SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 中々進まない……でも大事な所だし、省略なんてしたくない……


百二話 孤独と傷跡

 クロト サイド

 

 「……アンタの事は嫌いだけど……少し、よりかからせて」

 

 「……わかった」

 

 さんざん泣き叫んで疲れたのか、小さく呟いたシノンはキリトに身を預ける。そして預かった彼は自分の膝を枕代わりにしてシノンを寝転ばせ、そっと彼女の髪を撫でた。SAOでも度々弟を労わる兄としての姿を見せてきたその手つきは堂に入っており、あまりにも自然な流れ故かシノンが拒否する事は無かった。

 

 (って、オレもスルーしてたな……)

 

 やっぱり、キリトには敵わないな。目の前の誰かの為に戦うだけでなく、その傷ついた心までも救おうと手を伸ばし、寄り添う彼の優しさが……オレには眩しい。

 

 (切り捨てようとしたさっきの自分が……情けないな……)

 

 守りたい、助けたいという想いのままに立ち上がれるキリトの強さや諦めない心。それは決してオレが持てない力であり、同時に彼の脆さを内包している。それを冷酷な自分が理解している所為か、こうして自己嫌悪を抱く事はあっても、今のスタンスを変える気はなかった。でなきゃキリトはどこまでも、自分を顧みずに手を伸ばし続け―――その果てに傷つき、心を壊してしまうから。

 

 (結局オレにできるのは……戦う事だけ、か……)

 

 何だ、バケモノにピッタリな単純な役目じゃないか。敵を殺して、仲間が傷つけられるのを防ぐ。その間に出てくる犠牲が何だろうが、仲間と関係ない存在ならどうだっていい。所詮オレはロクデナシの類の人間だ。

 

 「―――ありがとな、クロト。見守っていてくれて」

 

 「お前に丸投げしちまっただけだ。礼を言われるモンじゃねぇ」

 

 「それでも、だよ。ただ居てくれた事が、俺にとっては感謝したいくらいだったんだ」

 

 キリトが座っているのとは反対側の洞窟の壁に背を預けて座り込む。彼は先程から静かになったシノンに穏やかな眼差しを向けたままで、内心を悟られたくないオレにとっては有難かった。

 訪れた静寂にしばし身を任せていると、やがてシノンが口を開いた。

 

 「私ね……人を、殺したの」

 

 それは自分から告げようとしたのか、あるいは無意識の内に言葉が零れたのか。真意は分からなかったが、オレ達の反応を待たずに彼女自らの過去を……背負い続けていた十字架をさらけ出した。

 

 五年前、母親を守る為に強盗から拳銃を奪い、射殺した事。その後銃に対してトラウマを抱え、苦しんできた事。銃を見てもトラウマの発作が出ないこの世界で最強になれれば、過去を乗り越えられる……そう信じようと戦い続け、死銃(デス・ガン)にその希望を打ち砕かれた事。

 

 「―――死ぬのは怖いけど……でも、それと同じくらい、怯えて生き続けるのは辛くて……苦しいの。だから……だから、逃げちゃダメなの……!」

 

 そう言い切ったシノンは、震える体をかき抱く。明らかに無理をしていると分かる様子が痛々しい。

 

 

 「……俺も。俺達も、人を殺した事がある」

 

 「え……?」

 

 「キリトが言ってただろ?前のゲームでオレ達は、死銃(デス・ガン)と殺し合ったってな。アレは比喩でも何でもなく、文字通りの事実だ」

 

 「そして、そのゲームのタイトルは……ソードアート・オンライン」

 

 身を縮こまらせていた少女の肩が跳ねた。当然というべきか、史上最悪のゲームとしてSAOの名は広まっている。それを踏まえれば、シノンの反応だって極々一般的なものなんじゃないかと思う。

 

 「じゃあ、貴方達は……」

 

 「ネット用語で言えば、SAO生還者(サバイバー)って奴だ。そして、死銃(デス・ガン)も。俺は……俺達は、アイツやその仲間と本気で命を奪い合った筈なんだ……」

 

 「で、野郎は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)っつうレッドギルドにいた」

 

 虚空に目を向け、声に震えが混じり始めたキリトから引き継いで、オレはSAOに於ける犯罪者(オレンジ)殺人者(レッド)の存在を明かす。

 

 「ま、待って……そのゲームでHPが無くなった人は、本当に死んじゃったんでしょ……?」

 

 「だからこそ、なんだよ。SAOには現実世界(リアル)と違って法律や犯罪者を捕らえる警察も、裁く為の裁判所も無かった……強要されたデスゲームに順応できなかったヤツ、できてもゲームクリアなんて先の見えない日々で少しずつ心を腐らせていったヤツ……理由はどうあれ、誰だってちょっとしたきっかけで理性のタガが外れちまうような世界で……壊れた奴らにとって、人殺しは一種の快楽だった」

 

 絶句するシノン。そんな彼女に触れるキリトの手が少しだけ強張っているが、まだ話しても大丈夫だろう。

 

 「笑う棺桶(ラフィン・コフィン)はそういう狂った連中の集まりでな。フィールドやダンジョンで他者を襲い、嬉々として殺していった。普通のプレイヤーだって警戒はしたが、ヤツらの手が止まる事は無かった……あの手この手でシステムの抜け穴ついて、次から次へと……な」

 

 一呼吸おいて、告げる。

 

 「やがて看過できなくなって、大規模な討伐パーティーが組まれた。レベルや装備が圧倒的に優れたトッププレイヤーをかき集めて、夜更けに不意打ちして一網打尽。まとめて牢獄に送ってやるっていう計画だったが……結果は血みどろの殺し合いになっちまった」

 

 「そんな……どうして……?」

 

 「情報が漏れていたんだ。俺達もそのパーティーにいたけど、ラフコフに奇襲されたのをよく覚えている」

 

 「あとは……殺しへの抵抗の有無、だな」

 

 「……」

 

 シノンが身を震わせ、当時を思い出したのかキリトも表情を険しくして押し黙る。

 

 「SAOのトッププレイヤーってのはゲームクリアの為に日々攻略でmobと戦ってきた連中でな。GGOでいうmob狩り専門同様に対人戦の心構えとか駆け引きの経験が多くなかった。中にゃデュエルにすら強い抵抗があったヤツもいてな。対してラフコフはプレイヤーを斬る事に何の躊躇いもない。自分のHPがレッドゾーンになっても、気にせず襲い掛かってきた」

 

 自分の身が冷えていく感覚を自覚しながら、オレは淡々と話し続ける。

 

 「相手を殺せない討伐パーティーが防戦一方になって……最初の死者が出た。そこからは、もうめちゃくちゃさ。死にたくない、でも殺したくないって戦えなくなったヤツが大半で、一部の人が殺し返した、らしい」

 

 「らしい……?」

 

 「あー、全体を客観的に言うと、って話。そん時のオレ等はラフコフの連中殺してて、周りの様子気にしてらんなかったし」

 

 「え……?」

 

 目を見開く少女を見て、人殺しをすんなりと言えた自分がやっぱり異常なんだと再認識する。例え悪人であっても、命を奪った事に罪の意識を抱き続けるシノンやキリトがまともであり、何も抱かないオレがイカれているのだ。

 

 「アンタは……平気なの……?どうして……?」

 

 「オレはハナっから狂ってただけさ。殺す事に何も感じなかったからな……躊躇いも後悔も、何一つ。そういう欠陥のある人間だったってオチだ」

 

 息をのみ、口許を震わせる彼女の表情にあるのは純粋な怯えと驚愕。そらそうだ。殺人経験のあるヤツが目の前で「これからも普通に人殺せます」って宣言したのと同じようなモンだし。

 彼女に希望の火を灯すのは、似た痛みや苦しみを抱き続けるキリトの役目だ。

 

 「誤解しないでくれシノン。クロトだって、そんな自分の一面を受け入れられなくて……守った筈の人達から責められて、大切な人から一度は拒絶されて、傷つき苦しんだ事があったんだ。本当はこの日の為に折り合いをつけてくれたばっかりで―――」

 

 「―――キリト、死銃(デス・ガン)をブチのめす為には化物(こっち)のオレが必要なんだ。それ以上は要らねぇよ」

 

 「……わかった」

 

 今はシノンのケアが先だろうに。昨夜もそうだったが、この手の話の時のキリトはオレを気にしすぎじゃないか?

 ……当時の状況を思い返せば仕方ないかもしれない。この一面と最初に向き合ってくれたのはキリトだ。だからこそ、自分が動かなければと無意識に思ってしまうのだろう。

 

 「欠陥……私も、そうだったら……」

 

 「楽だった、てか?アホぬかせ。罪と思わなくなった時点でレッドプレイヤーどもと同じ、クズに成り下がるだけだ」

 

 「でも……今みたいに怯えなくていいなら……!」

 

 「本当に耐えられるのか?世間一般の常識や良識、良心があるままで、’コイツは自分や大切な人の害になるから死んでもいいヤツだ’なんて平気で言える自分の存在を。人殺しを悪だと認識している筈なのに、いざ殺そうとした時に忌避感を抱かない……抱けない、そんな世間と自分とのズレを、受け入れられるのか?」

 

 「それは……」

 

 「言っとくが心の奥底は孤独だぞ。それこそ誰からも理解も共感もされない……バケモノだからな。オレはただ運が良かっただけだ」

 

 この冷たい自分の一面と向き合おうとしてくれたキリトや、少しずつ受け入れようと頑張ってくれたサクラ、知ってなお変わらぬ態度で接してくれるクラインやエギル達……彼ら彼女らがくれた温もりはかけがえのない希望だった。けれど、ラフコフとの殺し合いそのものの恐怖や、相手を殺した罪の意識に苦しむキリト達を見た当時……彼らのようにならなかった自分の、ズレた感覚に本当の意味で共感や理解が得られる事は一生無いと悟ってしまった。例えどれほど、キリトやサクラ達がオレを受け入れようと手を伸ばしてくれたとしても。

 傍に寄り添ってくれる人がいたオレでさえ孤独を味わい、苦しんだのだ。シノンが同じように人殺しに罪の意識を持っていなかったら……彼女の心はとっくに壊れていたと思う。

 

 「でもさ……本当は俺も、お前みたいだったら良かった、って思う事が何度もあったよ。ラフコフとの戦いの後、暫くは殺した瞬間の事が頭から離れなくて……俺はみんなと一緒にいる資格があるのか?真に裁かれるべきなのは自分なんじゃないのか?って、一人になった時……気が狂いそうだった」

 

 「お前まで……」

 

 「俺やシノンから見たら、お前の方が楽そうに見えちゃうんだよ……誰だって楽な道に逃げたくなる。だから楽そうなお前みたいになりたい、ってつい思う時があるって事……知っていてくれ」

 

 分かってくれ、と言わないのは……彼らの痛みを本当の意味で理解できないオレへの配慮だろうか。自嘲するように肩を竦める相棒に、オレは何と言えばいいのか分からなかった。

 

 「なら……キリトは?私と同じように、人を殺した事が罪だって思っていた貴方は……どうやって乗り越えたの……?」

 

 身を起こしたシノンの問いかけが、沈黙を破る。縋るような声色をした彼女に、相棒はゆっくりと首を振った。

 

 「乗り越えてないよ」

 

 「え……?」

 

 「死銃(デス・ガン)と会って、ラフコフ討伐戦を……そのさなかで憎悪に飲まれて、何人も斬り殺した記憶を思い出して……結局夕べは碌に眠れなかった。家族といつも通りの時間を過ごしたつもりだったけど、それでどうにかなるようなモノじゃなかったんだ」

 

 「そん、な……じゃあ、私……どうすれば……」

 

 震える声で呆然と呟くシノン。そんな彼女の手を握り、キリトはゆっくりと語りかけた。

 

 「確かに俺も君も、忌まわしい記憶から一生逃れられない。でもなシノン、それは多分……正しい事で、逃げちゃいけないって意味なんだと思う。俺は一度、無理矢理忘れた……ううん、忘れたふりをして自分を騙した。でもそれは間違いで、彼らをこの手で斬った……殺した事の意味、その重さを受け止めて考え続けるべきだったんだ」

 

 「受けとめ……考え続ける……私には……そんな事、できない……」

 

 「どれだけ遠ざけても、過去は変わらないし、罪の意識や記憶が俺達から消える事は無いんだ。だから……いつか受け入れられるよう、戦うしかない。それが、俺が奪ってしまった命への償いだと思うから」

 

 償い……か。キリトの中の罪悪感がそうするべきだと考えさせているのだろう。狂ったオレには悪人を殺した償いなどどうでもいい、という感情しか湧いてこないが、彼にとっては前に進むために必要なケジメなのか。

 

 「……」

 

 口を噤み、俯くシノン。怯え続けてきた自分をどうするのかは自分自身で、どうあっても過去からは逃げられない。そんな宣告を受けたのに等しい彼女が、このまま打ちのめされたままでいるのか、あるいは別の姿を見せるのか……

 

 「誰も受け入れてくれない、誰にも打ち明けられない傷を抱え続けるのは……確かに苦しいよな。俺も、そうだった」

 

 握ったままだった彼女の手を、キリトはそっと自らの額に触れさせる。一体何を、と考えて……これも彼がシノンの心に触れる為に必要な事かもしれない、という直感が口を噤ませた。

 

 「俺さ、リアルだとここに消えない傷跡が残っているんだ。アバターにファッション感覚で付けられるような奴じゃない……生々しくて、醜い傷跡が」

 

 少女然とした今の相棒の額には、現実世界と違ってあの傷跡は存在していないけれど。彼の心の中にはいつまでも、拒絶された痛みと共に根を張り続けている。

 

 「幼い頃、交通事故でここに怪我して……両親も亡くなって……心の中がグチャグチャで整理がつかないまま包帯が取れて、初めてこの傷跡を見た時……弟達は泣き出して、叔母……今の義母さん達からは目を逸らされた」

 

 ゆっくりと、シノンの手を現実世界の傷跡をなぞるように動かしながら、キリトは穏やかに語る。ずっと忌むべき存在としてきた傷跡と、それにまつわる彼の過去。帰還者学校でリズ達になし崩し的にバレた時と違い、何も知らないでいた相手に自らトラウマを打ち明ける事がどれ程勇気がいるのか……オレには想像できない。

 

 「恐怖、嫌悪、憎悪、侮蔑、同情、哀れみ……この傷跡を見た誰もがそんな目を向けてきた。醜い、気持ち悪いって罵倒された事も珍しくなくて、この傷跡を……自分自身を受け入れてくれる人なんて何処にもいないんだって、諦めていた。壁を作って、心を閉ざしていた」

 

 「……!」

 

 水色の髪を揺らし、シノンが顔をあげた。ああ、やはり……彼女とキリトが受けた痛みや苦しみは、よく似ている。故に相手の過去を知れば知るほど、それがどれだけ孤独で辛かったのか……理解できてしまうのか。

 

 「確かに世界は厳しくて、悪意にまみれているけど……でも、それだけじゃない。ほんの一かけらだったけど、自分で気づかずにいただけで、光はあったんだよ」

 

 「光……?」

 

 「ああ。心の壁の前に居座って、こっちが開いてくれるまで待ち続けてくれた人。待ちきれないからって、壁を壊して……引きこもり続けていた俺を抱きしめてくれた人。後者はともかく、前者にあたる人なら、君の周りにもいたんじゃないかな?」

 

 「居座って、待ち続けている人……」

 

 「よく思い出してごらん。本当に、君の過去を知った全ての人が君に敵対していたかい?伸ばした手が拒絶されるのが怖くて、君の方から手を伸ばすのをやめていた人が、どこかにいなかったのか?」

 

 「ぁ……」

 

 シノンからの明確な回答はない。だが彼女の中で何かがあったのか、その背中から先程まであった筈の弱気さが和らいでいた。

 

 「もしダメだったら、俺達を頼ってくれ。俺の仲間なら大丈夫、絶対に君を受け入れてくれるから。君は最初の一歩を、踏み出してくれればいい」

 

 手を下ろし、柔らかな光を湛えたキリトの眼差し。彼と見つめ合うシノンの表情は背後からでは伺えない。

 

 「……うん」

 

 小さくもしっかりと、孤独だった少女は頷いたのだった。




 やっぱりこういう非日常に身を置く主人公って大なり小なり常人とはズレた感覚になってしまう気がします。

 仮にこの世界に入ったとしても、クロトのようにぶっ壊れた命への価値観と世間一般の良識を自分の中で共存させるとか、キリトのように支えられながらも何度も困難へと立ち上がるとか……自分には無理だよなぁってのが兄弟の共通認識です。

 それはそうと、今更ながらにプログレッシブのアニメ化企画の告知を知った時はワクワクしました。PVの作画はアリシゼーション編並みだし、スタートも一層の邂逅からちゃんとやってくれるのか、それとも二層に上がってからなのかすごく気になります。
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