SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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 お久しぶりです……

 前話投稿した後から弟の仕事が超忙しくなりました……連休明けも続いてます。


百八話 もう一つの決着

 詩乃 サイド

 

 ―――どうして、こうなってしまったのだろう。

 

 心の壁の向こう側で待っている人がいる。彼からの言葉で、真っ先に思い浮かんだのは新川くんだった。

 新川くんが自分に心を砕いてくれた事、気遣ってくれた事を思い出し、これからはしっかりと向き合っていこうと決心しつつログアウトしたら、優勝を信じてくれていたのか、お祝いの品を携えた本人がやってきて。部屋に上げた新川くんといつものように言葉を交わす……その筈、だった。

 

 「朝田さん、あさださん、ぼくの、憧れの……」

 

 「し…かわ…く……っ!」

 

 焦点の合わない目。うわ言のようなセリフ。私を容赦なく抱き締める、異常な力加減。その全てが今までの新川くんとかけ離れていて、同じ人だと信じられない……信じたく、なかった。

 

 「愛してる……愛してるよ朝田さん。ぼくの……ぼくだけの、シノン……!」

 

 「やめ……はな、し…て……」

 

 物理的に息が詰まり、声が出ない。

 

 「大丈夫、怖くないよ朝田さん。ぼくもすぐに追いかけるから……朝田さんを一人ぼっちにはさせないからさ……」

 

 新川くんが死銃(デス・ガン)の一員で。新川くんのお兄さんがSAO生還者……殺人ギルドの元メンバーで。私の過去を知ったから近づいてきて。上京して以来、唯一の友人だと思っていた彼との日々が暗闇に塗り潰されていく。

 

 ―――同じ言葉、同じ行動なのに、どうしてこんなに違うのだろう。

 

 大丈夫という言葉。容赦ない力で抱き締められる事。今の新川くんからもたらされるソレは、恐怖しか湧いてこない。GGOで彼がくれた温もりや安らぎとは、天と地ほどにかけ離れていた。

 

 (ごめんね……せっかく助けてくれたのに、私……)

 

 思考が、諦めの色に染まっていく。そのまま体の熱も力も抜けていき、瞼を閉ざす……その直前

 

 ―――いっその事、俺達がログアウトしたらすぐ行った方がいいかもな。

 

 彼の、キリトの言葉を思い出す。それに連鎖するように、最悪の未来を想像してしまう。

 

 (私が死んで……そこにキリトとクロトが来たら……新川くんは、彼らを……殺す?それは……それだけは……嫌、絶対に嫌!)

 

 だからってもうどうにもならないよ。心が幾ら叫んでも諦めの思考は覆らず、体に力は入らない。朝田詩乃(わたし)は何もできないのだという事実を突きつけられ、視界が闇に覆われていく。

 

 ―――諦めないで!心の声から目を背けないで!!

 

 誰かの声がした。ううん、誰かなんてわかりきっている。シノン()だ。暗闇の中でその身を淡く光らせ、真正面から声を張る心の化身。

 

 (詩乃(わたし)にできる事なんて無いんだよ……?こんな、守られるだけの弱い詩乃(わたし)に……)

 

 ―――そうだね。それはシノン()だってわかっている。でも、あの二人を……キリトを死なせたくないんでしょう?守りたいんでしょう!!

 

 守りたい。その言葉が火種となり、瞬く間に全身へと熱が広がっていく。

 

 ―――さあ、立って。守りたい人の為にもう一度!

 

 伸ばされた手を、詩乃(わたし)の意思で掴む。体中から活力が湧き、弱気な思考を吹き飛ばす。

 

 「……っ!」

 

 新川くんに拘束された両腕は自由が利かず、唯一動かせた片足を力いっぱい振り上げた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 大和 サイド

 

 周囲に多大な騒音をまき散らしながらガソリン式のバイクを走らせる和人の背を、電動式スクーターで追いかける事しばし。シノンのリアル―――朝田詩乃が住むアパートにたどり着いたオレ達は、逸る気持ちで彼女がいるであろう部屋へと向かった。GGOからログアウトし、案の定駆け付けてくれていた桜達を宥め、菊岡に連絡を取り、ここに来るまでの間、胸中では嫌な予感が小さな棘のように残り続けていたからだ。

 

 「シノンっ!」

 

 彼女の部屋、と思われる辺りから派手な物音が聞こえた瞬間、和人が目の色を変えてドアノブを引っ掴む。嫌な予感が的中してしまったと実感するが、それよりも感情が先走っている相棒が危うい。どれだけ反射速度に優れていたって、現実世界における和人の身体能力は一介の高校生と大差ないのだ。仮想世界と同じ感覚で走られるのは困る。

 

 「頭冷やせって―――」

 

 「―――んな暇あるか!」

 

 戦闘時に感情と思考の熱量が乖離するオレとは違い、焦りから冷静さを欠いた相棒は制止を聞かず、偶然にも鍵が開いていたドアを開いて部屋へと飛び込んだ。

 

 「アサダサンアサダサンアサダサンアサダサ―――」

 

 聞くに堪えない狂気を孕んだ男の声が耳朶に届くが、次の瞬間に鈍い音と共に途切れた。和人の後を追うようにオレも開いたドアへと入り込む。

 眼前には腰を抜かしたかのようにへたり込む痩せた少女。その奥で和人は誰かと取っ組み合っていた。

 

 「逃げろシノン!助けを―――」

 

 「―――お前かあああ!!」

 

 奇襲で和人に抑えられていた男が、絶叫しながら相棒を押しのける。焦点が定まっているか怪しい瞳に宿るのは激しい憎悪だった。

 

 「和人!」

 

 男が和人に対してマウントポジションを取った事で、相棒に誤って攻撃を当てる事なく割り込むチャンスができた。和人が一発殴られるのを止められない事に歯嚙みしながらも、オレを認識していないらしい男のガラ空きの胴へと飛び蹴りをかます。

 

 「チッ!大人しく―――してろ!」

 

 周囲の物を巻き込んで倒れた男が身を起こすよりも先に体勢を立て直し、無防備な頭へと踵落としを叩きこむ。ここまでやれば大人しく失神してくれるだろう。

 

 「いてて……やり過ぎじゃないか、クロト」

 

 「うっせ。ダチに手ぇ上げた野郎なんざ、これぐらい当然だ」

 

 殴られた頬を抑える和人に素っ気なく返すと、静かになった男を縛るべく周囲を見回す。

 

 「キリト……クロト……?」

 

 「ああ。遅くなってごめん、シノン」

 

 呆然と目を瞬かせる少女、現実世界でのシノンに手を差し伸べる和人。彼女を慰めるのは彼に任せる方がよさそうだな。

 

 「……ァサダ……ザ……」

 

 「っ!?コイツ!!」

 

 気絶していなかった!?咄嗟に男の背に乗り、その両腕を抑え込むが、男はうわ言を呟くばかりだ。

 

 「和人、早くシノンと逃げろ!邪魔になる!」

 

 「待てよ、お前一人じゃ危険だろ!」

 

 「邪魔って言ったろうがモヤシ野郎!!」

 

 今ならまだ、この男も意識が完全に回復したとは言い難い状態だ。その間に和人とシノンが逃げて後顧の憂いが無くなってくれれば……もう一度コイツをボコるのは多分可能だ。

 

 「……アァ……ダ……ン……」

 

 「早く行け」

 

 死銃(デス・ガン)と相対した時と同じ殺気を滲ませて一睨みすると、漸く相棒は頷いてシノンを立ち上がらせた。

 それでいい。後はオレの方でケリをつける。

 

 「―――待って!」

 

 「シノン!?」

 

 「あ?」

 

 この場に留まろうとする彼女に和人は驚き、オレは苛立ちから再び殺気をぶつけてしまう。しかしそれでもシノンは怯まず、オレから目を逸らさなかった。

 

 「少しでいいから……彼と、話をさせてほしいの」

 

 「正気か?お前を襲った男で、間違いなく死銃(デス・ガン)の一員だぞ」

 

 「でも友達なの!今まで私を助けてくれた、たった一人の友達で……それに新川くんはまだ、誰も殺してない!まだやり直せる所にいるの!」

 

 「……警察が来るまでだ。あとオレはコイツの上から動かねぇからな」

 

 あくまでも友人として話がしたい。涙交じりにそう訴えるシノンと数秒見つめ合い、根負けしたオレは下敷きにしている新川という男を抑える事に注力する。

 

 「……新川くん」

 

 「アサ、ダ……サン」

 

 幾らか理性が戻ったらしい。新川は辛うじて意味のある言葉を吐いた。のろのろと上げられた顔を正面から見つめ、シノンは言葉を……自身の思いを口にした。

 

 「私……現実世界(このせかい)が好き。つらい事、苦しい事ばかりだけど……ようやく光が見えてきたの。もっと生きていたいんだって、今なら胸を張って言える」

 

 震えた足で、しかし親友の支え無しにシノンは一歩歩み寄る。

 

 「だからごめんなさい。新川くんとは……現実世界を捨てようとしている君とは、一緒にいけない。私は、君のものにはならないわ」

 

 「ぼくの……に、なら……ない……?」

 

 びくり、と新川は大きく身を震わせ俯いた。……察するに、コイツはシノンに惚れてたのか?だというのにその惚れた女を殺そうとした?

 

 (グリムロックの奴と似たようなモンか……)

 

 最初は普通の恋心だったかもしれないが、どこかでその想いが歪み、狂気を孕んだ所有欲か何かにすり替わってしまったのだろう。そしてシノンも今まで心に壁を作っていたが為に気づけなかった、と。幸いなのは、この新川という男がまだ取返しのつく場所で留まっている事か。

 

 「新川くん、今度は私が助けるから……もう一度やり直そう。君ならきっとできる」

 

 「……う……ぐっ……」

 

 新川からは小さな嗚咽らしきものが聞こえるのみ。歪んでいても惚れた相手から拒絶されりゃ、辛いわな……同情する気は一切無いが。

 

 「なら、ない……あさださんは……ぼくの……ものに、ならない……」

 

 涙交じりの声からは、抵抗する気力は感じられない。じきに警察も来るだろう。

 

 (とりあえず一件落着、てトコか……流石に疲れたな)

 

 ログアウトしてからずっと張り詰め続けていた意識が緩んだ―――その刹那

 

 「ぼくの、ものに……なら……ならさぁぁぁアアアア!!」

 

 新川から発せられたケダモノじみた咆哮。一瞬反応が遅れた隙をつかれたオレは、今までに無い馬鹿力で押しのけられ、部屋の机に強かに右側頭部をぶつけてしまった。

 

 「死ンジャエヨオオオォォォ!!」

 

 「シノンッ!!」

 

 (ヤバ……二人が……)

 

 火花が散ったように色彩がはっきりしない視界と鈍痛が、立ち上がるのを妨げる。一刻も早く助けなければ……!立てよ、オレ……!

 

 「キリトッ!!」

 

 朦朧とする意識の中で聞こえてきたのは……少女の悲鳴と、何かが漏れるような鋭い音。そして数秒後に響いた鈍い殴打音だった。

 

 「どう……なった……?」

 

 ふらつく頭で何とか上体を起こすと、眼前にいたのは白目をむいて伸びている新川だった。その向こうでは胸元を抑える和人が部屋のベッドにもたれ掛かり、そんな彼にシノンが必死に呼びかけていた。

 

 「死なないで!こんな……こんな所で……キリトッ!!」

 

 その悲痛な叫びに背筋が凍る。新川は相棒に一体何をした……?

 

 「シノン、何が―――」

 

 「―――注射を打たれたのよ!私を、庇って……毒を……!」

 

 彼女の言葉に感情は理解を拒もうとするが、思考は応急処置が最優先だと叫んで手足を動かす。

 

 (今からハルに電話して、繋がるか……?そもそも薬品の名前も分からねぇと……)

 

 まずは現状把握に努めようと、苦しげなうめき声を漏らす和人の傍へと移る。黒いジャケットの下のTシャツの胸元に一点だけ、濡れたような染みができていた。

 

 「シノン、薬の名前とかあの野郎が言ってたか?」

 

 「え、えっと……」

 

 口ではそう言いながらも手を動かし、彼のシャツを捲り上げる。

 

 「……は?」

 

 最悪の事態を覚悟していたオレの視界に飛び込んできたのは、ちょうど染みのあった位置に残っていた電極と、それを濡らす透明な液体が下方へと流れていく様だった。

 

 「……何これ?」

 

 「電極、だな。ティッシュ持ってきてくれ。多分和人は大事無いぞ」

 

 「え、ええ」

 

 状況が飲み込めていないシノンだが、言われた通りに動いてくれる分には充分だ。もうちょっと落ち着いてから説明しないと、和人の無事は伝わらないだろうけど。

 ……いくら急いでいたからって、電極を外したらコードだけすっぽ抜けていましたとか……漫画じゃあるまいし、等と思いながら一応確認の為に首元から手を突っ込んで自分の胸あたりをまさぐる。

 

 「……何やってんのアンタ?」

 

 「……オレにもあったわ、電極」

 

 右胸のあたりに引っ付いていた金属板をはがしてシノンに掲げると、ティッシュ箱を差し出す彼女から呆れたように溜息が帰ってきた。とりあえずティッシュ箱から数枚ティッシュを取って和人の体を伝う薬品を拭きとり、声を掛ける。

 

 「おーい、いい加減に苦しむ演技やめろ相棒」

 

 「演技じゃ、ないって……力任せに、注射器叩きつけられて……マジ痛いんだよ……」

 

 よくよく見れば、和人の胸にある電極はへこんでおり、胸の一点だけ押し込まれたらそりゃ息苦しくなって紛らわしくなるか、と納得できた。

 

 「あの、クロト?キリトは……その、死なない……のよね……?」

 

 「おう、九死に一生を得たっつーのが確認できた。命に別状はねぇよ」

 

 「そう……よかったぁ……」

 

 躊躇いがちに確認してくるシノンに和人の安否を伝えると、彼女は力なくへたり込む。そこで張り詰めめていた糸が切れてしまったのだろう、今まで目尻に留まっていた涙がとめどなく溢れ、彼女の頬を伝って零れ始めた。

 下手な慰めはかえってシノンを傷つけると判断したオレは、黙って彼女に和人の手を握らせておく。その後は未だに伸びている新川の脈をとって生きている事を確かめ、今度は容赦なく彼を拘束しようと考えたその時、警察の到着を知らせるサイレン音が、微かに聞こえてきた。

 

 (……相棒を叱るのは、ちょいと後になるか……)

 

 今回は運良く助かったが、下手したら和人が死んでいた。本当に死ぬ状況でもシノンを庇った彼の自己犠牲が、オレは見過ごせなかった。

 

 ―――お前が死んだら、明日奈達はどうなる?どれだけ泣いて、悲しむか分かっているのか?

 

 特に明日奈に対してはSAOクリアの時の前科がある。仮に二度目の喪失に襲われた時、彼女がどうなってしまうか想像がつかない。

 和人にはもっと自分の命の重さを自覚してほしいが……どう説得すれば分かってくれるか……

 

 (あー、頭痛てぇ……考えが纏まらねぇ……)

 

 いつしかオレも気が緩んでいたようで、意図的に意識の端へと追いやっていた筈の、ぶつけた頭の痛みが強くなる。

 後ろから聞こえるシノンの嗚咽は、この痛みの所為で聞こえなかった事にしておこう。多分和人以外には弱った姿を見せたくないだろうし。

 

 GGOを震撼させた死銃(デス・ガン)の騒ぎは、これで終わったのだ。




 合間でプレイしているモンハンライズが最近の癒しです。
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