウトしたオレ達。本来なら一直線に帰宅する所だが、死銃についてキリトと認識をすり合わせる為、急きょ公園に寄り道する事にした。
「―――んで、お前は死銃の何に怯えちまったんだ?」
自販機から適当に缶コーヒーを二つ買い、片方をベンチに座っている親友に投げ渡す。無言でキャッチした彼は暫くそのまま缶コーヒーを握ったまま俯いていたが、オレが隣に座ると絞り出すような声量で呟いた。
「……死銃は、SAO
「な、に……?」
オレ自身、反応して出てきた声が震えていた。和人がSAOをクリアしてから既に一年。もう二度と関わる事は無いと考えていたラフコフが、今になって再び動いている……?
「……苦しい事聞くけどよ……ソイツの特徴、思い出せるか?」
「右腕に、エンブレムを付けていた。顔は、分からない。髑髏の仮面を付けていたから、声もエフェクトがかかっていて……でも、あの切れ切れな口調……SAOのどこかで、聞いた気がする……」
カーソルを合わせてもグリーンかオレンジ、そしてHPゲージしか表示されなかったSAOに於いて、人探しの決め手は顔立ちや声、体格、得物だった。死銃もキャラネームをわざわざ漢字で’死銃’にしたり、アルファベットやカタカナで’デス・ガン’にしたりはしていない筈だし、何よりSAO時代の名前そのままな訳でもなさそうだ。でなきゃSAO時代の事を知っている和人に接触してくるのはリスクが高い。つーか、なんかどう考えても向こうのメリットが無さそうで……いや、あのトチ狂った連中の事だ、オレ達には理解できねぇ行動原理があるのだろう。
「切れ切れな口調、ねぇ……」
口にしてみて、確かにそんな特徴のあったヤツが幹部クラスにいた気がする。とはいえ、最低でも一年半は会っていないレッドプレイヤー共の名前なんざ全員正確に覚えちゃいないし、名前と特徴を覚えている……記憶に焼き付いたままなのはリーダーの
「あークソッ、忘れていたのがマイナスになるとか、何の冗談だってんだよ」
つとめて明るくそう言って、缶コーヒーを一息に半分ほど飲む。熱と苦味が一気に口内と喉へ広がり、思わず顔を顰める。
「……なぁ、一つ聞いていいか?」
「ん?」
未開封のままの缶コーヒーを握りしめ、和人は俯いたまま口を開いた。黙って続きを促すと、ややあって彼の唇が動く。
「俺……あの時何人、殺したんだっけ……?」
「っ……それ、は……分からねぇ……見てなかったから、な……」
嘘だ。本当はかつてクラインから五人と聞いている。けれどそれを言ってしまえば、和人の心がバラバラに砕けてしまいそうだった。
「俺……俺……思い出せないんだ……!ハルが一度死んで、そこから先が……何一つ……!」
「お前……」
「……分かるのは、壊れそうだった俺を、お前や明日奈が体を張って止めてくれた事と、クラインがハルを救ってくれた事……そして、何人かを、この手で殺めた自覚があった事だけだ……」
和人はさらに体を縮こまらせる。その肩の震えは、決して寒さからくるものじゃない。
「……優しすぎる、お前は。あんな連中の事引きずって、罪の意識に苦しむ必要なんざどこにもねぇよ」
「俺は……そう強く、割り切れないよ……!」
「いいさ別に。お前や、桜達を害するヤツらを
弾かれたように顔を上げる和人。親友を安心させる為に一度肩を叩いて笑いかけると、缶に残ったコーヒーを飲み干す。
「オレにとって、敵を始末すんのと―――」
空き缶をゴミ箱めがけて投擲する。狙い違わず缶はゴミ箱に吸い込まれ、意外と響く金属音を鳴らした。
「―――今みたいにゴミ捨てるのに、大した違いは無いんだって。そう言い切る自分がいる事に、漸く折り合いがついたんだよ」
異常な事を言っている自覚はある。SAOの二年間で、オレの精神や心は歪んでしまった。世間一般の良識が抜け落ちた訳では無いけれど……仲間を、大切な人達を苦しめるような輩を排除するのに躊躇いや忌避感を抱く事は無い。それこそゴミを不要だからと捨てたり、道端の石ころを邪魔だからと蹴り飛ばしたりするのと同じくらいに。
「お前はお前らしく、その心のままに剣を振るえばいい。ラフコフに……過去の亡霊に立ち向かうのは、オレの役目だ」
例えもう一度、
「今日はとっとと帰って、ちょっくら明日奈とかハル達と雑談でもして寝ちまえ」
振り返らずにそう告げる。らしくない事を言った気がして何だか恥ずかしくなってきたし、オレよりか明日奈達と何気ない会話をした方がずっと和人の心は癒される。
「そういうお前こそ、桜に顔見せておけよ」
「あ?」
予想外な親友からの反撃に、思わず振り返る。彼はまだ強張っているもののちゃんとした笑みを浮かべており、漆黒の瞳には小さくとも確かな光が宿っていた。
「無理すんなって。今更強がって本音隠すような遠慮は―――」
「―――強がりでもなんでも!お前の背中を預かるのは俺の役目で……!そうしたいって……そうでありたいって願っているのも、俺の本心なんだ……!」
彼の震えは止まっていない。けれどもその眼差しは一切揺らがず、オレを射抜く。
「何より、お前も……お前だって……お、俺の護りたい人達の中にいるんだよ!」
「―――!」
その真っ直ぐな言葉に込められた想いを理解した途端、顔が熱くなる。何でコイツはこうバカ正直にドストレートな発言をするのか。
「おま、言葉を選べって……」
滅茶苦茶な程照れる自分に戸惑いながら、そう絞り出すのが精一杯だった。一つ深呼吸をして心を静めようとつとめても、中々顔から熱が引かない。
「改めて……手を貸してくれ、
「……任せろ、
いつも通りに互いの手を掲げる。静かな夜空の下で、拳が軽くぶつかる音が、小さく響いた。
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クロト サイド
深夜、それも日付が変わって幾らかの時間が過ぎた頃、オレはALOにダイブしていた。珍しく現実世界と同様に夜空が広がる妖精の世界を巡り続ける鋼鉄の浮遊城の外壁に一人手を這わせる。
(あの時、この層の中で……オレ達は殺し合った……)
新生アインクラッドではまだ解放されていない、二十代の層。その内の一つに存在していたとあるサブダンジョンが、
(きっと、この為だったんだろうな……)
あの時のような本当の命を懸けた殺し合いには及ばずとも、それに近しい戦いの場を求めつづける衝動が何故あったのか。どうしてSAOにいた頃は恐れ続けていた冷酷な自分を受け入れ、手札の一つにしようとしつづけていたのか。
―――
帰還者学校や仮想世界で過ごす日常や冒険の中で、キリトもサクラもアスナも……いや、仲間の誰もが少しずつ
「今なら……向き合えるかもしれない……」
あの時の殺戮の記憶と。レッドプレイヤー共の命を、不要だと冷たく切り捨てた自分自身と。
(サクラには……会わなくて良かったな)
相棒からの気遣いを無碍にするのは心苦しかったが、もし今彼女と会ってしまったら……GGOの死銃について、何か気付かれてしまいそうだった。ましてやこれからあの殺し合いの記憶を呼び起こそうとしているのだ。彼女まであの忌避すべき記憶を思い出させる訳にはいかない。
「カァ」
「ヤタ……そっか。そういえば、お前はSAOでのオレの事、殆ど見てきたんだよな」
肩にとまった小さな相棒が、己の存在を示すように翼を広げては折りたたむ。いつの間にか強張っていた体から幾らか力が抜けていくのが分かった。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸を一つ。それで精神を静めたオレは、淡い月明りに照らされた静寂な夜空の下で、瞼を閉じて額を浮遊城の外壁に押し当てた。
―――打ち鳴らされる剣戟。誰かの悲鳴と、狂気に満ちた笑い声。そして破砕音。
薄暗いダンジョン内で繰り広げられたラフィン・コフィン討伐戦の間、それらは常に響き渡っていた。PoHによって理性のタガを外され、壊されたラフコフ共の大半は他者を殺すどころか自分が殺される事にすら抵抗がなくなっていた。
故に攻略組がどれだけHPを削り降伏を迫っても、ヤツ等は狂った笑みと共に剣を振るい続けてきた。圧倒的なレベル差に守られていたとはいえ、攻略組の多くはHP全損だけは犯してはならない禁忌として越えられず、やがて本気で殺しにかかってくるレッドプレイヤー側に戦況は傾いて行った。
(その中で、オレは……)
PoHと、もう一人の男……幹部クラスと目されていた頭陀袋を被った毒ナイフ使いの男と戦った。残念な事に名前が出てこないが、とにかくガキっぽくやかましいヤツだった。少なくとも今日キリトが会った死銃の、切れ切れな口調という特徴とは合致しない。
(もしかして、戦わなかった……?何故?あともう一人、幹部クラスがいた筈だ……!)
PoHの様に激しく扇動的ではなく、毒ナイフ使いの男の様な騒がしさもなかったが、二人の横で静かに佇んでいた剣士がいた。
(ヤツの顔は……?特徴は……?)
仮想の肉体から、急激に熱が失われていく。もうやめろ、思い出すなと心が叫ぶ。だが、それでも―――!
(オレが……討つんだ!)
サクラやキリト、アスナ達に再び刃を向ける者を……斬り捨てる。
―――それでいい。それが
決意を固めた時、感情の無い冷たい声が内側から聞こえた。閉ざした視界の中に、一人の男の姿を幻視する。
―――殺そうとしてくるヤツがいたら、先に殺す。仲間を生かす為に他者の命を斬り捨てる。それが
最低限の装甲しか備えていない漆黒のハーフコートを筆頭に、機動性重視の軽装に身を包んでいるのは……
―――さぁ、もう一度
(ああ……!)
それは
脳裏に次々と記憶が蘇る。手にした弓に矢を番えながら照準し、発射。その先で射抜かれた誰かが
過去に自分が行った殺戮の光景を見て―――何も感じなかった。この手で次々と殺めていった者達の怨嗟の声を幻聴したり、こちらへと憎悪を向けてくる姿を幻視したりする事は無い。レッドプレイヤーの屍をいくら積み上げようとも、それが間違いだったとは思えない。あの時の記憶と向き合って、改めてオレはそう認識する。
(にしても……あと一人の幹部は何処だ?戦わなかったとしても、どっかで姿を見たような気がするんだが……)
―――殺したんだぞ……!
どす黒い憎しみと殺意に満ちた、それでいて空虚な相棒の声が蘇る。あれは大局が決し、生き残ったレッド共が捕縛されていきはじめた時だったか?
(けど、何で今それを思い出しているんだ……?)
少し関係なさそうな記憶だが、それでも妙に何かが引っ掛かる。
―――そいつがハルを殺したんだぞ!!
確か……そうだ。あの時の相棒は唯一の肉親を奪われた憎悪に支配され、もう戦えない相手であっても斬ろうとしていた。オレのようなタガの外れたヤツならともかく、彼のような本来優しいヤツが一時の激情のまま、無抵抗の相手を斬殺したらダメだという一心で止めたんだ。
漸く思い出してきた。PoHの横にいなかったもう一人の幹部……そいつがハルを拉致し、キリトの目の前で殺し……怒り狂った彼に打ち負かされたんだ。
結果的に生かしてしまったレッドプレイヤー……あいつの名は、何だったか……?
(あークソッ!思い出せねぇ……)
結局PoH以外のレッド連中の名前は思い出せず、GGOの死銃として活動しそうな輩の目星もつかなかった。だが、あの時の記憶のどこかに、死銃の正体がいるという直感が頭から離れない。
(あとは……野郎と直接向かい合うしかねぇのか……?)
できればその前に死銃のSAO時代の名前を特定したいが、そう都合よく自分が思い出せる自信が無い。とすればGGO内でヤツの殺人を止める、これしか方法が見つからない。
(ダチに、仲間に手ぇ出すなら……容赦しねぇぞ、亡霊共)
姿や正体の見えぬ相手に静かな殺意を固め、オレは浮遊城から離れる。SAOの負の因縁を、この手で断ち切る。その決意を胸に秘めて。
気づけば今日から四月……
兄の方が夜勤のシフト入り始めたので、もしかしたらペース落ちるかもしれません。元々不定期更新だったので、ペースもクソもあるか!ってツッコミされればそれまでですけど(汗)