SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 お久しぶりです。最近のFGOやモンハンが賑わっていて、ちょっと脱線してました。

 まぁ、今回が難産で中々納得の出来にならなかったのもありますが……


百一話 慟哭

 クロト サイド

 

 路上に放棄されていた車両の残骸をジャンプ台代わりにして、バギーを跳躍させたオレが後ろを振り返った時、真っ先に視界に飛び込んできたのは視界を塗り潰さんばかりの大きなマズルフラッシュだった。その中から飛び出した弾丸を認識した途端に時間感覚が引き延ばされ、目に映る光景全てがゆっくりと流れていく。

 下方へと飛翔していく弾丸は、ぼろマントから右側へと逸れていく。外れた、と思った弾丸は、しかしアスファルトの代わりに横転していたトラックの胴を穿った。比較的新しかったソレは瞬く間に火柱を上げ炎上し、すぐ傍を駆け抜けようとした機械馬をも飲み込んだ。

 そこまで見届けたオレは、落下していくバギーが着地時に横転しないよう、再び運転に専念する。ダメージを受けない程度ではあるが大きな衝撃に身を揺さぶられながら路上へと降り立ったところで、トラックの爆風が背中を軽く叩いてきた。

 

 「お疲れ、シノン」

 

 キリトが柔らかな声色でシノンを労うのを後ろで聞きながら、オレは砂漠エリア洞窟を目指して再びバギーを走らせた。

 

 ―――あのぼろマントはまだくたばっていない。

 

 そんな確信めいた予感が、胸中から消える事は無かった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 幸運にも他のプレイヤーと遭遇せずに目当ての洞窟に入り込めたオレ達。キリトの足の欠損は時間経過によって回復し、減少していたHPも支給された回復アイテムを使ったのでジリジリと増加している。その時間を利用し、オレ達は互いにあったことを話して情報共有に努めた。

 

 「―――しっかし、なるほどなぁ……光学迷彩装備とか、まったく思いつかなかったぜ」

 

 「ボス専用、って考えがプレイヤー間の共通認識だったけど、その効果を得られるアイテムがあっても不思議じゃないわ」

 

 シノンの言葉に納得したオレは、そっと視線を洞窟の出入り口へと向ける。ここは地面が荒い砂で、いくらぼろマントが透明になろうが足音や足跡で接近に気づく事は充分に可能な筈だ。その事を確認したオレはヤツとの再選に備えて身支度を整える。

 とはいえグレネードの類や支給された応急キットは使い切ってしまい、残っているのはP90とナイフのみ。空になった弾倉をストレージに放り込み、逆に弾の詰まった予備弾倉をオブジェクト化してポーチに収める以外にする事なんてない。六割前後の残量を示すHPゲージに溜息をつきそうになるのを堪え、ふと自分の右手を眺めた。

 

 (大丈夫。化け物から、ちゃんと戻れてるな……)

 

 敵と定めた者の死を……殺す事を厭わない冷徹な、殺人鬼と言われた頃に意識を近付けた状態で、幾人も撃破したけれど、キリトの反応を見る限り、今はいつも通りに戻れているみたいだ。

 あのぼろマント……死銃(デス・ガン)に立ち向かうには、今度こそあの頃に堕ちる必要があるが……きっとまた相棒は責任感じそうなんだよな。折り合いはついたって昨日言ったが、それでもこっちを気にするくらいお人よしなのがキリトだし。

 

 「ペイルライダーは被害者、銃士Xは無関係なヤツ……で、スティーブンが死銃(デス・ガン)のキャラネームっつう訳か」

 

 「まあ、消去法でそうなるんだろうけど……うーん」

 

 「どしたキリト?」

 

 やや歯切れの悪い様子の相棒が気になり、何に引っかかっているのか続きを促す。

 

 「このSterbenってさ、確かスティーブンじゃなくて、別の読み方だった気がするんだよなぁ……ええと、昔参考書で見たような……」

 

 「参考書?一体何のだよ?」

 

 「それが思い出せなくって引っかかっているんだよ」

 

 大きくため息をついて頬杖をつくキリト。Sterbenの読みが気になるのはオレも一緒だが、今はそれよりも死銃(デス・ガン)をぶちのめす方が先だ。

 

 「ンな事は後で調べりゃいいだろ。とりあえずお前の回復が終わったら出るぞ。山勘で放り込まれたグレネードでお陀仏ってなっちまったら、あの野郎が好き勝手に暴れるのは目に見えてる」

 

 「……そう、だな。シノン、君とはここでお別れだ。本当はログアウトして欲しいけど……大会中はそれもできないもんな」

 

 「え……?」

 

 大人しく蹲っていたシノンが、キリトの言葉に顔を上げた。

 

 「また、あの男と……戦うの……?」

 

 「ああ。あいつは強い。俺一人じゃ、勝てないかもしれない……でも今は相棒がいるから、絶対に負けないさ。それにアイツを倒さなきゃ、君を守るっていうさっきの言葉が嘘になるからな」

 

 「どうして……怖く、ないの……?」

 

 戸惑う彼女から零れたのは、掠れた声。視線がふらふらとオレ達を交互に彷徨う、普段とはかけ離れた弱弱しい姿に、どう答えたものかと考える。するとやはりというべきか、キリトが先に答えた。

 

 「怖いさ。昔の俺だったら、そんな風に思う余裕が無かったけど……今はそうじゃない。死にたくない……ううん、帰りたいって思う場所ができて、守りたい、一緒に生きたいって願う人達がたくさんいるから」

 

 「帰りたい……守りたい……」

 

 「つってもお前、未だに自分を顧みない無茶やるけどな」

 

 「その時はお前が守ってくれるだろ?お前が守るって決めた中に俺がいて、俺が守りたいものの中にお前がいる……それが黒の剣士と遊撃手(おれたち)じゃないか」

 

 ……何でこう、そんな気恥しいセリフがナチュラルに言えんのかなキリトは。不敵な笑みと共に拳を掲げる姿が様になっていて、こみ上げてくる恥ずかしさを隠すべくオレも拳を合わせた。

 

 「よし。回復も終わったし、俺達は行くよ。シノンはもう少し休んでいてくれ」

 

 相棒の言葉を背に、一足先に洞窟から出ようとして

 

 「―――私、逃げない」

 

 「……は?」

 

 シノンの予想外な一言に、足を止めた。

 

 「私も、外に出て……あのぼろマントと戦う」

 

 「……ダメだシノン。アイツに撃たれれば、本当に死ぬかもしれない。接近戦ができる俺達は対応できるけど、君はそうじゃない。もし透明化で、懐に潜り込まれてしまえば……」

 

 振り返ると、彼女の前に相棒が立ち塞がり、説き伏せようと言葉を紡いでいた。薄暗い洞窟のため俯き気味なシノンの表情は窺えず、何故に自分から命の危険へ首を突っ込もうとしているのか解らない。

 

 「死んでも構わない」

 

 「……え?」

 

 「おいシノン、テメェ今何つったか解ってんのか?」

 

 彼女の口にした内容が内容なだけに、こちらの言葉も自然と荒くなってしまう。いつもなら此方に対抗するかのように語気を荒げて噛みつき返してくる筈の狙撃手は……あくまでも平坦だった。

 

 「私、アイツがすごく怖かった……死ぬのが恐ろしかった……情けなく、悲鳴を上げて……でも、それじゃダメなの。そんな弱い私のまま生きるくらいなら……死んだ方がいい」

 

 「死ぬのが怖ぇのは当たり前だろ。怖くないヤツなんざ、頭のイカれた野郎しかいねぇっての」

 

 脳裏によぎるのは、かつてアインクラッドで殺し合ったラフィン・コフィンのメンバーとリーダーだったPoh。相手を殺すどころか、自分が殺されるのも厭わない所まで狂気に染まった輩と同じ思考を持ったヤツがそうそういてたまるか。

 

 「もう怯えて生きるのは……嫌だし、疲れたの。別にいいじゃない、私一人でも戦えるわ。それで死のうが、アンタ達には関係ないでしょ」

 

 「……一人で戦って、一人で死ぬ。そう言いたいのか君は?」

 

 ゆらりと顔を上げたシノンの眼差しを受けたキリトが、硬い声で静かに問いかける。一方でオレは、彼女がヤケを起こしていると悟り、こっちから何を言ってももう聞く耳持たないだろうなと匙を投げたくなった。

 キリト達仲間の命に比べれば、GGOで知り合い程度の間柄でしかないシノンの命の優先度はずっと低い。これはオレの歪んだ価値観からくる独断だが、捨て鉢になった彼女が余計な手出しをしてキリトが危険に晒されるくらいなら、ここでHPを全損させて切り捨てるのもアリかと静かにナイフの柄に手を添えた。

 

 「もし自分が死んでも、誰も悲しまない……本気でそう思っているのか?だとしたら、君は間違っている」

 

 「だから何?アンタには関係ないって言ったでしょ」

 

 「あるに決まっている!一緒に買い物して、一度は真剣勝負して!決着をつけようって約束したじゃないか!そんな君が死んだら……俺は悲しい!」

 

 「うるさい。誰も悲しんでくれなんて頼んでない!」

 

 段々と感情的に声を上げ熱くなる二人とは対照的に、オレの意識は冷ややかに化け物側へとシフトしていく。昨日出会ったばかりの者に手を伸ばし続けるキリトの優しさは、人として尊いものだが……場合によっては自分の首を絞めかねない。自らを省みない相棒が傷つくぐらいならば……オレが線引きする。それで彼に殴られようが恨まれようが構わない。

 

 ―――大して親しくもない輩の命なんて、幾つあろうが親友一人の命よりもずっと軽い。

 

 命の価値は等しくあるべき?そんな綺麗事なんざクソくらえだ。オレの中の歪んだ天秤の結果は覆らない。

 

 「―――君にだって家族や友人が、大切な人がいる筈だ!彼らにもそう言って死ぬつもりか!?」

 

 「知った風な口利かないでよ!!」

 

 乾いた音が響く。ずっとキリトが捕まえていた手を振り払ったシノンが、彼の頬を叩いたのだ。

 

 (もういい、やるか)

 

 音を立てずにナイフを引き抜く。元々斬ろうかと考え始めた時からシノンの後ろに少しずつ移動していたので、激高した今の彼女に気づかれる訳がない。そのまま首筋に刃を突き立てれば、それで終わりだ。それなのに、どうして……!

 

 (……何で、止めるんだよキリト……!)

 

 一瞬だけ交錯した視線が、もう少し待ってほしいと告げていた。今無理矢理にでもシノンを攻撃すれば、間違いなくキリトが庇ってくる。それが分かっている為、オレは動けない。

 

 「さっきから鬱陶しいのよ!何も知らないクセに!勝手に首突っ込んできて、何なのよ!アンタなんかに私の何が分かるっていうのよ!?」

 

 シノンがもう一度、相棒へと手を振るう。再び乾いた音が洞窟内に響くが……頬を叩かれたのは彼女の方だった。キリトが持ち前の反応速度でもってシノンの手を掴み、逆の手で反撃していたのだ。

 

 「分からないさ!分かる訳がないだろう!君は何も言わなかったじゃないか!どうすれば強くなれるか聞くばかりで、何のために強さを求めているのかも、君が望む強さがどんなものなのかも―――何に怯え、乗り越えようと足掻いていたのかも!一つも言わなかったじゃないか!ありのままの君の想いで向き合おうとしなかった!」

 

 少女の華奢な肩が跳ねる。いつになく感情を露にするキリトの言葉は全てが正しい訳じゃないが、シノンには刺さる所があったのだろう。先程よりも目に見えて反応している。

 

 「一度でも本気で誰かと向き合おうとしたのか!どうせ自分を受け入れてくれる人なんかいないって、心を閉ざして逃げていただけじゃないのか!?本当に自分の痛みや苦しみを分かってほしいなら……君自身の言葉で!その口で!ちゃんと伝えるべきじゃないのか!どれだけ君を気に掛けて、寄り添おうとする人がいてくれたとしても、君から言わなきゃわからないままなんだ!!」

 

 キリト、まさかお前……シノンに昔の自分を重ねているのか……?だからこそ、命を投げ出そうとしている彼女をここまで引き留めようとしているのか。

 

 「なら―――貴方が一生、私を守ってよ!!」

 

 そこにいたのは、氷の狙撃手ではなく……胸の内で暴れまわる感情のままに本音を叫ぶただの女の子だ。

 

 「私の何を知っているっていうのよ!勝手な綺麗事を押し付けないで!私には誰もいなかった!どこにも居場所なんて無かった!カウンセラーの人の言葉だって、ただの薄っぺらい同情しかなかったのに!!」

 

 溢れ出した涙を拭う事すらせず、ただただキリトに心からの叫びを叩きつけるシノン。ああ、やっと分かった。相棒はただ、シノンが氷の狙撃手という仮面の下で押し殺していた本音を聞きたかったんだ。かつてお前に本音を吐き出させ、その上で向き合ってくれたアスナのように。

 

 「私の……私だけの戦いに、踏み込んでこないで!例え負けて死んでも、誰にも私を責める権利なんか無い!それとも、貴方が一緒に背負ってくれるっていうの!?」

 

 癇癪を起した子供のように、キリトに右手の拳を打ち付ける。間を置かず、ずっと心の奥底に押し込めていたであろう想いをぶちまけた。

 

 「この……人殺しの手を、貴方は握ってくれるの!?一生隣にいてくれるとでもいうの!?」

 

 人殺し?それがシノンの抱える闇だというのか。思わぬ事実にオレもキリトも僅かに硬直するが、シノンはそんな事お構いなしに泣き叫ぶ。

 

 「大っ嫌い!アンタなんか、大っ嫌いよ!!」

 

 頭をキリトの胸に押し当て、止まらない嗚咽を漏らす彼女を見たオレはそっとナイフを仕舞った。

 

 「……ああ、嫌ってくれ。それで君の心が晴れるなら、安いもんだよ」

 

 穏やかな声音で告げた後、相棒はこちらに目を向け、申し訳なさそうに微笑んだ。

 

 ―――付き合わせて悪い。

 

 そう言いたいであろう彼に向かって、許す思いを込めて笑みを返す。オレは親友の、こんな所に弱いのだと改めて理解したのだった。




 ミラボレアス強すぎぃ……ソロで何度も消し炭にされ、真面目にキリトみたいなゲームセンスが欲しくなりました……

 初討伐時に歓声を上げたハンターはきっと他にもいる筈。

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